第22話 学徒と水使い#14

文字数 3,729文字

「ヨウコ!ねぇ、ヨウコってばッ」
「… ………」
 何らかの楽しみを見出したのか、真崎が細かくこっちに来たり、遠のいたりを繰り返している。ときおりこっちに来ると見せかけて、遠のいてみたりといったフェイントを掛けてみるも、依然としてヨウコは真崎の顔面を捉えて追いかけ続けている。其れはまるで真崎の姿に磁石で引っ付いているような顔の動きだった。
 其のヨウコの姿を見て私がピンと来た連想といえば、つまり、ヨウコは昔から所謂面食い(メンクイ)という奴だった。単純に面食いと云うとヨウコに怒られるかもしれないけど、ヨウコは漫画や小説が大好きで、何時も其処に出てくる儚げな色白の美男子に心を奪われがちになっているのだった。ヨウコは堅そうに見えて、何処かそういう夢見がちな王子様を追いかけている節がある。
 確かに真崎の顔をよく見れば、形は整っていて肌の色も女のように白い。眼の下に少しクマがあって決して健康的には見えないが、そういう病的ところももしかしたらヨウコの好みに合っているのかもしれなかった。
「あー、なんかダメだ… …」
 私が眼を細めながら其の光景を眺めていると、横から竹田が面白がって私に話掛けてくる。
「おい、アレ。ヨウコ、どうしちゃったの?」
「…… …。すごい面倒くさい事になってる」
「マジか。…いいねー」
 竹田も何となく察しているのか、くくくと笑った。何がいいね、だ。ヨウコがこんな脳みそからんころんな男に掴まって堪るか。あー、良く無い良く無い。私は姉妹(きょうだい)の危機をなんとか救う為に、ヨウコの肩を思いっきり揺らす。其れに合わせて、ぐんぐんとヨウコの身体が前後に簾のように動いた。
「ヨウコ!あんた、しっかりしなよ!」
「なによぉー」
「ダメよ、ヨウコ!こんな、軽薄の権化のような男を好きになっちゃあ!」
「…… …なんだか分かんないケド、其の云いよう酷くないっすか、マキコちゃん… …」
(うるさ)い。ウチの大事なヨウコに近づくンじゃねぇ」
 天敵の襲来に吠える肉食動物のように、私は真崎に嚙みついた。其の姿を見て、ヨウコが真顔で答える。
「好き?誰が、誰を好きになるの?」
「へ。」
「ん?」
「あ、… …え。いや、だから、あんたが真崎みたいな軽薄な奴を好きになったのかなぁって… …」
 私はヨウコのきょとんとした顔を見ながら答える。
「なんで私がこんな軽薄そうな男の人を好きにならなければ不可(いけ)ないの?」
「え」
 僕、何か悪い事しましたか…、と云いながら真崎が目の端で床に打ち崩れていった。
「いや、だってあんた。先刻(さっき)から真崎の顔をずーっと追いかけてたでしょ?私が何云っても聞こえてなかったみたいだし」
「あぁ。其れはね、私、真崎さんの事知ってるような気がして」
「!」
「なんとか思い出そうと思って。真崎さん、機関に在籍していましたよね」
 流石ヨウコ。私が全く覚えのない事もしっかりと覚えているようだ。真崎曰く、此奴は絶姉妹(わたしたち)と在籍期間が被っているそうなのだ。同じ教室に居たって云うし、ヨウコが覚えていてもおかしくはない。
「あー、そう。そうなんだ。此奴、実は機関出身者なの」
「へー、マジかよ」
 竹田が横から合いの手を入れて、真崎の顔を見る。其の視線に返事をするかのように真崎が小さく頷いた。私たちにボロクソに云われたコトがまだ響いているようだった。
「… …あ、あぁ。機関で彼女等と同級生だったんだ。まぁ、一度も話したコトねーけど。彼女等は在籍中からよく暗殺依頼(シゴト)を受けていたから、あまり教室にも居なかったしね。」
「私は実は、真崎さんの事知っていたんです。いつも窓際の席で寝てるなぁって思ってたんですケド」
「おお。恋の予感か?」
 また竹田が嬉しそうな声を上げるが、ヨウコは軽くあしらうように答えた。
「いいえ、そう云うのとは違います。只、お顔の造詣(ぞうけい)が美しいなぁ、なんて思っていて。良く遠目から観察していたんです」
「お、お顔の造詣… ……」
 真崎がヨウコの言葉を聞いて、どう返答すれば良いのか分からないような表情をしていた。其れは私にしたってそうだ。
「じゃあ、あんたは真崎の顔に興味があっただけなの?」
「真崎さんの顔って、アニメに出てきそうな顔でしょ。私、良いなぁ、ああいう顔、私も描けたらなぁって思ってたの。其れで、真崎さん、もし今度、お時間が空いているのでしたら、素描(デッサン)させてもらえませんか?」
「で、でっさん… …?」
「ぼ、ぼ、ぼ。僕も其の時は、是非、ご一緒させて下さい」
 困惑で返事に困っている真崎。其の後ろに何時の間にか居た小林が、突如として声を上げたので私たちは皆驚いた。鼻を膨らませて意気込む中学生。何だ、一体此の状況は。
「はぁー。まぁ、ヨウコ。其れはまた後日、真崎と相談して…」
「はい、勿論そのつもりです。」
「お、俺の意見は… …」
 心底どうでも良い話題に頭が痛くなり掛けたところで、竹田が真崎に云う。
「今日介…って、呼んでいいよな」
「あぁ。かまわねーよ。」
「おめーは、ヴァレリィって狐面の男の事、知ってるのか?」
 竹田が単刀直入に聞いた。其れはとてもシンプルに。
 赤龍会事務所で一週間の能力者を狙った芥次郎とヴァレリィという狐面の男。芥次郎は竹田への私怨を持っていた為、其れをヴァレリィは利用したのだった。
 芥次郎は竹田と絶姉妹(わたしたち)で撃滅したものの、その後の狐面の男の消息は不明。私たちの素性が割れているという状況で、只待って居れば()られるのは目に見えて居る。だから、私たちはヴァレリィの捜索を始めたのだった。
 絶姉妹(わたしたち)が竹田に協力する義理はあるのかってのは、そもそもの話だろう。身も蓋も無い云い方をすれば、正直云って義理はない。だけれど、現状、絶姉妹(わたしたち)は竹田にとりついている「式神」だ。絶姉妹(わたしたち)が死んでも竹田が死ぬ事はないけど、竹田が死んでしまえば絶姉妹(わたしたち)は消えてなくなってしまう。つまり、否が応でも絶姉妹(わたしたち)は竹田と運命共同体なのだ。だとしたら、()るコトは一つ。竹田の望みにノるしかない。とはいえ、私は今の生活はそんなに悪く無いと思っている。死んでしまって生身の身体がないのは勿体ない気もするけれど、何より自由に空を飛び回れる感覚は、結構気持ちが良かったりする。其れに、眼の前に()るべき敵が居るって云う、ひりひりした感覚も悪く無い。竹田に危害が及ぶ事が絶姉妹(わたしたち)の不利益に繋がるのならば、其の脅威を全力で排除すべきだろう。其の脅威というのが、件の狐面の男ってワケだ。
「あぁ。何回か会ったコトあるよ」
 真崎は手に巻き付いていたヘアゴムを取って、髪を束ねながら答えた。
「マジか。奴はナニモンなんだ?」
 やっと繋がった手がかりに、竹田も少し食いつくように真崎に問いかける。
「ナニモンか、って云われると、正直俺も分からねェ。俺は只クライン76の連中に暗殺依頼(シゴト)を貰ってただけの関係だ。だから、あそこの内情に詳しいワケではない。だけど、ホラ。よく飲み屋とかでもあるじゃん。酒屋やつまみ屋って、飲み屋と毎日取引があるからさ、なんとなく内情が分かってくるみたいな。俺が知ってるコトって、所詮其のレベルってコトさ」
「かまわねェ。知ってるコト、教えてくれ」
「良いよ。狐は、多分偉いさんだと思う。んで、クライン76の連中は狐の下っ端だ。クライン76を仕切ってるのは藤巻ヨハンって仕様もないゴロツキだが、藤巻は狐からブツを受け取って売りさばいていた」
「ブツって、限界増強薬物(ブースト)か?」
「勿論、ソッチもあるけど、あそこで扱ってるのはちょっと違う」
「というと?」
 竹田は分かってて聞いている。其れに絶姉妹(わたしたち)も。つまり、芥次郎や昨日のメガネザル野郎が

