第16話 学徒と水使い#8
文字数 3,487文字
追い打ちをかけるように私たちに攻撃を仕掛けてきたって事は、奴も追っ手の一人。という事はクライン76の連中で間違いないか。こうまで次から次へと攻撃してくるなんて、敵もよっぽど自分達の根城に来てほしくないのかな。
其れにしても、顔の大半をフードで覆い隠したネクラ野郎は一体何処?私が店から飛び出すと同時に、奴はビルの隙間を奥へと逃げてしまった。ふざけんなよ。自分は安全地帯に居て、見えない所から攻撃するなんて、調子が良いにも程がある。絶対に見つけてツケを払わせてやる。
私はビルの隙間の前まで到着すると、地面を蹴って屋上目指して飛んだ。
金網に手を掛けて屋上に飛びおりると、私は急いでビルの裏手に回る。其れから裏手側の金網をよじ登り、其の上から路地を見下ろした。
眼の前には、路地裏の道が網の目のように広がっていた。さながら大迷路のようだった。ナルホドね。逃げるには打ってつけってワケだ。雑居ビルに当たり前のように備え付けられている室外機やパイプ、看板が、取り付けた時の適当さの所為で、私の目に障害物として映っていた。はやる気持ちを抑えながら注意深く観察する。
「…… … …見つけたッ」
斜め向こう、距離にして50メートル程の所を、周辺の段ボールやゴミ箱に邪魔されながら向こうに逃げる姿があった。ビルの裏手だけあって、狭い道を通るのに手こずってるようだ。
私は其の姿を確認した後、金網から降りて外壁の縁ぎりぎりに立った。
「アタシたちにケンカ売ッといて、今更、逃げられるワケないだろッ」
私はゆっくりと前のめりに倒れ込む。重力に引っ張られながら自由落下に身を委ねると、生暖かい風が頬を突き抜けていった。眼の前のビルの窓には、残業中の人の姿が次々に映っては消えていく。そんな事を思ったのも束の間、真下に薄汚い地面が見えた。
彼方此方にヒビが入った年季のあるビルの壁を力いっぱい蹴る。其の勢いを利用して、私は地面ギリギリを這うように飛んだ。真っすぐ前の方に、奴の姿が微かに見える。逃がして堪るか。
私は其々の手に
「待てェ、コラァアッ!!」
地面に向かって小規模の
逃げるウィンドブレーカーのネクラ野郎が真下に見えた。私は其の儘、敵の背中に着地してやった。
「ギャッ」
私の足の下で、カエルが潰れたような声が聞こえた。サーフィンの要領で3メートル程地面を引きづった所で、ネクラ野郎の身体がゆっくりと止まった。既に
「…… …ククッ… …」
卑屈な笑い声。ちょっと聞いただけでもイライラする。私は背中に馬乗りになって敵の顔を見下ろした儘、即座に両手の苦無を振り下ろした。
「死ねッ」
--ガキッ
ウィンドブレーカーに刺した苦無が、硬質な音を立てて弾け飛んだ。私は態勢を崩してしまい、倒れそうになる。其れを逃さなかった敵が起き上がり様、裏拳気味に左手を飛ばしてきた。安っぽい攻撃だと思ったが、其れを寸での所で受け止める。眼の前にあったのは、皮手袋に仕込まれた
「… …くッ…」
態勢を崩した儘、受け止めた片手では力が入らない。しかも、ネクラ野郎の力はイヤに馬鹿力だった。じりじりと私の顔面目掛けて鋭い鉤爪が近づいてくる。私は堪らず、馬乗りになっていた背中を蹴り飛ばし距離を取った。
まだ寝転がっているネクラ野郎を正面に対する。此処はビルとビルの谷間。道幅は2メートルくらいか。
「…… …防刃ベストとか、用意が良いんだね」
奴の服の下にはご丁寧にも金属製の
ネクラ野郎はゆっくりと起き上がって此方を向いた。俯きがちに此方を睨みながら、裸だった右手にも鉤爪の皮手袋を装着しようとしている。
「…… …痛いのは、
ネクラ野郎のクセに色々と武装してるようだ。其れに、単純に力も強い。身体能力に自身アリか。
「てか、追い付くの、超早いじゃん。俺、まだ武器もつけてなかったんだぜ。もうちょっと余裕もって用意しようと思ってたのによ。此方の都合も考えてほしいよなァ。くすッ。…… …。どう?此れ。中々イイ感じじゃない?俺が自分で作ったの。インドの昔の隠し武器を参考にしてさ。試行錯誤の結果、爪の長さも是くらいが丁度良いんだ。」
「いやアンタ、明らかに逃げてたろ。マァ、あんたはもうアタシに掴まった。後は殺されるだけさ。… …そうだなぁ、知ってる事吐いてくれたら、逃がしてやっても良いケド。」
敵の軽口を返してやる。聞いてもいない事をベラベラと喋る野郎だ。ムカつくけど、相手にしてやれば襤褸出して何か情報が引っ張れるか。
「ハッ!俺が逃げたって?何の冗談だよ。だって、武装って大事じゃん。今日、俺、寝坊しちゃってサ。ホントはもっと早く起きる予定だったンだよね。だから、メチャメチャ急いで来たんだよ。したら
もう始まって
たんだけど、何とか間に合って良かった。だけど武器つけてなかったからさ、装着しようと思ったら、アンタが追っかけてくるんだもの。」ネクラ野郎が右手に鉤爪を装着すると、足を前後にずらし、両手を水平にクロスさせて構えた。其の所作から一目で素人では無い事が分かった。
「なので、俺が逃げるワケ無いんだよね。だって、今日は竹田?とか云う奴を殺す予定だったんだもの。」
「誰に雇われた」
「… …くすッ」
「ヴァレリィとか云う奴だろッ。ネタは上がってんだよ。クライン76があんた達の根城だって事もよッ」
「……相変わらず、気が早いなァ、
絶マキコ
、サ・ン。」「あ?」
「…イヤ。… …そうそう。こう云った方が懐かしいね。…ファイヤ・スターター」
「ッッ!!」
なんだッ、此奴。なんでその名前を知ってる。
私が少しずつ間合いを伺いながら近づくが、奴も同じだけ歩をずらして下がる。
「… ……… ……てめェ… …」
「… …くすっ。なんで知ってるかって顔してるね。驚いた?俺も
「… …アタシは其の地獄の底のような暗い
「アラッ。傷つく事云うねェ。おんなじ教室に居たのに。マァ、でもそうだろうね。あんた達姉妹は機関でも実力は抜きん出てたし、入所した時から超有名人だ。絶夫婦の秘蔵っ子だって周りは大いに盛り上がってたっけ。他方、此方は実力も無い只の
「…… …… …其のクソッたれな口を閉じなッ」
「だが、妹ちゃんは兎も角、お姉ちゃんの方、つまりアンタの事だが… …。絶マキコの方は一つ大きな問題があった。其れは感情の暴走だ。絶マキコは少しでも気に入らない事があると、相手が教員であろうとなんであろうと、瞬間的にブチ切れて牙を剥いた。只の跳ねっ返りならいざ知らず、実力もあるから誰も取り押さえる事が出来ない。あんたの大暴れを皆、災害のようにやり過ごすしかなかった。だから何時しか、誰もアンタに喋りかけなくなったんだ。ついたあだ名が、直ぐに火が点くという意味で