第15話 学徒と水使い#7
文字数 3,675文字
元々、袈裟掛けに両断され上半身のみの身体から、更にヨウコが右腕も斬り捨てた。
今や
「くっ… …、私の凍結が全然効かない!」
ヨウコの小さな両手から吹雪のように放出される冷気。其れに比例して店内の温度が急速に低下していく。ヨウコは自身の
「ヨウコッ!ストップだッ。其れ以上やったら部屋ン中が冷凍室みたくなっちまう」
俺の言葉を聞いてヨウコが少し冷静さを取り戻す。
「で、でも… …あたしの氷でデーモンを止めないとッ!」
「あぁ、わかッてるッ。小林君、動けるか?!」
「…は、はい」
小林君はまだデーモンに急襲されたショックが残っており、崩れ掛けたソファに
「オッケー。それじゃヨウコ、お前は氷の壁で小林君を守れ」
「そんな事したら
「だから、銃撃されないようにお前が小林君を守ってやるんだ」
「で、でもッ!」
俺は護身用のトカレフをズボンに突っ込んで、赤龍短刀を右手に握った。
「いいか、ヨウコ。今やるべきは小林君の死守だ。俺たちの中で一番
「で、でもッ!竹田さんは今日
「俺だって生身で此奴を
「そんな、無茶ですよッ」
「大丈夫だって。無茶は慣れてる。俺は、いつも通りやるだけだ。小林君を頼むぜ?ヨウコ」
「オラァッ!!」
俺は体重を乗せてケンカキックでデーモンの顔面を踏みつける。デーモンがふらりと態勢を崩した所で、俺は相手の頭髪を掴み背後に回った。其れから左腕で首を思い切り締め上げる。
「ヒュッ!ヒュー… ヒュー…」
呻き声とも、深呼吸ともつかない掠れた声がデーモンの口から洩れる。声を出したというよりも、物理的な生理現象なのかもしれない。
「へぇー。…死んでても、そんな声が出るんだな。実は生きてるのか?なぁ?」
デーモンの胸元が大きく膨らむ。
「ギャワァアアアアアアアアアアアアッ」
次の瞬間、喉が異常な音を立て、
「…ッッ!!」
ヨウコと小林君は俺とデーモンの位置から少し離れてしゃがみこんでいる。無作為な機関銃の乱射が、やがて二人の居る方向へと襲いかかる。今まさに床の上を無数の弾痕が滑るようにヨウコの目前まで迫っていた。
「ふッ」
ヨウコが眉間に皺を寄せて集中し、両手を眼の前にかざすと、床から物凄い勢いで氷の壁が組み上がっていった。しゃがんだ姿がすっぽりと隠れる高さの氷壁が完成したと同時に、5門の
銃弾が幾度も氷壁を穿つ度、辺りに氷片が飛び散って厚さ30センチ程の壁を削り取っていく。
「うわぁあああああああッ!」
あまりの恐怖に小林君が堪らず頭を抱えて床に
俺は全身の筋肉を総動員させて、後ろからデーモンの首を締め上げる。常人離れした肉体と体幹を持つデーモンだったが、四肢の無い身体には人間の力も有効だった。
締め上げたデーモンの顔面が上向きになる事で射角が変わり、ヨウコ達から銃撃が逸れた。銃弾はヨウコ達の頭上を通過し、天井へと弾痕を作っていく。一瞬、銃撃が止んだ。
俺は直ぐに赤龍短刀を右手に構えた。恐らく今や動く屍となったデーモンに対して、肉体に幾らダメージを与えても無駄だろう。
物理的に
切り離すのみだ。「大人しくしてくれなッ!」
俺は短刀を逆手に持ち変え、デーモンの口元目掛けて一気に振り下ろす。
5つある
「…ッッ… ……」
---バキャッ
生物の肉と鉄が一気に壊れるような、生々しい破裂音がしたかと思うと、俺とデーモンの頭上に鉄の
「よしッ」
俺は汗まみれになりながら、独り言ちた。
此れだけ全身や顔面を傷つけられてもデーモンは悲鳴の一つも上げない。分かっていた事だったが、実際に目の当たりにすると何とも不気味だった。
「…残りも貰うぜ」
俺が再び短刀を振り上げた所で、デーモンは思いついたかのように再び活動を始める。
デーモンがお辞儀をするように前のめりに身体を曲げる。突然の馬鹿力に俺は子供のようにデーモンの背中に掴まるが儘だった。次の瞬間、デーモンの後頭部が勢い良く眼前に迫る。
「ぎゃッツ!」
俺の顔面で鼻が潰れる音がした。猛烈な痛みが顔面を襲い、鼻から血が噴出した。デーモンの後頭部の頭突きをモロに食らったのだった。
「ぶッ… …ぶはッ!」
俺は堪らず床に倒れ込み、鼻を抑える。
ドクドクと物凄い勢いで流れる血によって、手の平が真っ赤に染まる。あまりの激痛に一瞬の間、デーモンの事が記憶から
ト
んで俺は「竹田さんッッツ!眼の前ッッ!!」
ヨウコの空気が裂けるような叫び声で、俺は瞬間的に顔を上げた。
眼の前に居たのは、既に肺をしこたま膨らませた状態の
「…… …うわぁああああああッッ!!」
俺は直ぐ様起き上がり、あろうことかデーモンに向かって超低姿勢のスライディングで突っ込んだ。何も考えていない咄嗟の行動だった。
俺はデーモンの傍らに着地し、もう一度デーモンの首元に腕を回し、力一杯締め上げた。先ほどと同じ態勢だ。
「……ハァ、…ハァ、ハァ… ……」
「竹田さんッッ!!」
「… ……サンキュー、ヨウコ。… …助かったぜ。……ハァ、ハァ… …」
「… …やっぱり、私ッ!!」
「……ダメだッ。お前は、小林君を守るのに専念しろ」
腕の中の
俺はどくどくと未だ流れる鼻血で染まったTシャツを見る。… …てか、今まで食らった事が無かったが、顔面への全力の頭突きってのは大層痛すぎる。眼の前に火花が飛ぶのなんて初めて見た。