第8話 外道狩り#8
文字数 3,146文字
「さぁてと。どうすっかなぁ…。」
折角の手がかりを掴み損ねて、俺は独り言ちながらゆっくりと立ち上がった。
廃工場の塵や埃ですっかり薄汚れてしまった服を無造作に手で払う。其の時、マキコが呟くように声を上げた。
「車じゃん。アイツの車、調べたら良いんじゃない?」
「… …あ、そっかッ!」
想定外に手こずった戦闘ですっかり失念していた。そういえば奴はギラつくブルーの高級車で
外道狩りを始めるに当たって、俺は情報屋のトレイシー爺さんに助力を求めた。クセは強いが確かな筋の情報を持っており、俺はとても懇意にしている。女装趣味の此の老人に初めて出会った姉妹は、ピンクのロングドレスに身を包んだ個性的な見た目に大層驚き身体を硬直させた。二人が限界まで眼を見開き石像のように固まっていた姿は、今思い出しても笑えるのだった。
俺は何時ものように仕事の依頼をすると、爺さんは三人の
そういうワケでバイクで先回りして屋内に潜んでいた俺たちは、奴が車を工場外壁に止めたのを既に確認していた。
「奴の車な!そうだそうだ!」
マキコの一言で希望が湧いてきた俺は、直ぐ様工場の外へと飛び出した。
***
「ねーえ。どうなのよう。なんか見つかった?」
マキコが地面に散乱した窓ガラスの破片を蹴りながら云った。後部座席に突っ込んだ顔を外に出して姉妹の様子を伺うと、姉妹は手持無沙汰に待っているのだった。
車の中を捜索して既に三十分経っていた。車一台に其れほど時間を掛ける必要があるのか?と云う問いに対して、俺は断固として云うだろう。全く必要無いと。では、其れにも関わらず何故俺は一向に捜索を止めないのかと云えば、一重に口惜しかったからである。
「…竹田さん。そろそろ、帰りませんか?彼女も救急病院に連れていった方が良いと思いますし。」
絶ヨウコが依頼者の女の手を取り気遣いながら云った。ヨウコも既に此の捜索に何に意味も無い事を感じているようだ。そうなると俺も止めざるを得ない。そして其れはヴァレリィに繋がる物的情報が何も無かったという事の証左だった。流石は堅気のインテリ野郎だ。面倒事に繋がるような証拠は一切残していないのみならず、奴自身の個人情報さえ六に見つける事が出来なかった。
「… ……クッソ。ダメか。なんにも無い。トレイシーにもらった情報も此処までってとこだな。良い所まで行ったんだが…。」
「しょうがないじゃん。無いモンは、仕方無いよ。一旦帰ってまた作戦考えれば良いじゃん。私、ちょっと眠たくなっちゃった」
そう云いながら、マキコは大きく
携帯を取り出して時間を見ると夜の一時を過ぎていた。今まで必死で動き回っていたから気が付かなかったが、深夜だと自覚した途端、ぷつりと糸が切れたように重い疲労が身体中を包んだ。
「ああ、本当だな。なんだか俺もとっても疲れちまったよ。まぁよくよく考えればコトが上手く運び過ぎてたのかもな。此れからは
マキコのみならず、ヨウコの目元もくしゃくしゃと眠たそうに見えた。俺もマキコの欠伸が伝染して大口を開けた。
「くぁ」
「… ……あのー …」
何処からともなく聞こえたか細い声で、俺たち三人はぴたりと動きを止めた。
俺とマキコは声の方に顔を向け、ヨウコは自身に身体を預けている者へ視線を落とした。声の主は依頼人の女だった。負傷した両目は瞑ったまま、ヨウコの手を借り立っていた。
「うん?どうした?」
「あの、助けて頂いて、有難うございました。なんてお礼を云ったら良いか、私… …」
「礼には及ばないぜ。此れはアンタと俺たちとの契約なんだから。金さえ払ってくれたら問題無いよ。」
「其れは勿論です。後日、必ずお支払いします。」
「オーケー毎度あり。んじゃ、とりあえず此の車を拝借して、アンタを病院に連れていくか。」
そう云いながら、俺は後部座席のドアを開けて、ヨウコと女が乗り込むのを待った。ヨウコが其れを見てゆっくりと歩きだす。が、女の方は何か思いつめたように俯いたまま、其の場に立ち尽くしているのだった。
「… ……あの… …」
女は、要領を得ない言葉を続ける。
「…… …なんだよ。まだ何かあるのか?」
「…… ……… ……あの、その。…… … …男の件なんですけど… …」
「… …男?」
「……
「…犯人?あぁ、メガネザル野郎の事か。其れが、どうかしたか?」
「皆さんは、あの男の事で何か調べてるんですか?」
「…… …うーん。… …まぁ、ちょいと人探しをね。ヤツが関係してるって所までは突き止めたんだが、残念ながらそれ以上収穫が無くてね。途方に暮れてるんだ。」
「… …… …」
「ちょっと、竹田。無関係な一般人に喋り過ぎじゃない?」
俺が女にべらべらと喋る所を見て堪らずマキコが横やりを入れてきた。俺は其れに対して眉毛を上げて無言で答える。
「…… …此れ……、役に立つのかは分からないんですけど……。あいつ、私を拉致して
「… …!… ……」
姉妹が女の言葉に反応して俺の顔を一斉に見た。
「…… …ヤツの携帯はもう、とっくに鉄屑になってる。」
俺は姉妹に向かって物的証拠の消滅を表明した。其れを他所に女は続きを話す。
「携帯が鳴って出た時、男はとても熱心に話をしていました。」
「熱心に話?」
「ええ。ただ、内容はほとんど分かりませんでした。というのも、相手方がほぼ一方的に話をしていて、男は其れを聞いているばかりだったからです。ただ、時折、確認するように返答していました。」
「どういう内容か、思い出せるか?」
「あまり覚えてないのですが、其れでも断片的には。… …『僕で良いのでしょうか』、『明日の23時半』、『クライン76』… …」
「……。… …クライン76に23時半… …」
「クライン76?」
マキコが俺の顔を覗き込み、質問する。
「… …あんまりガラの宜しくない連中が集まる飲み屋だよ。」
「ふーん。」
「… …て事は、今日の夜ってコトだよな。こりゃ、ゆっくりしてらんねーな。」
「ヴァレリィが居るのかしら?」
「其れは分からない。だが、ともあれ首の皮一枚繋がった。」
思いがけない情報を得て大いに安堵した俺は、感謝の意を表し情報料を払う事に決めた。
情報料を減額した分の依頼料を女に提示すると、女は其の金額を聞き一瞬真っ青な顔になったが、渋々了承したのだった。命には代えられないと判断したのだろう。
其れから俺たちは車で依頼人を病院へ送り届け帰宅した。
クライン76には