第12話 学徒と水使い#4
文字数 3,730文字
絶マキコの左右に広がった両手が空を掴むと、薄い筋が幾つも立ち現れやがて苦無の形になった。同様に絶ヨウコの背中には女学生の背丈には不釣り合いなほど長大な野太刀、
「でやッ!」
中空からマキコが無駄の無い挙動で
マキコの投げた苦無が三人の敵の左胸に深々と突き刺さる。更におまけとばかりに苦無の切っ先に仕込んでいた
天井や外壁等に鈍い音が幾つも発生すると同時に、あらゆる構造物が粉々に破壊された。
俺の放った銃弾は半グレの二人の眉間を綺麗に捉えていた。敵の内二人は完全に身体機能を停止し、胸元から煙を上げながら仰向けに倒れた。物言わぬ肉の塊が周辺の調度品にぶつかって神経に障るような金属音が響き渡った。
只一人、胸の傷口を抑えながら辛うじて立っている奴が居た。銃弾は逸れて肩に命中している。
敵がふらつきながら片手に持ったウージーを定まらない手つきでマキコに向けようとしていた。然し、其の頭上から絶ヨウコが狙いすましたように、担いだ野太刀を一気に振り下ろす。
二つに分かれ崩れ落ちる人体を目の当たりにし、テーブルに隠れていた店員や客から気違いじみた悲鳴が湧き起こった。
「おい、
悲鳴に苛ついた俺が声を荒げると、店内は水を打ったように静まり返った。然し連中は一向に逃げる気配が無い。知らない奴等が戦闘に巻き込まれて死ぬなんて知った事ではないが、戦いに集中できないので消えてほしかった。
俺が渋面を作っていると、テーブルの上に立った絶マキコが片手に炎を
「次に燃やされたい奴は誰だい?」
今しがた爆発の惨劇を目の当たりにしていた連中はマキコの言葉を聞くや否や、堰を切ったように扉に向かって走り出した。
誰もが我先にと無我夢中で逃げだし、ものの一分も立たない内に店内からギャラリーが消えた。
「だから、アンタぬるいんだッてば。恐怖で足が
マキコが腰に手を当てて俺を見下ろして云う。
「… …えーっと、勉強になります…。てか、お前等の
俺は胸元から爆散したり、半分にされた死体を見ながら云った。
「そう?まぁ、ご飯食べたし力は有り余ってたからかな。」
マキコが得意げな顔をしてテーブルの上から飛び降りると、金髪のボブカットがふわりと揺れた。其の隣には野太刀を床に引きずったヨウコが立った。
「とりあえず片付けたケド、此のつまンない連中、何者?」
「
「… ……それにしては、特に脅威は感じませんでしたね。」
ヨウコが顎に手を当てて、今や壊れていないモノを見つけるのも難しい店内をぐるりと見渡した。木製で綺麗に形作られていたテーブルは蹴り倒され、所々崩壊しており、空気中には店内に長年積もっていた塵や埃がもうもうと立ち込めている。現在は18時を少し過ぎた所だが、陽はまだ落ちる事なく店内を赤く染めているのだった。
「… …時間稼ぎか。今頃、クライン76は
銃弾を弾倉に丁寧に詰めながら云うと、マキコが眉毛を上げながら呆れたような仕草をする。
「こんなの時間稼ぎにもなってないよ。」
「確かにな。だが店内もこんな有様だし、まだ人通りも多い。騒ぎになっても面倒だから一旦離れよう。小林君も怪我はないよな。」
「はい。」
足元で小さく蹲っていた小林君は、口に入った異物を吐き出しながら返事をする。
「よし。じゃあ、行く…」
俺が云い掛けた其の時、少し向こうにあったソファの背もたれの影に
大きな腕
が現れ、探すように宙をふらつくかせた後、ゆっくりと背もたれを掴んだ。精巧に丈夫に作られていたであろうソファが、尋常ならざる握力によって醜く歪み壊れていく。木製の骨格が大きな音を立てて折れ千切れる音が店内に響いた。野生の獣が反応するかのように、俺たち全員が其方の方を振り向く。「…まじかよ。ちゃんと
「ふーん。… …まぁ、私はどっちでも良いわ。準備体操には物足りないと思っていたもの。」
マキコが軽く伸びをしながら答えた。ヨウコは敵の方を穴が空くほど
