第14話 学徒と水使い#6
文字数 3,892文字
「ほーんと、ちょこまかと面倒臭かったわね、此奴。てゆうか、デーモンってこんなにバラエティに富んでるんだ。眼から光出したり、口から弾丸を吐き出したり。まったく、此れからも飽きる事はなさそうだわ」
マキコは両手を広げ、大げさに辟易して見せる。
俺は口から身体に掛けて凍結して身動きのとれないデーモンに眼をやった。デーモンは血走った眼を俺に向け必死に藻掻いている。ときおり、口元でくぐもった銃撃が連続で聞こえるが、其れがヨウコの生み出した氷を破壊する事はなかった。
俺はトカレフの銃口をデーモンの額に合わせてゆっくりと引き金を弾く。静かな店内に銃声が響いた。デーモンの額に風穴が一つ空いたが、其の儘続けて二発放つ。眼下でデーモンの額から青色の血液が噴射して、其れは直ぐに動きを止めた。
「其れなんだがな。実は、こんな奴に会ったのは初めてなんだ。」
「こんな奴って、
「此奴に限らず、昨日のメガネザル野郎もだ。つまり、
「獣のようなという事は、竹田さん
ヨウコは既に冷気の放出を止め
「あー、アタシらの武器を作った時ね。ウンウン。アイツら馬鹿力だけでチョー単純。直進するしか能が無いモンね」
「そうなんだ。此れまでの連中はマジで大した事なかった。だけど、最近出会うデーモンはなんだか違ってきてる。一人で相手するとなると、正直かなりキツイ。」
「確かに、芥次郎とかヤバかったモンね。ホント、よく
芥次郎。俺が数年在籍していた組の組長だった男だ。
奴は俺が組を抜けたのを逆恨みし、絶姉妹に因果を含め俺の命を狙った。紆余曲折があって、俺は絶姉妹と手を組み芥次郎と対決したが、其の時奴は既に人間では無かった。
「そういえば、アイツが最初だったのかもしれないな」
「どゆこと」
「今までとは違うデーモン。芥次郎も車椅子と奇妙に融合したような歪な姿をしていた。そして、其の馬鹿力も是までの奴とは違って、まったく度が過ぎていた。」
「…あんたが云ってた、デモン因子って奴だよね。」
「あぁ。デモン因子を身体に取り込んだ人間はデーモンになる。怪物だと思っていたデーモンの正体は人間だったんだ。此れまではデモン因子によって、精々化け物に変身するのが関の山だったんだが、最近のデーモンのタイプを見るに
「あのー… …」
デーモンの事でアレコレ思案を巡らせていた所に、素朴な中学生の声が聞こえてきた。俺たちはすっかり小林君の存在を頭の外に追いやっていた。マキコが気怠い表情をしながら半目で小林君の方を向いた。
「…あ、あんたの事すっかり忘れてた。怪我無い?」
小林君は頭に降りかかった塵を払いながら、二三度せき込んで立ち上がった。
「忘れないで下さいよ。…特にどこも怪我はしてません… …」
小林君は倒れたテーブルとテーブルの間を注意深く確認しながら、散乱したガラス片を避けて此方に近づいてきた。其の姿を見て、俺は改めて店内の惨状に気づかされる。今や無傷なテーブルは店奥の一組のみで、他は瓦礫と化していた。
「竹田さん、そろそろ此処から逃げないと騒ぎが大きくなります。野次馬もちらほら… …」
「嗚呼。まぁ、此の辺はまだ大丈夫だよ。ケーサツは来ないぜ。治安の悪い土地柄だけあって、派出所の連中も其処ンとこは弁えてるの。直ぐに現場に駆け付けようモンなら、イザコザに巻き込まれて自分達の命が危ういからさ」
「へぇー」
俺はヨウコに説明しながら、ガラスが綺麗になくなった窓の外に眼をやる。外からは興味深々といった野次馬連中が十人ほど此方を覗き込んでいた。恐らく此の地域の住人では無いだろう。隣近所で起こっているコトに首を突っ込まないのは、地元の人間なら常識だ。だから此処の人間は極力、相手の素性や経歴には立ち入らない。つまり、こうやって明らかに抗争のような争い事であれば猶更なのである。
俺は窓の外に向かってトカレフの銃口を向ける。其の動作で察した連中が3人ほど血相を変えて走って逃げた。残りは平和ボケした目出度い連中だ。先ほどマキコ先生にご教授頂いたように、連中にも命の危険を思い出してもらおう。
