第53話 それぞれの断章#10

文字数 7,932文字

 阿川(アガワ)と屋上で話をした日、俺は研究室に戻り、頭に鈍痛を感じた儘仕事を続けた。阿川は気を使ってか俺に顔を見せるコト無く、正道高野(ショウドウコウヤ)へと帰ったようだった。そして、水川(ミズカワ)と云えば飲み屋での一件以来、仕事を休んでいる。体調不良と云うコトにしているようだが、精神的な要因の所為なのは間違いないだろう。俺の中にも何か焦る気持ちがあったが、何をするでも無く数日が無為に過ぎて行った。
 戦争に起因する水川の激しい憎悪。あのトキ、俺は一体何が出来たのだろうか。アイツの悲しみと憎しみに対して、もう少し歩み寄り、理解し、寄り添うコトは出来なかったのか。飲み屋での揉め事(イザコザ)以来、そんなコトばかりが俺の頭を(よぎ)っている。だがそう思う一方で、水川を超能力(チカラ)に引き合わせるコトだけは、絶対にやっては不可(いけ)無いと思って居た。今のアイツにとって、超能力(チカラ)は絶対的な復讐装置だ。水川を不坐(フザ)のような殺戮者にさせるワケにはいかない。アイツが道を誤るコトだけは絶対に阻止すると、其れだけを俺は心に誓っていた。
「…… … …水川さん、お身体の方は、特に問題なさそうでした。只… …」
 中庭の壁に(もた)れながら、茶の入ったグラスを持った序開(ジョビラ)がぽつりと云った。序開は昨日の終業後、水川の様子を見に行ったのだ。
「… …只?」
「…… …其の、… …酷く塞ぎ込んで居て。(わたくし)の問いかけにも、殆ど答えようとはせず、終始俯いていました。」
「… ……そうか。」
「…… …竹田さん。水川さんは一体、どうなさったんでしょうか。アノ、米国(アメリカ)人との喧嘩。…… …あの人をあそこまでさせる出来事が、あったのでしょうか?…… …あなたは、何か知っているんですか?」
 序開はそう云いながら、俺の顔を真っすぐに見た。序開は心の底から水川を心配しているようだった。
恐らく水川は自身の過去と心の奥底に眠る憎悪を、序開に話すコトが出来なかったのだろう。黒い自身の側面を、序開にだけは見せたくなかったのだ。
「…… … …。」
「…… …竹田さん、お願いします、何か知っているのであれば、教えてください!」
 だが、此の儘では不可(いけ)ないとも思う。水川の心に一番近くに居る序開であれば、アイツの心にもっと寄り添えるハズだ。
「…… … …分かった。」
 其れから俺は、序開に水川の過去を話した。水川の育った集落での生い立ち。そして、その水川の故郷が、先の戦争の際米国(アメリカ)人の襲撃に会ったコト。そして、自分だけが生き延びてしまった事実に、深い後悔の念を抱いているコト。序開は俺の話を、両手で持ったグラスを握りしめながら聞いていた。
「……… …で、でもッ、今回の戦争では、本土決戦はなかったハズでは… …?」
「…… …… …公になって居る話ではそうだが、実際には日本全国の其処彼処で、上陸の形跡が有ったんだ。…… ……所謂、斥候(セッコウ)と云う奴だろう。そして、そう云った任務を担う連中と云うのは、他国の特殊部隊と云われるような連中だ。…… …秘匿された任務。詰まり、事態が公にならないコトを約束された連中が、其れを理由に暴走するコトは十分にあり得る」
「…… …そんな… …… …」
「…… … …水川は多分、そんな暗い話を、お前にはしたくなかったのかも知れない。」
「…… … …… …」
 そして俺は、あの決意に満ちた水川の表情を思い浮かべる。
「…… … ……水川は、話の最後にこう云ったんだ。『三四郎、俺は超能力(チカラ)が欲しい』と」
「…… …!」
 序開は眼を見開き、息を呑んだ。
「…… ……だが、アイツにだけは、そんなコトさせちゃ不可(いけ)ない。憎しみの為に、超能力(チカラ)を欲するだなんて。…… …絶対に。」
「…… … ……」
「… …… …だから、俺はお前に話したんだ。アイツの一番近くに居るお前に。…… …今、水川の心に寄り添えるのは、序開、お前しか居ない。」
