第28話 宝石商#2

文字数 4,058文字

 ジイさんはまるで俺の目を覚まさせるかのように、掴んだ俺の腕をぶんぶんと揺らした。
 どうやら俺の事を知っているようだが、俺の方はこんなジイさん全く知らない。とは云うものの、確かに俺の祖父は竹田三四郎(タケダサンシロウ)だ。
「えーっと… …、すまねぇ。俺はアンタの事、まったく覚えてねぇや」
「何を云っとるんじゃ!三四郎に会いに行った時は何時もお前に小遣いやっとったろ」
「其れ、何時のトキよ」
「お前が五、六つくらいかの」
「覚えてねぇよ!そんな昔のコト」
「なんで覚えてないんじゃ… …」
 一人盛り上がっていたジイさんは、俺が覚えてない事が分かるとがっくりと肩を落とした。其の姿があまりにも貧相に見えて、俺はなんだか申し訳ない気分がしてきた。
「あんた、なんで覚えてないのよ。じいちゃん落ち込んでるじゃん」
 追い打ちをかけるようにマキコが云うが、何と云われようとも思い出せないのだから仕方がない。
「五歳の子供に記憶力を求めんなよ。マァ、俺の祖父、竹田三四郎の名前は間違ってないし、俺の名前も知ってるから、ジイさんが云ってる事は本当なんだろケド」
 俺は腕を組み、もう一度記憶を辿ってみる。
「… …ムリもないかのう。ワシは其の後、海外に出ていってしもうたし。其れからは世界を一周していた事もあって、大分経って帰ってみれば、お前はもう家を出て行方不明になっておった」
 ジイさんが顎に手を置いて思い出すように云った。其処にまたマキコの合いの手。
「家出?あんた、そんなガキの頃に家出したの?」
「…あー、… …そんな事、今はどうでも良いじゃねぇか。其れよりも、ジイさん。俺はアンタが何者でも構わねェ。クライン76に居るのなら、何か知ってるコトを教えて… …」
 俺は兎に角、狐の男に繋がる話を聞こうと、眼の前のジイさんの姿を改めて見た。其の時、顎に添えられたジイさんの手、其の中指と薬指にでかでかと光る、無粋な程に下品なカラットの金剛石(ダイヤ)紅玉(ルビー)が目に入った瞬間。俺の脳内にフラッシュバックのように一つの光景が蘇る。
 其れは或る山奥に広がる平野に建つ昔ながらの一軒家。畳が敷き詰められた、壁際の壺と掛け軸以外何もない、比較的大きな広間。そして、其の中央に正座して向かい合っているのは、祖父、三四郎と、其れから肌理(キメ)細かい、見るからに上質な繊維で編まれたスーツを来た男、阿川建砂(アガワケンザ)。目の前に居る此のジイさんだ。手にはごろごろと指輪が光っている。
「ケンザのジイさん… …」
 一点を見つめながら呟くように零れた一言。其の言葉に反応して、ケンザのジイさんは生き返ったような表情をした。
「思い出したか、そうか!良かったッ」
「あ、いや。… …なんつーか、其の… …」
 俺はなんだか気恥ずかしくなって、取り繕うように言葉を濁してしまう。
「ケンザ?ジジイ。あんた、ケンザって云うのか。名前、初めて知ったぜ」
 今日介が俺たちのやり取りを聞きながら話に入ってくる。
「別に、名前なんてどうでも良かろうぞ。名なんてものはな、こうやってたまに、知り合いに()うた時に示す暗号程度のモノで良い。普段は宝石屋で十分じゃ」
「まぁ、其れはそうなんだけどさ」
「じいちゃん、宝石屋さんなの?」
 宙からマキコが興味深げに聞く。其の隣に居るヨウコにしても、何処かしらソワソワとしているようだ。
「あぁ、そうじゃよ。ワシは昔から宝石商で飯を食ってるんじゃ。此れで世界を回っとる。どうじゃ?オヌシらにも見せてやるぞ。意地を張らんと、そろそろ降りておいで」
 ケンザのジイさんは諭すようにそう云うと、絶姉妹に向かって指輪を見せた。一瞬、マキコは逡巡したものの
「変なコトしたら怒るからね」
 と云った後、直ぐにケンザのジイさんの眼の前にまで降りてきた。其れに寄り添うように続くヨウコ。二人の直ぐ眼の前に差し出された光り輝く宝石は、まだ少女の二人にとっては刺激の強い、甘い劇薬のようだった。
「うわぁー、本当に綺麗ね」
「うん、すっごいキラキラ光ってる」
 夢中になっている絶姉妹(ふたり)を満足気に眺める老人が、引き続き話を続ける。
「まさか、こんな所で再開する事になろうとはの。雷電よ」
「… …あぁ。ケンザのジイさんも元気そうだな」
「ジイさんなんて付けんで良いわ、面倒臭い。子供の時みたいにケンザって呼んでくれ。…あぁ、皆もワシの事、もっとざっくばらんに呼んでくれて構わないからの。」
「あぁ。分かったよ、ケンザ。ところで、早速聞きたいコトがあるんだが。アンタは宝石商と云ったな。クライン76で仕事を始めて長いのか?」
 此処で仕事をしているのなら、クライン76の内情に多少なりとも精通しているはずだ。狐の事、或るいは藤巻ヨハンの事等。狐面の男ヴァレリィに繋がる道筋が何か見つかれば有難い。
「あー、其れについては、ジジイはあまり知らないと思うぜ。何せ、クライン76(ココ)に来てまだ半年も経ってないんじゃねーか?」
 ケンザが話す前に、今日介がしゃしゃり出てきて話す。
「そうなのか?」
「あぁ。しかも、此処に居る時間の大半はバーカウンターで項垂(うなだ)れながら泥酔する事に決まっている。ジジイがまともに商売してる姿なんか、ほぼ見た事ねーんだけどな、俺は」
 今日介があまりにも勝手に話すものだから、ケンザは半ば諦め気味で話が済むのを待った。やがて今日介の言葉が途切れた所で、すかさず話を続ける。
「まったく、今日介。お前は、ちぃと黙っておれ。ワシの言葉まで奪うんでない。其れでじゃ。… …まぁ、待て。雷電。ワシの事を聞く前に、まず、お前の事が聞きたい。お前は一体何の用があって此処に来たのじゃ。何か目的があって来たんじゃろう?でないと、普通はこんな掃きだめのような所、誰も来ようとは思わん」
 ケンザが何処か改まったような、其れでいて腹を括ったような、何処か迫るような勢いで俺に質問する。
「此処へは、狐面、ヴァレリィという男を探しに来たんだ。奴は何故か俺やトミーさん、つまり、一週間の能力者の命を狙っている。何故俺たちをつけ狙うのか。其の狙いも含めて、俺は是まで捜索を続けている。目的は狐面の男の殺害だ。」
 俺はケンザに向かって要点だけを掻い摘んで話した。極論を云えば、正直、狐面が何を企んでいようが、そんな事は俺には関係がない。獣の刻印(マークス)なんて物騒な物を巷に売り飛ばそうが、其れは俺の人生に何も関係の無いことだ。俺は狐面の男を殺す事ができれば其れで良い。其れでまた、俺は今まで通りの穏やかな生活を取り戻す事ができる。
 だが、明快だと思われた俺の説明を聞いても、ケンザは渋面を作って一向に答えようとしない。只、今俺が語った言葉を何度も頭の中で反芻(はんすう)するかのように、床に視線を落していた。やがて、ケンザの口から(ようや)く吐き出された言葉は、予想外のものだった。
「では、雷電。オヌシは、

