第13話 学徒と水使い#5

文字数 3,300文字

 5つの穴から洩れなく飛び出した拳銃の銃身(バレル)。若干の角度のばらつきはあるものの、銃口は全てほぼ正面を向いている。
 敵は以前として一所に留まり、彼方此方と忙しなく顔面を動かしている。その間に、俺は眼の前に落ちた弾丸を拾い上げ観察してみた。
 弾丸だと思っていた其れは、硬質ではあるが明らかに有機物だった。つまりデーモンは身体から弾丸を作りだし機関銃のように吐き出しているのだ。ともすれば、弾は無尽蔵に作れるのだろう。どうやら弾切れには期待できそうにもない。
「… …クソ。弾丸吐き(ピューカー)が。」
弾丸吐き(ピューカー)?」
 すぐ其処のソファの物陰に隠れて顔を出したマキコが云う。デーモンの弾をマキコに向かって投げると、マキコが顔の前に手を広げてキャッチした。
「おっと。… …何これ?」
「奴が体内で、其れ作ってんだよ。」
「… …エー、気持ちわる。… …なるほど。それで、弾丸吐きね。」
「あの動きで乱射されるとやべーな。死角から蜂の巣にされかねん。…なァ、お前の炎でなんとかならねェ?此の店毎、奴を燃やしちまうとか。」
「そんな事やったらビル丸ごと大火事になっちゃうでしょ。まだ此のビルにも人が大勢居るのに。」
 マキコが天井を見上げ云う。確かに此処は小さな雑居ビルであり会社も幾つか入っている。今も働いている連中は居るので、1階で火災が発生したらおそらく一溜(ひとたま)りも無い。
「まぁ、そりゃそうだが…。」
「あの子に任したらどう?」
 マキコはそう云いながら、少し向こうに居るヨウコに小さく手を振った。ヨウコも其れに答えるように手を振り返す。
「あの子の超能力(チカラ)なら、ビルを壊すこともないんじゃない?… …ヨウコー。」
「なぁに?」
「アノ怪物、凍らしちゃッてよ。あたしの能力だと、周りに被害が出ちゃうから。」
「そうね…」
 云いながら、ヨウコが床を思い切り蹴り宙へ逃げる。其処へ溜めに溜めたと云わんばかりの数多の銃弾が、鋼鉄の射撃音を響かせ降り注いだ。
 一回転して天井と壁の境に捕まったヨウコが、牽制するように弾丸吐き(ピューカー)に向かって右手を振り上げると、白い冷気を伴った細かい氷片(ひょうへん)が飛ぶ。だが運動能力に人間と野生動物ほどの違いがあるのは既に明らかで、敵は器用に身体を横にずらしただけで事も無げに避けるのだった。鋭い氷片が壁に幾つも突き刺さった。
「私一人では捕まえきれないから、皆で追い込んでくれるなら、なんとかッ」
 続けてヨウコが壁を蹴って窓際の床へ移動。今しがたヨウコが居た壁に、またもや銃弾がこれでもかと打ち込まれた。
 ヨウコは着地した瞬間床に片手をつき前方転回する。新体操のような綺麗なフォームから床にしゃがみ込み、自身の眼の前に氷の壁を広げた。
 遅れて銃弾の雨がヨウコを襲い氷を穿つような音が響き渡る。銃弾の撃ち込まれる勢いに負けじとヨウコが氷の壁を生み出し続ける為、壁は容易には崩れないようだった。
「あのままじゃ多分長くは持たないから、あたしたちが動いて気を逸らせないと」
「了解。…となると、外におびき出すより狭い店内の方が捕まえやすいか…。少々難儀だが仕方ないな」
「難儀なのはいつもの事じゃん。」
 マキコがデーモンを見据えながら無防備に立ち上がる。其れに敏感に反応した弾丸吐き(ピューカー)がさながら壁に固定された自動砲台のように、顔だけを機敏にマキコへ向けた。
「ちげーねェ」
 同時に俺も物陰から飛び出した。デーモンの眼の端に映るくらいに上体を起こしつつ、テーブルとソファの影から影へ細かく移動。奴へと接近していく。弾丸吐き(ピューカー)は其の動きにつられてマキコから俺へと狙いを移した。マキコも同様に身体を低くして移動、かく乱する。
 標的二体の同時展開に動物のように脊髄反射するデーモン。俺とマキコの動きに呼応するように首が彼方此方と忙しなく動き回っていたが、やがて其の顔は俺を捕捉。アタリを決めて機関銃の掃射が始まった。
 蜂の巣のような銃撃から逃げるように隠れ、テーブルの影からトカレフを構える。俺は弾丸吐き(ピューカー)の眉間めがけて引き金を弾いた。だが弾丸吐き(ピューカー)はまるで重力というものを無視したような動きで、壁面に右手の指を食い込ませながらネズミのような素早さで壁を走り抜けていく。
「だらァッ!」
 マキコも適度に距離を詰めながら両手で苦無を投擲するが、弾丸吐き(ピューカー)が走り抜けた軌跡をなぞるように苦無が突き刺さるばかりだった。
「もー、すばしっこいッ」
「竹田さん!」
「わ、分かってるッて」
 ヨウコの要求に一応返事したものの、此れは中々に覚悟が居る。そもそも弾丸を飛ばすデーモンなんて初めてだし、機関銃に正面から向かっていくなんて自殺行為も甚だしい。一発でも食らえば致命傷は必至だ。だが、奴を攻略する為にはヨウコの氷で動きを止めるしかない。其の為には、銃弾の雨に身を晒す必要があるのだ。
「二人共、引き続き弾幕多めでよろしく」
 俺は覚悟を決めてデーモン目掛けて一直線に飛び出した。
 それと当時に絶姉妹から放たれる苦無と氷片。デーモンは俺の接近を視野に入れつつも、右へ左へと飛び退きながら姉妹の攻撃を器用に避けていた。
「オーケー、其の調子で頼むぜ」
 どれだけ避けられても構わない。コンマ何秒でもデーモンが俺への意識を無くしてくれれば良いのだ。俺は身を低くしてなんとか弾丸吐き(ピューカー)の死角へ入るように動く。
 壁に張り付いていた弾丸吐き(ピューカー)のすぐ脇に苦無が刺さる。先ほどから幾度となく放っていたマキコの苦無だ。デーモンは乱発される苦無の軌道にも何時しか慣れ、明らかに逸れる苦無に対しては避けようともしなかった。だが、其れはマキコの仕込んだ布石だった。
 弾丸吐き(ピューカー)の周りで小さな爆発が同時多発的に起こった。

