第61話 それぞれの断章#18

文字数 8,400文字

「…… …… …さあ、竹田さん。時間がありません。一刻も早く此処から出ましょう。」
「…… … ……。… … ……」
 俺の傍らに跪きながら静かに喜緒(キオ)が云った。
「… ……良いですね?」
「…… …… …。… …… …… …ああ。」
「…… …傷だらけで大変でしょうが、何とか頑張って下さい。… …… …極力、人に会わないような通路を通って寺院(ここ)を抜け出します。其れから山中で序開(ジョビラ)さんと尺丸(ジャクマル)に合流し、車道を目指す。後は其処に待たせてある車に乗り、一刻も早く此の場所を離れます。…… … ……車道に待たせてある車も、そう長くは待って呉れません。運転手の人間もかなりの危険を伴って居るからです。約束の時間迄に、どうにか辿り着かないと不可(いけ)ない。」
「…… …… … …。…… …… …何故… ……… …君達は、其処迄して… …… …俺達のコトを助けてくれるんだ… …… … ……阿川(アガワ)の命令だからか?」
 朦朧とする頭で俺は喜緖に向かって問い掛けた。今彼等が行っている行動は、謂わば彼等自身の所属に対する反乱行為だ。隠密行動とは云え、見つかったトキの代償がデカすぎる。だか、俺のそんな無節操な問いを聞いた喜緒は額に小さな汗粒を浮かべながらも、何処か当然のコトを聞かれたかのように、ふっと薄い笑みを浮かべつつ答えた。
「…… …其れも勿論あります。ですが、私達はそもそも昨今の上層部の方針には懐疑的でした。… …… …。… …… …何時からか、寂玄(ジャクゲン)様は変わられてしまった。」
「… ……寂玄?」
「我々の宗主、榊寂玄(サカキジャクゲン)様です。」
「……… …!…… … ……榊…… …だって?」
 … ……榊。研究所に異動して以来、事ある毎に聞いた名だ。
「…… …はい。お察しの通り、国立脳科学技術研究所所長(コクリツノウカガクギジュツケンキュウジョショチョウ)榊恩讐(サカキオンシュウ)様の実兄(じっけい)です。」
「… ……なんだって?」
 喜緖から語られる思いがけない其の言葉が、俺の頭を何度も反芻する。其れは、国立脳科学技術研究所と正道高野(ショウドウコウヤ)の意外な繋がりを示唆するものだった。
 だがそもそも国と正道高野は、利害は一致して居るものの信頼関係等無いハズだ。阿川曰く、此の二つの勢力は日本における二大勢力として、遥か昔から此の国に君臨していた。そして歴史にも見られるように、彼等は互いに警戒しあっていたのだ。其の証拠に国は正道高野の持つ超能力(チカラ)を危惧し、自身でも独自に超能力(チカラ)を管理すべく、国立脳科学技術研究所を発足させる。兵器としての超能力(チカラ)を正道高野だけに独占させない為だ。然し、其の相対する勢力の長同士が肉親となると、話が変わってくる。
「…… …では、今回の森山我礼捕獲作戦(モリヤマガレイほかくさくせん)は、彼等の計略と云うコトなのか?」
 俺は朦朧とした頭の中で様々な憶測を巡らせた。喜緒は周辺に気を配りつつ、俺の身体を起こしながら言葉を紡いでいく。
「… ……話はそう単純なモノではありません。まず前提として、恩讐(オンシュウ)様は既に正道高野と絶縁しています。」
「…… ……!… ……」
「詳細は分かり兼ねますが、確かなコトは寂玄(ジャクゲン)様と恩讐(オンシュウ)様の間には深い遺恨があり、其れが絶縁した原因のようです。恩讐(オンシュウ)様は僧侶としての才能が芳しくなかったようで、そう云った紆余曲折があり、超能力覚醒研究に没頭していったとも云われています。」
