第55話 それぞれの断章#12
文字数 6,185文字
序開が声にならない声を俺に向ける。
「…… … …」
俺は其の声でやっと我に返った。
「…… … …… ……。……兎に角、
俺は混乱した頭で何とか平静を保っていた。
其れから俺達は、無言で
「… ……序開」
俺はゆっくりと
実施日 1946年10月15日 施術責任者
生年月日 大正7年11月11日(28歳)
身長 175cm 体重 85kg
能力種
処置済 経過良好 明らかに能力向上が確認できる。精神、肉体共に施術前と変化無し。
戦場でも十分機能し得る。
また此の記録には、
記録者 榊恩讐
事実の客観的検証を生業とする研究者として身を置く以上、此のような記録を残す事は正しい所作では無いのかも知れない。只、今正に燃えている此の感情を、熱量を其の儘に記録する事こそが、今後の研究所における超能力研究の重要な指針になると信じて此処に記す。
大正中期、師である故・
超能力発現の際、脳内では
我々は政府の庇護の下超能力開発を進めており、私は浦木の意思を引き継ぐ形で国立脳科学技術研究所を設立した。此れ迄浦木は脳内における
前身機関では臨床実験の人材確保については、第一次世界大戦後他国の廃兵を密輸して事足りていたが、時世も変わりそのような人材が確保できなくなった。其処で我々は
だが、そう云った数々の好条件により臨床実験は実施されたにも関わらず、思ったような成果は得られなかった。原因は明確で、
私は
刃室は生まれつき
此れ迄、施術により障害を負った者や死亡した者には謹んで哀悼の意を表すると共に、彼等の意思と魂は今後の超能力研究のかけがえのない礎となるだろう。日本国政府が今以上の力を得て其の地位を盤石なものとする為、他の列強国に負けない戦力を身につける為、我々、国立脳科学技術研究所は決して留まる事無く、此れからも歩み続ける所存である。
「…… … …… …… …」
俺は間抜けな顔をして口を開いた儘、声を失っていた。其れ程に、此の
「…… … ……こんなコト、許されるワケが無いッ」
俺は吐き捨てるように言葉を放った。脳の一部を切除するだと?超能力を覚醒させる実験なんかの為に、此れ迄一体何人が犠牲になった?
「…… …。…… …… …ですが… …… …皆、同意の上での施術だと… ……」
「違う!… …絶対に、そんなのは間違っているッ。此奴等は、民衆の善良な心を大義名分にして、自分達の都合の良いように利用しているだけだッツ。… …… ……戦争は、もう終わったんだ。俺達が無暗に命を散らす必要なんて、マッタク無いッ」
溢れ出す感情が止めどなく走る。俺は行き場の無い感情を、只序開にぶつけるコトしか出来なかった。
「…… … ……クソッ!… …… ……そうだ。
「……と、問い出すって、一体何を?」
「… …奴は、全部知ってたハズだ。知っていて、俺達に、何も云わなかったッ」
「… …でも、片倉さんを問いただした所で、現状がどうとなるワケでも無いでしょう!?」
「そんなコト、知るか!… …こうなったら、奴に洗いざらい吐き出させてやるッ。奴はもっと色んなコトを知っているハズだッ。そして、其れを全部聞いて、告発するんだッ。岸の云っていたコトは正しかったッ!此の研究所は、全てが間違っているッ!!」
俺は勢い余って、長机の上に両拳を叩きつけた。勢いで箱の中の
「… …落ち着いてくださいッ!!」
序開が、俺の両腕を必死で掴みながら、絶叫した。俺は其の声で不図我に返る。見開いた俺の眼が、涙を浮かべ必死な形相をした序開の顔を捉える。
「…… …… …… …… …」
「……… …。… … … ……あなたがッ!…… … …… …あなたが、冷静さを失ってどうするんですかッ!…… …… … …私達三人の中で、此の研究所を変えるコトの出来る人が居るとしたら、其れは、竹田さん、あなただけなんですッ!!」
「…… … …… …」
「…… ……… …だから、どうかッ。…… …どうか、あなただけは、考えるコトを止めないで下さいッ。… … ………落ち着いて、此れからどうして行くかを、一緒に考えましょう。
「…… … ……… ……序開… … ……… …」
俺は、序開の必死の説得で眼が覚めた。叩きつけた長机の上の腕が、だらりと力無く垂れる。
本当を云えば、俺が吐き出した全ての言葉は詭弁だった。俺は、知らなかったとは云え、人体実験を繰り返し行っていた研究所の一所員として、何も知らず
序開の言葉は、俺の醜く愚かな心の底を露わにした。俺は、そんな俺に失望していた。俺は決して序開の云うような、研究所を変えるような力のある人間では無い。…… …… …だけれど、少し、眼が覚めた。思い上がった自身の頭にしこたま冷水を浴びせられたかのようだった。