、此処に来ていると云うのだな?」

だって?… …いや、だから、俺は其れを探す為に此処に来ているんだよ」
「… ……。… …… ……そうか。オヌシは、中学卒業と同時に家を出ておったのだったな。久々に三四郎(ヤツ)に会いに行った時、お前はとうにあの家には居なかった。… …三四郎(ヤツ)は、大事なコトを、オヌシに何も伝えておらぬということか」
 あの馬鹿めが、と続く其の言葉の隅に、何処か落胆の響きがある。
「だ、大事なコトって、一体なんだよ」

。まさしく、其の超能力(チカラ)の事を、じゃよ」
 ケンザの()まんだ吸い殻(シケモク)から細い煙が立ち昇っている。
「なんだって?!一週間の能力者の事をだと?なんで俺のジイさんが、そんな事を知っている」
「オヌシは、家出なんてするべきではなかったんじゃ。何故、態々(わざわざ)、自ら混沌に身を落そうとする。何故オヌシは、三四郎とあの家で暮らす事を拒んだんじゃ」
 俺が、混沌に身を落そうとしているだって?違う。俺は、以前と同じ平穏を取り戻したくて、必死に食らいついてクライン76(ココ)まで来たんだ。裏社会での慎ましくもグウタラな毎日。其れなりに日陰で暮らし、其れなりに面白い事もある日常。俺は是からもずっとそうやって暮らしていきたい。俺は屹度、誰よりも平穏を愛している。何も変わらない繰り返しのような毎日を望んでいる。


