第1話 外道狩り#1
文字数 4,672文字
単純は話、筋肉に覆われて居ない場所が物理的に弱いのである。例えば、
だが、数ある骨の中でも僕が好きな骨は指骨である。僕は
骨を折った時に聞こえる、深夜を引き裂くような叫び声がこの上なく好きだ。そして、そんな情欲をそそる程の叫び声を
女の細い指先を一本掴んで、甲に向かって木の枝に触れるように優しく折り曲げてやる。或いは
僕くらいになると、折り方の強さや角度によって女がどのような叫び声を上げるか判別がつく。今ではへし折った瞬間の音圧の良い塩梅というものが分かるのだ。加減良く壊す事によって、絶叫が長続きする瞬間は何物にも代え難い。
そうして甘い夢想に浸っていた僕は、まだ続いていた絶叫に気づき、不図我に返る。その声は、町からほど遠い此の廃工場の壁や天井に何度も反響していた。
残響からの余韻があり、やがて其れは小さな
屹度、今キミが体験しているそれらは、此れまで経験した事の無い苦痛と絶望だろう。僕を見上げガタガタと震えている身体、すっかり薄汚れてしまった頬。果てしなく流れ続ける大粒の涙。今まで積み上げてきた物が
女の折れた右の小指は醜く腫れあがり、内出血しているのか赤黒く変色していた。右手を支えるように添えた左手が活動写真の映像のように小刻みに震えている。僕はその姿を隈なく捉えながら、乾いた唇を舌でなぞった。
「……助けて… ……。お、ねがい… …します… …」
先ほどから女は何度も口元を動かし声に成らない声を紡ごうとしていたが、やっとの事で声を絞り出せたようだった。だが、紡がれたその言葉はあまりににも有り触れた詰まらない物であり、僕を酷く落胆させた。
僕は懇願する女の顔面を命一杯蹴った。その反動で女は向こうへ
「あああああああ!!… …お、お願いいいぃぃいいい。助けてぇえええ!… …いたいぃいい、……痛いよぉおおおおお。」
向こうでのたうち回る女の方へゆっくりと歩を進めた僕の気分は、大層晴れやかだった。女の手の指はまだ九本も残っている。一体、後何時間楽しめるんだろう。僕は自身の表情が緩んでいくのを抑える事が出来なかった。自然に鼻歌が鳴り、両手は軽やかにオーケストラの指揮者のようにタクトを振った。
「此れから、一緒に頑張ろうね。まだまだ、夜は長いからねぇー。キミ、オールナイトロングって映画、知ってるかい?鬱屈した少年達が深夜、其の魂を解き放つ青春映画さ。今から、キミも僕と一緒に夢を叶えるんだ。」
僕の言葉を聞いて女は、大きく目を見開いて何も喋らなくなった。僕の鼻歌と女の荒い息が廃工場の煤けた空気に何時までも溶け込んでいった。外では虫たちの輪唱が遠くで聞こえていた。
僕が近づくのと同じだけ、女は腰が抜けた状態で必死に後ずさりをして距離を取ろうとした。ずるずると、ピンクのワンピースは既に埃に塗れて泥だらけだった。廃工場の中には当時稼働していたであろう大型機器が何台も打ち捨てられており、女は後ろも見ずに後退するものだから、後頭部を何度も機器の角にぶつけていた。にも関わらず、女は無様にも僕から避難するのを止めようとはしなかった。
「そんなに逃げないで。僕が、少しずつキミの身体を壊してあげるから、後は任せてくれれば良い。何も、心配する事は無いんだよ。」
僕は片手を彼女に差し伸べて、招き入れるかのように優しく話す。その言葉を聞いて、再び彼女は堰を切ったかのように喚き始めた。発狂という方が適切かもしれなかった。
「…… …い、いや… … ……イヤッ!………いやいやいやいや!! … … ……いやぁあああああぁぁああああああ」
這いつくばりながら懸命に身をくねらせ、距離を取ろうとする女。だけれど今更逃げようだなんて、そんなの無理な話だ。僕は焦る必要もなく、ただゆっくりと女に向かって歩を進める。
この廃工場は市内から約1時間ほどでつく。廃棄物処理に携わるさほど大きくは無い工場だが、取締役の不祥事で閉鎖になって暫くの間放置されていたようだった。或る日、
