第60話 それぞれの断章#17

文字数 5,617文字

 … …… ………身体が軋む。… …… …無軌道な揺れで… ……眼が覚めたような気もするが… … …。…… …。…… … …此処は… ……一体… …何処だ。… …… …重い瞼を無理やり開けてみるが、何も見えない。… …… …身体が思うように動かない。…… …… …俺…… … …どうしたんだっけか。…… … …… ………。


 … …… …… … …… … ………。… …… ……… ……… …… ………。


 …… …… …… … …… …… ……… … … …… ……… … ……。


 ……… …… ……。… …… … …。…… ……声… ……… …… …。


「…… …… …… …… …………」
「………… … …… …… ……… ……」
「… …… … …何?超能力(チカラ)だと?」
「あ、ああ。」
「能力種は?」
「… ……電撃(エレクトロキネシス)だ。…… …只、その規模が尋常じゃ無い…… …」
「尋常じゃないだと?」
「… ……ああ。…… …電撃の規模が馬鹿デカくて、まるで、稲妻のようだった… …」
「… …カッカッカ!其れで、そんなに落ち込んでいたのか、馬鹿め。てめェの鎌鼬なぞ、所詮子供の手遊び程の超能力(チカラ)だろうが!其の程度で超能力戦士(サイコソルジャー)を名乗る等、片腹痛いわ」
「…… …… …ぬ、ぬぅぅ………」
「尋常じゃない、とは森山(モリヤマ)のような野郎の超能力(チカラ)を云うのだ。流石に其れ程では無いだろう。」
「… ……た、確かにそうだ。」
「フン。ならば、どうと云うコトは無かろう。狼狽(うろた)えるな。手筈通りにいけば、てめェにも器を介して森山の超能力(チカラ)が手に入る。」
「……ああ。… ……念の為確認だが、俺は水川真葛(ミズカワマクズ)を介するのだな。そして、正一(ロク)序開初子(ジョビラハツコ)…」
「そうだ。そして、俺は

を介する。良かったでは無いか。此れでてめェ等の超能力(チカラ)も少しはマシになるだろう。」
「……正道高野(ショウドウコウヤ)の連中は、器を用意していないんだろ?」
「奴等の法力(サイコキネシス)は所詮神仏からの借り物だ。詰まり、法力僧の身体は元々空っぽと云って良い。云わば自らを器として、直接引き継ぐつもりだ。」
「… …自殺行為だ。」
「ああ。俺も流石にそんな賭けをしようとは思わん。森山の身体から器へ一度分離させた超能力(モノ)を頂く。引き継いだトキ、(ヤツラ)が生きようが死のうが構わん。

。其れだけが重要なのだ。」
「…… …其れで、水川真葛は今、何処に居る?」
「知らん。寺の何処ぞにでも居るンだろう」
「…… …知らんって、お前。逃げられでもしたら…… …」
「其の心配は無用だ。奴には動機がある。仇討だの何だのの為に超能力(チカラ)が必要らしい。其処を

後は勝手に其の気になっている。」
「そうか。…… …ククッ。自らが超能力(チカラ)を引き継げると思っているのだな。愚かな。マァ、確かに一時だけ、引き継げるのは間違いないが。………ククク… ……」
 地べたに這いつくばった儘、俺は顔だけをなんとか上げた。辺りは暗闇で殆ど明かりがないようだが、眼の前辺りに二人の人影が見えた。が、重い瞼が視界を塞いでいるのみならず、瞳の中も血で染まってはっきりとは見えない。だが、俺は水川の名が聞こえて堪らず声を出してしまう。
「…… …み、水川… …… …… …」
 其の俺の言葉を聞いて、二人の人影が此方を向いた。其の人影の一人が顎で合図した後、もう一人がゆっくりと此方に近づいてきた。そして、俺を見下げて言葉を吐いた。暗闇の中、表情が見えなかったが、聞こえて来た声は刃室(ハムロ)のモノだった。
「…… …もう少し眠っていろ、クソが。」
 勢いのついた蹴りが俺の顔面に思い切りぶち当たると、脳がシコタマ揺さぶられ、俺は意識を失った。


「…… …… … …… … … …。… ……… ……」
「…… …… … ……。… ………… ……… …… … ……」
「…… …… … …。…… ……… …竹田さんッ… ……… …」
 …… …誰かが俺を呼ぶ声がする。
「… ……竹田さんッ。…… …… …竹田さんッ… ……」
 肩が強く揺られ、俺は漸く其れが現実だと認識し、ゆっくりと眼を開けた。
「…… …良かった。まだ、意識があった。」
 心底、安堵するかのような声が小さく響いた。俺はなんとか声のする方へ顔を向けると、直ぐ隣に(ひざまず)く人影があった。
「…… …ア、アンタは…… ……」
 其処には、微かに見覚えのある顔があった。勤務初日の不坐(フザ)との戦闘の際に、阿川(アガワ)と共に助けに駆け付けてくれた二人の若僧(にゃくそう)の内の一人だ。
「…… …覚えてらっしゃいますか。私は喜緒(キオ)です。双羅喜緒(ソウラキオ)と申します。」
「…… …あ、阿川はッ!」
 俺は眼の前に現れた知る顔の存在に、少しく声を荒げてしまう。
「…… … …しっ。…… …声を上げては駄目です。奴等に見つかってしまう。」
「… ……奴等… …」
「…… …軍の連中です。… ……其れに、不坐や刃室、そして真願(マガン)達、超能力戦士(サイコソルジャー)。… …今、寺の其処ら中を、奴等が取り囲んでいる…… …」
「…… … …… …」
「… …… … ……建砂(ケンザ)様から既にお聞きになっているかと思いますが、既に、

