第1話 外道狩り①

文字数 4,672文字

 経験上、折れやすい骨を知っている。
 単純は話、筋肉に覆われて居ない場所が物理的に弱いのである。例えば、脛骨(ひこつ)腓骨(けいこつ)。此れは(すね)脹脛(ふくらはぎ)付近にある骨だが、この骨は喧嘩キックでしっかりと重心を決めて体重を乗せてやれば、意図も簡単に折れてしまう。そして鎖骨に至っては、最早骨格の体を成していない。掌底で軽く触れる、あるいは掴むだけで簡単に崩れてしまうのである。こういった、筋肉の鎧で覆う事の出来ない部位は、幾ら身体を鍛え上げようとも無防備な場所に変わりがないので、非力な僕でも確実に破壊する事ができるのだ。
 だが、数ある骨の中でも僕が好きな骨は指骨である。僕は他人(ひと)の指先が好きで好きで堪らない。指先というものは、何故かくもあれほどに無防備なのだろうか。左右の手の平の先から伸びる5本の頼りない肉棒。神は一体どういった意図で、このような不格好で壊れやすいシロモノを作り(たも)うたのだろう。僕はいつも、そのような指先についての他愛無い妄想に思考を巡らせただけで、すぐに射精し(はて)てしまう。
 骨を折った時に聞こえる、深夜を引き裂くような叫び声がこの上なく好きだ。そして、そんな情欲をそそる程の叫び声を(もたら)してくれるのは、決まって暴力とは無縁の若い女である。暴力に無縁という事はつまり、痛みに全く耐性が無いという事だ。
 女の細い指先を一本掴んで、甲に向かって木の枝に触れるように優しく折り曲げてやる。或いは()じるように、又は明後日の方向に引き抜くように確実に砕く。そうすると奴らは、僕好みの鋭い金切声を上げて泣き喚いてくれる。単に鎖骨を破壊するだけじゃ、此れ程の叫び声は上がらない。長年の経験の結果、やはり指先でないと此れ程の絶叫は聞けないのである。
 僕くらいになると、折り方の強さや角度によって女がどのような叫び声を上げるか判別がつく。今ではへし折った瞬間の音圧の良い塩梅というものが分かるのだ。加減良く壊す事によって、絶叫が長続きする瞬間は何物にも代え難い。
 そうして甘い夢想に浸っていた僕は、まだ続いていた絶叫に気づき、不図我に返る。その声は、町からほど遠い此の廃工場の壁や天井に何度も反響していた。
 残響からの余韻があり、やがて其れは小さな(すす)り泣きと、苦痛に耐え(しの)ぶ声へと変わっていった。その変化すら、この上なく趣深(おもむきぶか)い。しかも、驚く事に手に掛けた指先はまだ一本目である。たった一本指をへし折っただけで、此の女は気が狂ったように絶叫したのだ。やはり事前に調査をして、下調べを確実に行った甲斐があった。所謂、当たりというやつだ。
 (おおよ)そ、此の女は生まれた時から何不自由無く暮らしてきたのだろう。其れは経歴を見ても分かる。金だけ積めば入学出来る腐敗した大学に通って居るという事実や、ブランドで分厚く塗り固めた軽薄な身形(みなり)。恵まれた容姿から放たれる、傲慢で不遜な仕草と言動。此の女の生きてきた経歴の全てが今、僕の性的衝動(パラフィリア)の為の極上の調味料(スパイス)と成って結実している。
 屹度、今キミが体験しているそれらは、此れまで経験した事の無い苦痛と絶望だろう。僕を見上げガタガタと震えている身体、すっかり薄汚れてしまった頬。果てしなく流れ続ける大粒の涙。今まで積み上げてきた物が()え無く崩れ去った後の、キミの其の全てが愛おしい。大丈夫。僕が飽きるまで、何度も何度も殺してあげるからね。
 女の折れた右の小指は醜く腫れあがり、内出血しているのか赤黒く変色していた。右手を支えるように添えた左手が活動写真の映像のように小刻みに震えている。僕はその姿を隈なく捉えながら、乾いた唇を舌でなぞった。
「……助けて… ……。お、ねがい… …します… …」