「…… …。…… …ええ。」
 序開がゆっくりと頷く。此の俺たちの心配が、マッタクの杞憂であれば其れで良い。阿川(アガワ)は『超能力(チカラ)の移植』の可能性を示唆したが、其れはあくまでも可能性であり、実際に出来るかどうかは別問題だ。俺たちは只、水川(アイツ)が道を誤りそうになるのを全力で阻止する。其れだけに注力すれば良い。
 序開は今後も水川とは極力連絡を取り、時間があれば自宅にも足を運ぶと云う。然し、彼女にも子供が居るので、生活に支障の無い範囲で分担して対応しようと云うコトにした。其れから俺たちは、研究についての取り留めの無い話をしていたが、不意に研究所内が騒がしいコトに気が付いた。
「…… …ウン?…… …なんだろう。」
「…… ……緊急招集でしょうか?」
「…… …(イヤ)、走り回っている所員の顔に焦りが見られる。何か問題が起こったのかも知れん。」
 俺は中庭に面した壁面の窓を開け、忙しなく走り去ろうとする所員の肩を掴んで声を掛けた。
「…… …おい、一体どうしたんだ?」
 俺の静止で身体を仰け反らせた所員が、顔を此方に向けて答える。時間が惜しいのか、今にも走り去りそうな雰囲気だ。
「部外者が研究所に侵入したんだよッ!」
「…… …なんだって?」
「… ……ったく。最近入った新人の門番の所為だッ!アノ野郎、(チッ)とも仕事をしやがらねェ。何時かヘマを遣らかすとは思ってたンだッ」
「… ……其れで、其の部外者とは、一体何者なんだ?危険なヤツのか?」
 所員は少しく苛立っているのか、俺の問いに訝し気に答えた。
「… ……危険?… …ンなモン、あるワケねーだろ。只の中年の男だよ。今、研究所の中を縦横無尽に走り回って、何かを叫んで居る。そもそも此の施設の存在自体、一般の人間には大ぴらにされてない施設なんだから、何かと詮索されると後々面倒なんだよ。だからこうやって急いでんだ、分かるだろ?分かったら、さっさと其の肩に乗せた手を離してくれると助かるんだが」
「… ……あ、ああ」
 所員が皮肉たっぷりにそう云った所で、俺は反射的に手を離す。すると所員はそれっきり何も云うコト無く、其の場を走り去って行った。
「… …… ……」
「…… …物騒ですね。」
「…… …… …俺、一寸(ちょっと)様子を見てくる」
「…… …え?」
 そう云い放った俺は、序開が口を開くのも待たず中庭を離れた。廊下へと戻り、所員の向かった方へと足を向ける。
正直、自身でも何故そんな行動をとったのかは分からない。所員に協力して男を捕まえようと思ったワケではない。かと云って、野次馬根性とも違う。此の感情を改めて言葉にしてみれば、其れは俺たちの頭上に浮かび上がる、此の奇妙な不安と関係があると直観したからかも知れない。
 俺は何か大事なモノを探すかのように、必死で廊下を走り回った。まだ所内には、此のはた迷惑な部外者を追い払う為に奔走する所員の姿があった。俺は所員に出会う度に、現在の状況を聞いた。現在は第一研修室に立てこもって居る、現在は廊下を走って逃げて居る等、情報を聞く度に俺は其の場所に直行した。が、中々遭遇するコトが出来ない。其の内息も上がってきて、段々と馬鹿らしくなってきた矢先、男が捉えられたコトが分かった。どうやら、研究所の裏手で捕まえられたらしい。今は数名の所員に連行されながら、玄関から締め出されているのだそうだ。俺は火照った身体から白衣を脱ぎ、正面玄関へと急いだ。
 果たして、玄関を出て少し向こう、広大な広場を二人の所員に両脇から押さえつけられながら、引きずられるようにして遠ざかる男の姿があった。其の後ろからも別の所員が二名、そして門番と思われる一名が続いて居る。俺は深呼吸をして息を整えながら、額に浮かぶ汗を右手で拭った。手の平がべっとりと汗で濡れる。其れからもう一度深呼吸をして、早足で男たちの一向を追いかけた。
「… …ッ!…… …離せッ!!」
