第63話 それぞれの断章#20

文字数 5,118文字

伊比亜(イビア)の旦那ァー。そいつ等、逃がしたら駄目ですからねェ。苦労して坊主共、始末したンですから」
 真願正一(マガンショウイチ)がまるで一仕事を終えたかとでも云うように、不坐(フザ)に声を掛ける。不坐は俺と序開(ジョビラ)に眼を向けた儘、口を開いた。
「… ……ハッ。何が苦労した、だ。…… …マァ、アノ坊主等の超能力(チカラ)が多少厄介だったコトは確か。お前でも二人()るのは手子摺(てこず)ると思ってたンだが…… ……。蓋を開けりゃ、何事も無かったかのように澄ました顔して突っ立ってやがる。流石、山猫(ヤマネコ)真願(マガン)と云ったところか。」
「…… …… …へェー。珍しく旦那が己等(オイラ)のコト褒めてらァ」
 真願が口角を命一杯上げながら、軽口を云い放つ。
「… …(やかま)しい。見ての通り、(うつわ)は此処に居るぜ。獣道(にげみち)も塞いである。」
 立てた親指で後方の獣道を指しながら、気怠そうに不坐が云った。そして、ついに真願が俺達の居る場所迄追いつく。拳銃の弾丸を補充しつつ、真願が序開の方を見た。
「… …… …相変わらずの段取りの良さで。…… ……へへ。…そんで… ……序開の嬢チャン。アンタに逃げられると、困ッちゃうンだよねェ。己等(オイラ)の大事な器なんだから、大人しくしててくンねェかなァ。」
「…… …… …… ………」
「じゃないと、己等(オイラ)森山(モリヤマ)超能力(チカラ)引き継げなくなッちまうンだ。其れって良く無いコトだろう?己等(オイラ)に協力するってコトは詰まり、嬢チャンは軍人様の役に立つってコトなんだ。アンタも、御国の為に死ねるンなら本望だろう?」
 序開に纏わりつくような視線を送りながら真願が言葉を紡ぐ。
 国の為に。昨日、刃室茂(ハムロシゲル)の口からも語られた言葉。そして、先の第二次世界大戦(たいせん)の折、此の日本(くに)其処彼処(そこかしこ)で呪文のように唱えられた言葉。
「…… …… ………」
 国の為。戦時、其の大義名分の下、一体幾つのささやかな願いが絶たれていったのだろう。そして今尚、其の言葉の呪いに捕らわれた者たちが、泥沼から手を伸ばし、人々を道連れにしようとしている。
「… ……なァ、お嬢チャンよォ… ……」
 真願は序開に視線を合わせた儘、俺の隣に迄歩み寄ってきた。俺の後ろに立つ序開の眉間に、銃口の先を押し当てようと真願の腕が伸びる。序開はぎゅっと眼を瞑りながら、一言も喋らず只恐怖に耐えるように押し黙っていた。
「…… …ッッツ… ……… …」
「… ……拳銃(コレ)が怖いかい?… ……クククッ………。… … ……!…… ……」
 一瞬動きを止めた真願の視線が、ゆっくりと隣に立つ俺へと向けられる。飄々とした言葉の中に微かな苛立ちを滲ませ、真願が呟いた。
「…… … ……何、やってンだい。」
「…… …… … …… …」
 序開に突きつけられようとしていた銃口を、俺はしっかりと掴んでいた。その儘、拳銃の先を序開から逸らせようと腕に力を込める。だが、真願も其れに反撥するかのように力を込め対抗していた。
「…… …… …ッツ…。… ………… … ……離しやがれッ… ……」
 埒が明かないとでも云うように、真願が拳銃を持った腕を力の限り振りほどいた。其の反動で俺の腕も弾き飛ばされ、体勢を崩してしまう。倒れそうになったところをなんとか持ち直し顔を上げると、突然頭に強い衝撃が走り、眼の前の視界が激しく揺らいだ。俺は其の儘、地面に倒れ込んでしまった。
「…… …()ッツ!!… ……」
 顔面が土塗れになりながらも俺は直ぐに理解した。真願に拳銃の銃把(グリップ)で思い切り頭をぶん殴られたのだった。
「…… …己等(オイラ)に気安く触ンじゃねェよ。」
 俺の頭に足裏を押し付けながら、真願が冷酷に云い放つ。
「…… ……… …くっ… … ……」
「… ………竹田さんッ!」
「…… …。… ………何を勘違いしてンのか知らねェが、今更足掻いてもどうにもなンねェよ?お前ェさんだって、旦那の器って大事な役目があンだから。己等(オイラ)達と大人しく、寺に戻ろうか。あんまり、色んな人を困らせるンじゃアないよ。」
「…… ……… …」
 俺の頭の上から、真願の諭すような声が聞こえてくる。
「… ……。…… … ………… …!…… …… …」
 俺は根限りの力で抑えつけられている頭を持ち上げ、真願の足首を掴んだ。
「… ……… …… …… …序開には手を出させない。」
「……。… … ……理解(ワカ)ンねェ奴だな、アンタも。好い加減にしねェと、痛い目見るコトになる…… … …ッ!… …」
 真願が突如として飛び退き、俺から距離をとった。其の予想外の真願の動きに不坐が声を上げる。
「…… …。… ……どうした、正一(ロク)
「…… …旦那。… ……其れ。」
 其れ、と示すところ。真願の足首を掴んでいだ俺の腕に今、(ひらめく)ようにまとわりつく白い火花が幾つも発生していた。
「…… ……ヘェー。」
 俺はゆっくりと立ち上がり、自身の右手を見た。俺の意思とは無関係に、俺の手首から掌にかけて小さな放電現象が絶え間なく発生している。其れは正に昨晩体験した、俺の中に存る未知の動力(エネルギイ)だった。自然発生とも思える其の不可思議な現象に、俺自身まだ理解が追い付いていない。
 俺の呆然とした姿を眺めながら、不坐がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……… … ……どうだ。其れが、てめェの超能力(チカラ)だ。電念力(エレクトロキネシス)。此の国ではまだ症例が無い、大層珍しい部類のモンだ。… ……超能力(チカラ)の発現時期ってのは、人に()る。元々生まれ持った者も居るが、てめェのように成人後発現する者も少なく無い。が、超能力(チカラ)の規模は、其の殆どが毛虫程度のモノだ。恩讐のジジイも必死で研究してはいるが、中々思うように行かんのが現状らしい。… ……然し、刃室(ハムロ)曰く、てめェの