にマキコが仕込んだ爆炎(ファイヤ)だった。
 其れは屋内という環境に配慮した極小(ごくちい)さな爆発だったが、少なからず衝撃がある。其れはデーモンに対しても例外では無く、散発する爆発は弾丸吐き(ピューカー)の不格好な身体を二度三度と弾き飛ばし壁から引き剝がした。
「ヒェー、やりおる」
 マキコの手際に感心しながら俺は、態勢を崩して床に落ちつつあるデーモンの右腕に掴みかかった。
「大人しくしやがれッ」
 敵の太い右腕を両手でしっかりと握った俺は、其の儘、デーモンを力任せに振り下ろす。奴の身体は半身しか無かったが、其れでも人間の身体と比べたら分厚く重量もある。重い身体を逆さまにして垂直落下したデーモンは、顔面をしこたま床に叩きつけた。肉が潰れた時の何とも言えない感触が腕に伝わる。
「ぎゅぴゅッ」
 弾丸吐き(ピューカー)が獣染みた鳴き声を上げる。
「ヨウコ、氷ッ!」
 俺はヨウコに声を掛けながら、同時にデーモンを床へ張り付けにしようと左手に赤龍短刀を構える。
 だが、デーモンも必死だった。鼻から青色の血液を垂らしながら、俺の方を見上げた眼は血走っていた。
 次の瞬間、首を捻じ曲げながら背中越しに此方に顔を向けたデーモンは、深呼吸するように肺を大きくしたかと思うと、至近距離から機関銃の銃撃を始めた。
 泡立つような恐怖が全身を駆け巡り、一言も発する事ができない。俺は瞬間的に身体をずらすと、顔のすぐ横を(おびただ)しい数の銃弾が通り抜け、頬の肉を数ミリ削りとっていった。
「… ……!!… …」
 態勢を崩し俺は床に倒れ込んでしまう。入れ替わるようにデーモンが俺の上から覆いかぶさってきた。
「キシャアッッツ!」
 眼の前に弾丸吐き(ピューカー)の顔面があった。5つの穴から突き出た全ての銃口が俺に真っすぐ照準を合わせていた。俺は死に物狂いで奴の顔面に手を掛けて銃口を逸らす。
「くっそッ!!」
 其の時、弾丸吐き(ピューカー)の口元が白く変色し始めたかと思うと、瞬く間に霜が張り始め、其処から急速に凍結した。そして其れはやがてデーモンの右腕と胴体にも伝搬していく。マキコの凍結(フリイズ)だった。
「大丈夫ですか!竹田さんッ」
 デーモンが床の上で(もが)いているのを横目に、俺はなんとか立ち上がった。ヨウコが宙に浮かびながら引き続き手の平から冷気をデーモンに吹き付け、床に張り付けにする。
「ああ。大した事ない。… …然し、マジで肝が冷えたぜ」
「とりあえず、なんとかなったね」
 マキコが俺の隣に来てデーモンを見下ろして云った。

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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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