第33話 宝石商#7
文字数 5,055文字
「…大したモンだな、今日介」
素直に感嘆の声を上げた俺の言葉が聞こえたのか、今日介が此方を向いて満面の笑みを浮かべた。
「ホレ、マキコ、ヨウコ。此れがお前等のご所望のブツだろう?ほら、ドーゾ!」
今日介の手の平に光る霊体化した宝石。現物よりも少し彩度は低いものの、美しさは其の儘だ。
ヨウコに
「ほら、マキコ。」
今日介が霊体化した真っ赤に輝く
「… ……。… ……おい、マキコってばよ、ホラ、おめーのだっての」
今日介が怪訝な顔をしながら、マキコのくせ毛の金髪頭をポンポンと叩いて様子を伺う。
「もしもーし、お嬢さーん。聞こえてますかァ」
今日介が
「
「… ……。…ナァ、ヨウコ。俺、なんか、コイツにマズイ事した?」
訳の分からない今日介がマキコを指さして、ヨウコに顔を近づけながら小声で問い掛けてみるも、ヨウコも無言で顔を横に振るのみ。続いて今日介の視線を引き取ったケンザも、両手を広げてお手上げのポーズをとった。
「… ……… ……。… …お、おーい。ちょいっと、マキコちゃんやーい… ……」
今日介が再度、恐る恐る伺うように声を掛けてみる。… …次の瞬間、俯いていたマキコの顔が唐突に持ち上がり、眉間に皺を作りながら今日介を睨むように見上げた。其の勢いに、今日介は心底驚く。
「ヒ、…ヒイッ!!」
「… …真崎ッ… …、あんたッ」
マキコの大声。何かされるのかと危機を察知した今日介が、両腕を突き出しマキコに向かって防御の姿勢を取った。
「すっごいじゃんッ!!!」
次の瞬間マキコの平手が飛んできて、今日介の肩を力の限り思い切り引っぱたいた。
「
「アンタの
「
感嘆の声を上げながら、其れと同時に何度も今日介の身体を引っぱたき続けるマキコ。… …面倒臭い。只ひたすらに面倒臭い奴だ、此の
ともあれ、今日介の御陰で其々の
絶姉妹と今日介があーだ、こーだと話しているのを眺めていたが、不図、其の隣に居る小林君の方に眼がいった。小林君は
「どうじゃ。美しい水色じゃろう?」
少年の視線が石から宝石商へと向く。
「はい。」
少年が溌剌と答えると、ケンザが笑みを浮かべながら深く頷いた。
「
「はい。先生の勤める学校で学んでいます。ですが、其れだけではなく、僕は先生の元でお世話になっています。」
現在、小林君はトミーさんの元で世話になっている。俺がトミーさんと出会ったときから、既に小林君は傍らに居た。何時まで経っても日本語を覚えようとしないトミーさんの傍らに立って、俺とトミーさんの間の通訳を行ってくれている。彼らの馴れ初めは詳しく知らないし、彼ら自身も其の事について深く語ろうとはしない。だが、小林君がトミーさんを心の底から尊敬している事は誰の眼から見ても伺い知れた。ケンザも小林君の表情を眺めて直ぐに合点がいったようだ。
「… …そうか。大切な人なんじゃのう。」
トミーさんは自身の鞄の中から手帳を取り出して何やら熱心に眺めている。
「はい。」
「… …。…… …
ケンザはそう云いながら、顎に置いていた手の人差し指で、小林君の手元に収まっている宝石を指さした。
「…だから、選びました。僕は、先生のように」
迷うような視線。小林君の声が徐々に小さくなる、が。
「…… …。」
「… …先生のように、なりたいんです」
もう一度顔を上げた小林君の顔と其の声には、僅かだが決意の色が伴っていた。
「……。…… …
「… ……」
「
ケンザの言葉を聞きながら、小林君は手の中にあるお守りを強く握った。
「
周囲に力を与える。ケンザの問いに答えてみれば、小林君はトミーさんのサポートを完璧にこなす事が出来る。俺のカラダに巻き付いている此の非の打ち所の無い包帯も、デーモンとの戦闘後、直ぐに小林君が処置してくれたものだ。俺は昔から、此の異才を放つ中学生を十二分に
買って
いる。一体どんな経験をすれば語学が堪能で、且つ高度な野戦医療のだが、そうは云っても彼はまだ中学生なのである。其の心の揺らぎはまさしく思春期の其れだ。ケンザの言葉は、そんな思春の只中にある少年の心へと確実に浸透してゆくのだろう。
何時の間にか時刻は二十六時を指していた。夢中になると、時間の経過は早い。
俺とトミーさん、其れから通訳をしてくれる小林君は部屋の隅で話を始めていた。喫茶店で話していた内容の続きと、今後の方針だ。俺たち以外の面子は未だ興奮が冷めやらぬ様子で、宝石をネタに四方山話に華を咲かせていた。
ネズミよろしく、クライン76は既に
赤龍会で
「小林君が云ってた、木曜しか
「はい。」
「もっと詳しい事は分かるか?」
「
「そっか」
一週間の能力者の事で、今判明している事を列挙してみる。
日曜日:?
