第6話 外道狩り⑥

文字数 4,850文字

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 俺の眼の前で電球野郎の姿がみるみる変化していく。
 脈打ちながら膨張していく腕はシャツを突き破り、下半身はズボンと靴があたかも自身の積載限界を訴えるかのように歪に形状を変えて、やがて四散した。
 元々のヒョロガリだった奴の体型は今や見る影も無く、其処(そこ)には分厚い体躯から太く毛深い手足を伸ばした一匹のデーモンが立っていた。
 大まかな姿形は今まで俺が見てきたデーモンと変わりはないものの、一つ気になる点があるとすれば、()れは奴の顔だった。
 奴の両目は顔半分を占有するほど異常に大きく発達し、零れ落ちそうなほど不気味に醜く露出していた。其の血走った眼玉がぎょろぎょろと俺達三人の間を忙しなく行き来する。犬面だった芥次郎と違い、其の顔面はメガネザルを連想させた。
「うッへェ… …。なんか()のデーモン、超気持ち悪いんですケド。」
「なんだか、如何にも、って感じですね… …」
「あぁ、だな。ヴァレリィの野郎、堅気(カタギ)に面倒なモン渡しやがって。」
 如何にも、な外見。
 屹度(きっと)、奴の目玉からは先ほどとは比べ物にならないくらいの光が放出されるのだろう。其れに加えて、デーモン化による大幅な身体能力の拡大。通常の雑魚デーモンであれば問題無いのだが、ちょいと此奴(コイツ)は厄介だ。
「アノ(つぶ)らな 御目々(おめめ)… …。直視したら私たちの眼、潰れちゃうんじゃないの?」
「……間違いなく失明だろうさ。… …仕方無い。今からでも、奴にゴメンナサイして許してもらうか。」
「アハハ…、あー。アンタ、其れ、最ッ高に詰まんない。」
「面白さが求められていたとはッ!」
「… …… …もうッ、二人共。軽口してる暇ないですよッ」
 俺とマキコの与太話に、ヨウコが呆れた声を上げた。
「… …ハイ、…よッ」
 その声をタイミングに、俺達三人は合わせたように宙に飛び上がって緊急避難する。其処(そこ)へメガネザルが力の限り突っ込んできた。
 奴の振り被った太い右腕が地面に荒々しく叩きつけられ、廃工場全体に轟音が響き渡った。振動で天井から埃が沢山落ちてくる。俺達は滞空しながらその光景を眺めていた。
「ヒェー。殴られたら死ぬぞ、アレ。」
「来ますッ」
 地面から舞い上がった大量の埃や砂煙の中で、メガネザルが直ぐ様俺達の方を見上げて追撃しようとしていた。其の行動を確認して俺達は咄嗟に顔を伏せる。一瞬、奴の大きな両目が光るのが見えた。
「ジヤァアアッ」
 薄目で背後の壁に目をやると、サングラス越しでも部屋中が真昼のような明るさに包まれた事が分かった。うまく回避出来た、と思ったのも束の間、俺達三人は身体中に奇妙な痛みを感じる。
「……?! … …()ェッ!!」
「えッ!ナニナニナニナニッ?!」
「…ッ… ………」
 俺達は散開しながら着地した。会話できる程度の距離を保ちながら、其々(それぞれ)が別々の物陰に隠れる。
 俺は痛みの原因を確認する為、自身の腕に眼を落とした。
「… …ほぉー。」
 原因は明白だった。頭を庇った両腕の皮膚が、もれなく焼け(ただ)れているかのように真っ赤に腫れあがっている。奴の光の能力(サイキック)を食らった事による火傷だ。服を着ている部分は軽傷だが、(じか)に食らった所には洩れなくダメージがあった。しかも、光の照射時間自体も若干伸びているようだ。成る程、其れは至極分かりやすい能力の強化だったのだ。ヴァレリィ様お手製の小瓶は、デーモン化と共に超能力(チカラ)の強化も兼ねているらしい。俺は自身の症状を粗方確認してから、マキコとヨウコに眼をやる。姉妹(ふたり)此方(こちら)に手の平をブラブラさせて自身の症状をアピールしていた。
 現状、奴の光が直接の致命傷に至る訳では無いが、其れでも視界、つまり俺達の行動範囲は大幅に制限されてしまう。おそらくメガネザル化した奴は光で俺達の間合いを制圧しつつ、スキをついてデーモンの馬鹿力で()りに来るのだろう。あの光を何度も浴びてダメージを蓄積すれば、いずれ疲労によってミスを犯し奴に捕まるのが目に見えていた。それゆえ戦闘を長期化させるのは極力避けたい。そう考えてから、俺は姉妹に向かって左手の指を鳴らした。
