第33話 宝石商#7

文字数 5,055文字

 其の鮮やかな今日介(きょうすけ)の手際を見ていた自身の身体が、自然と前のめりになっている事に気が付く。咥えていた煙草の灰が何時の間にか床に落ちていた。死霊使い(ネクロマンサー)超能力(チカラ)については浅学だが、今日介の手際を見る限り、其れが精妙な技だと云う事くらいは専門外の俺にも分かる。
「…大したモンだな、今日介」
 素直に感嘆の声を上げた俺の言葉が聞こえたのか、今日介が此方を向いて満面の笑みを浮かべた。
「ホレ、マキコ、ヨウコ。此れがお前等のご所望のブツだろう?ほら、ドーゾ!」
 今日介の手の平に光る霊体化した宝石。現物よりも少し彩度は低いものの、美しさは其の儘だ。
 ヨウコに壮麗な黄玉(インペリアルトパーズ)指輪(リング)が渡される。ヨウコは赤眼鏡の奥で眼をキラキラとさせながら、さっそく中指に指輪を嵌めた。小ぶりで品の良い黄玉がヨウコの手の中で光っている。
「ほら、マキコ。」
 今日介が霊体化した真っ赤に輝く鳩の血色の紅玉(ピジョンブラッドルビー)をマキコの眼の前に持って行く。だが、マキコは先ほどから何故か俯いた儘、身体を小刻みに震わせていた。
「… ……。… ……おい、マキコってばよ、ホラ、おめーのだっての」
 今日介が怪訝な顔をしながら、マキコのくせ毛の金髪頭をポンポンと叩いて様子を伺う。
「もしもーし、お嬢さーん。聞こえてますかァ」
 今日介が揶揄(からか)うように声を掛けるが、依然としてマキコは顔を上げない。理解不能なマキコの言動に、ヨウコも困り顔で首を傾げる。
一寸(ちょっと)、マキちゃんってば。どうしたの?ほら、見て。指輪だよ。すっごく綺麗なんだから。早く嵌めてみなよ」
「… ……。…ナァ、ヨウコ。俺、なんか、コイツにマズイ事した?」
 訳の分からない今日介がマキコを指さして、ヨウコに顔を近づけながら小声で問い掛けてみるも、ヨウコも無言で顔を横に振るのみ。続いて今日介の視線を引き取ったケンザも、両手を広げてお手上げのポーズをとった。
「… ……… ……。… …お、おーい。ちょいっと、マキコちゃんやーい… ……」
 今日介が再度、恐る恐る伺うように声を掛けてみる。… …次の瞬間、俯いていたマキコの顔が唐突に持ち上がり、眉間に皺を作りながら今日介を睨むように見上げた。其の勢いに、今日介は心底驚く。
「ヒ、…ヒイッ!!」
「… …真崎ッ… …、あんたッ」
 マキコの大声。何かされるのかと危機を察知した今日介が、両腕を突き出しマキコに向かって防御の姿勢を取った。
「すっごいじゃんッ!!!」
 次の瞬間マキコの平手が飛んできて、今日介の肩を力の限り思い切り引っぱたいた。
()ッてッ!!!」
「アンタの超能力(チカラ)、変な悪霊出すだけじゃないンだねッ!結構、役に立つじゃん!へー、めッッちゃ、透き通ってるよ、宝石(此れ)。フーン、おンもしろいなァー」
()ッ!てーンだよ!イタッ、痛いってば、マキコ!や、やめろよッ、テメー、好い加減にしろっての… …」
 感嘆の声を上げながら、其れと同時に何度も今日介の身体を引っぱたき続けるマキコ。… …面倒臭い。只ひたすらに面倒臭い奴だ、此の女番(スケバン)は。もう少しマシな感情表現が出来ないものか、と傍から見ていた俺は、今度は前のめりになった儘、自然と顎に手をつき眉間に皺を寄せていた。其の姿は、さながらロダンの考える人のようだった。
 ともあれ、今日介の御陰で其々の指輪(リング)は無事姉妹の元へ届いた。二人は改めて触れる事のできた手の中に輝く宝石に暫く眼を奪われていた。
 絶姉妹と今日介があーだ、こーだと話しているのを眺めていたが、不図、其の隣に居る小林君の方に眼がいった。小林君は青燐灰石(ブルーアパタイト)を大事に指でつまみ上げ、自前のお守り袋の中に入れようとしていた。
「どうじゃ。美しい水色じゃろう?」
 少年の視線が石から宝石商へと向く。
「はい。」
 少年が溌剌と答えると、ケンザが笑みを浮かべながら深く頷いた。
(ボン)はあの外国の方の生徒サンなんかの。」
「はい。先生の勤める学校で学んでいます。ですが、其れだけではなく、僕は先生の元でお世話になっています。」
 現在、小林君はトミーさんの元で世話になっている。俺がトミーさんと出会ったときから、既に小林君は傍らに居た。何時まで経っても日本語を覚えようとしないトミーさんの傍らに立って、俺とトミーさんの間の通訳を行ってくれている。彼らの馴れ初めは詳しく知らないし、彼ら自身も其の事について深く語ろうとはしない。だが、小林君がトミーさんを心の底から尊敬している事は誰の眼から見ても伺い知れた。ケンザも小林君の表情を眺めて直ぐに合点がいったようだ。
「… …そうか。大切な人なんじゃのう。」
 トミーさんは自身の鞄の中から手帳を取り出して何やら熱心に眺めている。
「はい。」
「… …。…… …青燐灰石(ブルーアパタイト)。美しい水色じゃ。あんたの先生の持つ藍玉(アクアマリン)によう似ておるの。」
 ケンザはそう云いながら、顎に置いていた手の人差し指で、小林君の手元に収まっている宝石を指さした。
「…だから、選びました。僕は、先生のように」
 迷うような視線。小林君の声が徐々に小さくなる、が。
「…… …。」
「… …先生のように、なりたいんです」
 もう一度顔を上げた小林君の顔と其の声には、僅かだが決意の色が伴っていた。
「……。…… …燐灰石(アパタイト)と云う石の名は、ギリシャ語で『騙す』『惑わす』という意味のアパタオが語源なんじゃ。何故かというと、古代、此の石は其の美しさのあまり、他の色々な宝石と間違われる事が多かった。宝石商を騙す石と云われたモンじゃ。」
「… ……」
(ボン)の選んだ青燐灰石(ブルーアパタイト)は、まさしく、先生のようになりたい(ボン)の姿を体現しておるのう。そして、其の石はまるで藍玉(アクアマリン)のように逆境でも青く燃え盛り、屹度、オヌシに勇気を与えてくれるハズじゃ。」
 ケンザの言葉を聞きながら、小林君は手の中にあるお守りを強く握った。
燐灰石(アパタイト)の石言葉は『調和』。アパタイトが他の石と酷似している点や、他の物質を引き寄せたり、構造を強化する性質があることが由来じゃ。平たく云えば、此の石を持つ者は周囲との絆に途轍もない力を与える事ができる。… …オヌシ自身、思い当たる所はあるかの?」
 周囲に力を与える。ケンザの問いに答えてみれば、小林君はトミーさんのサポートを完璧にこなす事が出来る。俺のカラダに巻き付いている此の非の打ち所の無い包帯も、デーモンとの戦闘後、直ぐに小林君が処置してくれたものだ。俺は昔から、此の異才を放つ中学生を十二分に

