第15話 学徒と水使い⑦

文字数 3,675文字

 デーモンの動きに合わせてバキバキとくぐもった氷の砕ける音がする。
 元々、袈裟掛けに両断され上半身のみの身体から、更にヨウコが右腕も斬り捨てた。
 今や弾丸吐き(ピューカー)は四肢の無い状態で寝転がっていた。にも関わらず、其の状態でまるでヨウコの凍結(フリイズ)をも意に介さないかのように、そして此の世の物理法則を無視するかように、デーモンは頭と身体を器用に使い起き上がろうとしているのである。
「くっ… …、私の凍結が全然効かない!」
 ヨウコの小さな両手から吹雪のように放出される冷気。其れに比例して店内の温度が急速に低下していく。ヨウコは自身の超能力(チカラ)が通用しない為、酷く焦っているようだったが、此の儘ヨウコが力を使えばデーモンに()られるより先にこっちが凍死してしまう。
「ヨウコッ!ストップだッ。其れ以上やったら部屋ン中が冷凍室みたくなっちまう」
 俺の言葉を聞いてヨウコが少し冷静さを取り戻す。
「で、でも… …あたしの氷でデーモンを止めないとッ!」
「あぁ、わかッてるッ。小林君、動けるか?!」
「…は、はい」
 小林君はまだデーモンに急襲されたショックが残っており、崩れ掛けたソファに(もた)れて震えている。
「オッケー。それじゃヨウコ、お前は氷の壁で小林君を守れ」
「そんな事したらデーモン(こいつ)が自由になってしまうじゃないですかッ!」
「だから、銃撃されないようにお前が小林君を守ってやるんだ」
「で、でもッ!」
 俺は護身用のトカレフをズボンに突っ込んで、赤龍短刀を右手に握った。
「いいか、ヨウコ。今やるべきは小林君の死守だ。俺たちの中で一番()られるリスクが高い。てか、こんな死に損ないのバケモンなんかに小林君を()られちゃ、トミーさんに示しがつかねェ。だから、ヨウコは自分と小林君の身をなんとか守り抜くんだ。こいつ等(デーモン)の目的が一週間の能力者なら、俺が面と向かって相手してやれば、お前等への危害も少なくて済むだろう」
「で、でもッ!竹田さんは今日超能力(チカラ)も使えないのに…。あまりにも危険すぎます」
「俺だって生身で此奴を()れるなんて思ってないさ。マキコかトミーさんがケリをつけてくれるまで凌げば、後はなんとかなる。マキコを信じるさ。其れから、小林君、トミーさんになんとか連絡をつけてくれ」
 弾丸吐き(ピューカー)が四肢の無い身体を完全に起き上がらせる。身体中を覆っていた氷がバラバラと床に落ちていく。俯きがちの其の顔面からは、まだ新鮮な青い血液が滴り落ちていた。
「そんな、無茶ですよッ」
「大丈夫だって。無茶は慣れてる。俺は、いつも通りやるだけだ。小林君を頼むぜ?ヨウコ」
 弾丸吐き(ピューカー)の頭が操り人形のように正面を向くと、銃口が真っすぐ俺の方を向いた。奴は俺の直ぐ眼の前、1メートル程の所に居る。死体よろしく既に眼に光は無いが、銃口が口の中から少し突き出ると、肺が大きく膨らんだ。
「オラァッ!!」
 俺は体重を乗せてケンカキックでデーモンの顔面を踏みつける。デーモンがふらりと態勢を崩した所で、俺は相手の頭髪を掴み背後に回った。其れから左腕で首を思い切り締め上げる。
「ヒュッ!ヒュー… ヒュー…」
 呻き声とも、深呼吸ともつかない掠れた声がデーモンの口から洩れる。声を出したというよりも、物理的な生理現象なのかもしれない。
「へぇー。…死んでても、そんな声が出るんだな。実は生きてるのか?なぁ?」
 デーモンの胸元が大きく膨らむ。
「ギャワァアアアアアアアアアアアアッ」
 次の瞬間、喉が異常な音を立て、弾丸吐き(ピューカー)は気が狂ったように首を上下左右に振り回しながら銃撃を始めた。店内を再び機関銃の掃射音が覆い尽くす。既に壊れていた調度品、ソファ、テーブル、観葉植物が更に粉々に破壊され、四方の壁には傷跡を上塗りするかのように、弾痕が縦横無尽に列を成していった。俺は後ろから羽交い絞めにしながら、デーモンの後頭部で死角になるように銃撃を避け続ける。
「…ッッ!!」
 ヨウコと小林君は俺とデーモンの位置から少し離れてしゃがみこんでいる。無作為な機関銃の乱射が、やがて二人の居る方向へと襲いかかる。今まさに床の上を無数の弾痕が滑るようにヨウコの目前まで迫っていた。
「ふッ」
 ヨウコが眉間に皺を寄せて集中し、両手を眼の前にかざすと、床から物凄い勢いで氷の壁が組み上がっていった。しゃがんだ姿がすっぽりと隠れる高さの氷壁が完成したと同時に、5門の銃口(バレル)から吐き出された(おびただ)しい数の銃弾が一斉に襲い掛かる。
 銃弾が幾度も氷壁を穿つ度、辺りに氷片が飛び散って厚さ30センチ程の壁を削り取っていく。
「うわぁあああああああッ!」
 あまりの恐怖に小林君が堪らず頭を抱えて床に(うずくま)る。ヨウコは尚も険しい表情をした儘、今にも破壊されそうな氷壁を修復し続け、なんとか耐え凌いでいる。
 俺は全身の筋肉を総動員させて、後ろからデーモンの首を締め上げる。常人離れした肉体と体幹を持つデーモンだったが、四肢の無い身体には人間の力も有効だった。
 締め上げたデーモンの顔面が上向きになる事で射角が変わり、ヨウコ達から銃撃が逸れた。銃弾はヨウコ達の頭上を通過し、天井へと弾痕を作っていく。一瞬、銃撃が止んだ。
 俺は直ぐに赤龍短刀を右手に構えた。恐らく今や動く屍となったデーモンに対して、肉体に幾らダメージを与えても無駄だろう。死霊使い(ネクロマンサー)の操り人形になっているならば、短刀で内臓を(えぐ)ろうが銃弾を今一度脳内に叩き込もうが此奴を止める事は出来ない。だとすれば、後は先刻(さっき)ヨウコが実演してくれたように、

