第24話 真崎の先導

文字数 3,846文字

 多分、他人では一生理解も及ばないような、何か物事の確信を得たような両目を爛々と俺に向け、今日介がふざけた事を抜かしている。そうだ。俺は何処かでこのような事態になるだろうと漠然と考えていたのだ。何時からかと云えば、其れは多分山田(マウンテン・デン)の家で絶姉妹と式神の盟約を結んだ日から。
 俺は基本的にはひっそりと生活をしたいのである。其れは人生においてのテーマだ。なんて云うと、恐らく堅気の人間からは「まず、そんな暗殺稼業(シゴト)からは即刻足を洗うべきであろう」なんて

正論が飛んでくるのだが、人間には性格であれ生活であれ、変えられないものと云うものがある。俺が裏社会で暗殺稼業(シゴト)を続けているのは、端的に云えば俺のグウタラな性分に合っているからだ。つまり、此の境遇は前提なのである。此の前提をもってして、俺は尚、ひっそりとした生活を送りたい。
 俺の持つ超能力(チカラ)が馬鹿デカいって事はわざわざ今日介に説明してもらわなくたって自分で知ってる。若い頃は青臭さにかまけてどうでも良い下衆野郎相手に無茶もやったし、どこまでの出力があるのかも、漠然とではあるが把握しているつもりだ。だが暫くそうやって生活する内に、俺はだんだんと面倒臭くなっちまった。何故かというと、俺が超能力(チカラ)を発揮する度に何処からとも無くウワサが立ち、怪しい儲け話を持ってくるウワベだけのクソ野郎や、無意味に俺に決闘を申し込んでくる馬鹿共が続出したからだ。そういう輩が昼夜を問わず押し寄せるものだから、夜もおちおち寝てられない。精神衛生上良く無いし、不健康は短命に通じる。
 そういう事もあって、俺は二十代半ばを過ぎてから隠遁するように生活する事を心掛け始めたのである。俺は極力、目立つコトをしないようにした。其の甲斐もあって、俺の超能力(チカラ)は自然と秘匿され、次第に喧嘩を吹っ掛ける連中も減っていった。まぁ其れでも暗殺稼業(シゴト)をする上で超能力(チカラ)を発揮しなければならない場合も多々あるのだが。
 そんな生活を送っていた俺が丁度三十歳になった頃、お守りが出来た。つい先日の事だ。マキコとヨウコの絶姉妹。きゃんきゃんと鳴き喚く十七才の式神がとり()いてからというもの、俺の生活はなんだかとても騒がしい。だが結局、そうなってしまった原因は芥次郎の俺への私怨、つまり身から出た錆だ。そして此の絶姉妹と盟約を結んだ瞬間から、俺はまた色々と面倒なコトに巻き込まれていくんだろうなという予感染みたものがあったのだ。
雷兄(ライニィ)ッ!」
 絶姉妹が心のざわざわ其の一であるならば、此の、忠犬のように眼を輝かせている今日介(コイツ)は心のざわざわ其の二だ。果たして俺の精神、此の先持ってくれるか。
「… …… …」
雷兄(ライニィ)?」
「… ……… ……。… … ………はぁーーーーーーーーー。」
 デーモンの頭突きでしこたまやられた両鼻にティッシュを突っ込みながら、俺は地獄の底のような溜息を吐いた。其の俺の肩をぽんぽんと叩きながら、マキコが満面の笑みを俺に向けてくる。
「ブフフフ。ネェ、雷兄(ライニィ)。あんたの舎弟が元気に挨拶してるヨッ!… …ブフッツ。マァ、…ね。竹田クン!彼はキミのたった一人の弟分なんだから、しっ… …… …かりと、面倒を見てあげ(たま)えねッ。頼んだヨッ。あーっはっはっは」
 現実(リアル)であーっはっはっはなんて笑うヤツ初めて見たぞ、なんて。そんなどうでも良い事に突っ込んでしまう程、俺は疲弊している。其れはそうだ。今しがたデーモンと戦ったばかりだし。此の疲労はきっと其の戦闘の所為だ、うんうん。
 … ……いかん。今日の目的をすっかり忘れるところだった。隣でスケバン女が焚きつけてくるから、尚更事態が面倒になってくる。
「あー。… ……えーっと、とりあえずは今日介。よく分かんねーけど、お前のやりたいようにすれば良いさ。ただし、しつこくて面倒だと思ったら、其の時は俺も遠慮なく云わせてもらうからよ」
「おー。竹田の割に寛大」
 マキコが冷やかしを入れてくる。
「るせえよ。 此方人等(コチトラ)既に幽霊の女子高生(ガキ)を二人も連れてンだ。今更(ヤカマ)しいのがもう一人増えても変わらねーんだよ」
「なによ」
「心外ですね」
 マキコが俺の言葉を聞いて小さく舌を出した。其の後ろでヨウコも逆八の字に眉毛を作る。
「あ、兄貴ィ… …」
「おっと、今日介。感傷は後にしてくれ。俺たちはまだ、此れから目的の場所へ行かなくちゃならねぇ。つまり、お前の雇い主のところによ」
「あ、ああ」
 そう。今日、俺はまだ目的の場所にさえ辿り着けていないのだ。窓の外に眼を向けてみれば、既に陽は落ちつつあり、店内は暗闇に包まれようとしていた。
「クライン76に連れて行ってくれるんだよな?」
「あぁ。ただ、奴等はもう引き払ってるだろう。元々、違法薬物ばっか扱っててケーサツに眼を付けられた場所だ。マァ、あそこは巷でも悪名高くて有名だったと思うケド」
「あぁ、そうだな」
「ああいう所は、世間で名が売れてるコト自体は悪い事じゃないんだ。名前が売れる事で自然とヤクの買い手が寄ってくる。宣伝になるからだ。そして、国家権力だって悪名が高いってだけではわざわざ体力使ってまで手ェ出してこない。だけれど、一度騒ぎが起こった時は、其れに便乗してあらゆる所からガサ入れがくる。クライン76のような連中は、そういう情報に対しては野生動物のように敏感なんだ。だから今回の兄貴等のカチコミだって、何処からか情報を仕入れて、俺のような捨て駒を使って時間稼ぎをする。その間に荷物まとめて、さっさとドロンってワケさ」
「なるほど。マァ、不意打ちで喫茶店(ココ)を襲撃されてから、そんな事だろうとは思ったよ。実際、お前のデーモン操る超能力(チカラ)もかなりウザかったからな。」
「す、すまねェ、兄貴」
「褒めてンだよ。お前が案内してくれるってんで、助かるぜ。俺もクライン76の場所は知ってるが、入った事は一度も無ェんだ。明るい奴が一緒に居てくれるのは心強い」
 其処まで云ったところで、腕を組みながらマキコも追随して云う。
「そうね。敵の住処だし、不明瞭な場所ってのはなるべく無くしたいわね。真崎、アンタを水先案内人に任命してあげるわ」
「ちぇ。お前に云われるのはなんだか癪に障るケドな…。マァ、任してくれ。中の構造については大体把握してる」

