第25話 クライン76へようこそ#1
文字数 4,257文字
今日介が開いた扉の隣に立って、俺たちに紹介するように店内へ手を伸ばした。
「すごい広いじゃん」
俺の後ろから顔を突き出してマキコが興味深く店内を見回す。
確かに広い。ざっと30坪はあるのだろうか。打ちっぱなしの壁で、天井は配管がむき出しに走っていて、スポットライトやミラーボールが無造作に設置されている。か細く狭い階段を下りてからの落差もあって、地下にこんな広い空間があった事に、皆単純に心を奪われてしまっていた。
「へへ。マァ、居心地は結構イイんだぜ」
そう云いながら、今日介は右斜め前にあるバーカウンターに向かい、勢いよく椅子に腰掛けた。
クライン76の店内は階段を下りて右斜め前にはバーカウンターのスペースがあり、壁沿いには幾つかの合皮ソファや椅子が置いてある。そして左の方に向かって奥行が続いており、所々に背の高いテーブルが設置されていた。中央にDJブースがあるので、メインフロアとして此処で客が躍りながら交流するのだろう。
「うわー、ひろーい」
階段を下りた途端、突如としてヨウコも声を上げ、マキコと目を合わせると奥に走っていきソファへ雪崩れ込んだ。気が狂ったように飛び跳ねて楽しんでいる。
「お、おい!お前等、敵が居るかもしんねーんだぞッ」
慌てて声を上げるが、カウンターに寝そべった今日介が返事をする。
「
云われるがままに扉の中を覗くと、確かに御大層な金庫が狭苦しそうな扉の向こうに見えた。
「部屋は、あそこ以外にもあるのか?」
「ああ。今、絶姉妹がソファに座ってるところの奥。店の最奥になるが、あそこにも扉があるだろう?あの向こうはVIPルームさ。主に太客をあそこに呼んで商談してる。其れから、部屋の中央、DJブースの後ろにも扉があるだろ?あそこは事務室になってて、此処のボスの藤巻ヨハンが常駐してた」
「… …事務室か。漁ったら何か出てくるかな。」
「探してみる価値はあるだろうね。只、藤巻はごつい図体の割に几帳面な性格でね。大事な物全部持って逃げてたらアウトだけど」
「マキコー、ヨウコー。」
ソファで暴れ回っていた絶姉妹が一斉に此方を向く。
「其処の奥に部屋があるだろ?そこVIPルームなんだってさ。一応、安全かどうか確認しといてくれ」
「VIPルーム!」
絶姉妹はVIPと云う言葉に云い知れぬ興奮を覚えたようで、二人で扉を開け食らいつくように部屋へ入っていった。其れからしばらくの後、部屋から出てきて、此方に向かって両手で大きな丸を作った。
「サンキュー。良し。それじゃあ、俺は事務室でも漁ってみるかな。今日介とトミーさん等は休憩しててくれ。」
トミーと小林君がカウンターの椅子に腰掛けて一息ついた。其れを見て思い立ったように今日介が起き上がる。
「良し、じゃあ、俺は皆の為にカクテルでも作っててやるぜ。この通り、連中、材料はそのまま置いてってるしな」
バーカウンターに移動してテキパキと動き始める今日介に向かって聞いた。
「お前、カクテルなんか作れるの?」
「いーんや。見よう見真似さ」
今日介が満面の笑みを俺に向ける。俺は聞いて損した気分になりながら、事務室の扉に近づきドアノブに手を掛けた。
キイという控えめな音を響かせながら、奥へと扉が開く。扉は鉄製だが中と外を区切る以外に目的が無いかのような、比較的薄いものだった。
「… ………」
部屋は2坪ほどの簡素な部屋だった。右隅の角にテーブルがあり、備え付けられている棚の上には三つのモニターが設置してあった。今は電源が入っていないが、恐らく1階の見張りの居る入口、バーフロア、其れからVIPルームの監視モニターだろう。藤巻ヨハンとか云う奴は此の部屋で全体を把握していたのだろうか。
全ての壁には隙間なく俺の背丈より高い棚が備え付けてある。だが、今は其の棚には何も見当たらない。狐面の男に繋がる物的な何かでも見つかればと思ったが、やはり今日介の云う通り此処のボスはかなり几帳面な性格らしい。
辺りをゆっくりと注意深く観察していくと、棚と棚の間に一か所、ロッカーが嵌っているところがあった。更衣室ロッカーのようだ。藤巻専用のものか。俺は勢いよくロッカーを開けてみる。が、其処も漏れなく空っぽだった。
「… …とは云え…」
俺はロッカーの側面を持って、おもむろに手前に引いてみた。ロッカーの底が床に擦れて神経に響く音をさせる。