 『雷電。早くしないと、置いてっちまうぜ』


 脳の奥底で、(ささ)くように血管が(うず)く。忘れ去ろうとしていた、いや、知らず知らずのうちに、記憶の欠片に埋もれてしまっていた、小さな断片。
 ケンザは俺の目を()っと見ながら云った。
「オヌシはまず、こんなところに来る前に、三四郎に会う必要がある。三四郎に会って、お前が一体何者で、どういう過去を背負っているのかを知るんじゃ。其れからの事は、其の後に考えるが良い」
 其のケンザの迫力に圧倒されて、俺は思わず目を背けてしまう。
「… …な、なんで今更、ジイさんに会いに行かなくちゃ不可(いけ)ねーんだよ。もう15年以上も会っちゃいねェ。ケンザ。アンタ、其処まで事情知ってンなら、今此処で知ってるコト全部教えてくれよ!」
 自分でも狼狽(うろた)えているのが、手に取るように分かった。
「ワシは所詮、

ではないのでな。他人(ヒト)の事情に首を突っ込むほど、お人好しでもないぞ。」
「… ……く、クソッ。… ……ケチ臭いコトばっか、云いやがって」
「ほっほっほ。オヌシが、三四郎の話を聞いた後であれば、ワシも知っている限りの事を話そう。… ……最も、ワシはお前がもう一度、三四郎と一緒に暮らしてくれる事を望むのじゃがな」
「冗談。狐の野郎を()るまでは、俺は止まる気はねーよ」
「マァ、そうじゃろうな。… …… …。… ……良し、分かった。それじゃあ、此れ以上、ワシも何も云うまい。それじゃな、雷電。此れから一寸(ちょっと)ワシに付き合え」
「へ?」
 俺の間の抜けた返事も其の儘に、ケンザはゆっくりと一人歩き始めた。首にぶら下げた高価なネックレスを触りながら、ケンザが首だけでついて来いと合図をしている。俺たちはケンザの後ろからぞろぞろとアリの群れのように歩き始めた。
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登場人物紹介

■竹田雷電(たけだ らいでん)

■31歳

■一週間の能力者の一人

■火曜日に電撃の能力を発揮する。二つ名は火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)

■繋ぎ止める者(グラスパー)として絶姉妹を使役する。

■武器①:M213A(トカレフ213式拳銃)通常の9mm弾丸と電気石の弾丸を併用

■武器②:赤龍短刀(せきりゅうたんとう)

■絶マキコ(ぜつ まきこ)

■17歳

■炎の能力を持つ。二つ名はブチ切れ屋(ファイヤスターター)

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち姉。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:小苦無(しょうくない)

■絶ヨウコ(ぜつ ようこ)

■17歳

■氷の能力を持つ。潜在的には炎も操る事ができる。

■絶夫婦の娘(養子)であり、絶姉妹のうち妹。

■雷電と死闘を繰り広げた後、死亡。現在は式神として雷電に取り憑いている。

■武器:野太刀一刀雨垂れ(のだちいっとうあまだれ)

■真崎今日介(まさき きょうすけ)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。五体の悪霊を引き連れる。

■奥の手:影法師(ドッペルゲンガー)

■武器:鉤爪(バグナク)

■W.W.トミー(だぶる だぶる とみー)

■一週間の能力者の一人

■水曜日に水の能力を発揮する。二つ名は水使い(ウォーターマン)

■中学校の英語教師をしている。

■日本語が喋れない。

■武器:無し

■小林マサル(こばやし まさる)

■14歳

■トミーさんの助手。通訳や野戦医療に長けている。

■阿川建砂(あがわ けんざ)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■宝石商として全世界を旅する。

■宝石を加工し、能力を向上させる品物を作る技術を持つ。

■山田(まうんてん でん)

■21歳

■死霊使い(ネクロマンサー)の能力を持つ。4体の悪霊を引き連れる。

■雷電を繋ぎ止める者(グラスパー)に設定し、絶姉妹を取り憑かせた。


■竹田三四郎(たけだ さんしろう)

■90歳 ※昭和26年時24歳

■雷電の祖父

■研究者として、かつて国立脳科学技術研究所に所属していた。

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■水川真葛(みずかわ まくず)

■※昭和26年時26歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■序開初子(じょびら はつこ)

■※昭和26年時23歳

■国立脳科学技術研究所所属

■超能力(チカラ)の器としての才能を持つ。

■夫を戦争で亡くす。子供が一人いる。

■不坐伊比亜(ふざ いびあ)

■※昭和26年時24歳

■国立脳科学技術研究所所属。所長の用心棒

■研究所設立以来の類まれなる念動力(サイコキネシス)を持つ。

その他

■一週間の能力者…一週間に一度しか能力を使えない超能力者の事。其の威力は絶大。

■獣の刻印(マークス)…人を化け物(デーモン)化させる謎のクスリ。クライン76で流通。

■限界増強薬物(ブースト)…快感と能力向上が期待できるクスリ。依存性有。一般流通している。

■体質…生み出す力、発現体質(エモーショナル)と導き出す力、端緒体質(トリガー)の二種。

■繋ぎ止める者(グラスパー)…死霊使いによって設定された、式神を使役する能力を持つ者。


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