第52話 それぞれの断章#9
文字数 7,039文字
俺は突然の水川の告白に愕然としながらも、何とか声を絞り出した。水川の過去、心の奥底に漂う憎しみが、痛いほど俺にも伝わって来た。そして、水川が欲する復讐装置としての
「…… …分かっている」
「… …… …お前は、あの
「… ……俺たちは皆、奴等から大切な人を奪われた。…… …今度は、奴等が俺たちの受けた悲しみを味わう番だ。」
「眼を覚ませ、水川ッ!奴らにも、大切な人が居るのは同じ… …」
俺が言葉を云いきる前に、水川は飛び上がるように立ち上がり、両手で俺の胸倉を掴み上げた。其の恐ろしい程の握力で、俺の首が容赦なく絞めつけられる。両眼を涙で濡らした水川の顔が、怒りに染まっていた。
「…… …ぐっ… ……」
「……知るかよ、そんなモン… ……。…奴等は突然、俺たちの国に来て、街に爆弾を落したッツ。無抵抗な人々を、殺しまくったンだッツ」
「…… … …日本人だって、同じコトをしているッ… …其れが、戦争だ… ……」
水川の目つきが鋭さを増し、胸倉の絞めつけが更に強くなっていく。
「…… … …。… …おい、良いか、三四郎ッツ。… ……俺は、そんな、教科書にでも載っているような、詰まらない話をしてるンじゃないぞ。…… …奴等がどういう境遇かなんて知るモンか。…… … …俺は、俺の大切な仲間を殺した奴等を許さない。… ……
怒声のような言葉が水川の口から吐き出される。俺は首を絞めつけられながらも、水川の表情を凝視していた。
「…… … … ……」
「
「…… …!」
其の時俺は、水川の眼の奥に一瞬、
「…… … …… …クッ… ……」
「… …… … …!」
地面へシコタマぶつけた右腕を庇いながら、水川が上体を起こす。
「…… … …… …」
「…… …す、すまんッ」
「… … ……」
「だが、水川ッ。冷静になってくれ。お前も見ただろう?暴力的な
「うるさいッッ!」
「俺や序開は、お前にそんな人間になってほしくないんだッ!!」
「… …!」
座り込んだ儘の水川は、俺の言葉で我に返るように眼を見開いた。何処か一点を
「…… …畜生ッツ!!!」
水川はそう云いながら、何度も拳を地面に叩きつけた。俺は、そんな水川の姿を只、見ているコトしか出来なかった。
それから三十分程経ったのか、俺と水川が気まずい雰囲気の儘其の場に居ると、何時の間にか序開が俺の後ろに立っていた。
「… …… …水川さん… ……」
序開が水川の元へと駆け寄っていき、地面に座り込んでいた水川の背中を抱きしめた。水川の姿を見て、序開は何か
***
「竹田ァ。来客ゥ」
次の日、俺が研究室で検証データを眺めていると、同僚が声を掛けてきた。俺は資料から顔を上げ扉の方を向くと、開いた扉に見覚えのある
「直ぐ、行く」
俺は資料を片付け扉を出ると、既に阿川は先へと歩き始めて居た。廊下の窓際に指をなぞらせて、指先についた埃を、息を吹きかけて
「
「… …… …相変わらず、汚ねェなァ、お前ンとこの研究所」
「仕方ないだろ。当番制だけれど、忙しくて中々手が回らないんだ。」
「ふうん。… ……屋上、行こうぜ。」
「ああ。」
勤務初日、
「… …お前、其の指輪は、マズイんじゃねーの?」
「なんで」
「仮にも、一応、僧侶だろ」
「僧侶がお洒落して何が悪い」
「
「ああ、ああ。嫌だ嫌だ。お前もそんな頭の固いコトを云ってンのか。こんな身形してるけれど、俺はチャーントお勤めはしているよ?現に
「こんな破戒坊主の口車に乗せられている檀家さんが、不憫でならない」
「誰が詐欺師だって?… ……て云うか、此の指輪、大層綺麗だろ?久しぶりに惚れ込んだ逸品なんだよ。お前も一つ、どうだ?」
「要るか!」
面と向かって話をしてみると、阿川はとても饒舌で人懐っこい男だった。又、同い年と云うコトもあり、何処か連帯感のようなモノを互いに感じた俺たちは、急速に距離を縮めていった。今ではもう軽口を叩き合うようになり、かなり心を許し合う仲だ。
既に勝手知ったる阿川の先導に任せて、俺たちは屋上に繋がる階段を上った。阿川が鉄扉のドアノブを回して押すと、扉が金切声を上げながらゆっくりと開いていく。
「… …良いねぇ」
屋上に出ると、広場が何処までも広がっていた。そもそも、此の研究施設自体は一階建てであるが、其の上部全てを屋上として開放している。其処彼処には長椅子も設置してあり、今も研究員や
「ナァ、竹田。此の風景、素晴らしいじゃねえか。」
「… …何回目だよ、其れ。」
「へへ、そうか?」
辺りを見渡すと、学生と思しき
「先月は研究所に来なかったようだが、何か急用でもあったのか?」
俺は、
阿川は俺の問いを聞いているようだったが、少しの間、風景を眺めているばかりだった。が、不意に此方に眼を移して口を開く。
「…… …お前、
「え?」
「…… … ……」
阿川は俺が何か語るのを待って居るかのように、黙って居る。
「…… … …一体、何のコトを云っているのか、皆目見当もつかないんだが。」
だが、少しも心当たりの無い俺は、気の抜けた声で答えるのみだった。
「… …… …。…… …そうか。… …… …恐らく研究所でも、限られた人間にしか周知されていないのかも知れんな。」
「… …… …。……どう云うコトだ?」