月曜日:?
火曜日:竹田(チューズディサンダー)
水曜日:トミーさん(ウォーターマン)
木曜日:ギャングの中学生(能力は?)
金曜日:金月(フライディムーン)
土曜日:?
■セミロングの眼鏡女(能力は?)
■
「何かの理由で竹田さんや先生、すなわち『一週間の能力者』の命が狙われているのであれば、境遇的には、其の中学生も私たちと同じなんじゃ無いでしょうか?彼も同様に、狐面の男から命を狙われている」
小林君が顎に手を置きながら、床に眼を落してぽつりと呟く。其れから、隣に立っているトミーさんにも今の自身の考えを共有する。
「確かに、其の可能性は多いにあるな。」
とすると、俺たちと同じような境遇の連中が、狐面に対する何等かの情報を持っているかもしれない。ソイツ等と連携がとれるならば、あるいは狐面を追い詰める事も… …なんてそううまくは行かないだろうが。とりあえずは、其のギャングの中学生とか云うワケの分からないヤツに直接会いに行くとするか。
「木曜日の能力者の情報があるんなら、其れを掘り下げるのが近道かも知れないな。俺たちと同じように、奴等も狐の襲撃に会っているかもしれん。」
「いいですね!」
俺の方針に対して、小林君が鈴のように爽やかな声で同意した。だが、其の小林君の後ろからトミーさんの大きな手が伸びてきて、小林君の肩をぐいと掴んだ。そして小林君に対して何等かを口添えしている。
「あいてッ。どうしたんですか、先生。…… …… ………。……」
小林君が視線を俺の方に向けてトミーさんの言葉を聞いている。其れから、一しきり話が終わった後、小林君は了解しました、と云い、事の次第を俺に伝えてくれた。
「竹田さん。」
「……おいよ。トミーさんはなんて?」
「先生は、『その前に竹田は、やる事があるんじゃないか』と。」
「やること?」
「ハイ。つまり、おじい様の事ですよ」
小林君が後ろに立つトミーさんを振り返ると、トミーさんが両肩を萎めて俺を見た。
「あぁ… …」
竹田三四郎。もう十数年間会っていない俺の祖父。そして、ケンザの友人。
ケンザはクライン76で俺に『オヌシはまず、三四郎に会う必要がある』と云った。そして、俺が命を狙われている理由がある、とも。一週間の能力者についての事を、ケンザも、そして俺の祖父もまるで昔から知っているかのような口ぶりだった。
「…… ……」
ケンザの話から総合すると、どうやら祖父に聞けば此の俺の現状と云うものが分かるらしい。… …だが、俺は当の昔に祖父とは決別して暮らして居る。三四郎の名も、ケンザに聞いて本当に久々に思い出したほどだ。其れほどに今は縁が無い。何にも云わないで無言で家を飛び出したのは、もう遥か遠い昔の事。……そういう境遇であるので、正直なところ、祖父に会いに行くというのは、思いっきり気が進まない。
トミーさんが引き続き小林君に英語で話し掛ける。
「先生は、此の今回の件に関しては、自身も無関係では居られないと云っておられます。そして、調査を開始するのであれば、別行動をした方が効率も良いのではないかと。」
小林君は七三に分けた髪を一度軽く撫でて、其れからぴんと伸ばした指先をトミーさんへ向けた。
「木曜日の能力者。つまり、ギャング中学生については