第8話 外道狩り#8

文字数 3,146文字

 メガネザル野郎の持っていた唯一の物的情報である小瓶は、既に塵と化していたのだった。あの中に『デモン因子』が入っていたのは間違いないだろう。手に入れて伝手(つて)の多い山田(マウンテン・デン)に見せれば其処から何か分かったのかも知れないが、今となっては叶わぬ夢だった。
「さぁてと。どうすっかなぁ…。」
 折角の手がかりを掴み損ねて、俺は独り言ちながらゆっくりと立ち上がった。
 廃工場の塵や埃ですっかり薄汚れてしまった服を無造作に手で払う。其の時、マキコが呟くように声を上げた。
「車じゃん。アイツの車、調べたら良いんじゃない?」
「… …あ、そっかッ!」
 想定外に手こずった戦闘ですっかり失念していた。そういえば奴はギラつくブルーの高級車で廃工場(ここ)に来ていたのだ。
 外道狩りを始めるに当たって、俺は情報屋のトレイシー爺さんに助力を求めた。クセは強いが確かな筋の情報を持っており、俺はとても懇意にしている。女装趣味の此の老人に初めて出会った姉妹は、ピンクのロングドレスに身を包んだ個性的な見た目に大層驚き身体を硬直させた。二人が限界まで眼を見開き石像のように固まっていた姿は、今思い出しても笑えるのだった。
 俺は何時ものように仕事の依頼をすると、爺さんは三人の能力外道(サイコパス)と一人の堅気の情報をくれた。堅気の情報なんて意味があるのかと流石の俺も最初は懐疑的だった。だが爺さんは、此の堅気は最近派手な動きをしており、調べてみても損は無いのではと助言をくれた。それから俺は順番に外道共にコンタクトを取っていき(というよりも、結果的に狩っていくハメになったワケだが)、最後に対面したのが此のメガネザル野郎だったのだ。情報料は決して安くは無かったが、結果として更に爺さんへの信頼を深める事となった。
 そういうワケでバイクで先回りして屋内に潜んでいた俺たちは、奴が車を工場外壁に止めたのを既に確認していた。
「奴の車な!そうだそうだ!」
 マキコの一言で希望が湧いてきた俺は、直ぐ様工場の外へと飛び出した。

