第10話 学徒と水使い#2
文字数 2,784文字
「あんた、ヨウコに手ェ出したら、承知しないからね?」
「手を出すって、そんな、僕は何も… …」
マキコが睨みを利かせて尚も小林君を威嚇する。其の隣で少年は不満げに頭を
「あー、待て待て待て。マキコお前、出会って一分で何
「……何よ。ちょっと挨拶しただけじゃん。」
ゆっくりと
「悪いな、小林君。とりあえず、飯だ、飯。」
俺はすっかり委縮してしまった中学生の気分を挽回しようと、無理にも明るい声を出した。其の声にマキコが思い出したように反応する。
「… …あたしも食べたいんですケドッ」
金髪ボブ頭がテーブルから身体を乗り出して両手をつき、欲求を猛烈にアピールする。
「あぁあぁ、良いよ。何でも好きなの頼めば良いって。」
「イエー」
小林君の頭を両手で掴みながらマキコは喜びを表現する。其の所為で綺麗に七三に分けていた小林君の頭髪は最早原型を留めていない程に乱れていた。少年は苦々し気な顔をして嵐が過ぎ去るのを凝っと待つしかなかった。ともあれ、
「あぁ、ヨウコも好きなの選びな。」
「有難うございます!」
「ヨウコ、こんな奴にお礼なんて云わなくて良いよ。こいつ私たちの事、
何時の間にか小林君の持っていた
「
「そんなの知らないよ、私たち本能に従ってるだけだもん。パフェの事考えたら、他の事何にも手につかなくなるんだもの。」
「なんだか、居ても立っても居られなくなるんです。」
マキコの言葉にヨウコが合いの手を入れる。
「ふーん。やっぱり何かあるのかねぇ。」
「私はとりあえずチョコレートパフェねー。ウフフ。」
マキコが頬に手を当てながら幸せそうに云う。其れから持っている
「ホラ。あんたは何にするのよ?… …ヨウコも、もう決めた?」
「私は、抹茶パフェに思い定めています。」
「… …僕は、…… …オムライスにしようかな。」
マキコの持った
「其れだけで良いの?遠慮しなくて良いんだよ。どうせ、
「こらこら。どうせ、とはなんだ。」
「いえ、此れだけで大丈夫です。」
「あんた、背チビッこいんだから、もっと食べないとダメよ。」
小林君のお母さんか、お前は。世代が近い所為か奇妙に馴染んでいる姉妹と少年を他所に散々悩んだ挙句、俺は魚介のペペロンチーノに決めた。呼び鈴で
***
木像がパフェグラスに顔面を突っ込み一心不乱に貪り食って居る様はいつ見てもシュールだった。奴等が口を挟んでこない内に俺たちは本題に入る。
「そういや、昨日は夜中に対応してもらって悪かったな。寝てたろ?」
「あ、はい。竹田さんから電話が掛かってるって先生が云うんで、直ぐに起きました。何時もの事なので、気にしないでください。」
「サンキューな。てか、こういう非常時が一番困るンだけどなぁ。小林君が居なけりゃトミーさんとマトモに話も出来やしないよ。」
「其処は、僕がフォローするので任せてください。」
小林君はオムライスを頬張りながら何気無しに云った。小林君は云わばトミーの助手である。
トミーはアメリカ人である。現在は日本で中学校の英語教師をしており、来日して割りと経つそうだが、此の男は何時まで経っても日本語が話せない。というより、そもそも覚える気がないようだ。
俺がトミーと初めて出会ったのは5年前の冬だが、その頃からトミーは傍らに小さな少年を連れていた。其れがまだ小学生の小林君だった。トミーは天涯孤独の身だった小林君を被後見人として迎え入れたのである。其れ以来彼らは一つ屋根の下に住んでおり、小林君はトミーが勤める中学校に通って居る。昨日、夜中にトミーに連絡した際も当然のように彼が通訳してくれたのだった。
「ところで早速、ヴァレリィってヤツの事だが。」
「はい」
小林君はオムライスへ落とした顔の、眼だけを此方へ向ける。
「
「電話でお伝えした通り、特に変わった事はありませんね。先生も身に覚えは無いと云っていました。」
「そっか、良かった。だが十分に気を付けろよ。芥次郎の事務所には俺の他にトミーさんと金月、其れから知らない女の写真があった。俺たちの動向は常に監視されてると思ってて間違いない。」
「はい。… …只、先生は時折、一人で夜中に出て行かれる事があるので…」
「あぁ、トミーさんはまだそんな金にもなンねぇコトやってんのか。物好きだね、全く。」
「… …ですね。危険な所には近づかないようにお願いしているんですが、どうにも聞いてくれなくて。」
小林君はそう云うと、一旦食事を休憩するかのようにスプーンを置き、両手を膝の上に乗せた。
裏社会で勝手気儘に生きる俺には想像もつかないが、人に尽くすという事が善意で成り立っているならば、教師は大層善人だろう。そして教師を生業としたトミーもまた善人であり、更に奴は其れを力という行動で示した。つまりトミーは教師をしながら、時折犯罪に巻き込まれた人々の手助けをしているのである。云わば二足の草鞋だ。上手い話を持ち掛け老人の財産を根こそぎガメる輩や、女子供を踏みにじり悦に浸る犯罪者等、そういう極悪人をトミーは弱者の刃となって始末しているのだった。しかもそれを無償で行っているというのだから、俺からすれば実にお目出度い話だ。
トミーはアメリカ軍出身でありアマチュアボクサー経験者である。其れゆえ通常であればトミーに腕力で叶う者は居ない。だが時には