ブツだ。
「あー、えーっと。… …つまり、獣の刻印(マークス)ってブツ」
獣の刻印(マークス)?」
「あぁ。」
「なんで今、云い(よど)んだ?」
 真崎の少しの狼狽(うろた)えを察知して、竹田が鋭く追及する。
「… …だ、だって。アレ、あのブツ。普通じゃねーんだもん」
「デーモンになっちゃうんでしょ?」
 私の言葉で、真崎がぎょっとした顔をして此方を向いた。
「… …知ってんのかよ。」
「まぁね。何回か戦ってるし。其処の竹田なんか、しょっちゅう()ってるみたいだけど」
「ま、まじかよッ」
 今後は竹田の方を向いて、真崎が小さく言葉を吐いた。
「好きで()ってんじゃねーよ。奴等が襲ってくるから、仕方なくだ」
 私の適当な言葉に抗議するように竹田が云う。
「ちょ、ちょっと待てよ。アレはマジで普通の代物じゃないんだ。人間がバケモンになっちまうんだぜ?!あんた、あんなバケモンといっつも戦ってんの?」
「たまーにな。てか、喫茶店(ココ)にあんなメンドイデーモンぶっ込んどいて、良く云うぜ」
「ご、誤解だよ。あれは連中の仕業なんだって。… …な、なぁ、マキコ。竹田さんってマジ一体、何者?」
 真崎は何をそんなに驚いているのか、眼の前に居る竹田を指さしながら私に聞いてきた。そういえば、まだ竹田の事教えてなかったっけ。
「あー。そういや、アンタに云ってなかったね。此奴もトミーさんとおんなじ一週間の能力者だよ」
「は、はぁ?あ、あんたも、先刻(さっき)のおっさんとおんなじで、一週間の能力者なのか」
(ワリ)ィかよ」
火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)って、云うんだって。ふざけた名前よね」
「ちゅ、ちゅ、チューズデイサンダー!?」
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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