第3話 外道狩り#3

文字数 4,002文字

 女をうまく(なだ)めると、竹田と呼ばれた男は廃材の山から地面へ飛び降りた。僕の隣に着地した男の身長は180cm弱ほどだろうか。筋肉質な所為か妙にデカく見える。
「それじゃ、邪魔したな」
 警戒している僕の肩をぽんと軽く叩きながらそう云うと、男は振り向きもせず廃工場(ここ)の唯一の鉄扉(てっぴ)へゆっくりと歩いていった。そして、其の後ろを金髪ボブ少女が浮遊しながらついて行く。今更ながら、此の奇妙な透明少女はどういう存在なのだろうか。身体が薄く透き通っていて霊体(ゴースト)のようにも見えるが、其れだけでは説明がつかない存在感がある。其れに驚いたのは、先ほどの男との(つか)み合いだ。少女は透けてはいるが接触できるらしい。おそらくもう一人のおさげ少女の方も同様なのだろう。全く、裏社会(あっち)には有象無象(うぞうむぞう)の訳の分からない連中が居るものだなぁ、なんて奴等の姿を眺めつつ呆然と考えていたのだが、まぁ今となってはどうでも良い。兎に角ふらふら歩かず即刻ご退場願いたいものだ。念のため、此の件はヴァレリィ様へ報告しておこう。
 奴等が鉄扉(てっぴ)に手を掛け、出て行こうとする姿を見送るのもそこそこに、僕は獲物の方へ顔を移した。
 其処には相変わらず絶望に打ちひしがれた女の姿があった。今しがた現れた連中も、自らを救う者では無いという事を既に悟っていたのか、女は涙で頬を濡らしながらも一切声を上げる事は無かった。
「… …さて、御待遠様(おまちどおさま)、僕のマイラバァ。… ……先刻(さっき)は、鰾膠(にべ)も無くキミの首を絞めようとしてごめんよ。… …すぐに血が昇ってしまう所が僕の悪い癖だな。本当にごめん。」
 僕は女の方に歩いて行き、目の前にしゃがみ込んだ。其れから手の甲に優しく口づけをする。
「僕は… …本当にどうかしてたよ。… …ゆっくりと壊さないと、意味が無いのに。」
 薄い笑顔を保ちながら、僕は女に丁寧に話しかけた。其れでは此処からまた、気を取り直して楽しむ事としよう。
「… …… …… ……待って下さい、竹田さん。」
 その時、僕の全身は金縛りにあったかのような衝撃を受けた。女の顔面を見ながら僕は身体が硬直していた。其れを他所に女は震えながら目だけを声のする方へ動かしていく。
「… ………… ……… …え?… ……」
 自分の口から他人のような間の抜けた声が出た。
 遅れて僕も振り返りながらゆっくりと顔を上げていくと、其処には先ほど見た時と一寸(すこし)も変わら無い態勢で、おさげ少女が空中に立っていた。無表情な顔で僕を冷たく見下ろしている。透き通るように白い肌をした少女の顔に一瞬心を奪われていたところで、今度は鉄扉の方から返事が返ってきた。
「どうしたー、ヨウコ。何かあったか?」
 其の声に僕はすぐさま扉の方へ顔を向けた。鉄扉を開けて外に出ようとしていた男が、ヨウコと呼ばれたおさげ少女の声に反応して、此方に戻ろうとしていた。
「… … ……此の方、何か隠してますね。」
「… …… …! ……… ……」
 そう放たれた予想外の言葉に、今度は瞬間的におさげ少女の方を振り向いてしまう。悲しいかな、其の機敏な動きは我ながら七面鳥(しちめんちょう)のようだった。
「此のお兄さんが隠してるって? ……何を?」
「…… …… …先ほど竹田さんが質問した時から、私はずっと観察していました。此の方は、竹田さんがヴァレリィの話題を出した時を境に、瞬きをする回数が極端に増えました。眼鏡の所為で一見分かりづらいのですが、間違いありません。それに、両手をポケットにすっぽりと隠していました。此の、無防備な手をポケットに隠すとい行為は、心理学的には不安を表しています。つまり、此の方は竹田さんの質問に対して、何かしら思い当たる節があるという事です。」
 おさげの眼鏡少女は僕が黙っているのを良い事に、訳の分からない事を滔々(とうとう)と話し始めた。
「…… … ……なッ!… ……な、お前、何を云ッている!… …オイ、お前!突然、言いがかりのような事をべらべら喋るなッ!」
 おさげ少女の言葉に動揺を感じた僕は、何とか取り繕うように抗議の声を上げた。だが、その後からすぐに男が興味の言葉を投げかけてくる。
「ほー、成る程ね。なんだか、様子が可笑しいと… ……… …。其れで、他には何か分かったか?」
 男は僕の方を見ながら、おさげ少女を促した。
「はい。其れから、ポケットの中で何かを数回、掴んだようです。確かめるように、大事そうな印象がありました。私が思うに、何かお守りのような物でしょうか。彼の心を安定させる物かもしれません。」
「…!… ………」
「…… ………そっか。…… …… …ヨウコがそう云うんなら、仕方が無いか。ごめんね、お兄さん。(ちっ)ともあんたの事疑ってないし、お兄さん、チャントしてる人だなーって思うんだけどさ。ケド、此のおさげの女の子、此奴(こいつ)、絶ヨウコって云うんだけどさ、此のコ、こう見えて結構、勘が鋭いんだ。なので此奴が何か感じてるって事は、是はちょいと捨て置けないネって感じなの。だから申し訳ないんだけど、此のコに免じてもう一回お話させて!ネ、オネガイ!」
