第27話 宝石商#1

文字数 3,088文字

「おお、今日介。そりゃ、()るに決まっとろうが。わしはクライン76(ココ)で商売しとんじゃから」
「アンタの店は2階だろッ。何時の間にか店ン中で好き放題に商売始めやがって。まったく厚かましいジジイだぜ」
「ちゃんと、藤巻の了承は得ておる」
「どーだかな。ホントは酒が飲みたいだけだろ。アンタが店ン中で商売してるのなんか、てんで見た事ねーぜ」
「あぁ、あぁ。(うるさ)いのう。相変わらずガミガミと(やかま)しい奴じゃ。お前はワシの女房か?男ならもう(ちっ)と黙っとれ。頭に響くし、そんなんだから女にモテんのじゃ」
 今日介の知り合いらしいジイさんは、小指で耳の穴を穿(ほじ)りながら今日介に言葉を返す。
「… ……ぐっ。余計なお世話だ!」
「カッカッカ。適当に云ったんじゃが、図星か。そんなだからお前を揶揄(からか)うのは面白いんじゃ。」
「るせえッ!」
「… …ところで、此の大勢の人たちは誰じゃ?お前のお友達か?」
 ジイさんは床に倒れている小林君を一瞥した後、絶姉妹に目を移し、其れから俺やトミーさんを見渡した。
「あ、ああ。俺が連れてきたんだよ。話せばちょっと長くなるンだけどよ。てか、ジジイこそ、トイレの中で何してたんだよ」
 ジイさんは今日介の言葉に耳を傾けつつも、壁に手を掛けゆっくりとトイレから出てきた。
「何してたって、何時も通り、酔うて寝てたんじゃよ。」
「昨日から今日の夜まで、ずっと酔っぱらってたのかよ」
「… …なぁ、今日介よ。酔うた人間に、昨日の事を問いただす事程、無意味(ナンセンス)な事はないぞよ?」
「… …はぁ。聞いた俺が馬鹿だったよ」
 床に倒れている小林君を、スローな足取りで(また)いだ後、ジイさんは絶姉妹を珍しそうに()っと眺め始めた。物云わず只注がれる視線に、ヨウコは何処か居心地の悪そうな表情をしていた。一方マキコの方は眉毛を逆八の字にして、ジイさんの視線に正面から対抗するかのように睨みつける。だが、ジイさんはそんなマキコの威嚇も全く気にするでも無く、絶姉妹の周りをゆっくりと歩きながら、薄っすらと透明色した二人の少女を観察していたのだった。
「… ……。… ……。… …ふむ。」
 マキコの口から、がるるる…というライオンの鳴き声が聞こえてきそうな気がした時、後ろからジイさんの両手がマキコとヨウコの尻を撫でた。突然の事態にマキコとヨウコがバネのように跳ね上がる。
「きゃっ!」
「ぎ、ぎ、ぎゃあっーーー!」
 絶姉妹の二人が反射的に天井へ緊急避難。ヨウコを庇うような立ち位置で、マキコが宙に浮かぶ。
「な、な、な!何すンだ、此のエロジジイーッ!!」
「ほお。此の透明な女子等(おなごら)は、空も飛べるンか」
 浮かんだ姉妹を眺めながら、ジイさんが心底感心したように云う。そして、其の事態に対して異議を申し立てたい少年が一人。
「… …ちょ、ちょ、一寸(ちょっと)、おじいさんッ!レディに対して、そういう失礼な事は()めて下さいッ!」
 ジイさんが視線を下に向けると、両頬をぷうと膨らませた中学生が、小さな身体を懸命に大きく見せながら立っていた。(ちな)みに此処で小林君の云うレディとはヨウコの事であって、金髪のスケバン女は物の数に入っていないという事は、改めて明記しておく必要があるだろう。
 ジイさんは、精一杯の異議を申し立てる中学生に()でるような眼差しを向けて、小林君の頭にぽんと手を置いた。
「ほほ。良い目をしておるな。大人になっても其の気持ちを忘れるではないぞ。」
 そう云われた小林君は、何処か拍子抜けしたような顔をしてジイさんを眺めていた。
「今日介ッ」
 ジイさんが唐突に今日介を呼ぶ。
「なんだよ。いきなり声を張り上げて。」
「中々、面白い仲間が出来たようじゃな。此の浮かんでる女子等(おなごら)は式神かの。という事は、お前が飼ってるンか?」
 ジイさんは絶姉妹に目を向けながら、宙から降りてこいと手招(てまね)きするが、マキコは断固として拒否している。
「イヤ、俺じゃねぇ」
「何。お前じゃない。では、一体誰が率いている」