いる。一体どんな経験をすれば語学が堪能で、且つ高度な野戦医療の経験(スキル)なんて身に着ける事ができるのだろう。超能力(チカラ)を持たずとも、其の才能は間違いなく類まれなるものだ。彼の潜在能力は未だ計り知れないものがある。
 だが、そうは云っても彼はまだ中学生なのである。其の心の揺らぎはまさしく思春期の其れだ。ケンザの言葉は、そんな思春の只中にある少年の心へと確実に浸透してゆくのだろう。


 何時の間にか時刻は二十六時を指していた。夢中になると、時間の経過は早い。
 俺とトミーさん、其れから通訳をしてくれる小林君は部屋の隅で話を始めていた。喫茶店で話していた内容の続きと、今後の方針だ。俺たち以外の面子は未だ興奮が冷めやらぬ様子で、宝石をネタに四方山話に華を咲かせていた。
 ネズミよろしく、クライン76は既に(モヌケ)の殻となっていた事で、愈々(いよいよ)もって狐面の男への手がかりは潰えた。最早、俺には何にも手立てが無いに等しい。かと云って、全てを打っ遣ってしまって自宅に帰り、此れまで通りの生活に戻ると云うのも良い判断とは云えない。
 赤龍会で芥次郎(あくたじろう)が所持していた二通の封筒。一通には絶夫婦と俺の写真。そうして、もう一通には、トミーさん、金月新(かねつきあらた)、そして名も知らない黒髪でセミロングの眼鏡女の写真が入っていた。水使い(ウォーターマン)金曜日の月(フライディムーン)、彼らの写真と一緒に入っていた事から考えると、此の眼鏡女も一週間の能力者と考えるのが自然だろう。つまり、狐面と芥次郎は、最初(ハナ)から俺たちに照準を合わせており、理由は不明だが命を狙っていたのだ。… …『一週間の能力者』であることが、命を狙われる理由?今分かる情報をかき集めると、そのような仮説が成り立つ。そういう訳で、此れから自宅に帰って今まで通りの生活に戻ったとしても、命を脅かされ続ける事になるのだ。だとすれば、俺が今すべき事は狐面を見つけて撃滅する、此れに尽きる。
「小林君が云ってた、木曜しか超能力(チカラ)を使う事ができないって云う中学生。ギャングのリーダーって云ってたよな?」
「はい。」
「もっと詳しい事は分かるか?」
(イエ)、今のところは此れ以上の事は… …。そもそも、此の話を聞いたのは竹田さんから先生へ連絡があった後、狐面… …つまりヴァレリィの情報を探していたからなんです。インターネットの掲示板や、知り合いへの口聞きなどをしていく中で、偶々聞いた話に過ぎません。」
「そっか」
 一週間の能力者の事で、今判明している事を列挙してみる。

