第3話 嘘偽りのない事実

文字数 4,145文字

 知見と経験の差を振り(かざ)して、ローレンはこの計略を機に海賊団の事実上の束ね役となっている姿を誇示しようとしているようであった。
 他方でリリアンも執念だけは負けじと声を張り上げ、何とか反撃を試みようとしていた。


「…そうね、あんたは本当に要領が良いから、迷いなくそういう策を実行できるのかもしれない。でも、こんな荒事は(むし)ろ愚策よ! メンシスと関係性を断つつもりでも、露骨に法を犯して大陸軍が黙っているはずがない…国際的に指名手配されでもしたら、あんたは部下たちに責任がとれるの!?」


 だが声を振り絞る若き首領の糾弾(きゅうだん)を受けて、冷静沈着な青年からは不似合いな乾いた高笑いが飛び出した。

 潮騒(しおさい)篝火(かがりび)()ぜる音を()()けるように、その嘲笑(ちょうしょう)は甲板によく響いていた。


貴女(あなた)がそんな言葉を使えるのはもっと先の話だと思っていましたよ。1年前に急逝(きゅうせい)した先代の遺言で、娘である貴女(あなた)(よわい)15にして後継に立てましたが、昨今(さっこん)の急変する時世において()だ経験の浅い貴女(あなた)にこの海賊団を束ねることは、やはり荷が重すぎたようですね。」

「先代には多大な恩義がありましたし、貴女(あなた)の物覚えの良さと向上心の高さには感心していましたが…精神的にはまだまだ未熟だったと言わざるを得ません。それに…。」


 ローレンは若き首領としての立場を(とが)めながら、捕縛していたネリネの身柄を別の乗組員に預けた。最早(もはや)リリアンに味方をする乗組員がこの場に存在しないことは明白であった。

 そしてローレンは組み伏せられたままのリリアンにゆっくりと歩み寄り、一段と低く冷たい声音で差し迫った。


貴女(あなた)は海賊を何だと思っているんですか? 法を()(くぐ)り権力に付け入ることで需要と供給を結び付けることが海賊の存在意義であり、あからさまな野蛮を働くことではありません。海賊団の存続のためにその区別を付けられない貴女(あなた)は、()だ我々の首領に相応(ふさわ)しくなかった。」

「そしてメンシスから撤退するに当たり、

迅速に判断しなくてはならないのです。今回のネリネ嬢の拉致(らち)は、あの伯爵(はくしゃく)隠蔽癖(いんぺいへき)(ゆえ)に大陸軍に助力を仰ぐような可能性は限りなく低いと見積もったうえでの策略なのですよ。現に、身代金を命じて数時間が経ってもメンシスの街は沈黙したままでしょう。」


 リリアンはローレンに理詰(りづ)めで圧倒されてもなお、必死に気丈さを保とうとしていた。この状況を打開する(すべ)を模索するように、我が物顔で振る舞う幹部へと噛み付いてみせた。


「…だとしたら何? 悠長にこのまま停泊し続けるつもりなわけ? あんたが(いく)猶予(ゆうよ)を与えたのか知らないけど。」


 だがローレンは表情を変えることなく、更にリリアンに顔を近付けて何かを囁きかけた。


 それが引き金となったのか、リリアンは瞳を大きく見開き、(たかぶ)った激情を(わめ)き散らした。


 その直後、リリアンの身体に青白い輝きが宿り、彼女を中心に衝撃波のような風圧が膨れ上がって、船体を()()微塵(みじん)に破壊し乗組員諸共(もろとも)宵闇(よいやみ)へと巻き上げた。
 
 それはほんの一瞬の出来事であり、同じく宙を舞っていたネリネの記憶は、その後海に落ちたのか何にぶつかったのかも(わか)らずそこで途切(とぎ)れていた。


**********


「…これが私の知っている顛末(てんまつ)。きっとあの首領は憤怒(ふんど)か何かの悪徳にでも(おか)されて、厄災の元凶になったんじゃないかしらね。どう? 満足した?」


 依然として乗り心地の好ましくない馬車に揺られながら、ネリネは可能な限り鮮明に客観的な記憶を開示してみせた。
 

(うそ)(いつわ)りはなく、嫌疑をかけられる(いわ)れはなかった。

 他方のカリムは只管(ひたすら)筆を動かすことに没頭しており、どこまで正確に記述を残したのか定かではなかったが、(やが)て小さく溜息をついて当たり(さわ)りのない感想を口にした。