「…… …… …」
 喜緒の肩を貸り、俺はなんとか立ち上がるコトができた。それから互いに呼吸を合わせながら一歩ずつ足を踏み出し、俺達は部屋を出て廊下を歩き始めた。
「…… … …良い。… ……其の調子です、竹田さん。…… …… …焦らずに行きましょう。まだ多少の時間はある。」
「… ……ああ。」
「… ……… ……。… ……ですのでそれらを踏まえると、彼等兄弟が協力し合うと云うのはあり得ません。此れは我々正道高野の僧侶にとっては周知の事実です。… …今回の件は、榊兄弟の人間関係とは別の所で、国と正道高野で利害が一致したのがコトの発端です。詰まり、国も正道高野も『より強大な超能力(チカラ)を欲している』と云うコトです。」
「… … ……… …狂ってる。」
 俺は小さく独り言ちた。其の言葉を聞きながら喜緒が後を引き取る。
「…… …… …はい。… ……マッタクもって、そう思います。… …… …寂玄様も何時の頃からか、度々、過剰に超能力(チカラ)を求めるご様子があった。だけれど、私達は此れ迄、それらのコトに知らぬ振りをしていた… ……。何処かおかしいと感じながらも、其の先に何か正しいコトがあるような気がしていたんです。」
「… …… … ……」
「そう云う意味では、私達も同罪です。研究所で行われていた実験(コト)も、我々は知っていた。… ………知っていたにも関わらず、全てに眼を伏せていた。」
 喜緒が廊下の床に眼を落しながら、悔恨を滲ませながら言葉を紡いでいく。
「… ……私も、尺丸も。もう、此れ以上過ちは犯さない。其の誓いだけが、今の我々を動かしているのです。」
「…… …… …」
「安心して下さい、竹田さん。我々が、あなた達のコトを必ず助けます。寺の外には車をつけている者と共に、後、幾らかの有志がいます。彼等も、機を見て加勢してくれる。其れ迄、少しの間、頑張って下さい。」
「… ……ああ。有難う、喜緒。… …そうだ、阿川は… …アイツから連絡はあったのか?」
(イエ)、今日、竹田さん達が別院に移送されたコトを知って直ぐ、我々は動き出した為、建砂様と連絡をとっていません。只、現時点で此処に到着していないコトは確かです。」
「…… …阿川…… …まさか、アイツの身にも何かが… …」
 俺は阿川の身を案じて、激しく動揺してしまう。其の所為で態勢が崩れそうになる俺を、喜緒は甲斐甲斐しく受け止めつつ、廊下を歩き始めるのだった。
「……残念ながら、そう考えるのが妥当でしょう。…… …ただし、そう簡単に奴等の思うようにはならない。… …建砂(ケンザ)様は必ず、私達の前に現れてくれるハズです。」
 此れほど切迫した状況にも関わらず、直ぐ横にある喜緒の顔は晴ればれとして、ある種の確信を持った表情を浮かべていた。阿川への信頼の証だった。
「…… …… …そう云えば、俺はどれくらい意識を失っていたんだろう」
「…… ……今日は、日曜です。…… …時刻は、午後三時。あなたは昨日の夜、刃室に勾引(かどわ)かされ、軍の保有する列車で移送されてきました。」
 確か、俺は片倉に麻酔銃を撃たれたのだった。麻酔の所為で時間の感覚も分からなくなる程に昏睡したのだが、其れが結果的に幾らかの休息をもたらした。まだ頭がぼうっとはするものの、身体中の傷の痛みも少し和らいだ気がする。
「… ……大本堂では現在、数十人の上位僧で構築された極結界(キョクケッカイ)によって森山我礼(モリヤマガレイ)が封じ込まれ、戒約の葬、詰まり超能力(チカラ)の引き剥がしが始まっています。此れから七日の時を経て、森山の超能力(チカラ)は七つに分離され、軍と正道高野にて予め用意した『超能力(チカラ)の器』へと引き継ぐ。……其れが彼らの計画の全てです。」
