第24話 真崎の先導
文字数 3,846文字
俺は基本的にはひっそりと生活をしたいのである。其れは人生においてのテーマだ。なんて云うと、恐らく堅気の人間からは「まず、そんな
ど
正論が飛んでくるのだが、人間には性格であれ生活であれ、変えられないものと云うものがある。俺が裏社会で俺の持つ
そういう事もあって、俺は二十代半ばを過ぎてから隠遁するように生活する事を心掛け始めたのである。俺は極力、目立つコトをしないようにした。其の甲斐もあって、俺の
そんな生活を送っていた俺が丁度三十歳になった頃、お守りが出来た。つい先日の事だ。マキコとヨウコの絶姉妹。きゃんきゃんと鳴き喚く十七才の式神がとり
「
絶姉妹が心のざわざわ其の一であるならば、此の、忠犬のように眼を輝かせている
「… …… …」
「
「… ……… ……。… … ………はぁーーーーーーーーー。」
デーモンの頭突きでしこたまやられた両鼻にティッシュを突っ込みながら、俺は地獄の底のような溜息を吐いた。其の俺の肩をぽんぽんと叩きながら、マキコが満面の笑みを俺に向けてくる。
「ブフフフ。ネェ、
… ……いかん。今日の目的をすっかり忘れるところだった。隣でスケバン女が焚きつけてくるから、尚更事態が面倒になってくる。
「あー。… ……えーっと、とりあえずは今日介。よく分かんねーけど、お前のやりたいようにすれば良いさ。ただし、しつこくて面倒だと思ったら、其の時は俺も遠慮なく云わせてもらうからよ」
「おー。竹田の割に寛大」
マキコが冷やかしを入れてくる。
「るせえよ。
「なによ」
「心外ですね」
マキコが俺の言葉を聞いて小さく舌を出した。其の後ろでヨウコも逆八の字に眉毛を作る。
「あ、兄貴ィ… …」
「おっと、今日介。感傷は後にしてくれ。俺たちはまだ、此れから目的の場所へ行かなくちゃならねぇ。つまり、お前の雇い主のところによ」
「あ、ああ」
そう。今日、俺はまだ目的の場所にさえ辿り着けていないのだ。窓の外に眼を向けてみれば、既に陽は落ちつつあり、店内は暗闇に包まれようとしていた。
「クライン76に連れて行ってくれるんだよな?」
「あぁ。ただ、奴等はもう引き払ってるだろう。元々、違法薬物ばっか扱っててケーサツに眼を付けられた場所だ。マァ、あそこは巷でも悪名高くて有名だったと思うケド」
「あぁ、そうだな」
「ああいう所は、世間で名が売れてるコト自体は悪い事じゃないんだ。名前が売れる事で自然とヤクの買い手が寄ってくる。宣伝になるからだ。そして、国家権力だって悪名が高いってだけではわざわざ体力使ってまで手ェ出してこない。だけれど、一度騒ぎが起こった時は、其れに便乗してあらゆる所からガサ入れがくる。クライン76のような連中は、そういう情報に対しては野生動物のように敏感なんだ。だから今回の兄貴等のカチコミだって、何処からか情報を仕入れて、俺のような捨て駒を使って時間稼ぎをする。その間に荷物まとめて、さっさとドロンってワケさ」
「なるほど。マァ、不意打ちで
「す、すまねェ、兄貴」
「褒めてンだよ。お前が案内してくれるってんで、助かるぜ。俺もクライン76の場所は知ってるが、入った事は一度も無ェんだ。明るい奴が一緒に居てくれるのは心強い」
其処まで云ったところで、腕を組みながらマキコも追随して云う。
「そうね。敵の住処だし、不明瞭な場所ってのはなるべく無くしたいわね。真崎、アンタを水先案内人に任命してあげるわ」
「ちぇ。お前に云われるのはなんだか癪に障るケドな…。マァ、任してくれ。中の構造については大体把握してる」
***
陽が落ちて暗くなると共に、此の裏通りは極端に人通りが少なくなる。未だ窓に明かりが灯っている所は、洩れなく
純喫茶を出て1ブロック程歩けば、直ぐに脇道に逸れる薄暗い路地が見えてきた。
路地を入り更に少し進むと、薄暗いビルの谷間の中、片方のビルの外壁にぼんやりと明かりのついたドアが見えてきた。
「うわぁ。なんか、マジ如何わしいんだケド」
俺の頭の上で、マキコが怯えるように云った。
「本来なら、あの扉の前にはいつも見張りが居るんだ。狭ェのに、小っちゃい机とパイプ椅子が置いてあるだろう?あそこで客をチェックしてから中に
先頭を歩く今日介が、扉を指さしながら説明する。
今日介を先頭に、俺、俺の頭上付近に絶姉妹、小林君、トミーさんと云う順番で路地を進んでいく。
「ほ、本当に、敵は居ないんでしょうね… …」
小林君は心底怯えたような表情をしながら、絶姉妹の二人の依り代、つまりゲルニカとハニワの形をした人形を両手に掴んでいた。どうやらそうする事で心の平穏を保てるとのことだった。マキコは小林君に「無くしたら承知しないからね」と一言云ったのみで、ヨウコと共に人形を託す事を承諾したのだった。
「何があるか分かンねぇから、皆、反撃できる準備はしとけよ」
「りょうかーい」
「はい」
両手に奇妙な人形を持ちながら、小林君がトミーに通訳をする。トミーは小さく小林君に返事をした。だが、トミーは
扉の前に辿り着いて、耳を澄ましてみる。中から物音がするか確認してみたが、じっという電灯の音が聞こえるのみで何も聞こえない。
今日介がドアノブに手を掛けぐるりと回して押してみると、扉はヒステリックな音を立てながら奥へと開いていった。
「開いてるんな」
「あぁ。閉店時は必ず鍵が掛かってたんだケドね。鍵も閉めずに、ズラかったッぽい」
今日介が臆する事も無く、暗い通路に入っていく。
後ろから扉を抜けると其処は細い通路だった。通路の中は外よりも遥かに薄暗く、申し訳程度の電球が、時折明滅しながら薄く灯っていた。2メートル程先には地下へ下りる階段がある。
「足場狭ェから、踏み外さないように気をつけて」
階段は人が一人通る程の狭い作りだった。下から人が上がってくると、すれ違う事もできない。周りの壁を見れば、其処彼処に趣味の悪いデザインのフライヤーがべたべたと貼りついていた。俺の後ろではマキコと小林君が注意深く階段を下りている。
「竹田ァ… …。あたし、ちょっと、こういうトコ苦手なんだよね…」
「マ、マキコさん、しっかりして下さいよ… …。僕だって、こんな恐ろしいところ、来た事ないんですから」
俺はスケバンと中学生のやりとりを空に聞きながら、今日介がクライン76のドアを押し開ける所を見ていた。入口の鍵も閉まっていなかった。
「… …それじゃあ、行くぜ兄貴」
「あぁ。」
今日介の後に続いて、俺もクライン76へ足を踏み入れる。