ソファの影から
デーモン
が姿を現した。片腕でソファに必死に捕まるように立ち上がる敵。重心がブレているような奇妙な動きに眼を奪われていたが、其の理由はすぐに分かった。
デーモン化した敵は三人の内、ヨウコに真っ二つにされた奴だった。其の証拠に、今眼の前に居るデーモンの身体は、袈裟掛けに斬られた上半身のみだ。そして、袈裟掛けである為、腕も片腕しか無い。残った右腕のみでテーブルの上に直立しているものだから、なんだか大層バランスが悪い。其の動きは生まれたての小鹿ような覚束なさだった。
「なんか、またヘーンなデーモンだね。」
「芥次郎みたいですね。」
確かに、芥のような不完全な
「小林君は、もっと離れて隠れてな。」
俺が後ろ手に小林君を誘導すると、小林君は小さく頷いてリュックを胸に抱きながら壁際のテーブルの影に隠れた。
デーモンはテーブルの上に立った儘まだ動く事も無く、此方の様子を伺っているようだった。
此のデーモンの顔は奇妙だった。顔色は青みがかっているが、人間の頃の面影を残している。特徴的なのは口元で、本来口があった部分には口のようなものは無く、代わりに5つほどの穴が開いているのだった。
「なんなの、此奴。すっごい弱そうなんだケド。… …ねぇ竹田、もう
確かに、マキコが云うように大人しく待ってやる必要はない。向こうがこないのなら此方から畳みかけて、さっさと終わらせてしまおう。
「そうだな。やるか。」
マキコの呼び掛けで俺は拳銃を構え、背中に直で張り付けていた赤龍短刀を左手で取った。
マキコが両手で下から振り上げるように苦無を投げると、鋭い軌道を伴ってデーモン目掛けて飛んで行った。が、それらは小気味良い音を立ててテーブルの上に突き刺さった。
「斜め向こうッ!」
マキコがデーモンを眼で追いながら声を上げて逃げた方向を指さす。意外と動きがすばっこい。俺は夕日の逆行が眼に入り見失いながらも、其方を振り向いた。
「… …うん?部屋の隅が薄暗くって、よく見えねーな。」
「身体がそんなに大きくないから、動きが早くて面倒ね。ホラ、今あそこに居る。」
マキコの云う方を見ると、確かに天井の隅にデーモンが居た。どうやら、残った右手の異常な握力で、壁に指を食い込ませ掴まっているようだった。
「… …ギギギィ… …」
デーモンが小さく鳴いた。
まるで野生動物のような動きをしており、其の一連の行動からは思慮といった存在は感じられない。だが俺からすれば、そういうデーモンの方が何方らかと云うと面識があった。こういう連中は野生的であるが、腹芸が出来ない分動きは単純だ。芥次郎や昨日のメガネザル野郎のような人間性を残したデーモンは非常にレアだった。
「マキコ、ヨウコ。お前等もうちょい広がれ。囲い込んでいくんだ。」
俺は両手で二人に離れるように指示する。其の間もデーモンは俺たちの動きを見ているばかりだったが、其の顔がヨウコの所でぴたりと止まる。
「… …?」
絶ヨウコが其のデーモンの反応を見て、直ぐに迎撃態勢をする。
腰を低くし、脇に横構えした野太刀をしっかりと握り直したが、デーモンはヨウコを凝視したまま動きが無い。一瞬の間があって、ヨウコが小さく息を吸い、吐いた。其れは短くほんの小さな動作だった。
其の時、デーモンの顔面がぐっと前のめりに動いたかと思うと、口元に開いた5つほどの穴から何かが突き抜けて出てくるのが見えた。
「…!?」
一瞬、其れが何か理解できなかったが、其れよりも先に俺たちは一斉に回避行動をとった。本能が危険を察知したのだ。
ヨウコは猫のような俊敏な反応で後方に飛び跳ねて逃げると、その場所に向かって突如としてマシンガンのようなけたたましい銃声が鳴り響いた。其処にあったテーブルやソファがみるみる内に形を変え粉々に砕け散っていく。
俺は隠れたテーブルの物陰から少しだけ頭を出し、デーモンの姿を盗み見る。
「…なんッだ、ありゃ。」
デーモンの口元に開いた穴全てからは、拳銃の