「マキコ、ヨウコ。」
 自身の被弾した手を(さす)って待機していた二人が一斉に此方を向いた。
 俺は積みあがった鉄パイプの山の後ろに身を隠しながら耳を澄ます。メガネザルはゆっくりとした重々しい体重移動で、地面を踏みしめ付近を徘徊しているようだった。暗闇に紛れて身を潜めた俺達の姿はまだ見つかっていない。
「お前等、依頼人を連れて廃工場(ココ)から出ろ。」
「は?!… …何云ってンの?!」
 マキコが此方を睨みながら小さく叫ぶ。
「メガネザルの光を避けながら戦うのは得策じゃねェ。さっさと決着つけたいからよ。だから、お前等、先に避難しててくれ。」
「… ……あはは。アンタ、だから、そういう冗談は面白くないって、先刻(さっき)から云ってるでしょ?」
「そうですよ、竹田さん。こんな強力な奴、皆で力を合わせないと。」
 マキコの後に続いて、ヨウコも心配そうに俺に訴えかけてくる。通常の雑魚デーモンならいざ知らずと云ったところだが、芥次郎のような例もある。どうやら姉妹(ふたり)は1ヶ月前の戦闘の余韻を思い出しているようだったけれど、()の心配には及ばない。
「ハハーン。お嬢さん方、本日が何曜日か、もしかするとご存知でない?」
 こんな状況にも関わらず、俺は手に持った赤龍短刀(せきりゅうたんとう)を姉妹の方に向けてインタビュアーのモノマネをする。マキコは俺の言葉を聞いた途端、明らかに不快な表情を浮かべて眼を細めながら此方を見た。
「… ……… …… ……。」
「ネェ、本日は何曜日でショウカ??」
「…… …… …… … ……なんか、ムカつくから、云いたくない。」
「そうッ!其の通り!本日は火曜日、つまり俺の能力日なのデス!」
「誰も答えてないんだけど」
 マキコは意地でも自分の口から答えたくないと云った風情だった。まぁ、答えてくれなくとも良い。何せ、今日は火曜日であるという事に変わりはないのだから。
「そういう訳なので、ハイハイ。お前等はとっとと帰ッた帰ッた。後は、俺が()ッとくから。」
「… …でも、竹田さん…、流石に一人は危険なのでは……。」
「はは。有難う、ヨウコ。だけど、大丈夫だ。お前等知らねェかもだけど、俺の超能力(チカラ)だって結構捨てたモンじゃないんだぜ。」
「… …何云ってるのよ。大学で散々()りあったから、アンタの超能力(チカラ)は知ってるわよ」
「あぁ、あン時は、一般人も結構居たからね。大分、抑えて戦ってたんだ」
 俺の言葉を聞いて、マキコとヨウコはお互いに顔を見合わせる。まだ姉妹は困惑しているようだった。俺一人で奴を相手にするのは荷が重いと感じているらしい。だけれど、其れから無言のまま目線で会話をした姉妹(ふたり)は、其の少しの間で何等かの結論を出したようだった。
「… …… ……。… …あんた、ホントに、大丈夫なんだろうね?」
 マキコが口を尖らせながら、再度俺に確認する。此処(ここ)で云い争っていても仕方がないと悟ったようだ。やはりクレバーな奴等だ。
「あぁ、勿論だ。巻き添えにならないように、依頼人を連れて廃工場(ココ)から少し離れたところで待機していてくれ。」
「… …分かッた。じゃあ、ヨウコ。あたしが(おとり)になってスキ作るからさ。其の間に彼女を連れ出して。」
「…うん、分かった。」
 マキコとヨウコはテキパキと次の行動の段取りを決めていく。こういう時、二人の息はぴったりだ。阿吽の呼吸という奴で、粗方のタイミングについて姉妹は殆ど何も云う事なく合わせる事が出来る。
「よっしゃ。んじゃ俺が先行するから、その後マキコも続いて(デコ)ッてくれ。で、ヨウコが依頼人確保したらマキコも合流しつつ、足元注意で緊急避難」
「りょうかーい」
 右拳を左手に打ち付けて、パシッという小気味の良い音を立てながらマキコが頷いた。
 此の廃工場の空間は小規模とは云え、其れなりの広さがある。動き回れる空間があるというのは戦闘の際はとても有難い。まず俺はメガネザルの眼の前を横切るように、30メートル程向こうの壁を目指す事にした。其処から先の行動は其々の判断に任せる。
