第37話 リバーサイド、アンダーザブリッジ#3

文字数 2,301文字

「…… 関係ねェ幽霊女が、… …なんでそうもコイツに肩入れしやがる」
 刈り上げ男が中学生(ガキ)の首根っこを掴みながら静かに云った。
「さぁね。… …でもマァ、いい年した男共が集団で子供を私刑(リンチ)してるトコ見りゃ、肩入れしたくなっちゃうかもしれないね」
「…… …… …。… …そうか。」
 刈り上げ男は私の言葉を聞いた後、静かに答えた。… …なんだか、少し雰囲気が変わったような気がする。
「… …コイツ、見張っとけ。」
「……はい。」
 刈り上げ男が傍らに居た仲間の一人に中学生を預けた。其れから深呼吸を一度した後、半身になり構えた。
「……!… ……へぇー。一応カジッてンだ」
 刈り上げ男は半身、つまり相手に向かって急所を極力減らすような態勢で私を見据えている。此れは空手の構えだ。然も、構えへの移行が驚くほどスムーズで少しの淀みも無かった。其れが一体何を意味するのかと云えば、意外にも刈り上げ男は地を這うような地味な鍛錬を長年継続してきた実績があると云うコトだ。おそらく有段者くらいの実力はあるのだろう。
「アンタみたいなクズ野郎が、空手を嗜んでるなんてね。人は見かけによらないとは云うケド」
「… …… …。」
 アタシの軽口にも(ちっ)とも乗ってこなくなった。確かに最初から他のクズ野郎共と雰囲気は違うとは思っていたが、屹度今のコイツが本性なのだろう。
「マァ、ちょっとはデキそうではあるから、遊んでやるよ… …」
 アタシも刈り上げ男に向かって半身に構える。不思議なのは刈り上げ男の顔が俯きがちで、視線も此方を見ていないかのようだったからだ。
「… ……正調(せいちょう)… …」
「……は?」
 突如、アタシの腕に重い衝撃が走った。
 両足が地に押し付けられるような、恐ろしく重量のある衝撃が私の全身へ伝わる。其れは刈り上げ男の正拳突きだった。ヤツの初撃のあまりの速さに、私は反応が出来なかったのだ。初撃を防げたのは本当に偶々だった。飛んできた拳の衝撃を、構えた両腕が無意識に()なしたおかげで直撃をなんとか免れた。此れは、少し気合を入れて相手をしないとキツイかもしれない。
 そう考えているアタシの思考を妨げるように、尚も立て続けに正拳突きが飛んでくる。…… …コイツ、一体どれほどに此の動作を反復練習したんだろうか。まるで、完璧にプログラミングをされた機械のように、立て続けに、且つ、少しの違いもなく同様の破壊力を伴った突きが正確にアタシの身体を狙い続ける。重い連撃がアタシの身体を幾度も襲うが、アタシは其れを身体の外側へと弾くように往なす。ヤツの攻撃は身体だけでなく、顎、鳩尾(みぞおち)等、急所にも散らすように仕掛けてくるものの、其の攻撃は何処か散漫な印象を受ける。まだ何かあるような気がするのだけれど。
「… ……。… ……結構、年季の入った連撃だけれど、此れでなんとかなるとは思ってないよね?」
 アタシはヤツの正拳突きを一つ一つ丁寧に往なしながら声を掛けてみる。そして、アタシは刈り上げ男の攻撃を受けながらも薄々気が付いてきては居た。というのも、空手の有段者であろうと暗殺者であろうと、勝負の世界で生きる人間には共通の趣向があるからだ。つまり、

ってコト。そして、此の刈り上げ男。戦闘を始めてから一度も蹴りを放ってこない。空手家のクセに。そう思って先刻(さっき)から足元を見ていると、分かりやすく足元が今にも食らいつきそうな威勢の良い動きをしている。屹度、刈り上げ野郎の決め手はコレだろう。右足の上段、とか。
「… …… ……。… …ナメんじゃねェよ」
 戦いの最中、耳に入って来た囁くような声。意味が聞き取れなかったその言葉を、解読しようと意識を一瞬脳内に持って行った其の時。アタシの頭上から、電光石火のような上段回し蹴りが襲い掛かって来た。だけれど、其の蹴りもアタシにとっては対処できる範囲内のスピードだ。アタシは此の蹴りには一切手を触れずに地面を蹴って距離をとった。
「… ……ふぅ。アンタの得意技は其れっぽいね。それでも、対処できない程ではないよ。あんたの実力は此れで大体分かったんだから、此れ以上は無駄だよ。もう中学生(コイツ)を置いてさっさと帰ンなって」
「…… ……」
 俯きがちで睨むような眼でアタシの言葉を聞いていた刈り上げ男が、ふぅと息を吐いて両手で頭頂部の結んだ髪を撫でた。
「…… ……。… ……てめェが。かなりの手練れってコトは分かったよ。ケド、コッチも面子があンだよ。やるだけはやらせてもらうぜ。どうなっても知らねぇからな。」
 あー、はいはい。なんか、此れだけ実力差見せつけられて、まだあれだけ()けるのもある意味凄いとは思うけれど。
「……俺の場合、或る程度身体を温めねェと、超能力(チカラ)を発揮できねェからよ」
「……。 …… …なに?」
 アタシの驚きに刈り上げ男が楽しそうに口角を歪ませる。今、此奴、超能力(チカラ)と云ったのか。
 アタシの驚きを他所に刈り上げ男が右手を顔の前に持って行き、ゆっくりとスライドさせていく。
「見せてやるよ。俺の超能力(チカラ)。… …『都市の景観(シティスケープ)』」
「…… … …!」
 刈り上げ男の顔が薄透明になっていき、其れを契機に全身にも同様の変化が表れていった。徐々に刈り上げ男の輪郭が、街の風景と同化していき、ついには消失してしまった。
「… ……。… …マジかよ」
 刈り上げ男が超能力者(サイキッカー)だった事実もさることながら、其の超能力(チカラ)が透明人間になるコトにアタシは心底辟易していた。これじゃ、刈り上げ男(ヤツ)だってよっぽど幽霊っぽいじゃないか。よくもアタシのコトを先刻(さっき)から幽霊幽霊と散々バカにしてくれたな、なんて。そんなどうでも良いコトが唐突に頭をよぎった。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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