 先ほどから女は何度も口元を動かし声に成らない声を紡ごうとしていたが、やっとの事で声を絞り出せたようだった。だが、紡がれたその言葉はあまりににも有り触れた詰まらない物であり、僕を酷く落胆させた。
僕は懇願する女の顔面を命一杯蹴った。その反動で女は向こうへ玩具(おもちゃ)のように跳んで行き、その際、顔面と庇っていた右手をしこたま地面に打ち付けた。またもや辺りに耳を(つんざ)く叫び声が響き渡った。僕はその声を聞いて、とても胸がすく思いがした。
「あああああああ!!… …お、お願いいいぃぃいいい。助けてぇえええ!… …いたいぃいい、……痛いよぉおおおおお。」
 向こうでのたうち回る女の方へゆっくりと歩を進めた僕の気分は、大層晴れやかだった。女の手の指はまだ九本も残っている。一体、後何時間楽しめるんだろう。僕は自身の表情が緩んでいくのを抑える事が出来なかった。自然に鼻歌が鳴り、両手は軽やかにオーケストラの指揮者のようにタクトを振った。
「此れから、一緒に頑張ろうね。まだまだ、夜は長いからねぇー。キミ、オールナイトロングって映画、知ってるかい?鬱屈した少年達が深夜、其の魂を解き放つ青春映画さ。今から、キミも僕と一緒に夢を叶えるんだ。」
 僕の言葉を聞いて女は、大きく目を見開いて何も喋らなくなった。僕の鼻歌と女の荒い息が廃工場の煤けた空気に何時までも溶け込んでいった。外では虫たちの輪唱が遠くで聞こえていた。
 僕が近づくのと同じだけ、女は腰が抜けた状態で必死に後ずさりをして距離を取ろうとした。ずるずると、ピンクのワンピースは既に埃に塗れて泥だらけだった。廃工場の中には当時稼働していたであろう大型機器が何台も打ち捨てられており、女は後ろも見ずに後退するものだから、後頭部を何度も機器の角にぶつけていた。にも関わらず、女は無様にも僕から避難するのを止めようとはしなかった。
「そんなに逃げないで。僕が、少しずつキミの身体を壊してあげるから、後は任せてくれれば良い。何も、心配する事は無いんだよ。」
 僕は片手を彼女に差し伸べて、招き入れるかのように優しく話す。その言葉を聞いて、再び彼女は堰を切ったかのように喚き始めた。発狂という方が適切かもしれなかった。
「…… …い、いや… … ……イヤッ!………いやいやいやいや!! … … ……いやぁあああああぁぁああああああ」
 這いつくばりながら懸命に身をくねらせ、距離を取ろうとする女。だけれど今更逃げようだなんて、そんなの無理な話だ。僕は焦る必要もなく、ただゆっくりと女に向かって歩を進める。
 この廃工場は市内から約1時間ほどでつく。廃棄物処理に携わるさほど大きくは無い工場だが、取締役の不祥事で閉鎖になって暫くの間放置されていたようだった。或る日、偶々(たまたま)車で通った際此の場所を見つけ、それ以来、獲物と逢瀬をする時は毎回お世話になっている。車もほとんど通らないような場所だから、余計な邪魔は一切入らない。どんなに泣き叫ぼうが、全て夜の暗闇がかき消してしまう。
 閉鎖した場所なのでいつかは行き止まりとなる。女は背中に感じる冷たい壁を忌々し気に睨みつけ、其れから僕の方を振り向いた。僕は急ぐ必要も無く、やがて女の目の前に辿り着いた。しゃがみ込んで、女の顎を右手で掴んで此方に顔を向けさせる。
 怯え切きった女の顔面は涙と埃でメチャクチャになっていた。天井からぶら下がった貧相な裸電球が女の顔を照らす。裸電球は室内の空気に煽られゆっくりと揺れていた。其れに伴って女の表情には微かな陰影が形作られた。まるで絶望とは無縁で育ってきた人間の、今まさに死が目前まで迫っている事を自覚した瞬間の表情。嗚呼、神様有難う。僕は此の人間を是から気が済むまで(もてあそ)んで、ちゃんと殺します。
 僕は女の左手を掴み、次に人差し指に手を掛けた。
「……!!… …あぁッ!…… …止めてッ!… …止めて、くださいぃいいいい」
