第40話 夕暮れに遠雷は閃いて#1
文字数 5,528文字
「…… …… …」
「…… …。… …マキちゃんッたら、もう。私の話聞いてる?」
「…… … ……へッ?… …な、何。もう着いたの?」
「… …着くワケないでしょ。まだ新幹線が出発してから30分も経ってないよ」
「あ、あぁ。そっか。ハハハ… …」
一体どうしたんだろう。マキちゃんは、ずーっとこんな調子だ。何時から?と思い返してみれば、多分一昨日、木曜日の夕方からだろうか。
木曜の深夜遅くまでケンザおじいちゃんのお店に居て、色んな宝石の話を聞かせてもらって、竹田さんの自宅に帰ったのはもう朝方だった。
兎に角、此の一週間はかなりバタバタしていた気がする。デーモンと連戦したり、トミーさんと小林君、それから
竹田さん家のリビングの天井付近に浮かんでいた私は、眼が覚めてゆっくりと辺りを見渡すと、既にマキちゃんの姿は無かった。マキちゃんはショートスリーパーなので、短時間で休息が可能な羨ましい体質だ。だから、眼が覚めてマキちゃんが居ないコトは珍しいコトではない。早起きして何時も何処かに散歩しに行ってしまうのだ。何時も何処に行ってるの?なんて聞いてみても、『内緒ッ』なんて云って
話を戻すと、マキちゃんの様子がおかしかったのは木曜日の夕方、何処からか帰ってきてからだった。マキちゃんが帰宅したトキ、アタシはテレビを見ていた。竹田さんは調べ物をした儘、机の上に突っ伏して眠っていたみたいだけれど、今はもう眼を覚まして引き続き作業を行っていた。
「… …
マキちゃんの様子のおかしさに、私はテレビから眼を離して扉の方を見る。
「…… …おかえりなさい」
マキちゃんの体調や機嫌の変化はとても分かりやすい。彼女の各バロメータがマイナス方向のトキは、声の張りが極端に弱くなるのだ。そして今日の彼女の声は、近年稀にみるほどの張りの弱さだったのである。何か彼女の中で、重大な出来事があったコトは明らかだった。
「…… …マキちゃん?」
「…へ、… …何?」
「どしたのマキちゃん。なんか、あった?」
私は一応、何の気なしと云った風にマキちゃんに聞いてみる。
「…あ、あぁ。イヤ、別に、何にも無いよ…」
何にも無いよ、と返答する彼女の、其のビックリするほどの覇気の無さ。なんだか眼も何時もの半分くらいしか開いてないように見える。まるで生気が抜けてしまったような、こんな状態で『何にも無い』なんて云う言葉の信頼性はと云えば、限り無くゼロに近いだろう。
「…… …。」
とは云っても、此の手の感情の起伏はマキちゃんにとっては日常茶飯事である。すっかり意気消沈していると思ったら、次の日には憑き物が落ちたかのようなスッキリとした顔をしていたり、其の逆もまた然り。だから今回も何時ものように時間が経てば回復するだろうなんてコトを考えていた。だから、そっとしておこうと思っていたのだけれど。
「…… …何、マキコ。なんか、面白いコトでもあったのか!?」
マイナステンションが極まっているマキちゃんを、嬉々として歓迎する人が此処に一人居た。竹田さんだ。
竹田さんは生気の抜けたマキちゃんの姿を見て、なんとしてでも冷やかしてやるという意気込みで、マキちゃんにちょっかいを出し始めた。普段から互いに牽制し合っているものだから、今回のマキちゃんの消沈振りは絶好の機会と思っているようだった。だけれど、当のマキちゃんはと云えば、竹田さんの売り言葉に対して少しの食指も動かないみたい。
「…… あぁ、竹田。面白いコト?… …マァ、ぼちぼちってトコね。」
「ぼ、ぼちぼちって何だよ。…ちぇっ」
竹田さんはワザと焚きつけるような云い方をしているのに、マキちゃんは少しも乗ってこない。何時もなら直ぐに温度が高くなって『竹田ァー!』って大声で怒り出すのに。
竹田さんは其れ以上は特に深入りするでもなく、直ぐに興味を無くして元のパソコン作業に戻ってしまったけれど、私は其のマキちゃんの姿を見てなんだか今回は何時もと違う気がしていた。
竹田さんの田舎に帰郷するのは、結局土曜となった。
竹田さんが調べ物をする時間が欲しいと云うのと、少し落ち着いて今後の予定を考えたいからと云う理由からだった。金曜は丸一日ゆっくりと出来た。マキちゃんも私も、竹田さんの家で一日中過ごしたのだった。
二日間の休息でマキちゃんの気分は或る程度は戻ったように見えたものの、其れでも時折、心此処に有らずと云った瞬間がある。新幹線に乗ってからも、窓の外をぼおっと眺めて魂が抜けたような顔をしていたから、私は冒頭のやりとりでマキちゃんに声を掛けたのだった。
竹田さんは
「ねェ、ヨウコ」
「ん?」
「此れから、竹田の田舎まで、どれくらい掛かるの?」
一番窓際に座っているマキちゃんが外の風景を眺めながら云った。
「えーっと、東京から姫路まで新幹線で3時間。其処からローカル線に乗り換えて2時間。其れから地元のタクシーに乗り換えて、1時間近く掛かるんだって。連絡時間とか含めたら竹田さんの田舎に着くのは夕方くらいになるみたい。ねェ、竹田さん」