                 ***

「ねーえ。どうなのよう。なんか見つかった?」
 マキコが地面に散乱した窓ガラスの破片を蹴りながら云った。後部座席に突っ込んだ顔を外に出して姉妹の様子を伺うと、姉妹は手持無沙汰に待っているのだった。
 車の中を捜索して既に三十分経っていた。車一台に其れほど時間を掛ける必要があるのか?と云う問いに対して、俺は断固として云うだろう。全く必要無いと。では、其れにも関わらず何故俺は一向に捜索を止めないのかと云えば、一重に口惜しかったからである。
「…竹田さん。そろそろ、帰りませんか?彼女も救急病院に連れていった方が良いと思いますし。」
 絶ヨウコが依頼者の女の手を取り気遣いながら云った。ヨウコも既に此の捜索に何に意味も無い事を感じているようだ。そうなると俺も止めざるを得ない。そして其れはヴァレリィに繋がる物的情報が何も無かったという事の証左だった。流石は堅気のインテリ野郎だ。面倒事に繋がるような証拠は一切残していないのみならず、奴自身の個人情報さえ六に見つける事が出来なかった。
「… ……クッソ。ダメか。なんにも無い。トレイシーにもらった情報も此処までってとこだな。良い所まで行ったんだが…。」
「しょうがないじゃん。無いモンは、仕方無いよ。一旦帰ってまた作戦考えれば良いじゃん。私、ちょっと眠たくなっちゃった」
 そう云いながら、マキコは大きく欠伸(あくび)を漏らしながら伸びをした。
 携帯を取り出して時間を見ると夜の一時を過ぎていた。今まで必死で動き回っていたから気が付かなかったが、深夜だと自覚した途端、ぷつりと糸が切れたように重い疲労が身体中を包んだ。
「ああ、本当だな。なんだか俺もとっても疲れちまったよ。まぁよくよく考えればコトが上手く運び過ぎてたのかもな。此れからは()られない程度に地道にやってくしかない。」
 マキコのみならず、ヨウコの目元もくしゃくしゃと眠たそうに見えた。俺もマキコの欠伸が伝染して大口を開けた。
「くぁ」
「… ……あのー …」
 何処からともなく聞こえたか細い声で、俺たち三人はぴたりと動きを止めた。
 俺とマキコは声の方に顔を向け、ヨウコは自身に身体を預けている者へ視線を落とした。声の主は依頼人の女だった。負傷した両目は瞑ったまま、ヨウコの手を借り立っていた。
「うん?どうした?」
「あの、助けて頂いて、有難うございました。なんてお礼を云ったら良いか、私… …」
「礼には及ばないぜ。此れはアンタと俺たちとの契約なんだから。金さえ払ってくれたら問題無いよ。」
「其れは勿論です。後日、必ずお支払いします。」
「オーケー毎度あり。んじゃ、とりあえず此の車を拝借して、アンタを病院に連れていくか。」
 そう云いながら、俺は後部座席のドアを開けて、ヨウコと女が乗り込むのを待った。ヨウコが其れを見てゆっくりと歩きだす。が、女の方は何か思いつめたように俯いたまま、其の場に立ち尽くしているのだった。
「… ……あの… …」
 女は、要領を得ない言葉を続ける。
「…… …なんだよ。まだ何かあるのか?」
「…… ……… ……あの、その。…… … …男の件なんですけど… …」
「… …男?」
「……先刻(さっき)の、犯人。」
「…犯人?あぁ、メガネザル野郎の事か。其れが、どうかしたか?」
「皆さんは、あの男の事で何か調べてるんですか?」
「…… …うーん。… …まぁ、ちょいと人探しをね。ヤツが関係してるって所までは突き止めたんだが、残念ながらそれ以上収穫が無くてね。途方に暮れてるんだ。」
「… …… …」
「ちょっと、竹田。無関係な一般人に喋り過ぎじゃない?」
 俺が女にべらべらと喋る所を見て堪らずマキコが横やりを入れてきた。俺は其れに対して眉毛を上げて無言で答える。
「…… …此れ……、役に立つのかは分からないんですけど……。あいつ、私を拉致して廃工場(ここ)に連れてくる車内で、携帯で誰かと話してたんです。」
「… …!… ……」
 姉妹が女の言葉に反応して俺の顔を一斉に見た。
「…… …ヤツの携帯はもう、とっくに鉄屑になってる。」
 俺は姉妹に向かって物的証拠の消滅を表明した。其れを他所に女は続きを話す。
「携帯が鳴って出た時、男はとても熱心に話をしていました。」
「熱心に話?」
「ええ。ただ、内容はほとんど分かりませんでした。というのも、相手方がほぼ一方的に話をしていて、男は其れを聞いているばかりだったからです。ただ、時折、確認するように返答していました。」
「どういう内容か、思い出せるか?」
「あまり覚えてないのですが、其れでも断片的には。… …『僕で良いのでしょうか』、『明日の23時半』、『クライン76』… …」
「……。… …クライン76に23時半… …」
「クライン76?」
 マキコが俺の顔を覗き込み、質問する。
「… …あんまりガラの宜しくない連中が集まる飲み屋だよ。」
「ふーん。」
「… …て事は、今日の夜ってコトだよな。こりゃ、ゆっくりしてらんねーな。」
「ヴァレリィが居るのかしら?」
「其れは分からない。だが、ともあれ首の皮一枚繋がった。」
 思いがけない情報を得て大いに安堵した俺は、感謝の意を表し情報料を払う事に決めた。
 情報料を減額した分の依頼料を女に提示すると、女は其の金額を聞き一瞬真っ青な顔になったが、渋々了承したのだった。命には代えられないと判断したのだろう。
 其れから俺たちは車で依頼人を病院へ送り届け帰宅した。
 クライン76には(タチ)の悪い能力外道(サイコパス)が行き場も無く蔓延(はびこ)っている場所だ。そんなややこしい場所に態々(わざわざ)手ぶらで行くというワケにも行かない。日付は変わり今日は水曜日だ。望みは薄いが、一先ずトミーに協力を仰いでみる事にしよう。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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