切り離すのみだ。
「大人しくしてくれなッ!」
 俺は短刀を逆手に持ち変え、デーモンの口元目掛けて一気に振り下ろす。
 5つある銃口(バレル)の内、外側にある銃口(バレル)の脇から短刀を勢いよく突き刺すと、思いのほか(やいば)はデーモンの肌を引き裂き、肉の中にめり込んでいった。突き刺した箇所から一瞬、青色の血液が小さく飛び出し刃と手の甲を染めた。根本(ねもと)から銃口(バレル)自体を()り抜く為、刃先を肉の中で何度も動かす。
「…ッッ… ……」
 ---バキャッ
 生物の肉と鉄が一気に壊れるような、生々しい破裂音がしたかと思うと、俺とデーモンの頭上に鉄の銃口(バレル)がふっ飛んだ。其れから宙を舞った後、床で硬質な音を響かせて回転しながら部屋の隅に消えた。
「よしッ」
 俺は汗まみれになりながら、独り言ちた。
 此れだけ全身や顔面を傷つけられてもデーモンは悲鳴の一つも上げない。分かっていた事だったが、実際に目の当たりにすると何とも不気味だった。
「…残りも貰うぜ」
 俺が再び短刀を振り上げた所で、デーモンは思いついたかのように再び活動を始める。
 デーモンがお辞儀をするように前のめりに身体を曲げる。突然の馬鹿力に俺は子供のようにデーモンの背中に掴まるが儘だった。次の瞬間、デーモンの後頭部が勢い良く眼前に迫る。
「ぎゃッツ!」
 俺の顔面で鼻が潰れる音がした。猛烈な痛みが顔面を襲い、鼻から血が噴出した。デーモンの後頭部の頭突きをモロに食らったのだった。
「ぶッ… …ぶはッ!」
 俺は堪らず床に倒れ込み、鼻を抑える。
 ドクドクと物凄い勢いで流れる血によって、手の平が真っ赤に染まる。あまりの激痛に一瞬の間、デーモンの事が記憶から

んで俺は(うずくま)り見悶えてしまった。
「竹田さんッッツ!眼の前ッッ!!」
 ヨウコの空気が裂けるような叫び声で、俺は瞬間的に顔を上げた。
 眼の前に居たのは、既に肺をしこたま膨らませた状態の弾丸吐き(ピューカー)。後は息を思い切り吐き出せば、十分に熱を帯びた4門の銃口(バレル)は再び烈火の如く鉄の銃弾を吐き出すだろう。此の儘俺が此の位置に居れば、間違いなく俺は蜂の巣にされ、命が終わる。今まさに死が直ぐ隣に佇んでいるのを感じる。
「…… …うわぁああああああッッ!!」
 俺は直ぐ様起き上がり、あろうことかデーモンに向かって超低姿勢のスライディングで突っ込んだ。何も考えていない咄嗟の行動だった。弾丸吐き(ピューカー)が吐き出した機関銃の掃射は、状態を低くした俺の背中の上すれすれを猛烈に通過する。何発かの銃弾がTシャツと地肌を削っていった。
 俺はデーモンの傍らに着地し、もう一度デーモンの首元に腕を回し、力一杯締め上げた。先ほどと同じ態勢だ。
「……ハァ、…ハァ、ハァ… ……」
「竹田さんッッ!!」
「… ……サンキュー、ヨウコ。… …助かったぜ。……ハァ、ハァ… …」
「… …やっぱり、私ッ!!」
「……ダメだッ。お前は、小林君を守るのに専念しろ」
 腕の中の弾丸吐き(ピューカー)は時折沈黙するように黙り込む。今もそうだ。まるで操り人形の糸が切れたかのように、唐突に事切れる。死霊使い(ネクロマンサー)の意識が分断しているのだろうか。だとしたら、其れはマキコが敵を捕まえてくれた所為かもしれない。いずれにせよ、インターバルは有難い。なんとかマキコかトミーさんが攻略の糸口を見つけてくれるまで、時間を稼がなければ不可(いけ)ない。誰も死なない事が目下のタスクだ。
 俺はどくどくと未だ流れる鼻血で染まったTシャツを見る。… …てか、今まで食らった事が無かったが、顔面への全力の頭突きってのは大層痛すぎる。眼の前に火花が飛ぶのなんて初めて見た。
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