第21話 学徒と水使い#13
文字数 3,808文字
「
ネクラ野郎は傷ついた肩口を抑えながら、トミーさんを見る。見られたトミーさんは間抜けな顔の儘其の視線を受け止めた後、私の方を向いて眉毛を上げた。
「あんたがトミーさんと竹田の
私は腕を組んでネクラ野郎に聞いた。
「標的の中に一週間の能力者が居るなんて云ったら、俺が
「やっぱりそういうことか。だとすると、もう今頃は」
「手遅れってことだな」
「… …コソコソとネズミみたいな連中だな」
「まぁ、汚ねーところだが、今から行くか?」
ネクラ野郎が突然、立膝をして立ち上がり始めた。私は其の突然の行動に、瞬間的に距離を取って身構えた。
「…… …。…何、ビビッてんだよ」
「突然、動き出すんじゃねーよ、ネクラ野郎ッ!」
「此の状況で、何が出来るってんだよ。てか、俺はもう用済みになった人間だ。奴等に義理はねーよ。マァ、そもそも
「… ……」
「その為に、俺を生かしたんじゃねーのかよ」
ネクラ野郎は身体を抑えながら、ふらふらと立ち上がって云った。
奴の協力的な言動を素直に信用するにはリスクがある。もしかしたらクライン76で奴等が大勢待ち受けているのかもしれない。だけどそもそも今日攻め込むことを決めた時から、クライン76に敵が居ることは想定済みだったし、其のつもりで私たちは来た。今更、ネクラ野郎が根回ししようが状況は同じだ。其れに今はトミーさんも居るし、竹田とヨウコも居るから、どんな状況になってもなんとかなるという気持ちがある。其れに、これは私の感覚的なところでうまく説明できない部分ではあるのだけれど、此の男は其処まで汚い人間ではない気がした。
「… …変なコト企んでたら、ソッコー殺すから」
「分かってるッて。仕事終わってヒマなんだ、俺。あ、あと、」
「ほんと、よく喋るヤツだなぁ」
「あのね、
ネクラ野郎
じゃなくて、真崎今日介って云うの」ネクラ野郎が私の隣に立って、指を立てて抗議してくる。
「ネクラ野郎じゃん」
「ま、さ、き!変なあだ名つけんじゃねーの」
「ネクラやろー」
「真崎今日介クン。ホレ、云ってみ」
距離が近い。物凄くイラっとした私は発作的にネクラ野郎から顔を背けた。其処へ、私とネクラ野郎が喋っているところに、上からにゅっと顔を出してきた外国人が笑顔で口を開く。
「ミスター、マサキ。ハーイ。」
「おお!イエスイエス!よろしくね。ホラ、トミーさんも云ってくれてる。」
トミーさんの返事に気を良くしたネクラ野郎が、私に向かってしつこく迫ってくる。正直とても鬱陶しい。
「なんで私が」
「だってもう、仲間じゃん。俺たち」
「はぁ?!」
「これから、よろしくな。ファイヤ・スターター」
「… …!」
「あ、ウソウソ、ソーリー。絶マキコちゃん。あ、メンドイから、此れからマキコって呼ぶから」
「あぁ?!てか、
「テレない、テレない」
「… …… …」
心底ムカついた私は、指を鳴らした火花で奴の頭髪を燃やしてやった。妙な焦げた匂いに気が付いたネクラ野郎が、まだそんな力が残っていたのかと思うくらい辺りを走り周り、消火できるモノを必死に探していた。やがて思いついたのか、直ぐにトミーさんの元に飛んできて彼に火消しを頼み始めた。必死に懇願する其の姿があまりにも馬鹿っぽくて、その姿を見ながら私は手を叩いて笑ってしまった。トミーさんも大笑いしながら、奴の頭の上から大量の水を掛けてやると、火は一瞬で消えた。漸く火が消えるとネクラ野郎は息も絶え絶え、其の場に倒れ込んでしまった。
「… …て、てめェ、マキコ… …。許さねぇ… …」
「アハハハハ。… ………。…あーあ、めっちゃ笑った。真崎、あんた、笑いの才能あるよ」
「そんな才能要らねェよ… …」
***
迷路のような裏路地を抜けると、眼の前にガラスが全て破壊された喫茶店が見えた。辺りに人は殆ど見当たらないが、かなり距離を置いて店の様子を伺っているような野次馬の姿が何人か見えた。
「ヨウコ!!」
私は瞬間的に声を上げて店目掛けて走った。すると私の声が聞こえたのか、中から小林が顔を出して、此方向かって元気に手を振った。
