第41話 夕暮れに遠雷は閃いて#2
文字数 4,586文字
其れから直ぐに、私は車内が騒がしいコトに気が付いた。どうやら隣に座っているマキちゃんが、前の座席に手を回しながら運転手のおじさんと大きな声で話をしていたのだ。
「アハハ。酷い云い方ァ」
「いやいや、ほんとなんだよ。此の辺なんて、観光するトコなんてなーンも無いんだから。何の変哲も無い田んぼばーっかり。嬢ちゃんたちには悪いケド、期待するだけ無駄だからねェ。」
「もう、おじさんったら、地元民のクセに地元のコトディスりすぎ。めっちゃウケルんだけど」
「ハハハ!嬢ちゃんこそ、よく喋るし面白いコだねェ。いっそのコト、ホステスさんにでもなったら、大層人気が出るだろうよ」
「そう?んじゃ、アタシ、幽霊女子高生ホステスになってみようかな、なんて。… …あ、ヨウコ。起きたの?此の運転手のおじさん、めーっちゃ面白いんだから。」
話を聞くと、どうやら私が眠っている内に世間話が始まったそうだ。きっかけは運転手のおじさんからだった。タクシーが出発して直ぐに、後部座席に座っている私とマキちゃんを見て運転手のおじさんが率直に質問を投げかけてきたらしい。なんだか私たちの身体が透けているように見えるとのコト。
式神である
そんな運転手のおじさんの問いに対して、疲れていたけれど暇を持て余していたマキちゃんが、良い話相手が出来たと云わんばかりにおじさんに話をするものだから、後はすっかり意気投合してしまって話込んでいる最中と云うのが今までの話の流れらしい。運転手のおじさんは、マキちゃんの『私たちワケ合ってこういう身体になっちゃったんです!』というあまりの砕けた説明にも、まさかこんな能天気な幽霊のコが居るなんて、と逆に好感をもって面白がってくれているようだった。
「いやぁ、しかし、長生きはするモンだねェ。嬢ちゃんみたいな面白いコにも出会えるし。こんなに陽気な幽霊ちゃんなら、夜中でも何時でも歓迎なんだけどねェ」
「うふ。良かったね。そンじゃあさ、私たちみたいな珍しい生き物が拝めたんだから、見物料として今日の運賃タダにしてくれても良いんだよ?」
「えぇー!其れは、
そんな感じで車内は賑やかな雰囲気に包まれていた。竹田さんも面白がって話に加わりながら、何時ものようにマキちゃんにちょっかいを掛けていた。其れに対してマキちゃんが威勢良く食いつくと云う、半ば夫婦漫才のようなやり取りも、運転手のおじさんの笑いを大いに誘っていたのだった。
「… …。… …あ、そうそう。珍しいと云えばさ、アンタたちが此れから行く草薙村にも、十数年かくらい前に、変わったコトがあったねェ」
運転手のおじさんが、話の中で不図思い出したかのように云った。其の言葉に対して、竹田さんもマキちゃんも敏感に反応する。
「変わったコト?」
「あぁ。草薙村に怪物が現れて、住人が襲われそうになったとか何とか云ってたなァ。」
「… …怪物って… …」
私たちは直観的にデーモンのコトだと思った。デーモン。単なる化け物だと思っていたけれど、其の実はクライン76で
「怪物って云ったら、其の儘の意味だよ。怪物。身体が大きくて毛むくじゃらで、被害を受けた住人曰く、最初は熊だと思ったらしい。昼間の出来事だったそうだよ」
「… …それで、其の時は結局どうなったんですか?」
思いがけない話に竹田さんも質問をせざるを得ないと云った雰囲気だ。
「聞いた所によると、村の住人総出で猟銃やら何やらで応戦して、なんとかやっつけたとか云ってたね。その後は直ぐに警察が駆け付けて来て、さっさと後処理して帰ってったよ。其れで運が良いコトに、住人は皆無事だったらしい。普段は平穏なこんな小さな集落での事件だから、其の時はえらく騒々しかったのを覚えてるなァ… …」
あの狂暴なデーモンを村の人たちだけで退治する。私たちは運転手のおじさんの話を静かに聞いていたけれど、皆内心ではそんなコトが本当に可能なのだろうかと思っていた。あの凶悪な力や速さを持った化け物に、村の人たちが手持ちの武器だけで対応できるとは
「其れでね、後から村の人に聞いたけれど、其の怪物のコトに関しては他言無用だって警察からキツーく云われたらしいよ。村の皆も面倒事に巻き込まれるのはイヤだから、大人しく警察のゆうコトに従ったケドさ。一体、アノ怪物は何なんだろうねェ」
