第10話  学徒と水使い#2

文字数 2,784文字

「イタッ」
「あんた、ヨウコに手ェ出したら、承知しないからね?」
「手を出すって、そんな、僕は何も… …」
 マキコが睨みを利かせて尚も小林君を威嚇する。其の隣で少年は不満げに頭を(さす)った。
「あー、待て待て待て。マキコお前、出会って一分で何因縁(インネン)つけてんだよ。俺等は今から色々と情報交換しなくちゃ不可(いけ)ないの。年下揶揄(からか)ってないで、大人しくしてろ。」
「……何よ。ちょっと挨拶しただけじゃん。」
 ゆっくりと(たしな)めると、マキコは小林君を流し目で見てチッと口を鳴らしソッポを向いた。
「悪いな、小林君。とりあえず、飯だ、飯。」
 俺はすっかり委縮してしまった中学生の気分を挽回しようと、無理にも明るい声を出した。其の声にマキコが思い出したように反応する。
「… …あたしも食べたいんですケドッ」
 金髪ボブ頭がテーブルから身体を乗り出して両手をつき、欲求を猛烈にアピールする。
「あぁあぁ、良いよ。何でも好きなの頼めば良いって。」
「イエー」
 小林君の頭を両手で掴みながらマキコは喜びを表現する。其の所為で綺麗に七三に分けていた小林君の頭髪は最早原型を留めていない程に乱れていた。少年は苦々し気な顔をして嵐が過ぎ去るのを凝っと待つしかなかった。ともあれ、絶姉妹(こいつら)にパフェを食わせてしまうと一つや二つでは終わらないのみならず、乱雑に食い散らしてしまうからテーブルが酷い惨状になる。其の事を考えて俺は暗澹たる気持ちになったが、半ば諦めの気分でマキコに返事したのだった。其の時不図、熱い視線を感じる。何気無しに其方(そちら)を見ると、其処には眼を爛々(らんらん)と輝かせた赤眼鏡の女学生の顔があった。
「あぁ、ヨウコも好きなの選びな。」
「有難うございます!」
「ヨウコ、こんな奴にお礼なんて云わなくて良いよ。こいつ私たちの事、妖怪(モノノケ)とか云って厄介者扱いするんだから。」
 何時の間にか小林君の持っていた献立表(メニュー)を奪い取って、スイーツのページを熱心に物色しているマキコが云った。隣ではやっと嵐から解放された少年が、心穏やかに頭髪を綺麗に撫でつけていていた。
先刻(さっき)まで死んだように眠ってたクセに、純喫茶(ココ)に入った途端眼が覚めるんだもんな。お前等の情熱には吃驚(びっくり)するぜ。てかお前等がパフェ好きなのって、式神とか関係無く単にスイーツ好きの女子高生ってだけだろ。」
「そんなの知らないよ、私たち本能に従ってるだけだもん。パフェの事考えたら、他の事何にも手につかなくなるんだもの。」
「なんだか、居ても立っても居られなくなるんです。」
 マキコの言葉にヨウコが合いの手を入れる。
「ふーん。やっぱり何かあるのかねぇ。」
「私はとりあえずチョコレートパフェねー。ウフフ。」
 マキコが頬に手を当てながら幸せそうに云う。其れから持っている献立表(メニュー)を横にずらして小林君に見せた。
「ホラ。あんたは何にするのよ?… …ヨウコも、もう決めた?」
「私は、抹茶パフェに思い定めています。」
「… …僕は、…… …オムライスにしようかな。」
 マキコの持った献立表(メニュー)のページを端から見ながら小林君が云う。
「其れだけで良いの?遠慮しなくて良いんだよ。どうせ、此奴(こいつ)のオゴリなんだから。」
「こらこら。どうせ、とはなんだ。」
「いえ、此れだけで大丈夫です。」
「あんた、背チビッこいんだから、もっと食べないとダメよ。」
 小林君のお母さんか、お前は。世代が近い所為か奇妙に馴染んでいる姉妹と少年を他所に散々悩んだ挙句、俺は魚介のペペロンチーノに決めた。呼び鈴で女給(ウエートレス)を呼んで其々注文を済ませる。姉妹は大好物が何時来ても良いように依り代に戻った。

                   ***

 木像がパフェグラスに顔面を突っ込み一心不乱に貪り食って居る様はいつ見てもシュールだった。奴等が口を挟んでこない内に俺たちは本題に入る。
「そういや、昨日は夜中に対応してもらって悪かったな。寝てたろ?」
「あ、はい。竹田さんから電話が掛かってるって先生が云うんで、直ぐに起きました。何時もの事なので、気にしないでください。」
「サンキューな。てか、こういう非常時が一番困るンだけどなぁ。小林君が居なけりゃトミーさんとマトモに話も出来やしないよ。」
「其処は、僕がフォローするので任せてください。」
 小林君はオムライスを頬張りながら何気無しに云った。小林君は云わばトミーの助手である。
 トミーはアメリカ人である。現在は日本で中学校の英語教師をしており、来日して割りと経つそうだが、此の男は何時まで経っても日本語が話せない。というより、そもそも覚える気がないようだ。
 俺がトミーと初めて出会ったのは5年前の冬だが、その頃からトミーは傍らに小さな少年を連れていた。其れがまだ小学生の小林君だった。トミーは天涯孤独の身だった小林君を被後見人として迎え入れたのである。其れ以来彼らは一つ屋根の下に住んでおり、小林君はトミーが勤める中学校に通って居る。昨日、夜中にトミーに連絡した際も当然のように彼が通訳してくれたのだった。
「ところで早速、ヴァレリィってヤツの事だが。」
「はい」
 小林君はオムライスへ落とした顔の、眼だけを此方へ向ける。
其方(そっち)には妙な連中は現れてないか?」
「電話でお伝えした通り、特に変わった事はありませんね。先生も身に覚えは無いと云っていました。」
「そっか、良かった。だが十分に気を付けろよ。芥次郎の事務所には俺の他にトミーさんと金月、其れから知らない女の写真があった。俺たちの動向は常に監視されてると思ってて間違いない。」
「はい。… …只、先生は時折、一人で夜中に出て行かれる事があるので…」
「あぁ、トミーさんはまだそんな金にもなンねぇコトやってんのか。物好きだね、全く。」
「… …ですね。危険な所には近づかないようにお願いしているんですが、どうにも聞いてくれなくて。」
 小林君はそう云うと、一旦食事を休憩するかのようにスプーンを置き、両手を膝の上に乗せた。
 裏社会で勝手気儘に生きる俺には想像もつかないが、人に尽くすという事が善意で成り立っているならば、教師は大層善人だろう。そして教師を生業としたトミーもまた善人であり、更に奴は其れを力という行動で示した。つまりトミーは教師をしながら、時折犯罪に巻き込まれた人々の手助けをしているのである。云わば二足の草鞋だ。上手い話を持ち掛け老人の財産を根こそぎガメる輩や、女子供を踏みにじり悦に浸る犯罪者等、そういう極悪人をトミーは弱者の刃となって始末しているのだった。しかもそれを無償で行っているというのだから、俺からすれば実にお目出度い話だ。
 トミーはアメリカ軍出身でありアマチュアボクサー経験者である。其れゆえ通常であればトミーに腕力で叶う者は居ない。だが時には能力外道(サイコパス)のような一筋縄では行かない輩と対峙する事もあるだろう。小林君はそんなトミーを傍目に心労が絶えないのだった。

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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に落雷の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。ただし其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通している。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質について…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種類。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。

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