「マキコさーん!」
「小林!あんた、怪我はない?」
「僕は大丈夫ですけど、竹田さんが少し怪我してます。だけど、其処まで酷くはありません。ヨウコさんも無事です」
私は窓の縁まで来て窓の縁越しに小林と話をした。中を覗いてみると、床に座り込んでいる竹田の隣にヨウコが居た。二人とも、私の存在に気が付いた。ヨウコが此方に向かって手を振る。
「マキコ!」
「ヨウコ!大丈夫?後、竹田、あんた怪我したって…」
私は窓の縁を飛び越えて二人の元に近づいた。後ろでは小林がトミーさんに大声で話掛けているのが聞こえた。
「大したことねーよ。切り傷と、後、一番痛かッたのは、やっぱ頭突きだな」
そう云いながら、竹田がティッシュを詰め込んだ鼻を指さした。見れば、既に切り傷等にも全て包帯が巻かれて処置が施されている。私の視線に気が付いたのか、ヨウコが続けて云う。
「小林君が処置してくれたの。あの子、凄いのよ。竹田さんの傷を見て直ぐに包帯を巻いてくれたわ。手際が綺麗で私見惚れちゃった」
「きっちりと処置してもらったから、マジでラクだよ。流石、小林君だ。然し、飛んだ災難だったな。マキコも、サンキューな。」
「…… …。…実は、私、何にも出来なかったんだ。トミーさんが来てくれなきゃ、死んでた」
「…!」
ヨウコが私の言葉を聞いて、心配そうな顔をする。
「トミーさんが戦ってくれて、私はなんとか助かったんだ。トミーさんが私の援護に来てくれるように、こっちから連絡してくれたんでしょ?ありがと… …」
私が喋り終わる前に、ヨウコが力いっぱい私に抱きついてきた。
「良かった… 生きてて」
「まぁ、厳密には、私等もう死んでるんだけどね…」
「そういうことじゃないのッ」
式神として此の世に存在している
確かに私は今日なんとか生き延びた。その事にほっとしている自分が居るし、こうして喜んでくれる
「じゃあ、トミーさんと無事合流できたんだね。」
「うん。」
「敵も撃退できたんだ。
「あー。えーっと、その事なんだけれど… …」
「… …お邪魔しまーす」
私の後ろから如何にも軽そうな、そして深刻さの欠片もない声が聞こえてきた。眼を瞑っていた竹田がぼんやりとしながら、其の声の方に顔を向ける。
「誰だ、此奴」
竹田が小さく云ったが、其処にはあまり警戒心は感じられなかった。
「えーっと、此奴の名前は真崎今日介。此奴が
「初めましてー」
「えーっと、マァ、色々あってさ。結果的に、此奴も奴等に騙されてたみたいなの。なので、協力してもらった方が何かと役に立つかなァ、なんて思ってさ。クライン76にも連れて行ってくれるって云ってる」
「信用できるのか」
竹田が一応、と云った感じで聞いてくる。だけど、私とトミーさんが戦った末、結果として連れて来たこと等も分かっているから、此れは本当に儀礼的な感じの問いだ。
「そうだね。マァ今の所。何かあれば、私が責任を取るよ」
「有難う、マキコちゃん!其処まで俺の事、思ってくれてるなんて…」
「調子に乗るんじゃねーよ」
私は真崎の軽口に突っ込む。此奴がふざけた事ばかり云うから、私が何時の間にかお笑いのツッコミ役みたいになっている。
「そっか。お前がそう云うんなら、構わねーよ。信じるぜ」
「うん」
其の時、私は不図気が付いた。真崎と竹田と話していて全然気が付かなかったが、
「… …ヨウコ?」
「……… ……」
ヨウコは私の声も聞こえないかのように、返事もしないのだ。私はまさかと思い、真崎に云う。
「ちょっと、真崎」
「へ?」
「コッチに来てよ」
私は手をちょいちょいと動かして真崎を呼んだ。真崎はヨウコの顔を怪訝そうに見つつ、私の横にゆっくりと移動してくる。其の間およそ五歩。
真崎の移動に伴って、ヨウコの顔がゆっくりと移動していく。其の目線は確実に真崎の顔面を捉えており、少しも離れようとはしない。同様に、今度は私から離れるよう真崎にお願いする。真崎はまたゆっくりと私から遠のいていく。すると、ヨウコの視線はやっぱり真崎を捉えているのだった。