「…… …
突然見知らぬ人物の名を語り出す阿川。其の目つきが、異常に鋭い。
「……
「そうか。」
「… …其れが、一体どうしたって云うんだ」
「森山我礼。
「暴れ回っているって… ……。… …それで、怪我人は出ているのか?」
「既に何人もの死傷者が出ている。早急に対処せねばならん」
「… …… … ……なんてこった。
そんな嘆息混じりの俺の言葉を、まるで呆れるかのように、口角を上げながら阿川が云う。
「相手が
「え?」
「…… … ……此の森山我礼と云う男。マッタク、普通じゃない。伊比亜等、森山と比べれば可愛いモノだ。…… …森山の
「… ……お前、そんな作戦に参加して、良く無事で帰って来られたな。」
俺は阿川の突拍子の無い話を聞きながら、なんとか頭を整理していた。不坐とは比べモノにならない程の
「今回は初参加と云うコトで、俺は前線には出ず、少し引いて後方支援に徹していたのさ。だから、怪我等はしていない。… …御陰で、客観的にヤツの
阿川はそう云いながら、
「戦闘が終わった後は、文字通りの焼野原さ。まるで他国と一戦交えたかのような荒れっぷりだった。」
「…… … …そんな怪物のような男を、捕獲なんて、…… …本当に出来るのか?」
「さあね。其の辺は、お偉い方に考えてもらうさ。マァ、いずれにせよ、俺が前線に投入される日も近いだろう」
「… …… …気をつけろよな。」
「云わずもがな。まだまだ、世界中に転がる美しい宝石を見つける為にも、こんな所で死ぬワケには行かねェよ」
阿川はそう云うと、屋上の柵に片腕を
「ところで、お前の方は何も問題は無いか?」
阿川が真っ青な空を見上げながら、紫煙を漏らした。其の言葉を聞いて、俺は不意に昨日の水川のコトが頭を
「…… …。… …
「そうか。… …もし何か困ったコトがあれば、寺に電話をくれりゃ良い。直ぐに駆け付けるコトは無理だが、相談に乗るコトくらいは出来るだろう」
「ああ、有難う。」
不坐から襲撃を受けて以来、阿川は俺たちのコトを気に掛けてくれている。其れが純粋な善意からなのか、其れとも、俺や水川、序開が『
『…… …三四郎。……俺は… ……。… ……俺は、
水川が俺に云い放った言葉。アイツはあの時、酔った勢いとは云え、心の底から
「…… …阿川。」
「… …なんだ?」
水川の言葉を思い出した俺は、改めて一つだけ、阿川に確認したいコトがあった。
「…… …お前は、俺たちの持って居る『器』についてどう思う?」
「……… …どう、とは?」
阿川が怪訝そうな顔を俺に向ける。予期して居なかった俺の質問に、面食らっているかのような表情だった。
「… ……詰まり、俺たちが
其の俺の言葉を聞くなり、阿川の表情が険しくなる。
「… ……竹田ッ、お前、まさかッ」
「…… …待て。勘違いしないで呉れ。俺には一切、そんな気は無い。あんな危険な
商品価値
があるのか。…… …もしあるのならば、俺たちは今後も、其れ相応の自衛をしなければならない。夜勤等のトキに何時片倉が云ったように、そんな移植技術等、無いのならば其れで良い。物理的に不可能なコトが分かれば、俺たち三人は此れからも平穏な日常を送って行ける。そして水川も、あんな馬鹿な考えを改め、諦めてくれるハズだ。俺は、阿川の口から其の言質が欲しかった。此の男が云うのならば、俺は信じるコトが出来る。そう思って居た。だが--
「…… …… …。」
「…… … … ……」
阿川が開きかけた口を
「…… … …。…… … ……正道高野の僧侶なら。… …… …… ……或いは、可能かも知れない。」
「… …… …… …なんだってッ!?」
俺は何処かで、阿川が不可能だと云ってくれるのだと、心の何処かで妄信して居たのかも知れない。其れ程に、阿川の言葉は俺の心に重い衝撃を与えた。あまりのコトに、自身が此の上無く
「…… …な、何故だ。…… …そんなコトが、本当に、可能なのか?… …… …」
そんな俺の姿を正面に見据えながら、阿川は真剣に言葉を紡いでいった。
「…… … …。…… …簡単なコトでは無いだろう。… ……何故なら、
「…… … … ……」
「…… …だが、以前にも話したと思うが、俺たち
「… …… …」
「『別の場所に存在する
「…… …まさか…… …… …そんなコトが…… … …」
「問題は、
何処から移植するか
だが。神仏の力を移植する、なんてのはありえないだろう。別の人間の持つ超能力を移植する
。此方についても未知数ではあるが、まだ可能性があるのかも知れない。其処で問題となるのが、どうやって其の人間の持つ「…… …分からないだってッ!?…… … …分からないのであれば、そんなの不可能だって、否定して呉れよッツ!!
「… …… …… …… … …… …」
俺は堪らず、阿川に向かって叫んでしまう。だが、阿川は其の俺の言葉に対して、肯定も否定もしなかった。其のコトが殊更、俺の心を冷たく揺さぶるのだった。
俺の其の、まるで懇願するかのような悲痛な叫び声に、阿川が心配するように云う。
「…… …おい、竹田、落ち着けよ。お前、一体、どうしたって云うんだ!?」
俺は急激に感じる頭痛にこめかみを抑えながら、肩に添えられた阿川の手を力の限り振り払い、一人屋上を出て行った。俺たちの此の身体に、