人気の無い山道を1時間ほど走ると、唐突に視界が開けて広々とした田園風景が広がってきた。どうやら草薙村に着いたようだった。村の周囲を囲むように遠目に山々が見え、広大な平野の中に民家が点在している。其々の家が所有する田畑も広く、栽培された菜の花畑は美しい黄色一色に染め上げられていた。
「なに、やっと着いたの?」
マキちゃんが伸びをしながら欠伸をする。目尻に薄く涙が見えた。
「お疲れ様、草薙村だよ。…えっと、どの辺に下ろせばいいかな?」
運転手のおじさんが、助手席の竹田さんに声を掛ける。竹田さんは携帯のメモ書きを見ながら窓の外を確認した。
「そーっすねェ。… …もう少し走ったところに民家が4件くらいあると思うんで、其の辺まで頼みます。」
「了解ー」
竹田さんの誘導で其処から更に5分ほど車を走らせると、村の中では珍しく唯一建物が密集しているところに着いた。
タクシーは一番手前の家の前で止まり、私たちは漸く狭い車内から身体を開放するコトが出来た。竹田さんが運転手のおじさんにお金を払って車を下りると、おじさんは車内から私たちに大きく手を振って、其れからさっさと車を発車させて元来た道を帰っていった。時刻は既に16時を過ぎていた。
「さて、三四郎じいちゃんの家はどこなの?」
マキちゃんが周辺を見渡しながら云う。辺りには穏やかな空気が流れていたが、人の気配は無い。
「えっと… …。此れ、か。多分、此の道だと思う。」
竹田さんは4件ある内の、手前の2件の民家に挟まれた道を指さした。舗装されてはいるけれど、
「人居ないですね」
私は先に歩いて竹田さんの指定した道を曲がる。
すると、誰も居ないと思っていた道の向こうで、アスファルトに落書きをしている一人の男の子がいた。多分、小学校の高学年くらいだろう。私は咄嗟に男の子に声を掛けてみた。
「こんにちわ」
私の声を聞いて、男の子が此方を振り向いた。短髪で頬を赤く染めた活発そうな子だ。人懐っこい顔の真ん中で、くりくりと大きな眼を輝かせている。
「なに?」
「突然ごめんね。私たち、竹田三四郎さんのお家探してるの。お家の場所、知ってたりするかな?」
ゆっくりと歩いて男の子の隣にしゃがみ込むと、男の子は私の眼を真っ直ぐに見ながら得意気に鼻を擦った。
「そりゃ、知ってるさ。僕、じいちゃんと友達だからね。」
「ほんと!?」
思い掛けない一言に私が思わず声を上げると、其の反応に気を良くしたのか、男の子は更に饒舌に話し始めた。
「へへへ。じいちゃん、あんまり他所の人とは喋ったりしないんだけれど、僕は親友だからね。お姉ちゃんたち、誰なの?」
「私はヨウコって云うの。其れで、あそこに居るのが、マキちゃん。その隣に居るのが
「ふーん、そっか。… …いいよ。それじゃ、僕が案内してあげる。」
男の子はそう云うと、直ぐに立ち上がってそそくさと歩き始めた。私も慌てて後に続く。後ろを振り向いてマキちゃんと竹田さんに手招きすると、二人も小さな案内人を見失うまいと急いでついてきた。私は脇目も振らず邁進する男の子に向かって声を掛ける。
「あのさ、キミの名前は、なんて云うの?」
男の子は私の顔を横目でチラッと見たけれど、直ぐに前を向いて先を急いだ。どうやら、私たちを三四郎おじい様に会わせようと云う使命感に燃えているらしい。
「
男の子が早足の儘ぶっきら棒に答えた。私はカズヤ君に歩調を合わせながらついていく。結構足が速い。
「カズヤ君は、三四郎おじい様と仲良しなんだね。」
「うん。」
「他のお友達は?」
「ううん。皆、じいちゃんのコト、コワイって云うんだ。確かに、コワそうに見えるケド、
「優しいんだね。」
「うん。其れに、すっごく物知りなんだ。僕に色んなコト教えてくれる。」
カズヤ君は、まるで自分が褒められているように誇らしげな顔をして云った。
「へぇー。」
竹田さんのおじい様はどんな人なんだろう。こんなに小さな子の心を掴んでいるなんて、屹度素晴らしい人に違いない。早足で狭い道を進みながら私はぼんやりと其の人柄に思いを馳せていると、辺りは何時の間にか林に囲まれていた。そして、
「あっ!じいちゃーんッ」
カズヤ君が突然大声を上げた。其の声で現実に引き戻された私が、カズヤ君の視線を追いかけると、遥か向こうに此方を眺めている人が見えた。
恐らく竹田さんと同じくらいの身長だろうか。お年を