「いくぜ。… …ヨーイ、ドンッ!」
 俺が物陰から全力でダッシュして奴と並行に走る。横目で野郎を確認すると、奴のデカい眼玉が直ぐに俺の姿に食いついた。
「へへッ。… …ヨイショッ、と。」
 俺は握った左手を開くようにしてメガネザル野郎に向かって振り上げた。五本の指先にまとわりついた雷が、弾けるように奴目掛けて飛んでいく。青く小さな雷撃が空中に幾つもの幾何学模様を作った。奴のチャームポイントは大きな目だ。だから此方としても、其れを狙わない手は無い。奴の両目に電撃が収束して突っ込むと、其の拍子で引き裂くような破裂音が辺りに響き渡った。
「ギャァッ!!」
 野郎が眼を瞑りって叫び声を上げる。反動で奴の頭が後方に吹っ飛び、其れに釣られて身体全体がふらりと態勢を崩した。
 眼を移すと、既にマキコは天井近くまで飛び上がっており、何度か腕を振りかぶった後だった。其れから直ぐ遅れて五発ほど爆炎(ファイア)の爆発音が響き、メガネザルの姿は煙幕に包まれて見えなくなった。
「ヨーコッ!」
 マキコが両手を口に当てて上空から言葉を発する。ヨウコは其の隙をついて女を抱きつつ、予定通り鉄扉に向かって飛んでいた。マキコが俺の方を振り返るので、俺は其の顔に向かって手の甲を二三度振った。マキコは憎たらしい顔で舌を出してから、直ぐ様マキコの後を追って外に出た。
 滞りなく事が進んだ。とても良い感じだ。俺は物陰から出て、煙幕の中に居るであろうメガネザルを前方に見据えた。徐々に煙が消えていき、少しずつ化け物の姿が浮かび上がっていく。
 俺は左手を開放して赤龍短刀を其の場に落とし、空手にリラックスした態勢で正対した。
「へへへ… ……こいよッ」
 太い獣の両腕が無造作に煙を掻きわけ、やがて姿を現した。突き出すように現れた顔面は、俺の電撃とマキコの炎にやられて所々が焼け焦げていた。頼みの目玉も酷く充血しているようで、其の大きな瞳が何度も瞬きを繰り返していた。
 此処から見ても奴の眼玉には明らかにダメージがある。では、奴は光を使わないでデーモンの馬鹿力のみに頼って攻撃してくるか?いや、あの眼玉から放出される光は、奴にとってこの上ない矜持(プライド)のようだ。此れまでの攻撃でも奴は過剰すぎる程其の力に頼っていた。其れはデーモン化した後の攻撃を見ても明らかだった。理由は分からないが、奴は自身の超能力(サイキック)に強い(こだわ)りを持っている。だから次の攻撃も、奴は必ず光を放つ。自慢の光で此方の動きを十分制圧してから、トドメだけ腕力に頼るのだろう。そして、コッチとしてもその方が都合が良い。
「ギギギギ… ………ギ、ギ… ……ジャアアアアアアアッッツ!!」
 当てをつけた通り、奴は全身に力を込め光を照射した。此れまでで一番力の籠った攻撃だった。
 俺は眼を瞑りながら奴の光を一身に浴びた。格好つけて正面から受けて立ってはみたが、やはり痛いモンは痛い。まぁ、良いや。俺は久々に自身の超能力(サイキック)を存分に発揮できるので、若干ハイになっているのだった。
 ゆっくりと両腕を頭上に持ち上げると、指と指の間に幾つもの放電現象が発生する。俺は其の何時(いつ)もの

が心地良くて堪らない。其の内、バリバリと破裂音を響かせながら、徐々に幾つもの稲妻が青い龍のように暴れはじめ、うねりながら解放される時を待っていた。頭の中に濁流のような思念が何度も押し寄せてきて、記憶がトびそうになる。そろそろ、良い頃合いだ。
「…… … ……ほぉおらッ、よッ!」
 振り下ろした両腕から、青紫に鋭く光る極太の稲妻(サンダー)が吐き出される。周辺の空気を微細に震わせ、幾つもの電撃をまき散らしながら稲妻(サンダー)は一度上方へ向かった。それから下方へ進路を変え一気に滑り落ち、奴の脳天目掛けて激しく落雷した。瞬間、辺りを猛烈な爆発音と衝撃が襲い、其れをモロに受けた俺は身体を後方へ吹き飛ばされた。




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