 日曜日:?
 月曜日:?
 火曜日:竹田(チューズディサンダー)
 水曜日:トミーさん(ウォーターマン)
 木曜日:ギャングの中学生(能力は?)
 金曜日:金月(フライディムーン)
 土曜日:?

 ■セミロングの眼鏡女(能力は?)
 ■風使い(ザ・ウィンド)、其れから知覚の超能力(チカラ)を持った一週間の能力者が居るという噂(今日介談)

「何かの理由で竹田さんや先生、すなわち『一週間の能力者』の命が狙われているのであれば、境遇的には、其の中学生も私たちと同じなんじゃ無いでしょうか?彼も同様に、狐面の男から命を狙われている」
 小林君が顎に手を置きながら、床に眼を落してぽつりと呟く。其れから、隣に立っているトミーさんにも今の自身の考えを共有する。
「確かに、其の可能性は多いにあるな。」
 とすると、俺たちと同じような境遇の連中が、狐面に対する何等かの情報を持っているかもしれない。ソイツ等と連携がとれるならば、あるいは狐面を追い詰める事も… …なんてそううまくは行かないだろうが。とりあえずは、其のギャングの中学生とか云うワケの分からないヤツに直接会いに行くとするか。
「木曜日の能力者の情報があるんなら、其れを掘り下げるのが近道かも知れないな。俺たちと同じように、奴等も狐の襲撃に会っているかもしれん。」
「いいですね!」
 俺の方針に対して、小林君が鈴のように爽やかな声で同意した。だが、其の小林君の後ろからトミーさんの大きな手が伸びてきて、小林君の肩をぐいと掴んだ。そして小林君に対して何等かを口添えしている。
「あいてッ。どうしたんですか、先生。…… …… ………。……」
 小林君が視線を俺の方に向けてトミーさんの言葉を聞いている。其れから、一しきり話が終わった後、小林君は了解しました、と云い、事の次第を俺に伝えてくれた。
「竹田さん。」
「……おいよ。トミーさんはなんて?」
「先生は、『その前に竹田は、やる事があるんじゃないか』と。」
「やること?」
「ハイ。つまり、おじい様の事ですよ」
 小林君が後ろに立つトミーさんを振り返ると、トミーさんが両肩を萎めて俺を見た。
「あぁ… …」
 竹田三四郎。もう十数年間会っていない俺の祖父。そして、ケンザの友人。
 ケンザはクライン76で俺に『オヌシはまず、三四郎に会う必要がある』と云った。そして、俺が命を狙われている理由がある、とも。一週間の能力者についての事を、ケンザも、そして俺の祖父もまるで昔から知っているかのような口ぶりだった。
「…… ……」
 ケンザの話から総合すると、どうやら祖父に聞けば此の俺の現状と云うものが分かるらしい。… …だが、俺は当の昔に祖父とは決別して暮らして居る。三四郎の名も、ケンザに聞いて本当に久々に思い出したほどだ。其れほどに今は縁が無い。何にも云わないで無言で家を飛び出したのは、もう遥か遠い昔の事。……そういう境遇であるので、正直なところ、祖父に会いに行くというのは、思いっきり気が進まない。
 トミーさんが引き続き小林君に英語で話し掛ける。
「先生は、此の今回の件に関しては、自身も無関係では居られないと云っておられます。そして、調査を開始するのであれば、別行動をした方が効率も良いのではないかと。」
 小林君は七三に分けた髪を一度軽く撫でて、其れからぴんと伸ばした指先をトミーさんへ向けた。
「木曜日の能力者。つまり、ギャング中学生については(ワタクシ)、小林と先生が調査します。ですので、竹田さんは竹田さんで、まずは里へ帰省しておじい様へ会って下さい。そうするのが一番最善かと思われます!」


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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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