成程(なるほど)…ヴァニタス海賊団も一枚岩じゃなかったってことですね。」


 その的外れのような、無関心のような返事がかえって(しゃく)(さわ)り、ネリネは窓際に頬杖を付きながらその愚鈍(ぐどん)さを(なじ)ろうとした。


「なんでそんな適当な感想になるわけ? 大体、元を辿(たど)ればこの厄災の原因は大陸議会側にもあるんだからね!?」



 ネリネの突飛(とっぴ)な切り出しにカリムは不意を突かれたのか、その真意を見計らうべく羊皮紙から顔を上げ、小さく問い返した。


「…と、いいますと?」


「この前大陸議会で関税法に係る特措法が成立したでしょう? 来年に控えた千年祭の実施に当たって、輸出入品の審査に大陸平和維持軍が介入することになったって話よ。だからお父様は早急に海賊団との取引契約を破棄して、特措法の施行前にその痕跡を綺麗(きれい)さっぱり無くそうとしたの。」

「…結果的にはそれが(あだ)になって海賊団の反感を買ったみたいだけど。少なくとも私が拉致(らち)されたことと大陸議会の決定は無関係ではないってことよ!」


 ネリネは顔を(しか)めて(まく)し立てながらも、この主張が何の(いわ)れのないただの当て付けであることを十分認識していた。
 そのような文句を大陸議会の雑用を自称する青年にぶつけたところで、ただ不快感を(あお)るだけにしかなり得なかった。
 
 それでも無関心という曖昧(あいまい)な立ち位置よりかは、更に突き放して明確にこの青年と距離を置きたいという魂胆(こんたん)が、ネリネの中に確かに存在していた。


「…まぁ、結果論ですけどねぇ。でもメンシス港に密輸品が(まか)り通っていたことは事実みたいですし、どうしてそういう慣例ができ上がっちゃったんでしょうね。」


 それでもカリムは、無難で他人事のような反応しか示さなかった。必要な事実関係の聴取はもう済んでしまったからなのか、先程までの太々(ふてぶて)しさは息を(ひそ)めていた。

 結果として令嬢であるネリネに同調するかのような姿勢に移り出していているようにみえたが、ネリネはその様子を生意気に捉えつつも、そのまま愚痴を垂れ流すように話し続けた。


「知らないの? ラ・クリマス大陸には2大交易都市があると言われているけど、ソリス港の方が首都にも近隣諸外国にも近いから表玄関として圧倒的に栄えている一方で、メンシス港は漁村と近いことくらいしか取り()のない裏手の通用口みたいなものなの。海外から渡航しようにも潮流に逆らわなければならないしね。」

「だから密輸品流通の温床となるには格好の穴場だった…まぁきっとお父様が愚かにも海賊に付け込まれて、闇市場を拡大させてしまったんでしょうけど。」


 ネリネの(あき)れたような口ぶりに、カリムは淡々と相槌(あいづち)を打った。


「メンシスの闇市場は、エクレット伯爵(はくしゃく)の代に構築されていったということですか?」


「さぁね。少なくとも私が物心ついた頃にはもう存在していたわ。結果としてメンシスはソリスに引けを取らないくらいに栄えたけれど、そこには密輸品に掛ける独自の関税だのが大きく寄与していたわけで、大陸議会に目を付けられて化けの皮を()がされるのは時間の問題だったでしょうね。」


「議会は決してメンシスを狙い撃ちするために特措法を成立させたわけではないと思いますが…。」


「どうかしらね。お父様は(みずか)ら密輸品を周辺の領主や貴族やらに売り(さば)いていたみたいだし、いつ告発されても不思議ではなかったと思うわ。」


「…ネリネ嬢様は、随分とお父上のことを悪く(おお)せられるのですね。」


 ()り気なくカリムが何かを見透かしたように(つぶや)き、ネリネは一瞬動揺した。

 だが

は、何もかもが明るみに出た今となっては至極どうでも良いことのように思えた。


「…別に。客観的に見て法を犯し続けていたことは明らかだし。」


「でも貴女(あなた)は事実上、その領主の跡取りだったんですよね?」


 立て続けに、ネリネはいつか言われると覚悟していたことを(つい)に指摘された。(みずか)らがその責任から目を背けた事実は、もう変えることは出来(でき)なかった。

 だがそれ(ゆえ)に、どう答えるべきかを(あらかじ)め決めていた。
 
 ネリネはカリムから視線を()らして少し気まずそうに間を取ると、思い悩む振りをして用意していた言葉を絞り出していった。


「…そうね。そういう風に思われても文句は言えないでしょうね。でも密輸品の流通拠点は、昨夜の竜巻で跡形もなく吹き飛んだでしょう。もし密かに闇市場が生き残っていたとしても、復興のために立ち入る大陸軍によって淘汰(とうた)されるんじゃないかしら。」