はちょいと事情が違うらしいじゃねェか。」
「… …… … …… ……旦那ァ。今、遊んでる(ヒマ)、ないでしょ。」
「黙ってろ、正一(ロク)
「… …… …はァー。まーた、旦那の悪いクセだ。」
 真願が呆れるように言葉を吐いた。真願は先刻から(しき)りに時間を気しているが、不坐に其の様子は微塵も感じられない。
「…… … …一体、てめェの中にはどれほどの超能力(チカラ)が眠っている?刃室と()ったトキのように、俺にも見せてみろよ。」
 不坐が俺の右手を見ながら、何が嬉しいのか不敵な笑みを浮かべていた。まるで俺に超能力(チカラ)を発揮させたいような口ぶりだった。真願も渋々其れに同意して、不坐に付き合うような素振りを見せている。
 恐らく此奴等は戒約の葬(ぎしき)の為、俺と序開を連れて帰るコトが何よりも先決であり、今すぐ殺すようなコトが無いというのは、先刻からの真願の様子で分かった。不坐の口車に乗りがら、此の二人の超能力戦士(サイコソルジャー)の眼を欺くコトが出来れば。
 俺は放電する右手を抑えつつ、序開の傍らへ近づいた。以前として眼の前には不坐、背後には真願と云う状況だった。
「…… …竹田さん、其の掌… ……。」
 序開が俺の右手を見ながら心配そうに云う。俺の右手は今慣れない電気の火花の中で、感電するかのように細かく震えていた。だがこれ自体は電撃に対する生理反応のようなモノで、痛み等は殆ど無い。
「…… … ……(イヤ)、大丈夫だ。其れより、序開。」
 俺は奴等に聞こえない程度の囁くような声で序開に話掛けた。
「… …… …序開。俺は今から、超能力(チカラ)を使う。お前は眼を瞑って、俺に掴まっていてくれ。或る程度の所まで俺が誘導するから、其処からは真っすぐ迂回して山を降りてくれ。」
「…… … …」
「俺は大丈夫だから。まず、お前を逃がすコトが先決だ。」
「… …………はい」
 序開の表情は辛く険しい。喜緒と尺丸が此処迄俺達を繋ぎ止めてくれたように、今度は俺が、序開の命を繋ぎ止める。
 俺は右腕を眼の前に振り上げ、弾けるような火花を(まと)(てのひら)を不坐へと向けた。
 此の掌から発生する電撃は、実際の稲妻のように強く光りを放つ。其の光を利用して、不坐と真願に目晦ましを仕掛ける。成功すれば、能力者と云えど無傷では居られない。恐らく三十秒は時間が稼げるハズだ。後は俺が死に物狂いで奴等に挑み掛かれば、序開が山中の樹木に紛れて姿を消すコトくらいはできるだろう。そうなれば、奴等でも見つけ出すコトは困難だ。
「…… …… …お望み通り、此の電撃(チカラ)、アンタに呉れてやるよ…… …」
 此の計画を奴等に気づかれてはならない。俺は冷静さを失って不坐の口車に乗るが儘、超能力(チカラ)を発揮しているように演じて見せた。真願のコトは気にも留めず、あくまで不坐にだけ意識が向いているかのように。
 不坐が俺の科白(セリフ)に呼応して、軽く足を開き戦闘態勢をとった。
「…… …良いぜ。やってみな。」
 狙いは奴等の両目だ。不坐の眼に電撃を浴びせたと同時に、後方の真願の顔面にも直ぐ様、電撃を食らわせる。絶対にヘマはしない。
 俺は不坐に向かって、意識を集中した。右手の火花が徐々に激しさを増し、身体中から未知の動力(エネルギイ)が集まっているコトが分かる。頭に走る全ての血管が激しく脈動していた。
「… …………… … …… …食らえッ」
 次の瞬間、激しい轟音が山中に響き渡った。
「… ………… ……!… ………」
 然し今、俺の右腕は天に向けられていた。俺の命一杯の青い電撃は中空に向かって飛んでいき、幾つもの白い火花を放ちつつ、ついには立ち消え四散した。そして、次の瞬間には俺の右腕を背後から(ねじ)じり上げるように固定され、こめかみには冷たい銃口が付きつけられていた。
「… …… …… …… …旦那ァ。」
「……… … ……!… ……… ……」
 真願正一が何時の間にか俺の背後に迫り、俺が超能力(チカラ)を発揮するのを未然に阻止したのだった。
「…… … ……どうした、正一(ロク)。何か


