第31話 宝石商#5

文字数 3,385文字

「ジイちゃーん。あたし、此れが良いー。それに、ヨウコも決めたみたい」
 浮かれた金髪頭の声が飛んでくる。陳列棚(ショーケース)の方に眼をやると、マキコが鼻の穴を大きくしながらケンザの返事を待って居た。どうにも我慢が追い付かないらしく、両手の人差し指を交互に陳列棚(ショーケース)のガラスに突きつけている。其の隣に居るヨウコもマキコと大して変わらない浮かれ具合だ。ケンザはその声を聞くと摘まんでいた吸い殻(シケモク)を灰皿に押し付け、柄にも無く

と立ち上がった。
「おおよ。どれ、嬢ちゃん等は一体何を選んだンかのう。」
 ケンザにしても、姉妹が宝石に興味を持ってくれる事が単純に嬉しいらしい。真っ白い口髭(クチヒゲ)顎髭(アゴヒゲ)を順番に撫でながら興味深げに絶姉妹(ぜつしまい)の隣に立ち陳列棚(ショーケース)の中を覗き始めた。まぁ斯く云う俺も、姉妹が選んだ宝石がどんな物なのかに若干の興味が湧いてきたのは、此のキラキラと光りを放つ石に他の連中同様、漏れなく魅せられてしまった所為か。
「へっへー。探せばあるモンだね、まさしくアタシにお似合いのヤツ!」
 マキコが両手を腰に当て、ケンザに向かって偉そうなポーズをする。ケンザはガラスケースに落した顔をマキコの方へ向けると感心するように口を開いた。
「ほぉ。鳩の血(ピジョンブラッド)か。こいつはまた、値打ちモンを選んだのう」
「そうなの!?」
「ああ、コイツは紅玉(ルビー)の中でも特別希少なヤツじゃよ。血のように鮮やかな赤色からそのように呼ばれとる。」
 陳列棚(ショーケース)の中には、文字通り血のように濃い赤に染まった美しい宝石が銀の指輪の中に収まっていた。其のケンザの言葉を聞いてマキコの表情が若干曇る。
「そんなに珍しい宝石なんだ…。」
 どうやら高価な宝石と云うことで尻ごみしているようだった。如何にガサツなマキコと云えど、あまりに高価な品物を貰う事には気が引けたらしい。だがケンザの方はそんな事は一向にお構いなしのようで、髭面の口元に笑みを浮かべながらマキコに向かってウィンクしてみせた。
「なーにを、若いクセに遠慮しとるんじゃ。最初にゆったじゃろ?ケンザから嬢ちゃん達へのささやかなプレゼントじゃよ。値段なんか気にせずとも良い。」
「ほんと!?」
「ああ、モチロン。鳩の血色の紅玉(ピジョンブラッドルビー)はとても強力な石なんじゃ。紅玉(ルビー)は情熱、血液の浄化、永遠の命を象徴しておる。其の昔人々は、太陽の下で真っ赤に輝く此の石を『燃える石炭』と呼んで(あが)めた。内部に炎を宿したような此の石は、其の見た目通り熱いエネルギーを秘めた石なんじゃよ。どうじゃ?此の石は嬢ちゃんの直観通り、あんたの魂をしっかりと映しておるかの」
 ケンザの説明を熱心に聞きながら宝石に眼を落していたマキコは、ケンザの話が終わった途端、胸を張って顎を上げながら得意げに云う。
「当ッたり前でしょ!私は絶マキコ。私の炎で燃やせないものは無いんだからッ」
 マキコはケンザの顔の前で人差し指に小さく火を灯して見せた。細い指先で炎が揺らめいている。突然の超能力(チカラ)の発揮にケンザは少しく面食らったようだったが、其れも一瞬の事。直ぐに口角を上げながら、ほっほっほと声を上げ、ポケットの中から吸い殻(シケモク)を取り出して其の火を借りた。ケンザが大きく深呼吸をするように煙草を呑むと、裸電球がぶら下がった天井へゆっくりと煙が立ち昇っていった。
「… …まさしく、其の炎は嬢ちゃんの魂の形。揺るぎなく前進してゆく決意そのものに見えるの。」
「へへへ。」
「… ……じゃがな。時には立ち止まって考える事も大事じゃ。あんたの力は強く、そして正直過ぎる。其れゆえ、大切な人の為には容易に命を散らしかねん危うさも持ち合わせておるようじゃ。もし此の先、そんな場面に遭遇した時は、今一度此のじじいの云った事を思い出しておくれ。そして、少しでも生きる事に考えを巡らせるんじゃよ」
 ケンザがマキコの微かに透き通った手の甲をゆっくりと諭すように握る。マキコは其のケンザの気持ちを感じとったのか、やけに(かしこ)まった態度で話を聞いていた。
「さぁさ。お次は此方の嬢ちゃんと坊ちゃんの選んだ石を見せておくれ。マキコちゃんや、とりあえず先に皆の石を鑑定するからの。ちょっとだけ待っててな。」
「うん!私も石の話もっと聞きたい。」
 ケンザに妙に懐いているマキコ。傍から見ているとなんだかじいちゃんと孫みたいだ。意外と素直にケンザの話を聞いていたり、しおらしい面もあるんだなぁとか、日頃からああだったらもうちょっと扱い易いのになぁなんて、取り留めのない思考が浮かんでいる。ケンザの石ころ鑑定はまだもう少し時間が掛かりそうなので、此方もゆっくりさせて貰おうと隅に置いてあった丸椅子に腰を下ろした。其れから全体重を預けるように壁に(もた)れかかる。ポケットを漁ると、クシャクシャになった箱の中に煙草が三本残っていた。
「ん。」
 一本(くわ)えてから、残りを箱から立ててトミーさんと今日介(きょうすけ)に勧める。トミーさんは吸わないというジェスチャーで答えて、今日介は小さく会釈しながら一本摘まんで口に持って行った。
「火?」
「あざっす」
 今日介が俺の灯したライターの火に顔を近づけると、ほどなくして細い紫煙が立ち昇り、雑然とした室内を薄く曇らせてゆく。