俺は、兎も角、此処から始める必要がある。大した事の無い、あまりにも意思の弱い、一個人の、竹田三四郎として。
「…… … …竹田さん。」
「…… …すまん、序開。… ……すまん。………もう大丈夫だ。… …だから、泣かないでくれ。」
眼鏡の下で頬を伝う涙と真っ赤にした眼を擦りながら、序開が口を尖らせた。
「… ……泣いてはいません。」
序開が呆れるように笑う。其れから俺達は、妙に気まずい雰囲気を振り払うかのように、
岸克江 19××年×月×日処置後、精神薄弱するも、自我を保つ。
目覚ましい覚醒兆候あり。
精神面で若干の不安が残るものの、任務遂行には支障無し
そして、此の
「… …… …… …此れは…… … ……軍の… ……報告書か」
岸克江 19××年×月×日入隊 同隊にて軍事演習の際、突如として発狂
現地にて数人に取り押さえられるも、念動力を発揮
軍人計4名を死亡せしめる。
同隊員を脅威認定し、兵器の使用を許可
機関銃の一斉射撃により射殺。対象は即死
在籍履歴抹消
「…… … …在籍履歴抹消… ……」
岸克江の存在は軍内部で全て消去されていた。又、研究所は、既に彼女の所属は軍へと移管されているとして、無視を決め込んだ。此れが、コトの真相だ。旦那である岸は、組織と組織の狭間で巨大な
「…… … …… …… …」
「… ……… …」
「… ……岸の云ったコトは、正しかった。」
「……… ……はい。」
「…… …… ……」
其の時俺は、唐突に阿川のコトを思い出す。
「…… … …そうだ。」
「…… …?……どうしたんですか?」
「… …阿川に、連絡を取ってみる」
「…… ……今からですか?… …もう、二十時を回っていますが… ……」
「…… … …構わない。俺達が、今日見たコトを報告する。…… …其れで、奴がまた、何か教えて呉れるかも知れない。」
俺と序開はやっと、此の研究所の真実に近づいた。漸く、阿川や片倉の居る所迄、上って来たのだ。其処から先の景色が、或いは存在する可能性を信じて早急に話がしたい。
「…… … …… …そうですか。分かりました。」
「… ……序開、お前はもう… …」
「……何度云われても、同じコトですよ。」
「… …… …ったく」
序開の断固とした決意を忘れ、つい同じコトを云ってしまう俺は自身に対して苦笑した。どんなに深刻な状況に直面しても努めて軽口を忘れない序開の気づかいに、俺は何度も救われている。
此の部屋は窓一つ無いが、恐らく此の部屋を出れば辺りは暗闇に包まれている。所内に残った所員も疎らなハズだ。俺と序開二人で行動して居ても、一目につく可能性は少ないだろう。俺と序開は散らばった
「…… …… …。良し、何も私物を落したりはしていないな。… …それじゃあ、阿川に電話にする為に、所内に戻ろう。」
「…… … …はい。… …… ……!… … ……」
俺は先に扉の方に立っていた序開に向かって、話掛けた。序開が俺の方に笑みを浮かべつつ、其の言葉に返答をする。が、其の序開の顔、彼女の両目が突然大きく見開かれ、声も上げず、まるで時が止まったかのように俺を見つめている。
「…… …… …序開?… …… ……」
其の時、俺は気が付いた。違う。序開が見ているのは俺では無い。其の視線は、
俺の後方に向けられている。
「…… ……!!… …… …… …」
全身を鳥肌が駆け巡る。直ぐ後ろで、かさりと小さな音が聞こえた。俺は瞬間的に振り返った。
其処には、一人の男の姿があった。
眼鏡を掛け、頭髪を綺麗に七三に分けた、背広に身を包んだ何の変哲も無い男が、其処に立っていた。其の何の変哲も無い男が、密室の中に突如現れたと云う異様さ。扉が開いて此の部屋へ入ってきたとは到底考えられなかった。扉が開けば間違い無く俺達二人が気が付くような狭い部屋だからだ。
「………ッ!!…… ……」
余りのコトに、振り向いた俺も声を上げるコトが出来ない。今眼の前に居る男が、通常の人間であるハズが無かった。詰まり、
超能力者
だ。何故、此の男は此処に居るのか。そして、俺達の眼の前に現れた理由は何か。そう思い当たったトキ、不図危険な想像が浮かぶ。『抹消』
俺と序開は、まるで天敵に遭遇した小動物のように、無言で男の一挙手一投足を見守るコトしか出来なかった。指先一つでも動かせば、恐らく無事では済まない。心臓が早鐘を打ち、頭が混乱する中で、其れだけが非常事態宣言が如く、俺たちの頭を支配していた。
だが、そんな俺達の様子等まるで眼中に無いかのように、其の眼鏡を掛けた背広男は箱に入った