「多大な犠牲を払ったことは惜しむべきだけれど、メンシスを浄化するためにはそれだけの代償が必要だったのかもしれないわね。これを機に、綺麗(きれい)な貿易港として再興することを願うわ。」


 それは証拠隠滅も(はなは)だしい、何もかもを都合よく無かったことにする責任放棄の極みであった。さすがのカリムも、この親にしてこの子ありと言わんばかりに呆気(あっけ)にとられたように見えた。

 それでもネリネは間髪を入れずに、準備してた台詞(せりふ)を続けた。


勿論(もちろん)、私も他所事(よそごと)のように片付けるつもりはないわよ。いま親族の元に身を寄せようとしている理由は、私自身商業や貿易について一から学び直す機会を獲得するためでもあるの。そして近い将来メンシスの再興に一商人として貢献したい…その行いを贖罪(しょくざい)と見なしてもらえるかは別としてもね。」


 あくまでしおらしく、(よわい)相応の未熟さを(もっ)て、空っぽの野望を掲げてみせた。
 実のところそのような青臭い努力をしたいとは微塵(みじん)も考えたことはなく、そもそも護送先で世話になる予定の親族とは何の面識もなかった。

 詰まるところ、これまでに既成(きせい)事実と虚実を練り上げて投影したネリネという人物像に、(ささ)やかな自戒を込めた夢物語が(さぞ)かし愚かしく映ることを期待していた。
 道化(どうけ)を演じるつもりは毛頭ないが、目の前の青年には無関心よりも、近寄りがたい嫌悪を(いだ)いてもらった方が都合が良かったのである。


「…成程(なるほど)ですね。そんな日が1日でも早く到来することを私も願っています。」


 相変わらず無難で面白味(おもしろみ)のない感想しか述べないカリムだったが、少しははっきりとした距離感ができたのではないかと、ネリネは(わず)かな手応えを感じていた。


「ところで最後に1点だけ、個人的な質問をさせていただきたいのですが…。」


「…何よ?」


「もし今回の厄災の元凶がリリアン・ヴァニタスという女性だとして、彼女の身柄が大陸軍に拘束されたとしたら……貴女(あなた)は彼女の解放を進言したいと思いますか?」
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登場人物紹介

【ドール】齢19の修道女。

▶ラ・クリマス大陸北西部にあるディレクト州の歴史ある街ディレクタティオで暮らしており、グレーダン教の総本山であるディレクタティオ大聖堂に連なる修道院に属している。