「…… … …… …」
「…… …… … …竹田さん、此方へ」
 喜緒の云う方向へ顔を向けると、人気の無い広い回廊の脇、殆ど目につかないような場所に細く薄暗い廊下があった。陽の光が届かない為、奥まで見通すコトが出来ない。
「此の先には階段があり、寺の裏手に続いています。普段は仏門に入ったばかりの修行僧が掃除等、日常業務に使用しています。どうやら、此の通路は軍の人間には知られていないようで、先刻(さっき)も確認しましたが、今の所、見張りは居ません。…… …急ぎましょう」
 喜緒の肩を借りながら俺は暗い廊下を進んでいくと、やがて行き止まりとなり、足元に階段が姿を現した。喜緒が俺の肩を軽く押し、先へと促す。俺は幅の狭く急な階段を、一段ずつ確認するように降りて行った。見上げると喜緒はまだ階段には足を掛けず、注意深く後方を警戒しながら、俺が安全に階段を降り切るのを見守っていた。足を踏み外さないよう、気をつけながら歩を進めると、やがて眼下に地上が見えてきた。ぼんやりと陽の光に照らされ、土留色(どどめいろ)に鈍く光っている。階段は其の儘、寺の外へと繋がっているのだった。
「……… … ……」
 階段を降り地面に素足をつけると、自然の冷気がひんやりと伝わってくる。眼の前には直ぐ其処迄鬱蒼とした森が迫っており、此の寺がとんでもない山奥に建てられているコトが分かった。まだ陽が落ちるには時間あるにも関わらず、背の高い木々の所為で木陰になっていて辺りは薄暗い。
「…… … … …辺りに見張りはいませんね」
 後ろから降りてきた喜緒が小さく声を上げた。確かに見渡した所、それらしい姿は見当たらない。
「……よし。其れでは、此方です。急ぎましょう…」
 奥深い自然に圧倒されている俺の眼を覚ますように、喜緒が云った。そして俺に対して再び肩を貸そうと、此方に近づいてきた。
「… …(イヤ)、喜緒。大丈夫だ。有難う。大分、回復してきた。一人でもなんとか歩ける。行こう」
「…… …そうですか。良かった。其れでは、私から離れないようについてきて下さい」
 仄かに笑顔を此方に向けながら、喜緒は俺を先導し歩き始める。屋外の明かりの下、浮かんだ喜緒の姿は、正しく言い伝えでしか聞いたコトがない忍者のような服装をしていた。漆黒で包んだ全身に、手足の関節部は鉄板のようなモノで固く保護されている。本来は頭部を包むモノもあるのだろうが、今は装着していなかった。
 其れから俺達は暫く草むらを掻き分けながら道無き道を進んだ。三十分程歩いただろうか。やがて、鬱蒼と茂る草むらが終わり、比較的開けた空間に出てた。
「…… …広い… …」
「… ……昔、此の辺りにあった山城の曲輪(くるわ)です。… ……此処で、尺丸と待ち合わせをしています。…… …既に定刻のハズですが… …」
 喜緒はそう云うと、口を薄く開けて小さく鋭い口笛を吹いた。
 すると、遥か向こうの草むらから、喜緒と同様の漆黒の姿をした男と、其れに隠れるように出てくる人影があった。
「…… …竹田さんッ」
 果たして、其れは序開だった。
「序開ッ!」
 漆黒の忍者のような風貌の男は、頭部も隠れるような頭巾を被り目元しか見えない為、一見誰だか分からなかったが、口元の布を無造作にずらすと、その下から見覚えのある顔が現れた。
「…… …大丈夫だったかッ!」
 尺丸は俺と喜緒の顔を交互に見つつ、快活そうな笑顔を浮かべて声を上げた。
「… …おい、声が大きいぞ」
 喜緒が尺丸のコトを嗜めるが、尺丸は得意げに云った。
