第19話 学徒と水使い#11

文字数 3,273文字

「がッ… …」
 私の首を影法師(ドッペルゲンガー)とか云う偽ネクラ野郎の右腕が掴み上げる。しくじった、私は完全に不意を突かれてしまった。奴の指が私の首に深く食い込んでいる。其の握力は強く、容赦なく私の首を締め上げていた。
 『… …痛ッテーなァ、てめェ… …』
 偽ネクラ野郎が私の顔を見上げながら云う。私は必死で目線を下げ影法師(ドッペルゲンガー)の生態を確認した。
 影法師(ヤツ)の姿は、悪霊と同じように身体は霞のようだったが、其の姿は全体的に違っていた。奴は悪霊のようにどす黒くはなく、全体的に白くぼんやりとしている。そして其のうすぼんやりとした(もや)に紛れて、奴の生身の身体、手足が薄く存在しているのだった。足先の曖昧な悪霊よりも、どちらかと云うと絶姉妹(わたしたち)の姿に近い。
 首を締め上げられている私のつま先が、少しずつ床から離れていく。
「ガハッ、…ガハッ… …。…… …… …何故… …」
 『何故?馬鹿が。誰が何の保険もなく、てめェみてーな危険な野郎に近づくかっての。俺の両脇に居た悪霊(ヤツラ)(かば)わせたンだよ。… …マァ、それでも顔面にシコタマ食らっちまったケドな。マジでなんつー威力だよ、アァ、痛ェ。』
「… ……… …クソッ… …… …」
 『にしてもなァ…』
「… …影法師(コイツ)まで見せちまうコトになるなんて」
 突如として、向こうから声が聞こえた。
 其の方向を見ると、倒れ込んでいたネクラ野郎が、今にも起き上がろうとしていた。汚れたウィンドブレーカーの袖と手の甲で何度も顔を拭いながら、ネクラ野郎が此方を向く。
影法師(コレ)はマジで俺至上、企業秘密の超能力(チカラ)だったのに。こんなにも容易く引っ張り出されるとなると、ヤッパ、腐っても絶姉妹ってところな」
「… … …もっと、目いっぱい食らわせてやるから、… …来いよ」
 私は今出来る限りの売り言葉をネクラ野郎に吐きかけた。だが、最早ネクラ野郎は先刻(さっき)のような近づく素振りは一切見せず、大仰に両手を振りながら笑った。
「嫌々、もう十分懲りたから止めとくぜ。アンタの超能力(チカラ)は一発でも食らえば致命傷なのがよーく分かった。もう痛いのは真っ平だ。態々(わざわざ)自分から危険に身を晒すほど、俺は馬鹿じゃないからね。つまり、危険予知てことさ。ブチ切れ屋(ファイヤ・スターター)にはイマイチ、ピンとこないかな」
 ネクラ野郎が片手を伸ばして手の平を徐々に上げていくと、其れに合わせて影法師(ドッペルゲンガー)の締め上げが強くなっていく。
「…ご、ごほッ… …」
 『それじゃあ、ご安全に、()られませい…』
 私は先刻(さっき)の悪霊の時と同様、手足を思い切り振りまわして抵抗してみるが、当然のように影法師(ドッペルゲンガー)の透けた身体には効果が無かった。なんとかネクラ野郎自身に致命傷を与えなければ。早く此奴を殺さなければ、小林たちがヤバい。だけれど、此のジリ貧な状況下で、マトモな策が何一つ思い浮かばない。
 私は集中し、両手に超能力(チカラ)を込める。急速に血液が燃え上がり、どくどくと指先の毛細血管の中を走り抜けていく。そして、同様に両足にも炎が流れ込む。やるしかない。
「… …ハァ、ハァ。… ……」
 手の平の中に小さな火種が発現する。込めた超能力(チカラ)を今にも発揮しようとした瞬間、悪霊共が一斉に飛び掛かってきて、私の両手と両足を完全に拘束した。これで私は一ミリも動くことができなくなった。
「… …ッ!!… …」
「ウン、そうするだろうね」
 『てめェのやることなんか、見え見えなんだよ』
 ネクラ野郎の本体は、何時の間にか戦闘態勢を解いていた。最早、戦う必要もないと判断したのだろう。腕を組み、只、事態をゆっくりと見ている。然し其の眼に先刻(さっき)のようなオチャラケた雰囲気はない。遊び、猶予はもうないということを意味していた。
「く… …クソッ!!… …汚いぞッ、ネクラ野郎ッ」
「… ……… ……。…… …黙れよ、ファイヤ・スターター。此れ以上、俺を失望させないでくれ」
 … …そうだ、その通りだ。奴の云う通りだ。くそ、何が汚いだ。戦いに、キレイ汚いなんてモンがあるか。そんなコト、生まれて暗殺者(アサシン)として生きてきた私が一番分かっているじゃないか。自分の中から不図吐き出された自身の科白(セリフ)に気が付いて、愕然とする。だけれど、それでも私は堪らなかった。堪らなくて、どうしても我慢がならなくて口から零れ出た言葉だっただ。そして其れはきっと、此の状況を打破できない自分自身への蟠りと苛立ちだった。
 私が()られてしまえば、小林が死ぬ危険は格段に高くなる。竹田とヨウコは最悪逃げる事も出来る。だけれどアイツらは馬鹿だから、きっと最後まで小林を守るはずだ。私が此のネクラ野郎を()るのを信じて、今もあのデーモンと戦っているんだろう。なのに、私は、こんな悪霊使いに手も足も出ず、今や奴のやりたい放題だ。
「よう、それじゃ。もう一回、お別れの挨拶するぜ。今度は」
 ネクラ野郎が右手の平の鉤爪を限界まで開きながら、私の眼の前で喋っている。
「此の鉤爪でお前の心臓を、確実に