 まだ観念して居ないのか、男は必死に抵抗しながら大声を上げる。だが、其の度に所員たち全員で押さえつけられ、潰された犬のように身動きが取れなくなって居た。あれでは最早どうするコトも出来ないだろう。そうやって時折立ち止まる男たちと、早歩きで近づく俺の距離は徐々に縮まっていった。其れにより、不明瞭だった男の声が少しずつ聞こえてくる。
「…… …お前等ッツ!!嘘つくんじゃねェッ!!… ……カツエ!!!」
「黙れッツ!!此れ以上、暴れるなッ!」
「カツエッ!!何処だァアアア!此処に居るんだろう!… ……お前等ッ!…… …カツエに一体何をしたんだッッ!!」
 辺りに轟く男の声。
「…… …!?」
 其の男の鬼気迫る言葉を聞いて、俺の足が不意に止まってしまう。どうやら、此の男は誰かを探しているようだった。
「こっのッ!もう其の女は、此処には居ないと、何度云えば分かるんだッツ!!」
「… ……(うるせ)ェッツ!!もう、そんな嘘は聞き飽きたんだよォオ!!!お前等が皆、口裏(クチウラ)を合わせてるってコトくらい分かってるンだ!!!おい、此れは立派な犯罪だぞオッツ!分かってンのか、お前等ッ」
 男の言葉を聞いて、所員の幾人かが同時に苦虫を嚙み潰すかのような表情を見せた。
「…… …チッ。此のおっさん、話になンねェ。警察に突き出してやろうか」
(イヤ)、あくまで穏便に行くべきだッ。とりあえず、今日の所はなんとかお引き取り願うんだ」
 揉み合う男たちの後ろで、残りの所員たちと門番が相談する声が聞こえる。話を総合すれば、男の探し人は研究所(ココ)に居る(と思っている)らしい。俺は男たちに追いつき、後ろからゆっくりと近づいていった。俺の存在に気付いた所員たちは、然し俺のコトを只の加勢だと思ったのか、特に何を云うワケでもなく一瞥しただけで、また男の方を向いて対応に集中し始めた。
 やがて正門まで引きずられた男は、両脇の所員たちに力任せに投げ捨てられると、全身を地面に打ち付け倒れ込んだ。
「…… …うっ、ううぅ… …」
「…… …あんた、今日の所は大事(オオゴト)にはしないけどよ。此れ以上、無茶するんなら、次は警察に突き出すからな。」
「… …… …クソッ… … …」
「… … ……ったく。一体、何なんだ。此奴は。迷惑なおっさんだぜ。」
 所員たちは男に様々な言葉を浴びせると、其々が伸びをしたり肩を回したりしながら、踵を返し戻って行った。正門の外に打ち捨てられたように倒れ込んだ男は、その場所から立ち上がるコト無く、暫く呆然と地面を見つめているのだった。俺は脇を通り過ぎていく所員たちの、其の俺を見る怪訝な表情を其の儘に、凝っと男を眺めていた。其の俺の隣を、一つの影が通り過ぎる。
「… ……!」
 序開だった。
 序開は男の隣にしゃがみ込みながら、男の服についた砂埃を手巾(ハンカチ)で払っている。
「…… …大丈夫ですか?」
「…… … ……」
 男は終始無言だったが、其の表情は幾らか落ち着きを取り戻しているかのように見えた。
「…… …序開… ……」
 俺の言葉を聞いた後、序開は此方を見上げ一つ頷いた。其の儘、更に男に向かって声を掛ける。
「…… …お見受けした所、何か大変お困りのようですが… ……。力になれるかは分かりませんが、(わたくし)たちでよければ、お話をお聞きしましょうか?」
「… …… …… …」
「… …… …突然、研究所に押し入ってくるなんて、少し乱暴過ぎやしないか」
序開に続いて俺も言葉を挟んだ。研究所に不法に侵入してでも探している人物とは、一体誰なのだろう。
「…… … ……。 …… …… ……大人しく待って居ても、アンタ等は無視を決め込むだけじゃないかッ」
 男は依然として地面の上に座り込み、立膝をしながら答えた。
「… ……どう云うコトだ?一体、アンタは誰を探しているんだ。」
「…… …… ……。 …… …一か月ほど前から、女房の行方が、分からなくなった。」
「奥様が?」
「… …… …ああ。」
 序開の方を向いて、男は深く頷いた。
「其れが、此の研究所と一体どういう関係があるんだ?」
 俺は腕を組み、男に更に問いかける。