ずらした裏側を見ると、堪った埃の中に埋もれて、何やら小さな紙きれが落ちていた。拾い上げて見てみると、何の事はない只のレシートだった。購入項目を確認すると、買った物は煙草とポカリだった。
「ちぇっ」
しょうもない買い物しやがって、なんて心で八つ当たりしながら、何とはなしに裏側を向ける。
其処には誰かの走り書きのメモがあった。
『コーヤへ連絡』
見つけた。文字全体にバッテンで上書きされてるので、要件の済んだ紙切れなのだろう。何か重要な意味があるのだろうか。だが、クライン76が狐面の男ヴァレリィと繋がっている以上、何かしら関連がある可能性は否定できない。俺はすぐに部屋を出て今日介に此のレシートのメモ書きを見せた。
「おい、今日介。見てくれ」
今日介が優雅にシェイカーを振って気分良くなっていた所で、すぐさま現実に引き戻す。
「何か見つかった?」
「あぁ。此れだ。此のレシートのメモ書き」
俺はバーカウンターに小気味良く音を立ててレシートを置いた。其のメモ書きを興味深げに眺めつつ、今日介はシェイカーの中身をグラスに注いでいく。みるみる内に透明なグラスが真っ青な液体で満たされていった。
「…… ……コーヤへ… ……連絡… ……」
今日介は眉間に皺を寄せながら、メモ書きの意味に思いを馳せる。
「此のコーヤってのに、何か心当たりは?」
「… ………。… …………。…… …いや、……知らねぇな。」
そう云いながら、今日介は頭をメモから離す。其れからカクテルの入ったグラスをトミーさんの眼の前に持って行き、どうぞとジェスチャーで云った。トミーさんは
「藤巻の仲間にそんな名前の奴居ねぇのか?」
「あぁ。クライン76の連中や、其処から
「そうか…」
せっかく見つけた手掛かりだが、今は使い物にならないようだ。俺は財布の中にレシートを突っ込んだ。それから、後からVIPルームにも足を入れて見る事にする。其方でも何か見つかるかもしれない。
俺はカウンターの椅子に座り、今日介を見ながらカクテルに口をつけた。すっきりと爽やかな甘さが口の中に広がる。意外と美味い。何かと小手先が器用なのだなと感心した。
今日介はメモ書きから眼を離した後も、いそいそとカウンターの中で働いていた。やがて小林君の眼の前にもカクテルが置かれる。
「小林君用に、ノンアルコール。」
「え、でも。僕、まだ未成年なので… …」
「うまいぜ。飲んでみなって」
小林君は躊躇しては居るものの、カクテルの美しい青色に眼を奪われてまじまじとグラスを眺めている。
「ブルーキュラソー濃いめでね。名前は、そうだな… …蒼い稲妻だな」
ぶっ、と、俺は口に含んだカクテルを吐き出してしまった。
「てめぇ、キモイんだよ!」
「キモイってなんだよ!」
「きめぇモンは、きめぇんだよ。カクテルぐらい、普通のモン作りやがれ!」
俺はなんだか気分が悪くなり飲むのを止め、カウンターとは反対側を向いた。
俺があからさまに嫌悪感を表明したので、今日介はカウンターの中で小さくなっている。
「わ、悪かったよ、兄貴。確かに、ちょっと悪癖が過ぎたかもしれねぇ… …。」
今日介が、しつこく詫びの言葉を吐いているところで、
「… …おいしい!」
中学生が眉毛を上げて嬉しそうな声を上げる。其の言葉に救われるように、今日介も声を返した。
「だろ?!」
俺も小林君の嬉しそうな顔を見て、少しく気分を改める気になった。まぁ、美味いカクテルの味には罪はないだろう。俺ももう一度、青い液体を飲み始める。
「お前さぁ」
「な、何?」
「そういや、なんで俺の
俺は素朴な疑問を今日介に投げかけた。
「マァ、そりゃ。
「なるほどね。… …え、じゃあ、一週間の能力者の事、なんか知ってるのか?正直、俺は他の能力者の事、全く知らないんだぜ。俺が知ってるのは、
俺はぐいとカクテルを飲み干して云った。今日介は俺の言葉を聞いた後、両手をつっぱるようにカウンターに置き、かしこまったように落ち着いて話を始めた。
「… …俺も知ってるって云っても、あくまでも伝聞、ウワサレベルでしか知らねェんだ。なので、話半分で聞いてくれ。信用ならない情報って云う前提だ」
「あぁ、分かってる」
「… …俺が把握している一週間の能力者は二人。一人は、風。
「
一週間の能力者。今まで其の事について殆ど考えもしなかったのは、穏やかにひっそりと暮らすと云う