第17話 学徒と水使い#9
文字数 3,640文字
表向きは研究施設とされているのを見れば分かる通り、国にとっては都合の悪い施設だ。排除対象としているのは、何も悪人に限らない。善人であろうと悪人であろうと、彼らの意見が明らかに真っ当であろうと、
国の方針に異議を申し立てる者
が国益を脅かす者とみなされるから。平たく云えば、只、大層な設立目的に反して実情はかなり違う。
此の機関に送られてくる人間と云うのは大体、十三歳から十五歳までの身寄りの無い子供たち。そして、こんな機関に送られてくるような子供だから、其の性質は伺い知れる。つまり、性格が破綻した者たちが大半なのだ。設立当初は国も従順な
マトモ
に卒業できるのは二人居れば上々だった。毎年十名から二十名程が補充されるので、其れから見てもかなり少ない卒業者だ。卒業者がゼロなんて年も珍しくない。じゃあ、卒業できない奴はどうなるのかと云うと、ソイツ等は浮浪化して裏社会で身銭を稼ぐ事になるのだった。外道に身を落とす奴も少なくない。機関を卒業できた者は
私とヨウコは十三で入所した。其れまでは、こういった養成施設や学校には行った事がなかった。生きる為に必要な最低限の知識は、全て両親から教えてもらった。後は、両親が請け負った
私たちの本当の両親は居たみたいだけれど、其の頃の記憶は既に無い。だから、私のお父さんとお母さんは
物心ついた時から私とヨウコは人を殺していた。父さんの鋭い短刀
ファイヤ・スターター。
確かにネクラ野郎が云う通り、機関に在籍している時の私のあだ名は
今でも感情の抑える事ができない事をヨウコに注意される事があるけれど、機関に居た頃は比べ物にならない程酷かった。理由はハッキリと分からないけど、思い返してみれば周りに居る連中の死んだような目つきや、教官連中の私たちをゴミのように扱う態度に、どうしようも無く苛立っていたんだと思う。
私が入所した当初から、私とヨウコに対する周りの目は厳しい物だった。元々、世間で問題のある連中が集まる場所。在籍する者は既に殺しの経験がある奴も居て、鳴り物入りで入った私たちは恰好の的だったのだ。だから、私たちに喧嘩を吹っ掛ける、というよりも殺害しようとする輩は後を絶たなかった。
在籍時から
ネムたかった
。短絡的に、意思もなく勢いだけの奴等。そんな連中に私とヨウコが「アンタの其の身体、ウワサ通りだったんだね。」
ネクラ野郎が懲りずに話掛けてくる。私は其の言葉で不図我に返った。
「… ……」
「死んだってのは本当だったんだ。まさか、天下の絶姉妹が
「…ッせーよ、此のネクラ野郎ッ」
「機関では、誰もアンタに勝てる奴は居なかったモンね。… …にしても、アンタほどの奴を殺す…、其の…竹田… …って奴?一体何者なんだ?どんな卑劣な手を使ったんだろうね。考えただけでワクワクする」
「… …… …何?」
此奴、竹田の事を知らない?殺しの標的にしているのに?
「… …まぁ、良いや。実は俺って意外と、強い奴と
そう云いながら、ネクラ野郎は手の甲で口を隠しながら俯きがちにクククと笑った。あの笑い方は心底、神経に障る。だが、こんな事をしてる間にも竹田たちはデーモンに襲われている。あまり悠長にしている時間は無い。
「… …あんたのクソ詰まらない話に付き合ってるヒマはないね。今すぐ此処から消えないんなら、とっとと死んでもらうケド」
私は何時でも奴に飛び掛かる準備をする。重心を低くして、奴がちょっとでも隙を見せたら一気に食らいついてやる。私は苦無を持った手を胸の前で交差させ、其の鋭い刃先をネクラ野郎に向けた。
「…… …正直な事云うと、俺はアンタに勝てる見込みはあるよ。……ズバリ、心理面。其れは屹度アンタの最大の弱点だ」
「…… …好きに云ってろ」
「… …あ、そうそう。アンタは俺の事、覚えてないんだよね。俺は
「知るかッ!」
「あ、ちょい、タイム」
ネクラ野郎が唐突に此方に右手の平を向けて云った。
「忘れてた。… …ゴム、ゴム… …。ちょっと待ってね。髪の毛結ぶわ。戦う時、邪魔だから。」
そう云いながら、ウィンドブレーカーのポケットからヘアゴムを取り出して口に咥えると、顔面を覆っていた前髪と後ろ髪を両手で豪快にかき上げ、頭の後ろで束ね始めた。左耳に絡みついた夥しいほどのピアスが眼に入る。なんだ、此奴。最初に会った時から感じていたけれど、本当に無防備過ぎる。
「…… …」
此の男のあまりにも間の抜けた行動に私は一瞬呆気にとられたが、すぐに気分を切り替える。此奴の茶番に付き合っている暇は無い。さっさと
私は眼を見開いて、全ての神経を眼の前の獲物に集中させた。思い切り蹴った地面が抉れ、舗装されていない箇所の土が宙に弾け飛ぶと共に、私は敵目掛けて一散にダッシュする。狙いは奴のあの白い首筋だ。
其の時、ネクラ野郎が一瞬此方に向かって流し眼するのが見えた。其れと共に、私の頭の中で勘が鋭く囁いた。奴の性質。
「……!… ……ほおー!」
敵が感心したように小さく声を上げるのを眼の前に捉えていると、背後に奇妙な気配を感じた私は、思い切り地面を蹴って後方に飛んだ。
其の時、気がついた。私の周りには、何時の間にか真っ黒い形をした何かの影が幾つもあった。一つ宙返りして、敵に距離を空けて着地する。顔を上げて眼の前を確認すると、今しがた私が立っていた所には、黒い亡霊のような黒い塊が3つ居た。更に奴の足元には、地面から上半身だけを出した2つの黒い塊。其の計5つの影の後ろで、相変わらずの下品な笑いを上げるネクラ野郎が、束ねた髪をヘアゴムでまとめながら云った。
「さッすが、絶姉妹ッ!こいつ等を察知して避けるなんてすごいね。危機察知の力が半端無い。」
「……此れは… ……悪霊?…… てめェ、
さっさと燃やして殺す。一番最適で最善な手段で、最短で。竹田、ヨウコ、もう少し待ってて。小林は