「…… ……女房は、…… …女房は、此処の研修生(プラクティカント)だったんだ。」
「… ……なんだって?」
「…… ……一か月程前から、女房に電話をしても、繋がらなくなった。… ……女房は研修生(プラクティカント)として国に認められて以来、東京(こっち)に移り住んだ。俺たちは東北出身だから、女房が上京した後は暫く離れて暮らして居たんだ。…… …だが、或る日を境に突然、女房と連絡が取れなくなった。俺は心配で、直ぐに女房の下宿先にも行ってみたんだ。だが、暫く家にも帰ってきた形跡がない。」
「…… ……何か、失踪する原因に心当たりは無いのか?」
 其の俺の言葉を聞いて、また男の表情が一変する。
「そんなモン、あるワケが無いッツ!!… ……一か月前の最後の電話でも、女房はあんなに嬉しそうな声をしていたのにッツ」
「…… …嬉しそうな、声?」
序開が不思議そうに云う。
「……ああ。女房は、嬉しそうに云ったんだ。『もうすぐ、御国の役に立てるかも知れない』と。」
「…… …!」
 俺は男の言葉を聞いて、序開と顔を見合わせた。此の研究所で『国の役に立てる』とは、研究所で超能力(チカラ)の水準を認められ、軍に入隊するコトを意味する。其れはすなわち超能力戦士(サイコソルジャー)としての才能を認められたと云うコトだ。そして、研究所設立以来、正式に超能力戦士(サイコソルジャー)と認定された研修生(プラクティカント)は数える程しか居ない。
「… …… … ……あんた… ……名は?」
 俺は恐る恐る男の名を聞く。男は恨めしそうな顔で俺を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。
「… ……岸。岸和弘(キシカズヒロ)だ。… ……女房の名は、岸克江(キシカツエ)
「…… …!!」
「…… … ……た、竹田さんッ」
「…… …… …ああ。」
 岸。其の名は、俺たちにとって聞き覚えのある名だった。俺と水川、序開三人の勤務初日、念動力(サイコキネシス)を眼の前で披露してくれた女性。束髪で深緑の着物を着ていた人だ。穏やかに微笑み対応してくれたコトを覚えている。そして、あの出征式。彼女は所員の前で高らかに自身の抱負を語っていた。
「… … …… …アンタが、岸さんの旦那なのか。」
 口をついて出た其の言葉に、岸は眼の色を変えて食い掛かってきた。
「…… …!… …あ、アンタッ!!俺の女房のコトを知っているのか!?… …なぁ!頼むッツ!!何か知って居たら、教えて呉れッツ」
 岸は突然立ち上がり、俺の両肩を(すが)るように掴みながら何度も懇願する。
「… ……ま、待って呉れッ!俺たちだって、数日前の出征式で彼女を見掛けただけなんだッ。其れ迄は、彼女に全く接触して居ない。… ……(イヤ)、正確には、勤務初日、俺たちが初めて超能力(チカラ)を見せてもらったのが、岸さんだった。俺たちとの接点は其れだけだ。だから、彼女が今何処に居るのかなんて、俺たちには分からない。… ……だが、出征式を行ったと云うコトは、軍に入隊するコトを正式に認められたと云うコトだ。だから、普通に考えれば、彼女は今、軍に所属しているハズ… …」
 俺は迫りくる岸の顔に向かって、負けじと自身の知るコトを全て語った。其の隣では、序開が相槌を打ちながら、俺の証言が間違いのないコトを暗に肯定して呉れていた。だが、其れでも岸は納得がいかないようだった。
「…… … …其の軍に問い合わせても、『そんな女性の記録は無い』の一点張りだから、困っているんだよッ!!」
「そんな… …まさか… …」
 軍に所属して居ないだと?だが、俺たちは確かに彼女の出征式を最後迄見届けた。其れはあの日式に出席した人間のみならず、俺たちのように野次馬根性丸出しで式を見ていた所員と研修生(プラクティカント)の全員が証人だ。だとすれば、彼女は正式な手続きを踏んで退所したのであり、彼女の所属は速やかに軍へと移行しているハズだ。もし何かおかしな手違いが生じているのであれば、其れは軍側の問題ではないのか。
