第5話 外道狩り#5
文字数 4,853文字
「おい、マキコ。あんまり、気張るんじゃねーぜ。慎重にな。」
「分かってるッて。」
「あぁ。其れに… …」
「… …尋問するから、まだ殺すな、でしょ。」
「おう、頼むぜ。」
普段からトレーニングジムに通って居る僕は、一応其れなりには身体を鍛えている。だが、其れはあくまで自身の日常生活を営む上での適度な運動であって、このように戦う為では無い。其れこそ、
僕は両腕を曲げ、顔の前でボクシングのブロックのような態勢をとった。腕と腕の僅かな隙間から金髪ボブの動きを探るように努め、
相手もどうやら此方の変化に気が付いたのか、先ほどよりも用心深く警戒している。次は威嚇を交えての牽制だ。僕はブロックの隙間で金髪ボブから男と眼鏡少女へ視線を移した。其れから眼を瞑り、一つ大きく深呼吸して精神を整える。
「… …… …ジヤッ!!」
僕は一気に両腕のブロックを解き放ち、顔を突き出して見開いた両目から
廃工場全体が先ほどと同様に昼のような明るさに包まれ、男と眼鏡少女の方向へ目の眩むような白い波が一斉に襲い掛かった。僕の
「… …チッ、面倒だな。」
「… …… …何も出来ませんね。」
腕で頭を庇いながら、奴等が口惜しそうに言葉を発している。こうやって牽制しておけば外野もそう簡単には手を出せないだろう。其れから僕はすぐに金髪ボブへ視線を戻す。
「… …… …! …上かッ… …」
天井を見上げると其処には、今にも空中から此方へ飛び掛からんとする金髪ボブの姿があった。胸の前で交差するように
「… …ジヤッ!!」
僕は上方に向かって
タメ
が作れなかった為、「……クソッ」
「……ハハハッ!!… …いらっしゃいッ!」
僕は迎え撃つようにサバイバルナイフを逆手に構え、金髪ボブが着地するタイミングに合わせてナイフを一気に振り下ろす。天井から垂れ下がった電球の光が反射して、ナイフの刃を鋭く輝かせた。
その時、鈍い音と共に突如僕の右眼に激痛が走った。僕は痛みに耐えきれず、サバイバルナイフを手放し両手で右眼を抑える。
「…ギャアッ! ……」
右眼を手の平でなぞると、其処には細く鉄製の物体が深々と突き刺さっていた。此れは、奴の
「… …ギィイイィイイッツ… ……あぁー、アーッ、… …痛ェ… …エエェ」
僕のすぐ前に金髪ボブが着地した。女は右手に持った苦無をもて遊ぶように軽く投げ、回転させてからキャッチする。
「あんた、やる事がワンパターンなのよ。ホントは両目狙ってたんだけど、もう一つは外れちゃったわね。」
「…… …… …グゥウウウウウ… …クッ、クソアマがッ… …… …。愚にもつかない下品なヤロウ… …」
「… ………。… …私は、あんたの
金髪ボブが此方に向かって、人差し指と中指でふわりと飛ばすような仕草をすると、其処から小さな火花が生まれゆっくりと宙を舞った。
其れが僕の身体にまとわりついたかと思うと、突如、僕の全身が発火して大きな炎が沸き起こった。高温の炎で身体中を包まれ、僕は満足に呼吸も出来ない。視界を黒々とした煙と赤が徐々に覆い尽くしていく。
「ウワ、ウアァアアアアアアアアッ!… … …ウァアアアァァアアアアッ!!」
身体中が灼熱に焦がれ、耐えがたい痛みで意識が朦朧とする。僕は眼を抑えながら其の場を夢遊病者のように歩き回ったが、力も入らなくなりやがて地面にうつ伏せで倒れた。
「…… ……ヨウコー。」
金髪ボブが眼鏡少女に声を掛けている。ダメだ、最早、僕の命も是までか。こんなクソ野郎共に良いようにされて、最後は灼熱に焼かれて死ぬなんて。息も出来ず、苦しみの中終わりを迎える… …。
そう思っていた矢先、金髪ボブの隣に眼鏡幼女が宙から降り立った。そして、此方に片手を向けたかと思うと、細かい氷の粒のような物が飛んできた。
其れにより僕の身体を燃やしていた炎は
「……竹田ー。云われた通りにしたけど。」
「おお、ナイス。」
少女たちの後ろから男が遅れて現れた。其れから、焼け焦げでうつ伏せになっている僕に向かって、事も無げに話し掛ける。
「はいはいはいはい、どうも、どうも。」
「…… ……クッ… ………クソッ」
「最初に断っておくけど、