「今の所は、大丈夫さ。俺たちが此処について暫く経つが、奴等が探している様子は無い。やはり、此の立地を選んだのは英断だ。土地勘が無いと此処に辿り着くのは困難だろう。流石、建砂(ケンザ)様だ。」
「……ああ。その通りだ。…… …だが、油断するな」
「分かっている。…… …竹田さん、よくぞ、ご無事で」
 尺丸が俺に顔を向けて、気遣うように云った。
「… ……ああ、有難う、尺丸。……本当に、君達には感謝している。」
「…… …まだ、礼を云うのは早いですよ。礼は、此処から逃げ抜いてからです。… ……其のトキは、酒でも馳走して下さいよ」
 人懐っこそうな笑顔を見せながら云う尺丸の軽口に、思わずふっと笑みがこぼれる。
「…… …ああ、勿論さ。一番好い酒で祝おう」
 俺も其れに軽口で返すと、周りで聞いていた喜緒と序開からも、俺の意外な軽口に小さく息が漏れた。
「… ……さて、此処からはもう少し歩かないと不可(いけ)ません。後一息、頑張って下さい。竹田さん、序開さん、身体は大丈夫ですか?」
 其れから喜緒が切り替えるように、気を取り直して云った。俺と序開は静かに頷いて返事をする。尺丸も其れを見て、決意するように喜緒に目配せをした。
 其れから俺達は、喜緒を先頭、尺丸を殿(しんがり)にして再び歩き始めた。辺りを見回すと、昔の名残なのか、小さく積み上がった石垣があった。遥か遠い歴史の残影のみが、時を止めたように静かに今も佇んでいる。
「…… …竹田さん。」
 直ぐ後ろから、序開の声が聞こえてきた。
「……序開、怪我は無いか?」
(イエ)、私は何処も。竹田さんこそ、身体中、血だらけで… ……」
「……ああ。… …少し、な。只、もう大分血は止まっている。問題無い。」
「… …歩くのが辛かったら、云って下さい。肩を貸しますから」
 真剣な眼差しで俺を見る序開。其の眼に対して、俺は躊躇してしまう。水川のコトを云うべきか。俺の説得にもついに応じず、戒約の葬に向かってしまったアイツのコトを。序開の名を聞いて、苦渋の表情を見せたにも関わらず、進むコトを止めなかった、アイツのコトを。
「… ………! … …… …まさかッッ」
 小さく鋭い声に、俺と序開は瞬間的に顔を上げた。今、声を発したのは、喜緒だったのか。一瞬誰の声か分からず、俺は後ろを向いて尺丸の方を見ると、尺丸の方も忙しなく辺りを警戒している。
「… ……どうしたんだ?」
 俺はどちらに聞くともなく云った。眉間に稲妻のような皺を寄せた喜緒が、目線だけを此方に向けて云った。
「…… … …っくッ。奴等が、追ってきていますッ」
 そう云いながら喜緒が苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「何故、此の道が分かったンだッ!?軍の人間で高野山(ヤマ)に詳しい連中なんて……」
「… …不坐(フザ)… ……?」
 俺の唐突な呟きに、喜緒と尺丸が一斉に顔を向けた。
「……… …。… … ……成る程。そうかも知れませんね… …」
 地面に眼を落し、独り言ちる喜緒。不坐はかつて、正道高野に在籍していた。
「… …… … ……何人、追っ手は居るんだ?」
 俺は未だ変化の無い周辺を見回しながら、喜緒に聞いた。だが、喜緒は何かを必死で考えているのか、俺の問いに答える様子が無い。其の無言を引き取って、後ろから尺丸が答える。
「…… ……恐らく、五人」
「五人だって!?」
「真っすぐ、迷い無く此方に向かっている。… … …… ……だが、奇妙だ。こんなに早く追いつかれるなんて。俺と序開さんには絶対に尾行はついていなかった。喜緒の方も同じだ。俺達に気配を悟られずに尾行するなんて、そんなコト不可能だ。…… … ……幾ら不坐と云えども… ……」