「お前たちが、組織ぐるみで、女房を監禁しているんだろうッツ!!」
「…… …バッ、馬鹿を云うなッ。何故、俺たちがそんなコトをしなければ不可(いけ)ないんだッツ」
 あらぬ疑いを掛けられ、俺の声も自然と大きくなる。が、其の度に序開が俺の背中に触れ、落ち着けと合図を送って呉れた。だが、やがて男は俺たちと話していても埒が明かないと感じ始めたのか、俺たちに嘲笑めいた言葉を吐き捨てる。
「…… …… …… …ハッ。… ……どうやら、お前たちはまだ新米のようだな。… …其の単純な受け答えで分かるよ。…… ……… …馬鹿なコトを云っているのは、お前たちの方だ。自身の勤め先なのに、まるで何にも知らないのか?お前たちは。」
「…… … …。…… ……どう云うコトだ。」
「… …… … ……お前等の研究所。… ……叩けば叩く程、山のように埃が出てくるぜ」
「…… … …なっ。… …… ……でっ、出任せを云うなッツ」
「出任せェ?… … …… … …俺はなぁ、死に物狂いで、やっとのコトで、此の研究所のコトを調べ上げたんだッ!… ……出任せだと思うのなら、自分で調べてみれば良いじゃないかッ!」
 皮肉めいた岸の顔が、今度は苦しそうに歪んでいる。
「…… …… …くっ… … …… …… …」
 俺は岸の云う言葉に反論するコトが出来なかった。何故なら、俺には思い当たるフシがあったからだ。詰まり、出征式のトキに見た、岸克江の表情。高らかに自身の抱負を語っているにも関わらず其の表情は疲れ切っており、言葉の抑揚に至っては、まるで機械仕掛けのような無機質な印象を受けた。勤務初日に見た彼女とはまるで別人のような姿を目の当たりにして、俺と序開は違和感を感じたのだ。
 そんな俺の心を見透かしたのか、岸は大きく溜息を突きながらズボンについた埃を払った。
「… …… …… …マァ、今日の所は俺も大人しく帰るよ。… ……また来る。… …次会うトキまでには、何か目新しい情報を呉れよな。…… ……。… … … …… ……俺は、カツエを見つける迄、…… …何度でも、此処に戻ってくるからな。」
 怨みにも似た岸の言葉が、俺の心をざくりと(えぐ)る。俺と序開は返す言葉も無い儘、只何かに打ちひしがれたかのように、呆然と立っているコトしか出来なかった。岸は背を向け、のそのそと身体を丸めて俺たちの元からゆっくりと遠ざかっていった。
 俺たちの眼から岸の姿が見えなくなった頃、俺は不図我に返って腕時計を見た。時刻は十六時を指している。
「…… … …… … ……序開。」
「… …… …はい」
 序開が俯いていた顔を上げて返事をした。
「…… … ……奴の云っていたコト、どう思う?」
「… …… …… …。…… …… … …… …確かに、彼が云うように(わたくし)たちはまだ、此の研究所について、無知であると思います。」
「…… …… … ……詰まり… ……まだ俺たちの知らない事実が、研究所(ココ)にはあると」
「あくまで、可能性の話ですが」
「…… … …調べてみる価値はある、ってコトか。」
「はい。」
「…… … …今日はまだ、時間はある。… ……俺は今から阿川に電話してみる。お前も無理をしない範囲で良い。何でも良いから、今日から少し岸の云ったコトを念頭に入れて、研究所内を探ってみて呉れ。」
「…… … ……分かりました。」
「……よし。其れと、良いか。決して… ……」
「… ……危険を冒すようなコトはするな、でしょ。」
 序開が俺の言葉を引き取るようにして、言葉を繋いだ。得意げな顔で此方を()っと見ている。俺は一瞬呆気に取られたものの、直ぐに笑いがこみ上げてきた。
「… …… …。… ……ふっ。そうだ。」
「… ……ふふふ。」
 其れから俺と序開は、研究所の方に向かって歩き始めた。阿川は今日、寺に居るだろうか。何かに急き立てられるかのように、焦る気持ちが俺たちの歩を前へ前へと進めていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み