。」
「…… …!…… …まさか… … …」
「… …はい。……戒約の葬(カイヤクノソウ)です。今、此処仙掌院(センショウイン)別院の大本堂では、森山我礼(モリヤマガレイ)の肉体から超能力(チカラ)を剥がすべく、寺の上位僧が集結しています。」
 戒約の葬。其れは、超能力者から超能力(チカラ)を無理やり引き剥がす儀式。だが、そうなると、アイツ等が危ない。
「…… … …み、水川と序開はッ」
 俺は思わず喜緒の肩を両手で掴み、取り乱してしまう。だが、其の俺になんとか冷静さを取り戻させるかのように、喜緒は俺の両腕をゆっくりと掴んだ。
「…… …まだ、彼等に迄は及んでいないようです。今は、正道高野(ショウドウコウヤ)の僧侶が森山と対峙して、超能力(チカラ)を引き継ごうとしています。」
「…… …… …じゃ、じゃあッ。今直ぐにでも、二人を、た、助けに行かないとッ」
 俺は尚も食い下がるように云うが、其の言葉を聞きながらも、喜緒の深刻な表情は少しも揺るがない。
「…… …… …水川さんは不可能です」
「…… …!… …」
「…… …彼は既に腹を決めている。此れから彼を説得するには、時間が無さすぎる。」
「………… …そんな…… …」
「… ……只、序開さんの方は、今、尺丸(ジャクマル)が助けにいっているハズです。」
「…… …!… ……」
「…… …序開さんの方は、彼に任せるしかありません。今は、信じるしか無い。だから、私達も早く此の場から逃げましょうッ」
「……… …し、然し… ……」
「… ……竹田さんッ。今は時間がありません。私と尺丸も、此処に居ては不可(いけ)ない人間なんです。建砂(ケンザ)様と同じく、我々も上層部から眼をつけられている。」
「……… … …」
建砂(ケンザ)様から、あなた達二人のコトを託されているんです。だから、お願いします。水川さんのコトは、諦めてくださいッ」
「…… … …… … …。… …… ……駄目だ… ……」
「…… … …竹田さんッ!」
 俺の言葉に、流石の喜緒も苛立ちを抑え切れないような言葉を上げた。
「…… …喜緒…… …… …頼む。…… …俺のコトはどうなっても良い… ……だから… ……だから、アイツを、助けてやって呉れ」
「…… …なんですって!?」
「… …… …せ… …説得は… ……俺がなんとか、やってみる。… …だから、此処に、アイツを…… …連れてきて呉れないか。」
「…… …… …くっ… …… …」
 喜緒の顔には、明らかに動揺の色が浮かんでいた。俺を助ける為に、彼は必死で此の別院へ忍び込んだのだろう。やっとのコトで救出できるハズだった所での、俺の到底許容し難い注文。見捨てられても仕方が無いような俺の無理な願いを、だが、此の若い僧侶は真摯にも受け入れようとしていた。
「…… … ………分かりました。…… …… …恐らく、私と会っても水川さんが私に対して疑いを持つコトは無いでしょう。会うコトさえ出来れば、此処に連れてくるコトは可能なハズです。…… …ですが、先ほど申し上げた通り、寺の中は軍の人間が歩き回っている。連れてくるコトが不可能な場合や、仮に連れて来れたとしても説得が不可能な場合は、直ぐに私と此の寺を抜け出すコト。… ……良いですね?」
「…… …… …分かった。…… …喜緒…… ……本当に、有難う。恩に着るよ」
「… ……礼は、まだまだ早いですよ。…… …幸い、此の部屋は大本堂から少し離れている。竹田さんの傷の状態もあってか、逃げるとは思われていないのでしょう。見張りの手も殆ど無い。… …… …水川さんを連れてくる迄、少し休んで居て下さい… ……」
 そう云うと、喜緒は直ぐに立ち上がり軽快に部屋を出て行った。立ち上がった彼の姿を見て初めて気付いたが、今の喜緒の姿は僧と云うよりも(シノビ)のような恰好をしていたのだった。俺は喜緒の姿を見送った後、再び意識を失った。


