第32話 宝石商#6
文字数 4,188文字
「やッべッ。忘れてたッ」
マキコが眉間に皺を寄せながら
「… ……ん。… …っと。……… …ど、どうよ、ヨウコ!…… … … ……じ、実体でもなんとかなンじゃん… ……」
片方の眉毛をヒクヒクさせながら、ムリヤリ口角を上げて余裕っぽさをアピールしているマキコだったが、其の所作はどう見ても余裕からは程遠い有様だった。あー、そうだったな。と、俺も其の姿を見て改めて思い至る。
つまり、問題の要因は
絶姉妹は俺との戦闘で命を落とした。だが、芥次郎との一件の為に
どちらかと云うと生者の側
である絶姉妹は、意識的であれば
コンタクトできる存在だ。強い思いをがあれば俺たちは姉妹に触れる事ができるし、姉妹も俺たちに触れる事ができる。だが、「… …そんなにムリしなくて良いんだよ、マキちゃん… …」
ヨウコが切ない顔をしながらマキコの肩に手を置くと。
「…… …ちょっ、ちょっとヨウコッ!今私に触れないでよ!結構大変なんだからねッ、此の状態をキープするのッ」
最早、宝石を身に着ける以前の話だが、其れでもマキコは意地になって
では、姉妹が物体を保有するにはどうすれば良いのか。其の疑問に対しては
「… …ぬぬぬぬぬぬ… …… …」
「ちょっと、マキちゃんッ」
「こ、これ、嬢ちゃん!なんだか、非常に危ういの。今にも宝石を落してしまいそうじゃないか。落として傷でもついたら折角の宝石が台無しになってしまう。
ケンザもなんとか
「どうしたんスか?」
「… ……。…… …ああ、成る程ね」
「ケンザには
俺は是からの段取りを考えて今日介に話を持ち掛ける。此の辺の分野になると、専門外である俺ではどうしようもない。後は
「…… ……。… …
「何?」
今日介の意外な答えで俺は声を上げる。見上げた今日介の眼がマキコ達から俺に向いて、煙草を吸いながらニヤリと笑った。
「俺も生まれてこの方、
「…… …」
そう云って今日介はゆっくりと歩きだし、唐突にマキコとヨウコの間に割り込んでいった。
「ハイハイハイハイハイハイ、ハイっと。
姉妹の狭い隙間に無理やり割り込むものだから、今日介の肩がマキコの身体にぶつかった。予想外の衝撃にマキコが大きく態勢を崩すと、其の指先から
「あッ!やっ、ちょッ!」
「アッ!!」
ヨウコも口に手をやって小さく悲鳴を上げる。小林君は眼を限界まで開きながら無言だった。
「あ、アイヤー!」
宝石商の本能がそうさせるのだろうか。老体が此処まで素早く動けるのかと思うくらいの反射的な動きで、ケンザが宝石を追いかけた。つまり、落下軌道上、宝石の直ぐ下にケンザの両手が瞬間的に差し込まれ、其処になんなく宝石が収まり、ガラスとの衝突は免れたのだった。背が低いにも関わらず、必死で上半身をスライディングのような状態にして腕を伸ばしたものだから、ケンザは顔面を
「… … ……。大丈夫?…… …ジイちゃん… …」
「…… ……。… ……」
ケンザがゆっくりと顔を上げると、額からは煙が上がっていた。が、やりきった漢の顔がニヒルに笑みを浮かべ、親指を立ててグッとした。
「良かった。… ……てか、真崎、てんめェ……!」
「ま、待て待て、待ってってば、マキコッ。俺がなんとかしてやるよ。お前等が宝石を身に着けられるようにさ」
「なんですって?」
マキコが険しい顔をしながら言葉を返す。だが、姉妹に宝石を身に着けさせる為には、武器に施したように、霊体化をする必要があるはずだ。そして其の過程では宝石を破壊しなくてはならない。其の事を既に姉妹も
「でも… …。此の宝石、壊さないと
姉妹の落胆を代表するかのように、ヨウコが今日介に問いかけた。宝石を保有する為とは云え、眼の前に存在する美しい物を破壊する事が
「ふふっ。ヨウコ、其処は心配無用だぜ。」
「なんでよッ!」
マキコが敵対心むき出しで今日介に抗議する。が、今日介はそんな批判はお構いなしで話を続ける。
「そりゃあよ。只の物体であれば、破壊って行為が必要さ。破壊して、其の破壊によって出来た残影を霊体であるお前達に届けるからさ。だけれど、今回は少し事情が違う。」
「事情?」
ヨウコも興味深げに今日介の話に耳を傾けている。
「ああ。物体の霊体化については、マァ経験はそんなに無いが、
「あんたの話は、イチイチまどろッこしいんだよ」
理解が追い付かないマキコが、
「マァマァ… …」
困ったような顔をして
「……ほお。成る程の、そう云う事か」
其の時
「どういう事よ、ジイちゃん」
「ふん。つまりじゃな、今日介。
元々有る
って事じゃな」人差し指を立てながら、真剣な表情でケンザが答えた。
「流ッ石、専門分野よな、じじいはよッ」
「ふん。こんなモン朝飯前じゃわい」
「ちょ、
マキコがケンザに食いつくが、其の表情を引き取った後、ケンザは今日介に目線を移し顎で促した。今日介は軽く頷いて答える。
「…… …オッケー。…んじゃ、マ。実演しながらの方が面倒臭くなくて良いか。… …マキコ、良いか。つまり、だ。」
今日介が両手をポンと合わせた後、合わせた手をゆっくりと離すと、既に今日介は
離した手の平の間から、パリパリと音を立てて黒いモヤのような物が徐々に発現する。おそらくは
引っ掛けた
のだ。「お前等も今日は色々と石のお勉強が出来ただろ?此処で今日散々聞いた通り、石ってのには元々、自然のエネルギーが備わっているワケさ。只、其のエネルギーの含有量ってのはモノによる。…… …其れで、此処に
「…… …。 ……コラ。失礼な物云いをするんでない」
「… …へへ。此の眼の前に居る宝石商、只の宝石商じゃ
今日介が合わせていた両手から、引き剥がすように左手を振りかぶると、両手の間に充満していたモヤが左手に根こそぎ纏わりついた。
「其のエネルギー、残影として全て刈り取るッ」
今日介が
「アッ!」
驚くヨウコの姿を置き去りにして、今日介の左手が突如として霊体のようになり、宝石を透き通るように一気に通り過ぎていった。
今日介が皆にも見えるようにゆっくりと手を開いてゆく。其処には、まるで霊体のように半透明になった
「… ……と、マァ、こんな感じで、つかみ取れる
今日介が得意げに云いながら、空いている方の手の親指で、鼻の下を軽く撫でた。