第5話 外道狩り⑤

文字数 4,853文字

 金髪ボブが此方の方を凝視しながら、少しずつにじり寄ってくる。僕は其の姿にヤマネコのような瞬発力と獰猛(どうもう)さを感じとった。先ほどの炎球の一撃で分かったが、あの素早い身のこなしで攻撃されると相当厄介だ。やはり奴は早めに破壊する必要がある。奴の眼球を潰す。その為には、周りの取り巻き連中が邪魔だ。
「おい、マキコ。あんまり、気張るんじゃねーぜ。慎重にな。」
「分かってるッて。」
「あぁ。其れに… …」
「… …尋問するから、まだ殺すな、でしょ。」
「おう、頼むぜ。」
 普段からトレーニングジムに通って居る僕は、一応其れなりには身体を鍛えている。だが、其れはあくまで自身の日常生活を営む上での適度な運動であって、このように戦う為では無い。其れこそ、裏社会(あっち)の連中のように朝から晩まで闘争に明け暮れている訳では無いのだ。つまり、単純な身体能力で考えれば此方が劣っているのは必定(ひつじょう)。其れに数も負けている。だから僕は上手く立ち回らなければならない。
 僕は両腕を曲げ、顔の前でボクシングのブロックのような態勢をとった。腕と腕の僅かな隙間から金髪ボブの動きを探るように努め、此方(こちら)の表情や視線の動きは極力悟らせない。
 相手もどうやら此方の変化に気が付いたのか、先ほどよりも用心深く警戒している。次は威嚇を交えての牽制だ。僕はブロックの隙間で金髪ボブから男と眼鏡少女へ視線を移した。其れから眼を瞑り、一つ大きく深呼吸して精神を整える。
「… …… …ジヤッ!!」
 僕は一気に両腕のブロックを解き放ち、顔を突き出して見開いた両目から閃光(ストロボ)を照射した。
 廃工場全体が先ほどと同様に昼のような明るさに包まれ、男と眼鏡少女の方向へ目の眩むような白い波が一斉に襲い掛かった。僕の閃光(ストロボ)をもろに受けた奴等は、失明を恐れ背を向けて防御の態勢をとるしかない。
「… …チッ、面倒だな。」
「… …… …何も出来ませんね。」
 腕で頭を庇いながら、奴等が口惜しそうに言葉を発している。こうやって牽制しておけば外野もそう簡単には手を出せないだろう。其れから僕はすぐに金髪ボブへ視線を戻す。(しか)し、もう其処には女の姿は居なかった。
「… …… …! …上かッ… …」
 天井を見上げると其処には、今にも空中から此方へ飛び掛からんとする金髪ボブの姿があった。胸の前で交差するように苦無(くない)を構え、長いスカートが風に棚引いている。
「… …ジヤッ!!」
 僕は上方に向かって閃光(ストロボ)を放った。不意を突かれた状況で殆ど

が作れなかった為、光度(カンデラ)は弱い。だが、其れでも相手の視界を奪うには十分だ。金髪ボブも例外では無く、生理現象を止める事が出来ない。少女は瞬間的に眼を瞑り、構えた両腕の中に顔を伏せてしまう。
「……クソッ」
「……ハハハッ!!… …いらっしゃいッ!」
 僕は迎え撃つようにサバイバルナイフを逆手に構え、金髪ボブが着地するタイミングに合わせてナイフを一気に振り下ろす。天井から垂れ下がった電球の光が反射して、ナイフの刃を鋭く輝かせた。
 その時、鈍い音と共に突如僕の右眼に激痛が走った。僕は痛みに耐えきれず、サバイバルナイフを手放し両手で右眼を抑える。
「…ギャアッ! ……」
 右眼を手の平でなぞると、其処には細く鉄製の物体が深々と突き刺さっていた。此れは、奴の苦無(くない)だ。奴は僕が光を放った瞬間に、既に苦無で僕の眼球を狙っていたのだった。僕は眼が潰れるという人生初めての痛みの前に、成す術も無く其の場で身悶えた。
「… …ギィイイィイイッツ… ……あぁー、アーッ、… …痛ェ… …エエェ」
 僕のすぐ前に金髪ボブが着地した。女は右手に持った苦無をもて遊ぶように軽く投げ、回転させてからキャッチする。
「あんた、やる事がワンパターンなのよ。ホントは両目狙ってたんだけど、もう一つは外れちゃったわね。」
「…… …… …グゥウウウウウ… …クッ、クソアマがッ… …… …。愚にもつかない下品なヤロウ… …」
