第42話 夕暮れに遠雷は閃いて#3
文字数 6,004文字
「どうだ?結構、イカツくてビビッたろ?」
見上げると、私の気持ちを察したかのように笑みを浮かべた竹田さんの顔があった。
「あ、あの… …。マァ、そうですね…」
「ハハ。身体がデケークセに愛想も無いと来てるからねェ。誰でも初対面のトキは、大体お前のような反応だよ。てか、年寄のクセにあんな身体してるヤツ怖ェよな。年取って
竹田さんはそう云うと、アタシを追い抜いて大股歩きで進んでいった。カズヤ君の頭をグシャグシャと撫でながら、三四郎おじい様に近づいていく。其れを見ていると、今度は私のお尻をぽんと叩いてマキちゃんが追い付いてきた。
「あれが三四郎じいちゃん?」
「ウン。そうみたい」
「うわー。なんだか、身体おっきくて怖そうね。ケンザのじいちゃんと大違い」
私たちも遅れないように早足で竹田さんに近づいていくと、竹田さんと三四郎おじい様の話声が聞こえて来た。
「… …久しぶり。」
まず最初に竹田さんが口を開いた。其れを
「… ……。… …何年も、何処をほっつき歩いとったんじゃ。」
「……あー、その。色々さ。」
「…… …ふん。… …よう生きておったもんじゃ。…… …マァ、いずれ何処かのタイミングで、又、顔を見せてくるとは思とったがの。死なずに帰って来れただけ、まだマシと云うコトじゃろう」
「…え?」
「とりあえず、入れ。もう直に日が暮れる。其の、後ろに居るあの子ら… …、式神の子らもな。」
そう云うと、三四郎おじい様は此方に背を向けて歩き始めた。今まで気が付かなかったけれど、奥には昔ながらの日本家屋と云った二階建ての家が建っていた。竹田さんの近くに立っていたカズヤ君が走っていき、三四郎おじい様の腕を掴んで一緒に歩き始めた。
竹田さんは今の一連のおじい様の言葉が理解出来ないと云った風に、私たちの方を振り向いて眉を
「お泊りオッケー」
「おっしゃァ!」
其の言葉でマキちゃんが私の手を取って走り出した。
「わ、わわッ。
「チンタラ歩いてないで行くよッ。アタシ、超疲れちゃった。今すぐにでも、靴脱いで寝っころびたいんだ」
走りながらマキちゃんが云う。私も笑顔で同意した。
***
私たちは居間に通された。8畳ほどの広さだ。柱には大きな振り子時計がついてるし、
「アタシ、こんなに古いお家に来たの、初めてかも」
マキちゃんが畳に足を延ばして、辺りを見渡しながら云う。
「どうですか?久しぶりの我が家は。」
正座をした私は、三四郎おじい様が出してくれた麦茶を飲みながら竹田さんに聞いてみた。
「… …なんつーか、此処迄なーンも変わってないのって、ギネスレベルじゃねーの。ホラ。見てみ、あすこの掛け軸。其れに此のテーブルだって俺が出てったトキのまんまなんだぜ。」
「それじゃ鮮明に記憶が蘇って、とっても懐かしいでしょう」
「… ……どーだかな。」
「ふふ。」
相変わらず、素直じゃない人だ。其の隣でカズヤ君は寝そべりながら携帯ゲームをしている。そう云えば、此の子は家に帰らなくて良いんだろうか。なんてコトを考えていると、暫く席を外していた三四郎おじい様が部屋に入って来て、寝転がっているカズヤ君を見下ろしながら云った。
「… …カズヤ。今日、泊まっても良いだとよ」
「あー。」
三四郎おじい様の言葉に、カズヤ君はゲームをしながら曖昧に返事をする。
「別にそんなの何時ものコトなんだから、ワザワザ僕ン家まで云いに行かなくったって良いよ」
「そうはいかん。ケジメは大事じゃからな。」
「ふーん」
三四郎おじい様がテーブルの向かいに座ると、竹田さんが煙草を吸いながら口を開いた。
「相変わらず、電話引いてねーの?」
「電話は束縛されるから好かん」
三四郎おじい様が麦茶をぐいと一飲みする。其れからポットを掴んで空になったグラスへと豪快に注ぎ込んだ。
「家だけじゃなく、住んでる人も時が止まってるみたいだねェ。てか、その子にすっげーなつかれてンじゃん」