からよ。ちょっと痛ェけど、すぐ終わるから我慢しな」
 『すぐ終わるから我慢しな』
 ネクラ野郎が私の左胸に鉤爪をゆっくりと近づけていく。… …くそッ。この期に及んで、もうなんにも出来ないのか、私はッ。
 私は成す術もなく、私は只、奴の湾曲した鋭い爪が徐々に近づく様を見ていることしかできなかった。
「…… …ッツ… …」
「… ……あ、そうそう。最後に聞きたいコトがあった」
「…… … …」
「お前の仲間さ、竹田って奴と、あと、なんとかトミーって奴が居るんだろ?そいつ等って一体何者なの?まぁ、能力者(サイキッカー)だとは思うんだケド。死ぬ前に、折角だし教えてくんね?いいだろ。減るモンじゃないし」
「… …… ……」
 ---パシュッ
()ッ!!」
 何処からか、水の弾ける音が聞こえたような気がしたけど、それが何なのか一瞬分からなかった。
 其れの意味が分かったのは、ネクラ野郎が肩を抑えながら向こうに仰け反っている姿を見たからだった。奴の肩口からは、真っ赤な鮮血がだらだらと流れていた。続けてすぐ、同じような水の弾ける音が連続で聞こえてきた。其れが地面に叩きつけられる度、地面が浅くであるが(えぐ)れ、じわりと円形に濡れていた。そして、其の正体不明の水音の中で、ネクラ野郎が必死な形相で飛び跳ねているのだった。
「… ……。何か、水のような物が飛んでる?」
 どうやら、物凄い水圧の球が、何処からかネクラ野郎を狙撃している。突如、数多の水圧の球に晒されたネクラ野郎は、あまりの突発の事態に防戦一方となっていた。そして其の威力は、ネクラ野郎の肩口の傷を見れば一目瞭然だった。水の球は比較的小さい。だが身体に一撃でも食らえば確実に致命傷となって足は止まり、後は蜂の巣になりお陀仏だ。奴の焦りの表情からも、其の危険さが容易に想像できた。
「… ……ッッツ!!… …ック!…… …ンだよッ!!… おいッ!絶マキコッ!一体此れはナンだ!!誰が攻撃している!」
 ネクラ野郎が必死で此方に向かって問いかけている。知るかよ。こっちだって聞きたい。ヨウコの力は氷で水はほとんど生成できないし… …水を作り出す能力… …と考えたところで、不図、思いついた。
「あぁ…」
「ああ!?… …あぁって何ンだよッ!… …おい!教えろよ!此れはナンの能力だッ!此奴は一体、ナニモンだッ。てめェの仲間かッ!」
 あまりにも必死に聞きたがるものだから、私はネクラ野郎に教えてやることにした。
水使い(ウォーターマン)のW.W.トミーかな。私も

会ったコトないんだケド」
「あぁ!?水使い(ウォーターマン)?」
「一週間の能力者、って奴みたいだけど。うろ覚えで良く知らない」
「……… …! ……… …何? ………」
 一瞬、ネクラ野郎の表情が変わったのを認めたところで、手足を拘束された私の肩に、ぽんと大きな手が置かれた。
「…… …!」
 見上げると、身長がびっくりするほど高い、金髪で眼鏡を掛けた男が立っていた。どうやら、此の所謂、アメリカ人という身形(ナリ)をした奴が、竹田の知り合いのトミーさんなのだろうか。そんな事をぼんやりと考えていると、其の金髪眼鏡と眼が合った。
「アーユーオーケイ?」
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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