第63話 それぞれの断章#20
文字数 5,118文字
「… ……ハッ。何が苦労した、だ。…… …マァ、アノ坊主等の
「…… …… …へェー。珍しく旦那が
真願が口角を命一杯上げながら、軽口を云い放つ。
「… …
立てた親指で後方の獣道を指しながら、気怠そうに不坐が云った。そして、ついに真願が俺達の居る場所迄追いつく。拳銃の弾丸を補充しつつ、真願が序開の方を見た。
「… …… …相変わらずの段取りの良さで。…… ……へへ。…そんで… ……序開の嬢チャン。アンタに逃げられると、困ッちゃうンだよねェ。
「…… …… …… ………」
「じゃないと、
序開に纏わりつくような視線を送りながら真願が言葉を紡ぐ。
国の為に。昨日、
「…… …… ………」
国の為。戦時、其の大義名分の下、一体幾つのささやかな願いが絶たれていったのだろう。そして今尚、其の言葉の呪いに捕らわれた者たちが、泥沼から手を伸ばし、人々を道連れにしようとしている。
「… ……なァ、お嬢チャンよォ… ……」
真願は序開に視線を合わせた儘、俺の隣に迄歩み寄ってきた。俺の後ろに立つ序開の眉間に、銃口の先を押し当てようと真願の腕が伸びる。序開はぎゅっと眼を瞑りながら、一言も喋らず只恐怖に耐えるように押し黙っていた。
「…… …ッッツ… ……… …」
「… ……
一瞬動きを止めた真願の視線が、ゆっくりと隣に立つ俺へと向けられる。飄々とした言葉の中に微かな苛立ちを滲ませ、真願が呟いた。
「…… … ……何、やってンだい。」
「…… …… … …… …」
序開に突きつけられようとしていた銃口を、俺はしっかりと掴んでいた。その儘、拳銃の先を序開から逸らせようと腕に力を込める。だが、真願も其れに反撥するかのように力を込め対抗していた。
「…… …… …ッツ…。… ………… … ……離しやがれッ… ……」
埒が明かないとでも云うように、真願が拳銃を持った腕を力の限り振りほどいた。其の反動で俺の腕も弾き飛ばされ、体勢を崩してしまう。倒れそうになったところをなんとか持ち直し顔を上げると、突然頭に強い衝撃が走り、眼の前の視界が激しく揺らいだ。俺は其の儘、地面に倒れ込んでしまった。
「…… …
顔面が土塗れになりながらも俺は直ぐに理解した。真願に拳銃の
「…… …
俺の頭に足裏を押し付けながら、真願が冷酷に云い放つ。
「…… ……… …くっ… … ……」
「… ………竹田さんッ!」
「…… …。… ………何を勘違いしてンのか知らねェが、今更足掻いてもどうにもなンねェよ?お前ェさんだって、旦那の器って大事な役目があンだから。
「…… ……… …」
俺の頭の上から、真願の諭すような声が聞こえてくる。
「… ……。…… … ………… …!…… …… …」
俺は根限りの力で抑えつけられている頭を持ち上げ、真願の足首を掴んだ。
「… ……… …… …… …序開には手を出させない。」
「……。… … ……
真願が突如として飛び退き、俺から距離をとった。其の予想外の真願の動きに不坐が声を上げる。
「…… …。… ……どうした、
「…… …旦那。… ……其れ。」
其れ、と示すところ。真願の足首を掴んでいだ俺の腕に今、
「…… ……ヘェー。」
俺はゆっくりと立ち上がり、自身の右手を見た。俺の意思とは無関係に、俺の手首から掌にかけて小さな放電現象が絶え間なく発生している。其れは正に昨晩体験した、俺の中に存る未知の
俺の呆然とした姿を眺めながら、不坐がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……… … ……どうだ。其れが、てめェの
ソレ
はちょいと事情が違うらしいじゃねェか。」「… …… … …… ……旦那ァ。今、遊んでる
「黙ってろ、
「… …… …はァー。まーた、旦那の悪いクセだ。」
真願が呆れるように言葉を吐いた。真願は先刻から
「…… … …一体、てめェの中にはどれほどの
不坐が俺の右手を見ながら、何が嬉しいのか不敵な笑みを浮かべていた。まるで俺に
恐らく此奴等は
俺は放電する右手を抑えつつ、序開の傍らへ近づいた。以前として眼の前には不坐、背後には真願と云う状況だった。