「… ………。… …私は、あんたの快楽殺人(ヤリクチ)ってのが死ぬほどキライだから、同情もしないケド。」
 金髪ボブが此方に向かって、人差し指と中指でふわりと飛ばすような仕草をすると、其処から小さな火花が生まれゆっくりと宙を舞った。
 其れが僕の身体にまとわりついたかと思うと、突如、僕の全身が発火して大きな炎が沸き起こった。高温の炎で身体中を包まれ、僕は満足に呼吸も出来ない。視界を黒々とした煙と赤が徐々に覆い尽くしていく。
「ウワ、ウアァアアアアアアアアッ!… … …ウァアアアァァアアアアッ!!」
 身体中が灼熱に焦がれ、耐えがたい痛みで意識が朦朧とする。僕は眼を抑えながら其の場を夢遊病者のように歩き回ったが、力も入らなくなりやがて地面にうつ伏せで倒れた。
「…… ……ヨウコー。」
 金髪ボブが眼鏡少女に声を掛けている。ダメだ、最早、僕の命も是までか。こんなクソ野郎共に良いようにされて、最後は灼熱に焼かれて死ぬなんて。息も出来ず、苦しみの中終わりを迎える… …。
 そう思っていた矢先、金髪ボブの隣に眼鏡幼女が宙から降り立った。そして、此方に片手を向けたかと思うと、細かい氷の粒のような物が飛んできた。
 其れにより僕の身体を燃やしていた炎は(たちま)ち勢いを失い、小さくなってやがて消えていった。()っと直立して此方を見つめる眼鏡少女の横で、金髪ボブ頭が後ろを振り向き男に話しかける。
「……竹田ー。云われた通りにしたけど。」
「おお、ナイス。」
 少女たちの後ろから男が遅れて現れた。其れから、焼け焦げでうつ伏せになっている僕に向かって、事も無げに話し掛ける。
「はいはいはいはい、どうも、どうも。」
「…… ……クッ… ………クソッ」
「最初に断っておくけど、戦闘(ヤリ)始めたのはソッチだからね。始めちゃった以上、其処から先は命のやり取りになっちまうから、此方(こちら)も其れ相応に対処した。其の結果が現状(これ)だ。ただし、俺たちの目的はあくまでヴァレリィって奴の情報なんだ。今、あんたが知ってる事を話してくれたら、命までは()らない。」
「… …ハァ、ハァッ。… ……黙れッ、…愚劣なる者共…」
「あ、そうそう。後… …。此方(こちら)の都合で恐縮なんだが、ついさっき依頼人がついてさ。其方(そちら)の仕事もこなす必要があるので… …えーッと… …」
 男は先ほど使用していた(つか)に龍が刻印された短刀を取り出したかと思うと、僕の残った左眼に躊躇無く刺し込んだ。ぶちゅっという肉の音がして、其れからかき混ぜるような音が目の奥で響いた。
「…ギャァアアッ」
(とら)われてた此の状況から救うってのが依頼の内容なんだ。今後の事も含めてね。なので、あんたの両目は潰させてもらうよ。此れでもう彼女があんたに襲われるリスクは無くなる。」
「…ハァッ、ハァッ…… …ぐ、グァアアアアアア、クソッ、クソッ!!」
「さてと、一先ず俺の仕事は済んだ。此処からはもう一度、交渉の続きだ。… …で、どうする?ヴァレリィについて知ってる事を話してくれたら、… …まぁ最早、五体満足とは云えないが、此れからも生きていけるだろう。其れで、もっと他の余暇でも見つければ良い。」
「… …ハァッ、ハァッ… ……」
「あぁ、今更しらばッくれるのは、無しだぜ。俺の質問に対してあんたが仕掛けてきた事自体が其の証左(しょうさ)だ。あんたにはもうイエス(話す)かノー(話さない)かの答えしか残っちゃいない」
 両目を潰された今、暗闇の中で男の無情な声だけが響いた。今まさに死が手の届く所まで近づいている。返答次第で僕の人生は終わりを告げる。
 今日は有給を取り、朝から獲物の事だけを考えていた。そして、其れは僕の幸福なルーチンだった。人生を創造的な余暇(レクリエイション)で満たし、命の洗濯をする。僕にとって其れはいつも通りの、何気ない時間だった。
 なのに此の状況はどうだ。僕は今大事な狩場を蹂躙され、殺されようとしている。… …怖い。こんなにも人の一生と云うものは、脆く儚い物だったのか。全く予期しない竜巻のような力に巻き込まれ、何もかもが壊されていく。屹度(きっと)、交通事故に遭遇し亡くなった人たちの無念も、此のようなものだったのだろう。僕も今まさに、そのような竜巻に巻き込まれ命を落そうとしている。