「… …ハァ、ハァッ。… ……黙れッ、…愚劣なる者共…」
「あ、そうそう。後… …。
男は先ほど使用していた
「…ギャァアアッ」
「
「…ハァッ、ハァッ…… …ぐ、グァアアアアアア、クソッ、クソッ!!」
「さてと、一先ず俺の仕事は済んだ。此処からはもう一度、交渉の続きだ。… …で、どうする?ヴァレリィについて知ってる事を話してくれたら、… …まぁ最早、五体満足とは云えないが、此れからも生きていけるだろう。其れで、もっと他の余暇でも見つければ良い。」
「… …ハァッ、ハァッ… ……」
「あぁ、今更しらばッくれるのは、無しだぜ。俺の質問に対してあんたが仕掛けてきた事自体が其の
両目を潰された今、暗闇の中で男の無情な声だけが響いた。今まさに死が手の届く所まで近づいている。返答次第で僕の人生は終わりを告げる。
今日は有給を取り、朝から獲物の事だけを考えていた。そして、其れは僕の幸福なルーチンだった。人生を
なのに此の状況はどうだ。僕は今大事な狩場を蹂躙され、殺されようとしている。… …怖い。こんなにも人の一生と云うものは、脆く儚い物だったのか。全く予期しない竜巻のような力に巻き込まれ、何もかもが壊されていく。
此の男に、ヴァレリィ様と出会った経緯を洗いざらい話せば其れが叶うのだろうか。初めて出会った時の事。ほんの子供騙し程度だった
見えない地面に顔を落しながら、僕はイエスと形作ろうとしていた口を、寸での所で止める。
「…… ……… ……どうしたよ。やっと話す気になったか?」
男が僕に向かって、素っ気ない言葉を放つ。
… ……危なかった。僕は、一時の気の迷いで大切なモノまで無くしてしまう所だった。
僕が此の世界で生きて良い理由。其れは、ヴァレリィ様との思い出だ。此の、ポケットに残る僕と彼との繋がり。其れだけが此の僕の真実だ。奴等のような愚かな存在に、僕等の純粋な思いが踏みにじられて良いはずが無い。此のポケットに残る僅かな、感触。
僕は両目から
「… ……… ……」
「……竹田 ……」
「…… …… ……あぁ。」
辺りがしんと静まり返っている。空気が止まり、夜の虫たちの輪唱がはっきりと聞こえる。
僕はポケットからゆっくりとヴァレリィ様から頂いた大切な小瓶を取り出して、無造作に蓋を取って捨てた。其の行動に一早く男が反応する。
「… ……おい、あんた。其れ… …」
「竹田さんッ。多分、あれです。ポケットに持ってた大切なモノって」
其れから僕は瓶に唇をつけた。其れを見た男は、奇妙に落ち着きを無くしているかのようだった。
「おい、あんた。… ……其れ、
奴
に貰ったモノか?」連中がやけに警戒しているのが分かる。周辺に足音が散乱し、警戒態勢を取っているようだ。一体、奴等は何を慌てているんだろう。
「…… …何をびびってやがるんだ。… …まぁ良いや。… …良いかい、僕の答えは、ノーだ。危うくお前等の脅しに屈して、大切な物まで無くしてしまう所だったよ。… …くくく。… …… 。もう此れで終わりにしよう。最後だ。だけど、僕は死ぬつもりはないぞ。……… …… ……。…… …嗚呼、ヴァレリィ様… ………」
僕は瓶に入った透明の液体を一気に飲み干した。
少しの間があって、僕の身体の奥底からマグマのような形容し難いエネルギーがゆっくりと身体中を駆け回り始めた。血管の中をそれらが通り抜けるに従い、僕は眼も眩むような解放感と充足感に満たされていく。大量の血液が細胞の隅々まで隙間無く行き渡り、僕は両手で身体を抱きしめながら、荒くなる息と早鐘を打つ心臓の鼓動に耐え続けた。
落した視線に移った腕が、みるみる内に太さを増していき、頑強に、毛深く変化していく。そして何より、潰れた両目の傷は何時の間にか癒えており視界が驚く程クリアになっていた。
「… ……芥が云ってた、デモン因子って奴か。」
僕を見上げながら、男が独り言ちている。
デモン因子?此の男は一体何の事を云っている。此れはヴァレリィ様と僕の愛の結晶だ。無情の愛はお前等のような下劣な人間等に負けはしない。僕は警戒を続ける男の身体が妙に小さくなっていくのだと思っていたが、其れは間違いだった。僕の身体は今や3メートル程に大きくなっていたのだ。途轍もない力だ。またもやヴァレリィ様は僕に