第32話 宝石商#6

文字数 4,188文字

 日本語が覚束ないトミーさんは置いておくとして、ケンザと小林君はヨウコの言葉を聞いても理解が及んでいないようだった。だが、マキコはと云えばハッとした顔をした後、渋面。
「やッべッ。忘れてたッ」
 マキコが眉間に皺を寄せながら鳩の血(ピジョンブラッド)を摘まむと、マキコの薄透明な親指と人差し指で指輪(リング)がゆっくりと持ち上げられていく。
「… ……ん。… …っと。……… …ど、どうよ、ヨウコ!…… … … ……じ、実体でもなんとかなンじゃん… ……」
 片方の眉毛をヒクヒクさせながら、ムリヤリ口角を上げて余裕っぽさをアピールしているマキコだったが、其の所作はどう見ても余裕からは程遠い有様だった。あー、そうだったな。と、俺も其の姿を見て改めて思い至る。
 つまり、問題の要因は絶姉妹(ぜつしまい)が式神である事だ。
 絶姉妹は俺との戦闘で命を落とした。だが、芥次郎との一件の為に山田(マウンテン・デン)に姉妹の魂を降臨して貰ったところから端を発し、今は霊体として俺の式神になっている。だから彼女等は物体に対して、生者の時のようには行かないのだった。
 山田(マウンテン・デン)(いわ)

