第29話 宝石商#3

文字数 2,808文字

 狭い階段を登ってクライン76の入口から出る。既に陽は落ちて、空は紺色に染まっていた。
 来た道を戻って路地を抜けると、右側にクライン76が入居している雑居ビルの正面玄関が見えた。上階へは正面玄関から入る必要がある。ケンザは慣れた足取りで玄関を(くぐ)ると、後ろを気にする事も無く2階へ続く階段を登っていった。
 (ロク)に掃除もされていないであろう玄関は、(サビ)が浮いて新聞や広告が突っ込まれた儘の古いポスト、ぼろぼろで寿命の切れた蛍光灯、床に目を向ければ砂埃と空き缶、陳腐な落書き(グラフィティ)と、その有様を見るだけで、ビル全体の治安の悪さが伺い知れた。恐らく入居者ははぐれ者や外道の類だろうし、企業は違法商売に手を染めている会社ばかりだろう。此処まで酷いとヤクザのシノギ部屋としても重宝されているはずだ。
「中々、好い所で商売しているようだな」
 階段の中腹に居るケンザの後ろ姿に声を掛けると、ケンザがゆっくりと此方を向いて口角を上げた。
「じゃろう。管理が杜撰(ずさん)なのか知らんが、最初の家賃を払った後、一度も集金に来ん。(たま)に何処ぞ別室から奇声が聞こえてくるが、大した事はない。住めば都じゃ」
 奇声が聞こえてくる、と聞いて、学生グループ、つまりマキコとヨウコは手を繋いでガタガタと震えながら身体を小さくしていたし、小林君はと云えば立ちながら目を回していた。小林君が倒れないように、トミーさんが後ろから肩に手を掛け支えている。
「俺もジジイの店に入るの、初めてなんだよね」
 今日介が俺の隣で云う。何処か嬉しそうだ。
「ケンザと仲良さそうなのにな」
「まぁ、仲は悪くないケドね。だけど、他所の暗殺依頼(シゴト)もちょくちょく受けてるから、俺も何時もクライン76に居るワケでもないしね。其れで、(たま)にクライン76で会えば、前後不覚で泥酔してるだろ?俺、宝石商やってるなんて、ずっとジジイの 法螺(ホラ)だと思っていたもの」
 腕を組んで思い出すように云う今日介だが、階段を登りきった2階からでもケンザの地獄耳は聞き逃さなかった。
「だーれが 法螺吹き(ホラふき)じゃ」
 まさか聞こえていたとは思わなかった今日介が、思わず頭をへこませて両手で口を(おさ)える。
「馬鹿なコトばかり云わんと、()よ此方に来い。」
 階段を登り切った俺と今日介の姿を見て、ケンザが云う。
 ケンザは廊下の壁に並んでいる扉の内、一番手前の扉のドアノブに手を掛けてぐいと押すと、部屋の中へと消えていった。俺と今日介も其の後を追って部屋に入る。
「… …へぇー。此奴はすげぇな。」
 狭い入口を抜けると、窮屈な一室が広がっていた。恐らく、絶姉妹とトミーさん達が入れば満員だろう。そんな部屋の四方の壁沿いは全て宝石の陳列棚(ショーケース)になっており、狭いがゆえに色とりどりの宝石がまばゆいばかりに目に飛び込んでくる。宝石の輝きが際立つように、天井に備え付けてあるライトの配置にも気を配っているようだった。後から入って来た絶姉妹とトミーさん達も此の光景には圧倒されたようで、宝箱をひっくり返したような赤、青、黄色に輝く宝石に感嘆の声を上げた。
「ねぇねぇ!じいちゃん!此処に並んでるのって、全部お高いの?」
 陳列棚(ショーケース)にへばりつくようになりながら、興奮したマキコが聞く。
「ほほ。粒がデカい奴は其れなりの値段もするがのう。じゃがお前さん等の稼ぎなら、どれも買えんことも無かろう」
「えー。ウソォ。どうしようかなぁ」
マキコは本気で買いかねないようなキラキラした目をして、また宝石に目を戻す。
 ケンザは部屋のヘコんだような一角、つまり此の店の中での自身の定位置に腰を()えると、灰皿に落ちていたまだ吸えそうな吸い殻(シケモク)を選り好み始めた。
 宝石という物に興味がない俺でも、是程沢山の美しい宝石に囲まれると、(イヤ)が応でも目を奪われてしまう。其の俺の姿を見ながらケンザが云った。
「どうじゃ?宝石も中々良かろう」
「… ……あぁ。綺麗なモンだな」
 俺は率直な感想を云った。