「何時の間にか、住み着くようになった。此の家の居心地が良いんじゃろ。」
「はは。犬猫じゃねーンだから」
「…ふん。… …ところで、お前はなんと云うか、えらく小汚くなったの。」
竹田さんが三四郎おじい様の軽口に顔を歪ませる。
「ぷぷ。小汚くだってー。分かるー」
「
マキちゃんが両手で口を抑えつつ、でもワザと竹田さんや皆に聞こえるような声で云った。こんなコトをするから、何時も詰まらない云い争いになるのに。
「はいはい。そりゃ、齢三十過ぎりゃ、其処彼処も小汚くなるでしょうよー」
竹田さんが拗ねるように目線だけを横に外して云う。
「其れで、其の齢三十幾つの小汚い男が、どうしてこんな愛らしい式神さん等を引き連れるようになったンかのう?」
三四郎おじい様は今度は軽口を云いながら少し私たちに向かって笑顔を見せた。目じりに幾つも深い皺を作って細める其の眼に、私たちはなんだかとても安心した。三四郎おじい様の軽口に私たちは顔を見合わせて小さく笑う。
「あー、其れは成り行きだよ、成り行き。」
「ふん。お前の
「… ……。…マァ其の通りなんだがよ。… …此奴等を式神として迎えたコトにも関係してる。遠路はるばるじいちゃんの所にこうやって来たのも、其の一連の事件が理由さ。」
「困ったコトが起こったからと云って、何故ワシの下に戻ってくる?家を出て以来、一度も帰ってきたコトの無い男が」
三四郎おじい様が麦茶の並々と入ったグラスを竹田さんに向けながら問いかけた。其れを正面に見据えながら、煙草の煙を吐くのと一緒に竹田さんが答える。
「ケンザだよ。ケンザのじーさん」
「… …ケンザ。会ったんか。何処で?」
「東京。俺は或る人間を追ってたんだ。俺の命を狙ってくるヤツを、逆に追い詰めるコトに決めて、此処一か月くらい必死に追っかけてた。其の途中で入った敵のアジトのバーに、ケンザが居たんだよ。」
「… …。… …なんたる偶然」
「……あぁ。俺も最初はケンザのコトが分からなかった。まず最初に俺のコトに気づいたのはケンザの方だ。其処からはトントン拍子さ。俺はまず俺自身の境遇を、アンタからじーっくり教えて貰う必要があるんだとさ。とりあえず今は敵への道筋も潰えた所だったし、何かヒントでも貰えればなぁと思って。」
竹田さんがひと呼吸おいて煙草を深く吸うと、じりじりと煙草の先が赤く燃えた。カズヤ君は何時の間にか携帯ゲームを手に持った儘、畳の上で眠ってしまっていた。三四郎おじい様は暫くカズヤ君の顔を見て何かしら考え込むように黙っている。其の様子を眺めつつ、竹田さんが話を続けた。
「なぁ、じいちゃん。アンタは、俺の
「… ……」
「だけれど、ホントは此の
竹田さんの話を、三四郎おじい様は眼を瞑って凝っと聞いていた。
「教えてくれよ。一週間の能力者ってヤツのコト」
「…… …。… …今、お前の仲間で、一週間の能力者の人間は居るのか?」
「あぁ、居る」
「一人か」
「二人。水曜と金曜」
「水曜……
ミズカワマクズ
… …なんと云う巡り合わせか。「厳密に云えば、連絡が付くのは水曜だけだ。もう一人の居場所は分からん。てか、ホント気まぐれなヤツだし」
「… …なぁ、雷電。不思議だとは思わんか。此の広い日本で、七人しか居ない人間の内、三人が
「……。… …ど、どういうコトだよ」
「其のお仲間の二人の内、何方か、もしくは両方は事情を知っているのやもしれんな。」
「はぁ!?」
竹田さんが素っ頓狂な声を上げて、口を抑えて黙り込んでしまう。確かに分からなかった自身の過去に纏わる事実や境遇を、身近な人間が知っていた、しかも自分には其れを伏せていたとなれば、受けるショックは大きいのかもしれない。
「トミーさん… …。…… … …。
竹田さんは金月、と云った後、其れ以上を語らなかった。頭の中で是迄の様々な出来事を思い返しているのかも知れない。
竹田さんが口にした金月と云うのは、竹田さんが時折口にする名前だ。