である絶姉妹は、

コンタクトできる存在だ。強い思いをがあれば俺たちは姉妹に触れる事ができるし、姉妹も俺たちに触れる事ができる。だが、(こと)『物体を保有する』となると話が変わってくる。霊体である式神が、実体である物を保有しようとすると、どうなるのか。今目の前で眉毛をヒクヒクさせながら、なんとか指輪(リング)を摘まみ上げているマキコの姿が、其の困難さを雄弁に語ってくれる。
「… …そんなにムリしなくて良いんだよ、マキちゃん… …」
 ヨウコが切ない顔をしながらマキコの肩に手を置くと。
「…… …ちょっ、ちょっとヨウコッ!今私に触れないでよ!結構大変なんだからねッ、此の状態をキープするのッ」
 最早、宝石を身に着ける以前の話だが、其れでもマキコは意地になって指輪(リング)を摘まむのを()めない。
 では、姉妹が物体を保有するにはどうすれば良いのか。其の疑問に対しては山田(マウンテン・デン)が既に答えを示してくれている。つまり、物体を絶姉妹のところへ送ればいい。答えは破壊だ。彼女等の武器、マキコの小苦無とヨウコの野太刀は俺がネットショップから購入した後、破壊してデンによって霊体化を施された。其れにより姉妹は何時でも武器を保持し発現する事が出来るのだ。だから、マキコが宝石を手にしたいのならば、武器と同様、破壊を強いる事となる。
「… …ぬぬぬぬぬぬ… …… …」
「ちょっと、マキちゃんッ」
「こ、これ、嬢ちゃん!なんだか、非常に危ういの。今にも宝石を落してしまいそうじゃないか。落として傷でもついたら折角の宝石が台無しになってしまう。一寸(ちょっと)落ち着いて、ガラス台に起きなされ」
 ケンザもなんとか(なだ)(すか)すように両手を上げてマキコに語り掛けている。だが、よくよく考えてみると、姉妹に宝石をやろうとすれば破壊するしか方法は無いのであって、今更傷がどうこうと騒いでも仕方がないような気もする。折角の美しい宝石を破壊するのは少々忍びないのだが… …。と、椅子にだらしなく座りながら傍観していた俺の頭の上で声がした。
「どうしたんスか?」
 今日介(きょうすけ)はヒマを持て余しているらしく、自分の宝石を貰い受けた後は片手に煙草を(くゆ)らせながら、フラフラと部屋中を歩き回って書庫にある分厚い本に眼を落していた。だが、姉妹のごたごたを聞きつけて俺の近くに戻って来たのである。上機嫌なコイツの指先には虎眼石(タイガーアイ)が鋭く光っている。俺は煙草の煙を深く吸いながら今日介に事の次第を伝えた。今日介はぼんやりとマキコのマヌケな所作を眺めながら俺の話を聞いていた。
「… ……。…… …ああ、成る程ね」
「ケンザには(ワリ)ィが、此の宝石は破壊しなくちゃなんねーんだろ?俺が破壊するからよ。復元の方、頼むわ」
 俺は是からの段取りを考えて今日介に話を持ち掛ける。此の辺の分野になると、専門外である俺ではどうしようもない。後は死霊使い(ネクロマンサー)超能力(チカラ)に委ねてしまおう。
「…… ……。… …(イヤ)、兄貴。多分、其の必要は無さそうだぜ。」
「何?」
 今日介の意外な答えで俺は声を上げる。見上げた今日介の眼がマキコ達から俺に向いて、煙草を吸いながらニヤリと笑った。
「俺も生まれてこの方、伊達(ダテ)死霊使い(ネクロマンサー)やってねェからさ。時と場合は弁えてるモンだぜ。マァ、見てなって。」
「…… …」
 そう云って今日介はゆっくりと歩きだし、唐突にマキコとヨウコの間に割り込んでいった。
「ハイハイハイハイハイハイ、ハイっと。一寸(ちょっと)御免下さいよ」
 姉妹の狭い隙間に無理やり割り込むものだから、今日介の肩がマキコの身体にぶつかった。予想外の衝撃にマキコが大きく態勢を崩すと、其の指先から鳩の血(ピジョンブラッド)がポロリと零れ落ちた。
「あッ!やっ、ちょッ!」
「アッ!!」
 ヨウコも口に手をやって小さく悲鳴を上げる。小林君は眼を限界まで開きながら無言だった。
「あ、アイヤー!」
 宝石商の本能がそうさせるのだろうか。老体が此処まで素早く動けるのかと思うくらいの反射的な動きで、ケンザが宝石を追いかけた。つまり、落下軌道上、宝石の直ぐ下にケンザの両手が瞬間的に差し込まれ、其処になんなく宝石が収まり、ガラスとの衝突は免れたのだった。背が低いにも関わらず、必死で上半身をスライディングのような状態にして腕を伸ばしたものだから、ケンザは顔面を陳列棚(ショーケース)のガラス面にシコタマぶつけた。ゴッと云う鈍い音が辺りに響いた。
「… … ……。大丈夫?…… …ジイちゃん… …」
「…… ……。… ……」
 ケンザがゆっくりと顔を上げると、額からは煙が上がっていた。が、やりきった漢の顔がニヒルに笑みを浮かべ、親指を立ててグッとした。
「良かった。… ……てか、真崎、てんめェ……!」
「ま、待て待て、待ってってば、マキコッ。俺がなんとかしてやるよ。お前等が宝石を身に着けられるようにさ」
「なんですって?」
 マキコが険しい顔をしながら言葉を返す。だが、姉妹に宝石を身に着けさせる為には、武器に施したように、霊体化をする必要があるはずだ。そして其の過程では宝石を破壊しなくてはならない。其の事を既に姉妹も理解(わか)っていた。
「でも… …。此の宝石、壊さないと不可(いけ)ないんですよね?」
 姉妹の落胆を代表するかのように、ヨウコが今日介に問いかけた。宝石を保有する為とは云え、眼の前に存在する美しい物を破壊する事が(はばか)れるのは当然の心理だ。
「ふふっ。ヨウコ、其処は心配無用だぜ。」
「なんでよッ!」
 マキコが敵対心むき出しで今日介に抗議する。が、今日介はそんな批判はお構いなしで話を続ける。
「そりゃあよ。只の物体であれば、破壊って行為が必要さ。破壊して、其の破壊によって出来た残影を霊体であるお前達に届けるからさ。だけれど、今回は少し事情が違う。」
「事情?」
 ヨウコも興味深げに今日介の話に耳を傾けている。
「ああ。物体の霊体化については、マァ経験はそんなに無いが、論理(ロジック)は知っている。要は、其の物体に霊体化できる残影があるかどうかってコトなんだよね」
「あんたの話は、イチイチまどろッこしいんだよ」
 理解が追い付かないマキコが、愈々(いよいよ)もって苛立っている。
「マァマァ… …」
困ったような顔をして(なだ)めるヨウコ。
「……ほお。成る程の、そう云う事か」
 其の時陳列棚(ショーケース)の奥側に立っているケンザが、手の中に納まっている鳩の血(ピジョンブラッド)を見ながら呟いた。姉妹は予想外のところからの回答に宝石商に眼を移す。
「どういう事よ、ジイちゃん」
「ふん。つまりじゃな、今日介。宝石(このこ等)には物体の残影ちうモンが