「ふふ。気に入ったか。…… … ……それじゃあ、オヌシに土産をやる」
「え?」
 俺は思わずケンザの顔を見た。ケンザは立てた人差し指を動かし此方に来いと云う。俺は云われるが儘にケンザに近寄った。マキコ達はまだ陳列棚(ショーケース)の宝石に夢中のようだった。
 ケンザの傍らに立つと、ケンザは大きめのサイドテーブルに手を置き、指先をコツコツとテーブル表面に当てる。
「雷電。お前の超能力(チカラ)は確か、電撃じゃったの」
「あぁ、そうだ。」
「幾ら超能力(チカラ)が強力でも、週に一度の能力じゃ、大層キツかろう」
「… ……。 … ……まぁ、そういうのは、もう慣れたさ。生まれてこの方、ずっとそうやってきたんだから」
「…… ………。…… …… ……」
 ケンザは俺の顔を見ながら暫くの間、無言だった。そして、次の瞬間、俺の左手を掴んで云った。
「…… ……。… …… … ……よくぞ、今まで… ……… …生きておった ……」
 眼を瞑って、ケンザは少し(うつむ)く。
「…… ……。… …… ……大げさだなぁ。マァ、色々とやりくりしながら、なんとかやってるよ」
 そうか、と云って顔を上げたケンザの目は心なしか充血しているようだった。
「…… ……。しおらしいのなんか、ケンザらしくないぜ。アンタはもっと、派手なスーツで人一倍、気障(キザ)なオッサンだったハズだろう?」
「…… …覚えておったんか」
先刻(さっき)アンタの名前と一緒に思い出したのさ。… ……其れで、土産って?確かに宝石に見惚(みと)れてはいたが、こんなモン、土産には要らないぜ」
 ケンザが俺の軽口にふっと笑みを浮かべると、脇の棚から木箱を取り出した。
「…… ……宝石、ってひとくちに云ってもな、元々は只の石っころなんじゃよ。じゃから、昔の人々は、其の石っころから色んなモンを作っていたんじゃ。時にはお守りにしたり、時には大病の薬として、粉末にして飲んだりもしたんじゃ」
「…… …」
 ケンザは木箱をテーブルの上に置き、大事そうに手を乗せる。
「そしてまた、硬度の高い石等はな、弾丸としても重宝したんじゃ」
「… … ……弾丸?」
 ケンザは木箱の全面にある鍵細工(カギザイク)を解除すると、蓋が大きく開いた。
 中には、黄色に輝く弾丸が、木箱の中に(ひし)めくように並んでいた。
「… …此れは… …」
「こいつは、電気石(トルマリン)という宝石じゃ。其の名の通り、内部に電気を貯めよる。静電気で灰を吸いつけるもんで、別名を灰取石(アッシェントレッカー)とも呼ばれとる。其れを弾丸に加工した」
 ケンザが俺の方に木箱を寄せる。
「お前に此れをやろう。電撃を此の弾丸に詰めときゃ、何時でも鉄砲で電撃を撃てる」
「… …な、なんで、こんなモンがあるんだよ?」
 俺は予想外の代物に圧倒されていた。確かに、此れがあれば、今までとは比べ物にならないほど戦いの質は上がる。
「宝石商はな、宝石を売るだけが商売ではないんじゃよ。オヌシみたいな戦士に、こういう便利なモンを売ったりもしとる」
 ケンザは木箱から電気石(トルマリン)の弾丸を一つ摘まみ上げ、不敵に笑った。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に落雷の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。ただし其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通している。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質について…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種類。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。

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