 僕は笑顔がこぼれるのを抑える事が出来ない。女の手首を抑えつつ、人差し指をしっかりと持つ。其れから、躊躇無く、一気に… ……
 ---------オオオオオォォォオオオオオオオオオ-------
 その時空気が激しく振動し、今まで感じた事の無いような寒気が全身を掛け巡った。
 一体これは何事か。僕は女の指を握ったまま、瞬間的に辺りを見回した。だが、僕と女の周囲は先ほどと変わり無く水を打つような静けさを保っていた。
「… ……… ………。… ………気のせいか… ………。」
 考えすぎなのか、或いはここ最近の仕事の忙しさの所為か。もしかすると神経が過敏になっているのかもしれない。僕は女の方を向き直り、気を取り直して続きを始めようとする。
 その時、女の視線が僕の顔を不思議そうに眺めていた。今しがたの瞬間に、僕が少し狼狽(うろ)えていたのが分かったのか。なんだ、其の僕を憐れむような、蔑むような眼差しは。お前は僕の獲物だ。獲物のクセに僕を蔑むだと。そんな事、決してあってはならない。
 激しい屈辱を感じた僕は、女にどす黒い憎悪を覚えた。もう、良い。此んなゴミはもう要らない。僕は指先から手を離し、女の細い首に両手で輪を作った。今回の獲物は当たりだと思ったのだが、仕方無い。さっさと終わりにしよう。さぁ、後はこのまま指先に力を籠めれば、
「バーカ。」
 突如、何処からともなく声がした。
 僕は女から両手を離して、緊急的に距離をとった。今確かに、若い女の声が聞こえた。だが、目の前の女を見ても、先ほどとは全く変わりが無く、そんな声を上げた形跡は無い。一体誰だ?馬鹿、と聞こえた。誰が?僕の事?まさか此の僕の事を、馬鹿と云ったのか。
 何度も振り返り辺りを見回すが、其れでも周辺には何の異常も見当たらない。どういう事だ。幻聴… …では無い。イヤ、此の声は確実に聞こえた。何処から?… …… …聞こえた位置… ……。…頭、の上?
 僕はゆっくりと顔を上に向けた。徐々に上っていく目線が、視界に何かを捉えた。
 其処には、何等かの廃材等の荷物が(うずたか)く積みあがっていた。そして、其処に、今まで全く気が付かなかったが、腰を掛ける人間が居る。
「……… ………!!!… …………だ、誰だ?!」
 荷物の上に腰を掛けているのは、どうやら男のようだった。片方の足を立膝にしている。目が慣れ、暗がりの中が徐々に鮮明になっていく。
 男は黒髪短髪でサングラス、黒いTシャツにカーキ色のカーゴパンツ。一見するとガラの悪いチーマのような雰囲気の男だった。
「… …貴様ッ!!其処で何をしている?!」
 僕は脊髄反射的に大声を上げた。だが、男は問いかけに一切応じず、只此方を()っと眺めていた。其の視線が、大層僕の神経を逆なでした。だが、僕がさっき聞いた声は確実に若い女の声だ。一体どういうことだろう… …。…… …いや、違う。

。是はどういう事だ。若い女、いや、正確には少女だ。荷物の上に腰かけている男の傍らに、制服姿の少女が立っている。しかも、二人居る。
 座った男の両脇に、制服姿の少女が

。一人は裾の長いスカートで金髪のボブ頭が印象的な柄の悪そうな少女。もう一人は、昔ながらの女学生といった風な、おさげ髪に赤い眼鏡を掛けた大人しそうな少女。しかも、その二人の身体は透けていたのである。つまり、目の前には男一人に、幽霊のような透明少女が二人。其処には計三人もの正体不明の集団が、何時からか僕を見下ろしていたのだった。その余りの予想外の状況に、僕は咄嗟に声を上げる事が出来なかった。
 その僕の姿を無表情に見下ろしながら、金髪ボブ頭の少女が男に向かって声を掛ける。
「… …… …ねぇ、竹田。此のクソ野郎、私が()っても良い?」
 男は片手に持った煙草を口に持って行きひと吸いすると、炎と酸素が反応してジュッと音を立てた。



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