「…… …… ……。… …… …… …」
「…… …三四郎ッ!…… ……」
 俺の身体が、唐突に抱きかかえられる。ゆっくりと眼を開けると、其処には水川の顔があった。眼に涙を貯めながら、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「… …… ……。… …… …よ、よう、水川… …… …やっと… ……会えた… …」
「…… …くっ…… …… …馬ッ鹿野郎ッツ。お前、何故こんな所に居るんだッ」
「…… …知らねェよ。… ……奴等に勾引(かどわ)かされたんだ。」
「………なんだッて!?…… ……!… ……ま、まさか、初子もか!?」
「… ……ああ。」
不坐(フザ)ッ。あの野郎ッツ。話が違うじゃねェかッ!」
 水川が、俺の額の汗を拭いながら云った。
 俺は隣に立つ喜緒に顔を向けた。喜緒も俺の視線に気づき、無言で頷く。
「話が違うとは、どういうコトですか?」
 喜緒が腕組みをしながら、水川に尋ねた。
「……… …奴は…… …突然俺の下に現れて話を持ち掛けて来た。云う通りにすれば、俺に超能力(チカラ)を与えてくれると。」
「…… …云う通り?」
「…… ……俺が軍に入隊すると云うコトが条件だった。超能力(チカラ)を得て奴等と協力する。そうすれば、思う存分、米国人(あめりかじん)に復讐ができると、不坐は云った。」
「…… …馬鹿な」
「… …其れに、奴は約束したんだ。三四郎(おまえ)初子(ハツコ)には、決して手をださないと、奴は誓った。… ……… … ……其れなのにッ」
「…… …… …愚かな…… …。不坐(ヤツ)に、約束なんてモノが通じると思ったのかッ」
 喜緒が語気を荒げて水川を窘めた。彼等は、不坐の非道さが身に沁みて分かっているのだろう。
「…… …ま、待って呉れ、喜緒。…… ……水川… … ……」
「……… …なんだ、三四郎…… …。…… …くっ。……… …こんなに傷だらけになってッツ」
 水川は、俺のボロボロになった身体を唐突に抱きしめた。俺の頭の横に、水川の頭がある。
「…… ……… …今から、喜緒と共に、此処から逃げるんだ」
「…… ……!… …… …」
「…… … …序開は今、尺丸が助けに行っている。… ……まだ、間に合う。不坐は、お前を器として消費するコトが目的だ。…… …奴は、お前を軍に迎え入れようなんて思っていない。森山の超能力(チカラ)をお前の中に一旦引き入れ、其の超能力(チカラ)を刃室という超能力戦士(サイコソルジャー)に引き継がせようとしている」
「…… … … …… ………」
「奴等は、お前の命等、なんとも思っていない。…… …… …だから、今直ぐ此処から逃げるんだッ」
 俺は静かな声の中にも、決意を滲ませて言葉を紡いだ。どうにか、俺の心が水川に届くように。
 俺の言葉を聞いた水川が、ゆっくりと俺から顔を離し、正面から俺を見据えた。水川の頬に涙が伝って居る。
「…… …… ……。…… …… …分かってる。」
「…… ………… … …え?…… ……」
「そんなコト、分かっているよ。…… …俺も… …流石に其処迄、お人好しじゃ無い。」
「…… … … ……だったら、何故!」
「…… ……… ……済まない、三四郎。…… ……… ……… …あの日以来、俺はずっと、家の中で考えていた。……… …… …だが、何度考えても、答えは何時も同じだった。」
「…… …… …… …水川ッ!」
 水川は腕の中から労わるように俺の身体を降ろし、ゆっくりと床に置いた。そして、静かに立ち上がる。
「… … ……水川ッ!」
 俺は床に這いつくばりながらも、水川の片足に必死に手を掛けた。
「…… … …俺は… ……集落の仲間(ヤツラ)の命が散って以来、ずっと死んでるんだ。」
「…… …… … ………」
「……… …俺も… …奴等の下へ行かなきゃならない。……此の… …命を……使わなきゃ不可(いけ)ないんだ。」
「………序開は、そんなコト、少しも望んじゃいないッ!!」
 俺の其の言葉で、水川の顔に苦悶の表情が浮かぶ。
「…………… …… …」
「… …なぁ、水川ッ!…… …た、頼むッ。…… …俺と…… …そして、序開の為に… ……そんな小さな希望で良いッ。…… …お前に生きて居てほしい人間が、此処に二人も居るんだ。…… …其れで… ……其れで十分じゃないかッツ」
「…… … …… ……。…… …… … …大丈夫だよ、三四郎。… ……俺は、まだ死なない。…… …器になって、奴等の思い通りになんて、なるものか。超能力(チカラ)を引き継いだ後は、其の超能力(チカラ)で絶対に逃げ抜いてやる。…… ……逃げて逃げて、逃げ抜いて、そして、俺は必ず、復讐を果たす。…… …… …其れが終われば、絶対に、お前等の下に… …… …帰って来るから………… ……だから… … …」
 足首を掴んでいた俺の手をゆっくりと振り払い、水川が俺に背を向ける。
「…… …… …… …初子にも… …… … ……そう、云って置いて呉れ。」
「ま、待て…… …… … ……待って呉れ!!…… …水川ッ!!…… ……水川ァアッ!」
 俺の言葉も空しく響き、水川はもう此方を振り向くコトもなく、ゆっくりと部屋を出て行った。

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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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