 今日介から目を離し、其の視線がトミーさんと俺に向けられた。向けられたジイさんの目の中に、僅かに怪訝な色が浮ぶ。其れから俺等の姿を見て開口一番。
「後ろの二人は、なんだか、ややこしそうな連中じゃのう。」
「… …な… …、なんだよ。其の言い草」
 俺は何やら見透かされたような気分がして、思わず言葉が漏れた。トミーさんを見ると、トミーさんの方も俺の顔を見て、眉毛を上げて大げさなジェスチャーで困った感を演出した。
 ジイさんはトミーさんと俺を見比べた後、俺の方に視線を定める。
「オヌシが此の女子等(おなごら)の本体か。見たところ、死霊使い(ネクロマンサー)ではなさそうじゃから、差し()繋ぎ止める者(グラスパー)ってところかの」
 ジイさんは俺の身形(ナリ)を見ただけで此方の事情を云い当てた。
 俺は絶姉妹を式神として連れているが、何も俺自身に式神を使役する超能力(チカラ)があるワケではない。山田(マウンテン・デン)に設定してもらった此の左手中指の銀の指輪(シルバーリング)。此の指を鳴らす事で、俺は絶姉妹を呼び出す事ができる。そのような仮初(カリソメ)の能力を持つ者を、繋ぎ止める者(グラスパー)と呼ぶらしいのだ。
「詳しいな、アンタ。俺の身形(ナリ)見ただけで、死霊使い(ネクロマンサー)かそうでないかなんて、分かるモンなんだな」
 俺は単純にジイさんの見識の深さに感服した。のだが。ジイさんは半パンのポケットを漁って吸い殻(シケモク)に火を付けながら云う。
「オヌシのような、ガラが悪そうで、身体も野太い無神経そうな男が死霊使い(ネクロマンサー)なワケなかろう。死霊使い(ネクロマンサー)は、もっと繊細な才能(センス)が必要な超能力(チカラ)じゃ」
「む、無神経… ……」
 俺が呆気にとられている頭の上で、金髪スケバン女がげらげら笑っている声が聞こえた。今日介は繊細な才能(センス)、というワードに非常に感銘を受けたようで、此方から見てもまるでピノキオのように鼻が高く伸びていた。
「…… …にしても、オヌシと、その隣の米国(アメリカ)の方。アンタ方は、何処か尋常で無い雰囲気がするの。只単にガラが悪いとか、そういう物では済まない、何か大きな力を感じるぞ。… …なぁ、今日介。此の二方は、一体どういう方々じゃ」
 此処まででもかなりの洞察力を発揮しているジイさんだが、其れゆえに俺とトミーさんの事情がどうしても気になるようだ。まじまじと俺たちの方を見ながら、顎に手をつけて何時までも観察を続けている。なんだか腹の内側まで探られているようで気持ちの良い物では無い。
「あぁ、アンタの云う通りだぜ。… …あのな、聞いて驚け。此の人たちはなんと、一週間の能力者の二人なんだぜ」
 今日介がまるで自分の事かと云うように、自慢げにジイさんに語った。其れから鼻を(こす)ってふふん、と小さく(うな)る。
「何?!」
 ジイさんの方も、今日介の言葉を聞いてから目に見えてテンションが変わるのが分かった。
 今日介の方を一瞥した後、ぐるりと口髭と顎髭で覆われた顔を此方に向けて、俺の眼の前にずかずかと歩いてきた。限界まで近づいてくる。
「…… ………。」
「……… …」
 俺は黙ったジイさんに見られるが儘に、何も云わず()っと立っている。ジイさんの顔がハッと驚いたような顔をした後、更にジイさんの顔が俺の顔に近づいてきた。まるで俺の顔をじっくりと確認するかのようだ。
「… …!」
「… ……」
「お、オヌシ… …」
「…… …?」
 其れからジイさんの顔が離れたと思ったが、今度は唐突に、力強く俺の両の手首を握ってきた。
「… …な、…なに?」
 俺はジイさんの行動の意味が全く分からず、身動きがとれない。阿呆みたいな声が自分の口から出た。
「…… ……。… …もしや、オヌシ。雷電か?」
「… …え?!」
 其の時、周りに居た皆が固まった。
「三四郎の孫じゃろ?なぁ。雷電。ワシの事、覚えておらんか?」
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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