俺は窓の外に向かってトカレフの引き金を二度弾くと、歩道に着弾した銃弾が小さく鋭い音を立てた。其の音を聞いた野次馬共は、鶏にも似た動きで右往左往しながら、悲鳴を上げて四散した。
「…うぜェ奴等だ。… …」
野次馬は消えていた。だが、俺は窓の外の光景に違和感が消えなかった。窓の外には人っ子一人居ないにも関わらず、まだ誰かに見られている気がする。
「…… ………」
「…… ……竹田さん?」
ヨウコが俺の異変に気が付いて声を掛ける。俺は引き続き窓の外を凝視する。
眼の前の光景の違和感は何処だ。窓の外に横一列に並んだ雑居ビルを順に眺める。不図、其のビルとビルの間に薄暗い通路を見つけた。其処に立っている人間が居る。
灰色のウィンドブレーカーにフードを
「……誰か見てる。あのビルの間… …」
俺の言葉でマキコとヨウコも窓の外を見た。
フードを目深に被ったソイツは、ゆっくりと俺たちの方に向かって両手を伸ばした。
其の動作で俺たちの脳内に
「敵かッ!」
「ぐえっ」
其の俺の叫び声と共に、後方で誰かの声がした。俺たちは直ぐに声の方を振り向く。
其処には、首を掴まれて天井近くまで吊り上げられている小林君の姿があった。青く太い獣の腕が小林君の首をがっしりと掴んでいる。小林君は左腕を首の隙間に滑り込ませており、無抵抗で締め付けられそうな所を、辛うじて阻止しているのだった。
「小林君ッ!!」
足をばたつかせて宙づりになっている小林君の下には、銃弾を脳天に食らって既に絶命していたはずのデーモンが、やはり先ほどと変わらない姿のまま小林君の首を掴んでいた。
「た、竹田ッ?!な、何なのッ!此れッ!」
「あそこのビルの隙間ッ!早く、マキコッ!」
「くそがッ」
マキコは明らかに動揺の表情を浮かべていたものの、俺の言葉で直ぐに標的を定めると、低い姿勢のまま窓の縁を蹴り、外へ飛び出していった。
俺はデーモンの顔面にトカレフの銃口を押し付け、無我夢中で引き金を弾いた。
先ほどと何も変わったところは無い。俺の足元で銃弾をしこたま食らったデーモンの顔面は、青い血液を変わらず何遍も噴出させるのみ。だが其れでも小林君を掴む獣の腕の力は弱まる事なく、今にも小林君の首をへし折ろうとしていた。
「竹田さん、失礼しますッ」
既に隣ではヨウコが野太刀を脇構えに構えていた。俺は直ぐにデーモンの傍を離れて、ヨウコが太刀を振るうスペースを空ける。
ヨウコが身体の
「げっ、げほっ」
「ナイスッ」
獣の腕が小林君を掴んだまま落ちてくるのをなんとかキャッチする事ができた。
「オイ、小林君、大丈夫か?」
俺はデーモンの右腕を小林君の首から引き剥がし声を掛ける。
「はい… …」
何度もせき込みながら、片目をつぶって少年が返事をする。小林君の無事を確認し、安堵した俺の隣で、絶叫。
「竹田、さ、ンッ!!」
俺の胸元の下辺りで、分厚い氷が突如として発現する。そして、其れと同時に眼下から慈悲の欠片も無いような鉄の銃撃が響き渡った。
銃弾はヨウコの機転を利かせた氷の壁に阻まれながらも、気が狂ったように壁を穿ち続ける。
「………ッッ!!!」
俺は衝撃で態勢を崩し、後方に思い切り仰け反った。小林君の身体が腕の中から離れてしまう。
倒れながら辛うじて俺は銃撃の出どころを確認する。其処には脳天を青色の血液で染めた
ヨウコが
「た、竹田さんッ。
「わ、わッかんねェッ、なんだ、これ。銃弾を脳天にぶち込んだはずなのに、此の死体……」
自分の言葉で気が付いた。死体だ。最早、生命の灯を消した死体。俺の眼の前に転がるのは生命活動を終わらせた後の肉の塊だ。其れが傀儡のように動いているという事は… …。
「クソが。死体専門家の仕業かよ!」
「どういう事ですかッ」
「
だが、今は悠長に原因を考察している暇は無い。眼の前に横たわっていたデーモンの死体は、ヨウコの全力の