 そう云いながら男は僕の目の前まで来て、手を合わし頭を下げた。だが、其の俯きがちな顔とサングラスの間から覗く抜け目の無い眼光は、明らかに僕の内面に焦点を当てていた。そして其れは、僕がもっとも嫌いな暗殺稼業(しょうばいにん)の眼だ。
 クッソ、何故今日はこんなにも面倒な奴等に巻き込まれるのだ。僕はいつも通り抜かり無い計画を立てた上で、人知れず余暇を楽しもうとしていただけなのに。日頃の重圧から解き放たれる瞬間。僕の大切な時間。誰にも迷惑を掛ける事無く、静かな所で密かに餌と戯れる。僕は是程までに細心の注意を払って世間と折り合いをつけて生きているのに。… ……なのに、そんな人間のささやかな幸せを壊すのは何時でも、節操の無い、こんな大馬鹿野郎共だ。
「ね、お兄さん。何も、俺は無理強いなんてしないよ。只もしかすると、ヴァレリィって言葉について、何か色々と思い出すかもしれないじゃん?ホラ、人って忘れッぽい生き物だし… …」
 そう云いながら男は僕の肩に手を伸ばした。そして其の指先がスーツの表面にほんの少し触れた時、僕の全身を今まで感じた事の無いような怒りが駆け巡った。
「… …貴様ッ!!!… …僕に、僕に触れるなッ!!」
 僕は咄嗟に男の手を払い、男たちから距離を取るべく飛び退いた。身体中が高熱を帯びるように熱い。此の理不尽な連中の、馴れ馴れしい仮初(カリソメ)の善意で包んだ節操の無い悪意。此れ以上、僕は僕の居場所を明け渡すつもりは無いぞ。
 僕は眼鏡を外して其の手を降ろし、ゆっくりと指先を解いた。眼鏡は短い高度を自然落下し、地面に辿り着く頃、硬質な音を小さく響かせる。此の眼鏡は伊達だ。眼鏡が無いと、周囲に眼光が酷く目立ってしまう。
「おいおい、待ってくれ。俺たちは何も、あんたと戦おうなんてつもりは… ……」
「… ……ジヤッ!!」
 僕は(まぶた)を限界まで見開いた。僕の閃光(ストロボ)は、眼球自体が異常発光する事によって発揮される能力だ。露出した眼球が瞬間、白い光を放ち辺りに拡散する。暗い廃工場全体が一瞬、昼のような光に包まれた。
「……うおッ!」
「… ……キャッ! …」
「…… …ん ……」
 連中三人共、僕の顔をしっかりと見ていた為、光をまともに食らっていた。直撃だ。チョロすぎる。僕は素早くズボンの腰に携帯していたサバイバルナイフを取り出し、右手の中で軽く回転させた。其れから僕は眼を抑えて狼狽(うろた)えている三人の内、一先ずマキコと呼ばれている金髪ボブに狙いを定める。此奴が一番ウザかったので、とりあえず最初に消してしまう事にしよう。
「… ……おらよッ」
 僕は金髪ボブの元へ近づき、頸動脈に逆手でサバイバルナイフを突き立て一気に振り下ろした。
 その時、ガチン、と云う音と共に、僕は態勢を崩して其の場に突っ伏してしまった。突き立てたナイフが何か固い物質にぶつかり、弾かれたのである。
「… …ってェ。」
 コケてしこたま打った右肩を庇いながら見上げてみると、男が金髪ボブの前に立ちはだかり短刀を握りしめていた。どうやら、あの武器で僕のサバイバルナイフを防いだようだった。
「… …ううん… …」
「… …大丈夫?… マキコ」
「…… うん、なんとか。」
 男の後ろで、金髪ボブが眩しそうに薄目を開けようとしていた。おさげ少女の方は、まだ回復に時間が掛かるようで、眉間に皺を寄せて目を瞑っている。
「…… …あッぶねェ… …。電球野郎かよ、こいつッ」
 男はサングラスをしていた為、ある程度光を(さえぎ)る事が出来たようだ。(しか)し、僕の閃光(ストロボ)はこんな物では無い。僕はヴァレリィ様から多大なる恩恵を受けているのだ。其の気になれば、くく。
 僕は愉快な思いつきをしたので、獲物の女の所まで走って行った。其れから女の髪の毛を掴み、無理やり僕に顔を向けさせる。
「おいッ!!僕を見ろッ」
 僕は大声で女に指示をした。眼が徐々に回復してきた連中も、僕の声で此方に目を向ける。
「ひひひ。… ……ジヤッ!!」
「お前等、見るなよッ」
 女の顔面の直ぐ前で、僕は先ほどよりも念入りに眼玉を発光させた。連中は此方に背を向け光を遮断したようだった。
「ぎゃあッ!!」
 女の短い絶叫が聞こえたかと思うと、女は其の場に横たわり両目を抑えて倒れ込んだ。
「アッハッハッハ!!どうだい、お前等。僕の能力は眼玉を破壊する事ができるんだぞ。失明したら致命的だよなぁ。何せ、一生暗闇の中で生きて行かなければならないんだからナァ。」
 おそらく今ので女の眼玉は焼き切れただろう。僕の閃光(ストロボ)を食らっては只では済まない。くくく。此のクズ共の絶叫が僕にこの上ない力を与えてくれる。後は、此のふざけた連中を()ってしまえば、其れはもうさぞかし、気持ちが良いんだろうなァ。僕はそう夢想しながら(つば)を飲み込むと、ごくりと喉が鳴った。
「……んン、の()ッツ郎ォー」
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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