 黄玉(トパーズ)と云う名を冠しては居るが、此の宝石は青、薄紅(うすべに)、緑等、様々な色の種類が存在する。其の中でも壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)はシェリー酒のような赤みがかった橙色(レッディッシュオレンジ)をしていて、其の輝きは見る者に気品高く女性的な印象を抱かせる。壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)黄玉(トパーズ)の中でも其の美しさにおいて群を抜いている。…石言葉は貞節、純潔、知恵、愛、誠実。… ……と。携帯で黄玉(トパーズ)について検索した結果はざっとこんなところだ。此の壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)がヨウコの選んだ石。
 見たところ確かに此の宝石はとてもヨウコの選びそうな物だし、石言葉に至ってはまるでヨウコの優等生っぷりを象徴するかのような儚い言葉ばかりが並んでいる。マキコにしてもヨウコにしても、自身にぴったりと合うようなシロモノを、よくもまぁ間違いなく選ぶなぁとつくづく感心する。女ってのは自身にとって一番最良な物を嗅ぎ分ける能力に優れているのだろうか。
 ケンザは今しがた俺が検索して仕入れた知識を既にヨウコに講義(レクチャー)している最中であり、姉妹は其の講義を熱心に聞きながら宝石に見入っている。
「ヨウコちゃんや。あんたはとても優しい子じゃの。屹度、此れからも其の慈しみが皆の心に良い影響を与えるはずじゃ。そして此の壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)はそんな嬢ちゃんの心の在り方を現している。大事にすれば屹度此の石はあんたの力になってくれるじゃろう。」
「はい!」
 眼をキラキラさせながら石の輝きを眺めるヨウコ。ケンザは姉妹の楽し気な顔を横目に陳列棚(ショーケース)の奥に回ってガラスの扉を開くと、鳩の血色の紅玉(ピジョンブラッドルビー)壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)、そしてもう一つ、小林君の選んだ石、青燐灰石(ブルーアパタイト)を丁寧に取り出してガラス面の上に置いた。姉妹と小林君の眼前にまで石の輝きが迫ってくる。マキコは両頬に手を当てて、ヨウコは両手を口に当てて、小林君は眉間に皺を寄せながら、其々三者三様の驚く様を体現しているのが見ていて可笑しい。
「小林君の石も綺麗だね」
「はい!先生がケンザさんに頂いた石も青かったので、僕も綺麗な青色の石が欲しかったんです。」
 ヨウコが小林君に話掛けると、小林君は嬉しそうに返事をした。ヨウコの顔に笑顔を向けて、其れからまた石に視線を戻す。
「アタシ達の宝石は指輪(リング)だけどさ、小林の石は原石のまんまみたいだね。其れで良いの?」
 マキコがヨウコの隣から顔を伸ばして小林君に話しかける。確かにマキコが云うように、小林君の選んだ青燐灰石(ブルーアパタイト)は美しい輝きを放っているものの、アクセサリーのように加工されず石のみだ。
「僕は普段、指輪やネックレスはつけないので、お守りに入れて見に着けておきたいんです。此の儘でも凄く綺麗ですモンね。」
「ああ、ナルホドね。確かにまだ中学生にはオシャレは早いかなー」
 マキコがうっとり言いながら自分の譲り受ける鳩の血色の紅玉(ピジョンブラッドルビー)指輪(リング)に指先を伸ばして触れようとする。
「はぁ、綺麗だなぁ」
 其の時、マキコの指先が宝石に触れるか触れないかのところで、ヨウコが唐突に声を上げた。
「あ!」
「… …。……うん?どうしたのよ、ヨウコ」
 ヨウコの突然の反応にマキコも、そして隣に居る小林君も怪訝な顔をする。
「ダメじゃん、私たち!このまんまじゃ、此の折角の宝石たち、身に着けらんないよ」


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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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