                   ***

 陽が落ちて暗くなると共に、此の裏通りは極端に人通りが少なくなる。未だ窓に明かりが灯っている所は、洩れなく裏社会(コッチ)の会社だ。俺たちの横を通り過ぎる連中も、何処か病的で不穏な空気を身に纏っている。
 純喫茶を出て1ブロック程歩けば、直ぐに脇道に逸れる薄暗い路地が見えてきた。
 路地を入り更に少し進むと、薄暗いビルの谷間の中、片方のビルの外壁にぼんやりと明かりのついたドアが見えてきた。
「うわぁ。なんか、マジ如何わしいんだケド」
 俺の頭の上で、マキコが怯えるように云った。
「本来なら、あの扉の前にはいつも見張りが居るんだ。狭ェのに、小っちゃい机とパイプ椅子が置いてあるだろう?あそこで客をチェックしてから中に()れる。門番は二人くらい必ず居るんだが、やっぱり思った通り、もう誰も居ねぇや」
 先頭を歩く今日介が、扉を指さしながら説明する。
 今日介を先頭に、俺、俺の頭上付近に絶姉妹、小林君、トミーさんと云う順番で路地を進んでいく。
「ほ、本当に、敵は居ないんでしょうね… …」
 小林君は心底怯えたような表情をしながら、絶姉妹の二人の依り代、つまりゲルニカとハニワの形をした人形を両手に掴んでいた。どうやらそうする事で心の平穏を保てるとのことだった。マキコは小林君に「無くしたら承知しないからね」と一言云ったのみで、ヨウコと共に人形を託す事を承諾したのだった。
「何があるか分かンねぇから、皆、反撃できる準備はしとけよ」
「りょうかーい」
「はい」
 両手に奇妙な人形を持ちながら、小林君がトミーに通訳をする。トミーは小さく小林君に返事をした。だが、トミーは素手喧嘩(ステゴロ)の為、用意する武器は無いのだった。
 扉の前に辿り着いて、耳を澄ましてみる。中から物音がするか確認してみたが、じっという電灯の音が聞こえるのみで何も聞こえない。
 今日介がドアノブに手を掛けぐるりと回して押してみると、扉はヒステリックな音を立てながら奥へと開いていった。
「開いてるんな」
「あぁ。閉店時は必ず鍵が掛かってたんだケドね。鍵も閉めずに、ズラかったッぽい」
 今日介が臆する事も無く、暗い通路に入っていく。
 後ろから扉を抜けると其処は細い通路だった。通路の中は外よりも遥かに薄暗く、申し訳程度の電球が、時折明滅しながら薄く灯っていた。2メートル程先には地下へ下りる階段がある。
「足場狭ェから、踏み外さないように気をつけて」
 階段は人が一人通る程の狭い作りだった。下から人が上がってくると、すれ違う事もできない。周りの壁を見れば、其処彼処に趣味の悪いデザインのフライヤーがべたべたと貼りついていた。俺の後ろではマキコと小林君が注意深く階段を下りている。
「竹田ァ… …。あたし、ちょっと、こういうトコ苦手なんだよね…」
「マ、マキコさん、しっかりして下さいよ… …。僕だって、こんな恐ろしいところ、来た事ないんですから」
 俺はスケバンと中学生のやりとりを空に聞きながら、今日介がクライン76のドアを押し開ける所を見ていた。入口の鍵も閉まっていなかった。
「… …それじゃあ、行くぜ兄貴」
「あぁ。」
 今日介の後に続いて、俺もクライン76へ足を踏み入れる。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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