 尺丸の言葉からは苛立ちと焦りが滲み出ていた。が、そんな俺達に猶予等無いかのように、喜緒の声が再び空気を切り裂いた。
「… ……来ますッツ!!」
 先ほど、俺と喜緒が来た方の草むらから、ぞろぞろと人影が現れた。最初に現れた三人は軍服を来た男たちであり、此方に向かって速やかに小銃(ライフル)を構えた。そして少し間を置き、其の後ろから遅れて人影が現れる。
「… ……真願(マガン)……」
 序開がぽつりと呟いた。俺達は銃を構えた軍人達の間から現れた、其の異質な男に眼を奪われる。
「…… … …… ……見ィーつけたァ… …」
 用心金(トリガーガード)に人差し指を突っ込み、拳銃(ピストル)本体をクルクルと回しながら不敵な笑みを浮かべる男。此の男が、もう一人の超能力戦士(サイコソルジャー)真願正一(マガンショウイチ)だった。真願は軍服を身に纏っているモノの、上着のボタンを全て外して無造作に羽織っている。また、肩まである長髪を整髪料で撫でつけていた。其の風貌はとても軍人とは思えないような砕けた装いだった。
「… ……くくく。もう、逃げられないよ…」
 真願は空いた方の手の甲で、口を抑えつつほくそ笑む。喜緒と尺丸が俺と序開の前へと歩み出て、保護するように立った。
「… ……私と尺丸が、奴等の相手をします。お二人は、私達の後ろに居て下さい。離れすぎないように。…… …尺丸、まずは小銃を構えた連中を倒すぞ」
 喜緒は庇うように俺達の方へ左手を添えながら、右手を懐に突っ込み数珠を取り出した。
(オウ)ッ。小蠅(コバエ)等、とっとと散らそうぞッ」
 喜緒の声に答えつつ尺丸が両腕を身体の外へと開く。伸ばした其の手には其々、数珠が握られていた。其の両手を一気に胸の前で合わせると、周辺に破裂音が響き渡った。合わせた両手が目まぐるしく印を結び始めると共に、尺丸の口から呟くような念仏が聞こえてくる。
「オン・ビロダキャ・ヤキシャ・ヂハタエイ・ソワカ… …」
 同時に喜緒の方も、数珠を握った右腕を軍人へと突き出すように構え、一心に念仏を唱え始めた。
「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカッ… ……」
「撃てェエッッツ!!」
 俺の近くに鳴り響いていた念仏の声をかき消すかのように、山中に真願の号令が響き渡る。其れを契機として、三人の軍人の構えた銃口が、閃くように何度も光った。
「きゃああああああッ!!」
「…… …クッ……」
 小銃(ライフル)から幾つもの銃弾が吐き出される。俺と序開は思わず悲鳴を上げ、地面に臥してしまった。頭を抱えて蹲った序開を後目に喜緒を尺丸を見上げると、彼等の身体の周辺には透明の磁場のようなモノが発生し、飛んでくる夥しい数の銃弾を防いでいた。磁場にぶつかった銃弾は鋭い金属音を響かせて弾けて消えた。
「おい、喜緒ッ!… …何なんだッ、奴等の小銃(ライフル)自動発射(オートマチック)なのかッ?… ……滅茶苦茶に弾丸を吐き出してくるぞッ」
「…… …ああ。厄介だなッ。…… … …だが、無限では無い。… ……何時か、必ず弾は尽きるッ」
 防戦一方な状況で、喜緒が尺丸に目線だけを向けて云った。そして喜緒の云う通り、掃射の切れ目があった瞬間。喜緒は腰を下げて駆け出し、鋭く一気に距離を詰める。
「……尺丸ッ!援護頼むッ」
(オウ)ッ!任せろッ」
 離れた喜緒に向かって尺丸が集中するように手を合わせると、喜緒の周辺にも磁場のような防壁が浮かび上がった。
「… ……破ァッ!!」