私は三席の内、真ん中に座っていて、通路側の席には竹田さんが座っている。私は隣でノートパソコンに顔を落している竹田さんに向かって声を掛けた。
「… …あぁ。先は長いから、気長に行こうぜ。あんまりシャカリキに
竹田さんは真崎さんに、
「改めて距離を聞くと、なッかなかに、遠いね」
マキちゃんが、呆れるように笑って私の方を見た。私は宙から少女漫画の単行本を一冊掴んで、読み始めるような仕草をマキちゃんにして見せる。此れからの長い道のりを過ごす為の一番の方法だ。私の仕草を見たマキちゃんも興が乗ったのか、こういう使い方もあるよ、と云いながらファッション雑誌を取り出すと無造作に開いて顔の上に乗っけた。其れからワザとバカみたいに大きな
其れから予定通り3時間後に姫路駅に到着して、広めの構内を移動してローカル線に乗った。其処から又2時間。姫路駅から離れると直ぐに高い建物が無くなり、辺りには豊かな田畑風景が広がる。多かった民家も所々に点在するようになり、やがて其れも疎らになっていった。そして、一件も民家が見当たらなく頃、列車は徐々に山中へと入っていった。両脇を鬱蒼とした木々が立ち込め始める。
「ホントに、こんなトコに人なんて住んでンの?」
マキちゃんが興味深げに窓の外に眼をやりながら、投げやりに竹田さんに聞いた。私たちの隣で竹田さんは腕を組み眼を瞑って休んでるようだったけれど、マキちゃんの言葉を聞いて片目を開けた。
「住んでるから、こうやって路線が走ってるンだろ。」
「あー。マァ、そりゃそうだけどサ」
「
そう云いながら、竹田さんも窓の外を眺める。お昼過ぎの
「竹田さんの村って、なんて云うところなんですか?」
私は何となく思いついて、唐突に竹田さんに質問をする。
「
「おじい様はまだ草薙村に住んでいるんですね。」
「あぁ。しぶといコトにな。今も交流があるケンザが云っていたコトだから間違いない。」
「今日、竹田さんが行くというコトは知っておられるのですか?」
「いや、知らない。三四郎じいちゃんは携帯を持っていないし、固定電話も引いていない。昔からだ。どうしても緊急連絡をつけたい場合は、ケンザは近隣の住民へ連絡して繋いで貰うそうだが。今回の俺たちの帰省については、其処までして連絡はつけていない。面倒だし、何より… …、気が進まないってのが正直なところだ。」
「確かに、何も告げず唐突に行方を
「えー。じゃあ、ついた途端、門前払い食らう可能性もあるってコトじゃん」
横からマキちゃんが不満を口にする。
「… …無いとは云いきれないけどな。そうなったトキは、そんトキ考えよう。何、一日くらい野宿したって死にゃしないって」
「はぁ!?何呑気なコト云ってんのよォ、アンタは。アタシ、野宿なんて絶対ヤだからね。」
「うっ… …。…わ、分かッたって。ちゃんとじいちゃんに頼み込んで、家に上げて貰えるようにするから」
「ゼッタイだよ!ゼッタイ。」
「分かったって。ウルサイなァ、もう」
目的地が徐々に近づくにつれて、私たちの気持ちは少しずつ本来の目的を意識し始めていた。つまり、ケンザおじいちゃんが云っていたコト。竹田さんの
私たちは狐面の男を探していた。其の中で、一週間の能力者と云う存在が鍵になっているコトが分かった。だけれど、其のそもそもの竹田さんの
「一週間の能力者のコト… …。おじい様は、一体何を知っておられるのでしょうね… …」
私は座席の肘置きに片肘を立てながら、誰に云うともなく独り言ちるように云った。
「… …そもそもさ。アンタってさ、なんでそんなに早く村を出て行っちゃったの?もう少し村に住んでたらさ、そういう話だって、聞けたハズじゃん。おじいちゃんだって、何時かそういう話をアンタにしようと思ってたんじゃないのさ。」
続けるようにマキちゃんが竹田さんに質問を投げかける。
「… ……あぁ。マァ、な。」
マキちゃんもおそらく、世間話の続きのような気分で投げかけた質問だったと思うのだけれど、其の質問に対して竹田さんの口は唐突に重くなった。私たちから目線を外してしまうモノだから、なんだか私たちも其れ以上聞いては
ローカル線をひた走る電車が、やがて人気のない無人駅に到着した。周囲には駅を取り囲むように山々が
私とマキちゃんは都会とは全く違う新鮮な田舎の空気を命一杯吸いながら、何処となくウキウキした気分で改札を抜けた。竹田さんの後をついて歩いていくと、道路脇に一台のタクシーが既に到着していた。此の先、まだ1時間ほどかかるらしいので、近隣のタクシー会社を予約していたのだ。時刻は15時半。比較的予定通りの時間で推移している。私たちはタクシーに乗り込んで、後は草薙村に到着するのを待つばかりだった。竹田さんは助手席に座り、私とマキちゃんは後部座席へ座る。緩やかに発車した車の窓から、遠目に見える雄大な山々を眺めていると、両瞼が次第に重くなってきて、私は何時の間にか眠ってしまった。