って事じゃな」
 人差し指を立てながら、真剣な表情でケンザが答えた。
「流ッ石、専門分野よな、じじいはよッ」
「ふん。こんなモン朝飯前じゃわい」
「ちょ、一寸(ちょっと)、私たちにも分かるように話してよ!」
 マキコがケンザに食いつくが、其の表情を引き取った後、ケンザは今日介に目線を移し顎で促した。今日介は軽く頷いて答える。
「…… …オッケー。…んじゃ、マ。実演しながらの方が面倒臭くなくて良いか。… …マキコ、良いか。つまり、だ。」
 今日介が両手をポンと合わせた後、合わせた手をゆっくりと離すと、既に今日介は超能力(チカラ)を発揮していた。
 離した手の平の間から、パリパリと音を立てて黒いモヤのような物が徐々に発現する。おそらくは死霊使い(ネクロマンサー)の能力が異界にアクセスしたのだろう。所謂、今日介が云うところの端緒体質(トリガー)が世界の一端に

のだ。
「お前等も今日は色々と石のお勉強が出来ただろ?此処で今日散々聞いた通り、石ってのには元々、自然のエネルギーが備わっているワケさ。只、其のエネルギーの含有量ってのはモノによる。…… …其れで、此処に 御座(おわ)す見るからに堅気じゃねーお方… …」
「…… …。 ……コラ。失礼な物云いをするんでない」
「… …へへ。此の眼の前に居る宝石商、只の宝石商じゃ()ェからよ。そんな店で売ってる宝石たちも、勿論、尋常のシロモンじゃねーってワケ。俺が今身に着けてる虎眼石(タイガーアイ)からも、其の止めどない力を感じるのさ。… …だから、」
 今日介が合わせていた両手から、引き剥がすように左手を振りかぶると、両手の間に充満していたモヤが左手に根こそぎ纏わりついた。
「其のエネルギー、残影として全て刈り取るッ」
 今日介が陳列棚(ショーケース)上に置かれている鳩の血色の紅玉(ピジョンブラッドルビー)壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)に向かって物凄い速度で左手を振り下ろした。そして、横から一気に宝石を掴み取るような動きに移行していく。其の一連の淀みない動きは、遠目からでも眼を見張る物があった。
「アッ!」
 驚くヨウコの姿を置き去りにして、今日介の左手が突如として霊体のようになり、宝石を透き通るように一気に通り過ぎていった。陳列棚(ショーケース)の上には依然として二個の宝石がごろりと転がっている。が、今日介のモヤのかかった左手の方にも、何かが掴み取られていた。
 今日介が皆にも見えるようにゆっくりと手を開いてゆく。其処には、まるで霊体のように半透明になった鳩の血色の紅玉(ピジョンブラッドルビー)壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)が確かに握られているのだった。ぼんやりと白く光っているようにも見える。
「… ……と、マァ、こんな感じで、つかみ取れる残影(エネルギー)が元々其の物体に備わって居れば、こういう芸当もできるってことさ」
 今日介が得意げに云いながら、空いている方の手の親指で、鼻の下を軽く撫でた。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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