▶生まれつきの白髪が忌み嫌われ、赤子の頃に大聖堂に託された孤児だった。

▶対人関係が希薄なため幼い頃から本の虫であり、好奇心が旺盛。

▶その性格が災いしてか、あることをきっかけに異端者、廻者として糾弾されることになり、その理不尽な仕打ちを機にラ・クリマスの悪魔を顕現させてしまう。

【死神】ドールの命を狙い対峙する謎めいた人物。

▶グレーダン教徒に似た紫紺のローブを纏い、真っ白で無機質な仮面を着けている。

▶グレーダン教に代々継承されてきた司教杖に似た、武器と言い難い杖を構える。

▶その先端に着装された黒い鉱石からは、悪魔を脅かす不思議な力が醸し出されている。

▶「死神」という名称は、ドールが便宜上付与したものにすぎない。

【ネリネ・エクレット】齢16の貴族令嬢。

▶大陸南東部ヒュミリア州、2大交易都市の1つであるメンシスを治める領主ホリー・エクレットの1人娘。

▶穏やかで物腰柔らかな性格だが、箱入り故に世間知らずである。艶のある金髪の持ち主。

▶だが突如メンシスを襲った猛烈な竜巻で被災し、親も家も失う。

▶街の再建を大陸軍に任せて親戚の元へ身を寄せることになるが、その言動はまるで別人になったようであった。

【カリム】大陸議会の事務官を名乗る青年。

▶年齢はネリネと同じくらいと思われ、左目を前髪で隠しており陰気そうな印象である。

▶身に付けている赤を基調としたシャツと議会所属を表すバッジを留めた黒地のチョッキは所定の制服のようなもの。

▶馬車に乗りメンシスを去るネリネに随行し、竜巻被害について聴取しようとする。

▶大陸北東部の孤児院の出身で、過去に何か苦い経験をしているようである。

【リリアン・ヴァニタス】ヴァニタス海賊団の若き首領。

▶巻き毛の金髪が特徴で、体術では随一の戦闘力を持つ。

▶急逝した父の遺言により、齢16にして首領の座を継承しているが、経験が乏しく未熟であるため、父の右腕であった幹部ローレンの助力を得ながら海賊団を存続させている。

▶海賊団はアルケン商会という善良な団体を騙る裏で、密輸品などの取引を働いていた。

【ロキシー・アルクリス】齢17の女使用人。

▶大陸中央部プディシティア州にあるセントラム農業盆地の領主クレオーメ・フォンス伯爵の別邸に仕える。

▶物心ついた頃から母レピアと共に別邸に棲み込みで従事しており、あまり外界との接触がない。

▶長い藍色の髪をしており、やや陰鬱な印象とは裏腹に齢離れした恵体の持ち主。

▶使用人長でもあるレピアとともに好からぬ秘密を抱えており、大陸軍側からの詮索を敬遠している。

【ルーシー・ドランジア】大陸平和維持軍 国土開発支援部隊の隊長。

▶すらりとした上背に長い黒髪を湛え、銀縁の眼鏡の奥に黄金色の瞳を覗かせる齢28の女性。

▶メンシス港の機能停止を受け、セントラムの生産品の出荷計画などを見直すべく部隊を牽引しフォンス邸別邸を訪れるが、密かに別の目的も念頭にあるらしくロキシーに探りを入れる。

▶飄々として掴みどころのない性格。身内も大陸議会の関係者であるらしい。

【ステラ・アヴァリー】齢24の孤児院管理人。

▶大陸北東部カリタス州の新興都市グリセーオで大陸軍が設立し運営を委託するジェルメナ孤児院に従事している。

▶領主キーウィ―・アヴァリーの1人娘であり、2年前に母から管理人の立場を継承している。

▶赤みがかった茶髪を三つ編みで束ねている。世話焼きで責任感や正義感が強い。

▶過去に厄災を経験して以来、1人でも多くの親なき子の命を護りたいと身を粉にして働いているが、結果としてこれ以上収容できないほどの孤児を拾ってしまい、食糧などの遣り繰りに頭を悩ませている。

【リオ】かつてジェルメナ孤児院で暮らしていた少女。

▶物語開始時点から7年前、グリセーオ西端を流れる川に独り漂着していたところを救助されたが、虚弱体質に陥っていたためジェルメナ孤児院に引き取られ静養することになる。

▶救助以前の記憶をほとんど引き出すことが叶わず、当時は齢7,8程度と推測されていた。

▶2年後に『強欲の悪魔』を顕現させてしまい、命を落としている。栗毛と鈍色の瞳が特徴。

【ピナス・ベル】伝説の瑠璃銀狼の血を引くラピス・ルプスの民の少女。

▶外見は齢12,3ほどだが、人間と比べて齢を重ねる間隔が緩やかで、既に30年生きている。

▶大陸北部アヴスティナ連峰の中腹にあるクラウザという集落で同胞と共に密かに暮らしている。

▶とある目的を果たすため『貪食の悪魔』を宿して鳥の姿となり、大陸西部へ向かっている。

▶7年前のとある出来事で人間側との軋轢を経験し、その際に『貪食の悪魔』を宿した母を失っているほか、サキナとも面識をもっている。

【オドラ―・ベル】ピナスの祖父であり、クラウザの集落を束ねる長老。

▶齢200を超え、ラピス・ルプスの民の特徴である銀色の毛並みは灰色にくすみ、全身毛むくじゃらである。

▶大陸の人間が内戦時代を経て現代に至るまでの歴史だけでなく、千年前から続く厄災についても口伝により知識を蓄えている。

▶人間と対立する気はないが、緩やかに数を減らしてく一族の行く末を憂い、『貪食の悪魔』を同胞から生み出さぬためにも、人間の手を借りてでも種を存続させるべきか思案している。

【クランメ・リヴィア】齢28の博物館職員兼調査研究員

▶大陸西部グラティア州、首都ヴィルトス近郊のアーレア国立自然科学博物館に従事している。

▶やや小柄で、分厚い眼鏡と象牙色の髪が特徴。大陸南西部ミーティス州の農村出身で、独特な訛りで喋る。

▶ルーシーとはグラティア学術院で同期生の関係だが、当時はあまり好ましい印象を抱いていなかった。

▶ラ・クリマスの悪魔の『封印』に関わるとある仕事を引き受けている。

【イリア・ピオニー】齢26にして大陸平和維持軍 国土開発支援部隊の隊長を務める軍人。

▶桃色がかった金髪と強い正義感の持ち主。国の平和のため心身を尽くそうとする厳格な性格。

▶現代に至る国内軍事を統括し続けた由緒あるピオニー家の娘。父ジオラスは元帥の地位にあり、2人の兄も同じく軍人である。

▶十代のころに出会ったルーシーの理想に感銘を受け、励まされたことでその背中を追い続けている。

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