 防壁で守られた喜緒が数珠を持った右手を振り上げると、軍人達の手から小銃(ライフル)が弾け飛んだ。突然のコトに軍人達が狼狽する。更に次の瞬間には、彼等の身体は後方に吹き飛ばされ、物凄い勢いで木々に叩きつけられた。其の儘地面に倒れ込んだ軍人達が、身悶えながら次々に意識を失っていった。
「…… … ………」
 直ぐ後ろには、その光景を眺めるように真願が先ほどと変わらず立ち続けている。
「…… …!… … ……喜緒ッ」
「…… … …ああ。」
 尺丸と喜緒の視線が、真願の後方へと注がれる。俺も彼等の視線を追いかけると、真願の後ろから人影が現れた。
「…… … ……不坐(フザ)ッ… ……」
 無意識に俺の口から言葉が漏れた。白シャツを腕まくりし、泥土色(カーキ)の国民服ズボンに身を包んだ不坐伊比亜(フザイビア)の姿が其処にあった。蓬髪(ほうはつ)に無造作に手櫛(てぐし)を入れながら、奴は不敵に此方を眺めている。
「… ……不坐ッツ!!!貴様ァアッ!!」
 尺丸も其の姿を認めた瞬間、抑え切れない言葉を叫びに変えた。不坐がゆっくりと隣に立つ真願に声を掛ける。
「… …… …… …… …やるじゃねェか、正一(ロク)。やはり軍の(イヌ)なだけある。」
「……… … ……へッ。止めてくださいよ、伊比亜(イビア)旦那(ダンナ)。犬じゃァなくって、己等(オイラ)通り名(コード)山猫(ヤマネコ)だって、何度云ったら分かるんスか。」
 真願が拳銃(ピストル)を傾けて不坐に抗議する。
「…… …(ウルセ)ェよ。犬猫どっちでも構やしねェぜ。」
「… …… …チェッ、敵わねェな、旦那には。…… …然し… ……」
 奴等のやりとりを後目に喜緒と尺丸が再び印を結ぶように構え始めた。だが、不坐と真願はまるで此方を意に介すコト無く、尚も話を続ける。真願がついと此方に眼だけを向けた。
「… …… …追い付けて良かった。己等(オイラ)の器… …… ……易々(ヤスヤス)と逃すワケには不可(イカ)ないモンねェ… ……」
 其の抜け目ない目線は、序開を捉えていた。俺は重い身体を何とか動かして、序開の前へ立ち塞がった。
「… …… ……喜緒ッ」
 尺丸が神経質そうに直ぐ眼の前に居る喜緒に声を掛けた。
「…… …なんだ」
「……真願正一の超能力(チカラ)の詳細は」
「…… … …… …千里眼の一種、と云うコトしか。」
「……… ……矢張り、其処までの情報か」
 胸の前で合掌した儘、尺丸が言葉を紡ぐ。
「… ……建砂様なら、何か知っておられるのかも知れないが… …」
「…… …(イヤ)。千里眼と云うコトは、法力のような物理破壊力を有する超能力(チカラ)では無いハズだ。」
「… ……確かに。念動力(サイコキネシス)使いが一人と云う所に、つけ入る隙がある。不坐の超能力(チカラ)は強大だが、私達が力を合わせれば、なんとかなるだろう。」
 喜緒は自身に云い聞かせるように云った。そして、続けて俺たちにも語り掛ける。
「… ……竹田さん、序開さん。…… ………不坐迄が追って来た今、あなた達を庇いながら戦うのは不可能です。… ……私と尺丸が超能力戦士(ヤツラ)の相手をしている間に、あなた達は此処から逃げて下さい。…… …あなた達の後ろに続く獣道を真っすぐ行けば、やがて合流地点の道路へと行きつく。」
「…… ……喜緒ッ……。そんな、君達は… …」
「… ……我々は、大丈夫です。…今は、此れが考え得る限りの最善です。… ……どうか。……… …どうか、あなた達だけは、なんとしてでも、生き延びて下さい」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み