「…… …… … …此奴、詰まんねェコト企んでますゼ。恐らく旦那と己等(オイラ)に電撃で目晦ましでもするつもりだったんじゃないのかねェ。差し詰め、嬢チャンだけを逃がそうと算段してたみたいでさァ」
「… …… …ほォ。…… … ……此の状況で、まだそんな頭が働いていたか。抜かりねェ奴だ。」
「… ……… …何故だ… ……」
 何故だ。何故、真願に気づかれた?ギリギリまで、奴が気づいた素振りは全くなかった。予想、と云うには奴の初動があまりにも早すぎる。まるで俺の行動、(イヤ)、俺がどう動くのかと云うコトまで全て理解(わか)った上で実行したかのような、淀みの無い動きだった。
「…… …… …フン。正一(ロク)には半端な腹芸は通用しねェよ。」
「…… … …… ……」
 不坐が腰に手を当てながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
「… …… ……正一(コイツ)超能力(チカラ)は『瞬眼(シュンガン)』。千里眼(クリアボヤンス)の一種だ。人は誰しも思考し、其れを行動に(うつ)す。詰まり、行動とは思考の結果だ。正一(ロク)は相手の一手先の行動が見通せるのさ。」
「…… … …… …!…… …… …ゲホォッ… ………」
 不坐の重い拳が俺の腹に突き刺さった。あまりの激痛に(うずくま)りそうになるが、背後の真願が俺の両腕を拘束して、倒れ込むのを阻止する。
「…… …… …旦那ァ、種明かしは勘弁してクダサイよォ… …」
「…… …へへ。構やしねェぜ。てめェも戒約の葬(ぎしき)が無事に終われば新たな超能力(チカラ)が手に入る。… ……勿論、此の俺もな。」
 そう云いながら不坐は序開の腕を掴み、俺から彼女を引き離した。序開が力の限り抵抗するが、不坐の剛腕には全く通用しない。
「…… …やめてッツ!…… …竹田さんッ!」
「… …序開ッツ!…… …不坐ッツ!… ……序開に触るなッツ!!」
 俺は死に物狂いで不坐に向かって叫んだが、身体中の痛みと疲れで真願の拘束を解くコトも叶わなかった。
「…… …オォ、オォ。まだ此の後に及んで威勢が良いこって。… ……然しねェ。能力持ちの軍人二人を前にして、逃げ(おお)せるとでも思ったのかねェ。飛んだ大馬鹿野郎が居たモンだ。」
「… ……誰が軍人だ。」
「其の身形(ナリ)で堅気なワケないでしょ、旦那。好い加減、所長の用心棒なんか止めて、正式に軍に入隊してくださいよォ」
「…… … …俺は誰の指図も受けねェよ。って、てめェみてェな奴に身形(ナリ)のコト、云われたかねェぜ。」
「…… … …えぇー。へへへ。違ェねぇや。全く、堅ッ苦しいんだよねェ、此の軍服ってェ奴は。… …… …マァ、そんなコトは良いや。とりあえずは、器も捕まえるコトが出来たし、予定通り行きそうで。」
「ああ。此れ以上、此の男に騒がれると厄介だ。

正一(ロク)。」
「…… … …あいよ。」
 瞬間、首の後ろに強い衝撃があったかと思うと、俺は直ぐに意識が遠退(とおの)いていった。
「…… …… … ……竹田さんッ!竹田さんッツ!!…… …… …… ……… …」
 だんだんと薄れゆく意識の中で、最後迄序開の俺を呼ぶ声が聞こえていた。
 喜緒(キオ)尺丸(ジャクマル)も死んだ。序開、すまない。俺は、お前を守るコトも出来なかった。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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