 (つら)い。僕の身体中の皮膚は炎で焼けただれ、両目は潰されて耐えがたい激痛が続いている。一刻も早く大学病院に搬送してもらい治療を受け、病院特有の仄かに薬品の香るリネンベッドで昏睡するように眠りたい。
 此の男に、ヴァレリィ様と出会った経緯を洗いざらい話せば其れが叶うのだろうか。初めて出会った時の事。ほんの子供騙し程度だった閃光(ストロボ)に大きな力を与えて下さった事。そして何より、此の僕の生き辛さに心から寄り添ってくれた事。肩を抱いて下さった時の温もり、其の優しさの全てを… …。
 見えない地面に顔を落しながら、僕はイエスと形作ろうとしていた口を、寸での所で止める。
「…… ……… ……どうしたよ。やっと話す気になったか?」
 男が僕に向かって、素っ気ない言葉を放つ。
 … ……危なかった。僕は、一時の気の迷いで大切なモノまで無くしてしまう所だった。
 僕が此の世界で生きて良い理由。其れは、ヴァレリィ様との思い出だ。此の、ポケットに残る僕と彼との繋がり。其れだけが此の僕の真実だ。奴等のような愚かな存在に、僕等の純粋な思いが踏みにじられて良いはずが無い。此のポケットに残る僅かな、感触。
 僕は両目から(したた)り落ちる涙と血液の混じった液体を頬に感じながら、ゆっくりと立ち上がる。
「… ……… ……」
「……竹田 ……」
「…… …… ……あぁ。」
 辺りがしんと静まり返っている。空気が止まり、夜の虫たちの輪唱がはっきりと聞こえる。
 僕はポケットからゆっくりとヴァレリィ様から頂いた大切な小瓶を取り出して、無造作に蓋を取って捨てた。其の行動に一早く男が反応する。
「… ……おい、あんた。其れ… …」
「竹田さんッ。多分、あれです。ポケットに持ってた大切なモノって」
 其れから僕は瓶に唇をつけた。其れを見た男は、奇妙に落ち着きを無くしているかのようだった。
「おい、あんた。… ……其れ、

に貰ったモノか?」
 連中がやけに警戒しているのが分かる。周辺に足音が散乱し、警戒態勢を取っているようだ。一体、奴等は何を慌てているんだろう。
「…… …何をびびってやがるんだ。… …まぁ良いや。… …良いかい、僕の答えは、ノーだ。危うくお前等の脅しに屈して、大切な物まで無くしてしまう所だったよ。… …くくく。… …… 。もう此れで終わりにしよう。最後だ。だけど、僕は死ぬつもりはないぞ。……… …… ……。…… …嗚呼、ヴァレリィ様… ………」
 僕は瓶に入った透明の液体を一気に飲み干した。
 少しの間があって、僕の身体の奥底からマグマのような形容し難いエネルギーがゆっくりと身体中を駆け回り始めた。血管の中をそれらが通り抜けるに従い、僕は眼も眩むような解放感と充足感に満たされていく。大量の血液が細胞の隅々まで隙間無く行き渡り、僕は両手で身体を抱きしめながら、荒くなる息と早鐘を打つ心臓の鼓動に耐え続けた。
 落した視線に移った腕が、みるみる内に太さを増していき、頑強に、毛深く変化していく。そして何より、潰れた両目の傷は何時の間にか癒えており視界が驚く程クリアになっていた。
「… ……芥が云ってた、デモン因子って奴か。」
 僕を見上げながら、男が独り言ちている。
 デモン因子?此の男は一体何の事を云っている。此れはヴァレリィ様と僕の愛の結晶だ。無情の愛はお前等のような下劣な人間等に負けはしない。僕は警戒を続ける男の身体が妙に小さくなっていくのだと思っていたが、其れは間違いだった。僕の身体は今や3メートル程に大きくなっていたのだ。途轍もない力だ。またもやヴァレリィ様は僕に能力(チカラ)を与えて下さった。此れさえあれば、こんな愚劣な連中に(など)負けやしない。鋭く尖った両手の爪を見ながら僕は誓う。見ていて下さい、ヴァレリィ様。僕の本当の力を。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み