第17話 学徒と水使い#9

文字数 3,640文字

 かつて私とヨウコが居た山梨県山中に存在する此の機関は、通称を殺人教育機関と呼ばれていた。其の呼び名が示す通り、此の機関では四年間、人殺しに関する様々な養成教育がなされていた。一体何故、こんな施設が作られたのか?なんて陳腐な問いの答えは入所してすぐに分かる。何故って、施設の偉い人がドヤ顔で設立目的を説明してくれるから。曰く、『国益を脅かす勢力を速やかに排除する戦力の養成』。最初に聞いた時は意味が分からなかったけど、其の内理解できるようになった。要は、国の汚れ仕事請負人。設立者は国家だった。
 表向きは研究施設とされているのを見れば分かる通り、国にとっては都合の悪い施設だ。排除対象としているのは、何も悪人に限らない。善人であろうと悪人であろうと、彼らの意見が明らかに真っ当であろうと、

が国益を脅かす者とみなされるから。平たく云えば、(オレら)の云う事聞かない奴は躊躇無く殺すよ?ということ。(ヤツラ)は法律の外側に私たちのような暗殺者(アサシン)を子飼いする事で、涼しい顔をしながら邪魔者を消している。国の秩序というものは何時の時代もそうやって保たれているのだった。
 只、大層な設立目的に反して実情はかなり違う。
 此の機関に送られてくる人間と云うのは大体、十三歳から十五歳までの身寄りの無い子供たち。そして、こんな機関に送られてくるような子供だから、其の性質は伺い知れる。つまり、性格が破綻した者たちが大半なのだ。設立当初は国も従順な暗殺者(アサシン)を養成すると大風呂敷を広げていたようだけれど、そんな破綻者が都合良く育つわけも無かった。機関のカリキュラムに耐えらない者や、そもそも意思の疎通も儘ならない者。人としての最低限の能力が欠落した者が大半だった為、結局、国の思惑どおり

に卒業できるのは二人居れば上々だった。毎年十名から二十名程が補充されるので、其れから見てもかなり少ない卒業者だ。卒業者がゼロなんて年も珍しくない。じゃあ、卒業できない奴はどうなるのかと云うと、ソイツ等は浮浪化して裏社会で身銭を稼ぐ事になるのだった。外道に身を落とす奴も少なくない。
 機関を卒業できた者は暗殺者(アサシン)として、都内の事務所から依頼を受けて仕事を行う。私とヨウコは機関に在籍している時から、不定期に俄然原(がぜはら)から仕事を請け負っていた。一年前に機関を卒業して暗殺者(アサシン)として活動を始めようとした矢先、私たちは両親の仇である竹田の暗殺依頼を請け負った。で、今に至るってワケだ。
 私とヨウコは十三で入所した。其れまでは、こういった養成施設や学校には行った事がなかった。生きる為に必要な最低限の知識は、全て両親から教えてもらった。後は、両親が請け負った暗殺稼業(シゴト)を手伝いながら、社会の中で必要な生きる術を身に着けていった。
 私たちの本当の両親は居たみたいだけれど、其の頃の記憶は既に無い。だから、私のお父さんとお母さんは裏社会(コッチ)では名の通った絶ファタマと絶クォリの暗殺者夫婦だ。
 物心ついた時から私とヨウコは人を殺していた。父さんの鋭い短刀(さば)きや、母さんの二丁の短機関銃(ウージー)から紡がれる踊るような銃弾(バレット・バレエ)。其の姿を見ながら、私たちは何時かそんな風になりたいと思いながら育った。
 ファイヤ・スターター。()な名前だ。此の名前には少しも良い思い出が無い。
 確かにネクラ野郎が云う通り、機関に在籍している時の私のあだ名はブチ切れ屋(ファイヤ・スターター)だった。由来は、私が手が付けられない程の生徒だったからだ。
 今でも感情の抑える事ができない事をヨウコに注意される事があるけれど、機関に居た頃は比べ物にならない程酷かった。理由はハッキリと分からないけど、思い返してみれば周りに居る連中の死んだような目つきや、教官連中の私たちをゴミのように扱う態度に、どうしようも無く苛立っていたんだと思う。
 私が入所した当初から、私とヨウコに対する周りの目は厳しい物だった。元々、世間で問題のある連中が集まる場所。在籍する者は既に殺しの経験がある奴も居て、鳴り物入りで入った私たちは恰好の的だったのだ。だから、私たちに喧嘩を吹っ掛ける、というよりも殺害しようとする輩は後を絶たなかった。
 在籍時から暗殺稼業(シゴト)をしていた私たちにとっては、奴らは総じて