閉鎖した場所なのでいつかは行き止まりとなる。女は背中に感じる冷たい壁を忌々し気に睨みつけ、其れから僕の方を振り向いた。僕は急ぐ必要も無く、やがて女の目の前に辿り着いた。しゃがみ込んで、女の顎を右手で掴んで此方に顔を向けさせる。
怯え切きった女の顔面は涙と埃でメチャクチャになっていた。天井からぶら下がった貧相な裸電球が女の顔を照らす。裸電球は室内の空気に煽られゆっくりと揺れていた。其れに伴って女の表情には微かな陰影が形作られた。まるで絶望とは無縁で育ってきた人間の、今まさに死が目前まで迫っている事を自覚した瞬間の表情。嗚呼、神様有難う。僕は此の人間を是から気が済むまで
僕は女の左手を掴み、次に人差し指に手を掛けた。
「……!!… …あぁッ!…… …止めてッ!… …止めて、くださいぃいいいい」
僕は笑顔がこぼれるのを抑える事が出来ない。女の手首を抑えつつ、人差し指をしっかりと持つ。其れから、躊躇無く、一気に… ……
---------オオオオオォォォオオオオオオオオオ-------
その時空気が激しく振動し、今まで感じた事の無いような寒気が全身を掛け巡った。
一体これは何事か。僕は女の指を握ったまま、瞬間的に辺りを見回した。だが、僕と女の周囲は先ほどと変わり無く水を打つような静けさを保っていた。
「… ……… ………。… ………気のせいか… ………。」
考えすぎなのか、或いはここ最近の仕事の忙しさの所為か。もしかすると神経が過敏になっているのかもしれない。僕は女の方を向き直り、気を取り直して続きを始めようとする。
その時、女の視線が僕の顔を不思議そうに眺めていた。今しがたの瞬間に、僕が少し
激しい屈辱を感じた僕は、女にどす黒い憎悪を覚えた。もう、良い。此んなゴミはもう要らない。僕は指先から手を離し、女の細い首に両手で輪を作った。今回の獲物は当たりだと思ったのだが、仕方無い。さっさと終わりにしよう。さぁ、後はこのまま指先に力を籠めれば、
「バーカ。」
突如、何処からともなく声がした。
僕は女から両手を離して、緊急的に距離をとった。今確かに、若い女の声が聞こえた。だが、目の前の女を見ても、先ほどとは全く変わりが無く、そんな声を上げた形跡は無い。一体誰だ?馬鹿、と聞こえた。誰が?僕の事?まさか此の僕の事を、馬鹿と云ったのか。
何度も振り返り辺りを見回すが、其れでも周辺には何の異常も見当たらない。どういう事だ。幻聴… …では無い。イヤ、此の声は確実に聞こえた。何処から?… …… …聞こえた位置… ……。…頭、の上?
僕はゆっくりと顔を上に向けた。徐々に上っていく目線が、視界に何かを捉えた。
其処には、何等かの廃材等の荷物が
「……… ………!!!… …………だ、誰だ?!」
荷物の上に腰を掛けているのは、どうやら男のようだった。片方の足を立膝にしている。目が慣れ、暗がりの中が徐々に鮮明になっていく。
男は黒髪短髪でサングラス、黒いTシャツにカーキ色のカーゴパンツ。一見するとガラの悪いチーマのような雰囲気の男だった。
「… …貴様ッ!!其処で何をしている?!」
僕は脊髄反射的に大声を上げた。だが、男は問いかけに一切応じず、只此方を
居た
。是はどういう事だ。若い女、いや、正確には少女だ。荷物の上に腰かけている男の傍らに、制服姿の少女が立っている。しかも、二人居る。座った男の両脇に、制服姿の少女が
空中に立っていた
。一人は裾の長いスカートで金髪のボブ頭が印象的な柄の悪そうな少女。もう一人は、昔ながらの女学生といった風な、おさげ髪に赤い眼鏡を掛けた大人しそうな少女。しかも、その二人の身体は透けていたのである。つまり、目の前には男一人に、幽霊のような透明少女が二人。其処には計三人もの正体不明の集団が、何時からか僕を見下ろしていたのだった。その余りの予想外の状況に、僕は咄嗟に声を上げる事が出来なかった。その僕の姿を無表情に見下ろしながら、金髪ボブ頭の少女が男に向かって声を掛ける。
「… …… …ねぇ、竹田。此のクソ野郎、私が
男は片手に持った煙草を口に持って行きひと吸いすると、炎と酸素が反応してジュッと音を立てた。