三四郎おじい様は明らかに混乱している竹田さんの気持ちが落ち着くまで、ただゆっくりと待った。やがて竹田さんのヒステリックな眼球の動きが収まり、呼吸も平常を取り戻したかのように見えた頃、三四郎おじい様は少しずつ言葉を紡ぎ始める。
「… …。そんなに考えていても、答えは出ぬじゃろ。今ワシが云ったコトはあくまで仮定の話じゃ。東京に戻った後、お前自身がその眼で確かめるが良い。其れ迄はお預けにしておけ。」
「… …… ……」
「… …それで、じゃ。まずは雷電、お前の身の上に起こったコトを話してくれ。お前が云う、今回の事件の経緯、そして、ケンザに出会ってココに来る迄のコトを。」
三四郎おじい様は相手を諭すような、不思議な調子でゆっくりと竹田さんの言葉を即した。
すっかり落ち着きを取り戻した竹田さんは、三四郎おじい様の顔を正面に捉え、淡々と是迄の経緯を語り始めた。何時の間にか灰皿に置かれた吸い掛けの煙草は、誰からも忘れられたように打ち捨てられ、細い紫煙を燻らせる。
大学での
すやすや… …
立ち向かわなければいけないのである。すやすや… …。立ち向かわなければならないのである。私とマキちゃんは。ねェ、マキちゃん。と、私は不図マキちゃんを思い出して隣に座っていたマキちゃんに眼をやる、
「すごく寝てるーーーーー」
めっちゃ寝てる。マキちゃんが何時の間にか畳の上に丸くなって眠っている。すやすやと気持ちが良いくらいの爽やかな寝息を立てて。一体、何時眠ってしまったんだろう。竹田さんと三四郎おじい様の話に夢中で聞き入り過ぎて、すっかりマキちゃんのコトなんて頭の隅から消えてしまってたけれど、よくよく考えれば、今日は半日以上掛けて東京から兵庫県の田舎迄、遠路はるばるやってきたのだった。マキちゃんだけじゃなくって、私も、其れから竹田さんだって身体はかなり疲れているハズなのだ。試しにマキちゃんの身体を揺すってみるも、マッタク起きる様子が無い。のみならず、口の中で何やらモゴモゴと言葉を発しているので、私は頭を少し下げて聞き耳を立ててみる。
「… …むにゃむにゃ… …… …はい、此れが主婦のわがままパスタになります… …」
「たっ、竹田さんと、三四郎おじい様ッ!」
私は熟睡した儘のマキちゃんの身体を抱き起しながら、竹田さんと三四郎おじい様の方を向いた。無理やり起こすものだから、マキちゃんの頭と腕がなんだか変な方向に曲がっている。
「きょ、今日はもう、とりあえずは休憩しませんか?マキちゃんも… …、ホラ此の通り、すっかり寝てしまいました。其れに竹田さんだって、身体の方もお疲れでしょう?」
「… …是非此のすぶたと合わせてご賞味くださいませ… …」
「…… …。… …多分、今、竹田さんと三四郎おじい様がお話しようとしている内容は、私とマキちゃんも聞いておかなければ
私はマキちゃんの脱力した重みに必死で耐えながら二人に訴えかけた。話が話だったし、重要内な内容のものだから、竹田さんと三四郎おじい様は屹度一日でも早く話をしたいのではないか、とも思っていた。そんなコトを考えていたものだから、休息なんてコトを云うと怒られるような気がして、必要以上に気負ったような訴え方になってしまったのだ。竹田さんと三四郎おじい様はそんな私の姿を見ながら、呆気にとられた顔をしていた。
「… …ヨウコ。何もお前、そんなに必死で懇願しなくっても良いんだぜ。」
「じゃな。すまんのう、ヨウコちゃんや。
「ふわーあ。そうだな。なんだか、一気に疲れた気がするよ。確かに、半日掛けて移動した日に、其の儘聞く話にしちゃァ、話の内容がヘビー過ぎる」
竹田さんはそう云うと大きく伸びをしながら立ち上がり、離れにある厠へと玄関を出て行った。其れから三四郎おじい様は客間へ行っていそいそと布団を引いてくれた。結局マキちゃんは、一度も目覚めるコトなく明日を迎えるコトになる。幾らショートスリーパーと云えども、果てしない遠距離の移動には勝てなかったらしい。