。短絡的に、意思もなく勢いだけの奴等。そんな連中に私とヨウコが()られるわけがない。半殺しにして血まみれになっても、奇妙な笑みを浮かべながら私を見る奴等。其の顔面を見て、私はコイツ等と相容れない事が分かった。
「アンタの其の身体、ウワサ通りだったんだね。」
 ネクラ野郎が懲りずに話掛けてくる。私は其の言葉で不図我に返った。
「… ……」
「死んだってのは本当だったんだ。まさか、天下の絶姉妹が()られて幽霊になるなんて、こんなに面白いコトはないや。」
「…ッせーよ、此のネクラ野郎ッ」
「機関では、誰もアンタに勝てる奴は居なかったモンね。… …にしても、アンタほどの奴を殺す…、其の…竹田… …って奴?一体何者なんだ?どんな卑劣な手を使ったんだろうね。考えただけでワクワクする」
「… …… …何?」
 此奴、竹田の事を知らない?殺しの標的にしているのに?
「… …まぁ、良いや。実は俺って意外と、強い奴と()り合うの好きなんだよね。竹田さんと()るの楽しみにしとくよ。それよりも、まずは眼の前居る絶姉妹の片割れ。くすッ。… …俺は機関に在籍時代、アンタたちには喧嘩売らなかったよ。だって、面倒臭いんだモン。素行が悪いと評価にも影響があるからね。俺みたいな底辺はそういう所に気を使わないと。」
 そう云いながら、ネクラ野郎は手の甲で口を隠しながら俯きがちにクククと笑った。あの笑い方は心底、神経に障る。だが、こんな事をしてる間にも竹田たちはデーモンに襲われている。あまり悠長にしている時間は無い。
「… …あんたのクソ詰まらない話に付き合ってるヒマはないね。今すぐ此処から消えないんなら、とっとと死んでもらうケド」
 私は何時でも奴に飛び掛かる準備をする。重心を低くして、奴がちょっとでも隙を見せたら一気に食らいついてやる。私は苦無を持った手を胸の前で交差させ、其の鋭い刃先をネクラ野郎に向けた。
「…… …正直な事云うと、俺はアンタに勝てる見込みはあるよ。……ズバリ、心理面。其れは屹度アンタの最大の弱点だ」
「…… …好きに云ってろ」
「… …あ、そうそう。アンタは俺の事、覚えてないんだよね。俺は真崎今日介(まさききょうすけ)って云うんだ。絶姉妹に覚えてもらえれば、其れはまったくもって、この上なく光栄だよ。」
「知るかッ!」
「あ、ちょい、タイム」
 ネクラ野郎が唐突に此方に右手の平を向けて云った。
「忘れてた。… …ゴム、ゴム… …。ちょっと待ってね。髪の毛結ぶわ。戦う時、邪魔だから。」
 そう云いながら、ウィンドブレーカーのポケットからヘアゴムを取り出して口に咥えると、顔面を覆っていた前髪と後ろ髪を両手で豪快にかき上げ、頭の後ろで束ね始めた。左耳に絡みついた夥しいほどのピアスが眼に入る。なんだ、此奴。最初に会った時から感じていたけれど、本当に無防備過ぎる。
「…… …」
 此の男のあまりにも間の抜けた行動に私は一瞬呆気にとられたが、すぐに気分を切り替える。此奴の茶番に付き合っている暇は無い。さっさと()ってしまおう。
 私は眼を見開いて、全ての神経を眼の前の獲物に集中させた。思い切り蹴った地面が抉れ、舗装されていない箇所の土が宙に弾け飛ぶと共に、私は敵目掛けて一散にダッシュする。狙いは奴のあの白い首筋だ。
 其の時、ネクラ野郎が一瞬此方に向かって流し眼するのが見えた。其れと共に、私の頭の中で勘が鋭く囁いた。奴の性質。身体防護服(ボディ・アーマー)を着込む程の用意周到さ。此方を見る時の含みのあるような視線。此の儘突っ込んでいけば、何かヤバいと直観が云った。私は直ぐに足を止め緊急停止する。
「……!… ……ほおー!」
 敵が感心したように小さく声を上げるのを眼の前に捉えていると、背後に奇妙な気配を感じた私は、思い切り地面を蹴って後方に飛んだ。
 其の時、気がついた。私の周りには、何時の間にか真っ黒い形をした何かの影が幾つもあった。一つ宙返りして、敵に距離を空けて着地する。顔を上げて眼の前を確認すると、今しがた私が立っていた所には、黒い亡霊のような黒い塊が3つ居た。更に奴の足元には、地面から上半身だけを出した2つの黒い塊。其の計5つの影の後ろで、相変わらずの下品な笑いを上げるネクラ野郎が、束ねた髪をヘアゴムでまとめながら云った。
「さッすが、絶姉妹ッ!こいつ等を察知して避けるなんてすごいね。危機察知の力が半端無い。」
「……此れは… ……悪霊?…… てめェ、死霊使い(ネクロマンサー)か。道理で、性格が悪そうな(ツラ)してると思った。……… ……だけど、小手先だけじゃ、此のアタシには勝てないよ。」
 さっさと燃やして殺す。一番最適で最善な手段で、最短で。竹田、ヨウコ、もう少し待ってて。小林は()らせない。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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