「…… …竹田さん、其の掌… ……。」
序開が俺の右手を見ながら心配そうに云う。俺の右手は今慣れない電気の火花の中で、感電するかのように細かく震えていた。だがこれ自体は電撃に対する生理反応のようなモノで、痛み等は殆ど無い。
「…… … ……
俺は奴等に聞こえない程度の囁くような声で序開に話掛けた。
「… …… …序開。俺は今から、
「…… … …」
「俺は大丈夫だから。まず、お前を逃がすコトが先決だ。」
「… …………はい」
序開の表情は辛く険しい。喜緒と尺丸が此処迄俺達を繋ぎ止めてくれたように、今度は俺が、序開の命を繋ぎ止める。
俺は右腕を眼の前に振り上げ、弾けるような火花を
此の掌から発生する電撃は、実際の稲妻のように強く光りを放つ。其の光を利用して、不坐と真願に目晦ましを仕掛ける。成功すれば、能力者と云えど無傷では居られない。恐らく三十秒は時間が稼げるハズだ。後は俺が死に物狂いで奴等に挑み掛かれば、序開が山中の樹木に紛れて姿を消すコトくらいはできるだろう。そうなれば、奴等でも見つけ出すコトは困難だ。
「…… …… …お望み通り、此の
此の計画を奴等に気づかれてはならない。俺は冷静さを失って不坐の口車に乗るが儘、
不坐が俺の
「…… …良いぜ。やってみな。」
狙いは奴等の両目だ。不坐の眼に電撃を浴びせたと同時に、後方の真願の顔面にも直ぐ様、電撃を食らわせる。絶対にヘマはしない。
俺は不坐に向かって、意識を集中した。右手の火花が徐々に激しさを増し、身体中から未知の
「… …………… … …… …食らえッ」
次の瞬間、激しい轟音が山中に響き渡った。
「… ………… ……!… ………」
然し今、俺の右腕は天に向けられていた。俺の命一杯の青い電撃は中空に向かって飛んでいき、幾つもの白い火花を放ちつつ、ついには立ち消え四散した。そして、次の瞬間には俺の右腕を背後から
「… …… …… …… …旦那ァ。」
「……… … ……!… ……… ……」
真願正一が何時の間にか俺の背後に迫り、俺が
「…… … ……どうした、
見えたのか
」「…… …… … …此奴、詰まんねェコト企んでますゼ。恐らく旦那と
「… …… …ほォ。…… … ……此の状況で、まだそんな頭が働いていたか。抜かりねェ奴だ。」
「… ……… …何故だ… ……」
何故だ。何故、真願に気づかれた?ギリギリまで、奴が気づいた素振りは全くなかった。予想、と云うには奴の初動があまりにも早すぎる。まるで俺の行動、
「…… …… …フン。
「…… … …… ……」
不坐が腰に手を当てながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
「… …… ……
「…… … …… …!…… …… …ゲホォッ… ………」
不坐の重い拳が俺の腹に突き刺さった。あまりの激痛に
「…… …… …旦那ァ、種明かしは勘弁してクダサイよォ… …」
「…… …へへ。構やしねェぜ。てめェも
そう云いながら不坐は序開の腕を掴み、俺から彼女を引き離した。序開が力の限り抵抗するが、不坐の剛腕には全く通用しない。
「…… …やめてッツ!…… …竹田さんッ!」
「… …序開ッツ!…… …不坐ッツ!… ……序開に触るなッツ!!」
俺は死に物狂いで不坐に向かって叫んだが、身体中の痛みと疲れで真願の拘束を解くコトも叶わなかった。
「…… …オォ、オォ。まだ此の後に及んで威勢が良いこって。… ……然しねェ。能力持ちの軍人二人を前にして、逃げ
「… ……誰が軍人だ。」
「其の
「…… … …俺は誰の指図も受けねェよ。って、てめェみてェな奴に
「…… … …えぇー。へへへ。違ェねぇや。全く、堅ッ苦しいんだよねェ、此の軍服ってェ奴は。… …… …マァ、そんなコトは良いや。とりあえずは、器も捕まえるコトが出来たし、予定通り行きそうで。」
「ああ。此れ以上、此の男に騒がれると厄介だ。
締めとけ
、「…… … …あいよ。」
瞬間、首の後ろに強い衝撃があったかと思うと、俺は直ぐに意識が
「…… …… … ……竹田さんッ!竹田さんッツ!!…… …… …… ……… …」
だんだんと薄れゆく意識の中で、最後迄序開の俺を呼ぶ声が聞こえていた。