其の八  北條 円 (Ⅰ)

文字数 2,140文字

一週間後、陣さんの綴り(調査)によって、問題のあらましが見えてきた。
希の「プロムナード」の大切なお客さまで、独創的な「抹茶もなかアイス」の食べ方を教えてくれたという池崎雄二さんは、昨年の霜月に自死されていた。

添付されていた京都杉村工務店の映像には、浅黒の四〇代の社長を中心に、武骨な大工が木材や鉋、鋸を手に、楽しそうに照れながら踊る姿がうつる。一五年ほど前に、京都のちいさな地方局限定で放映されていたというが、平成というよりも昭和感たっぷりの手作り感たっぷりのほほえましいレトロなテレビCM。その後ろには新入社員とおぼしき池崎氏、魚住氏の姿も見える。
「京都杉村工務店」は、住宅建築専門の会社であるがハウスメーカーではない。その名の通り京都の和風建築、町屋建築、路地裏の狭小住宅などを得意とする、職人気質の大工の社長を中心とした請負型の工務店。顧客本位の地道で真面目な仕事をしてきたことが評価され、建築関係の雑誌や地方新聞にも何度か取り上げられ、地元に根差した優良企業としてとして市や府からも表彰されている。ファイリングされている新聞や雑誌の切り抜きの写真が五〇代、六〇代と変化しても、社長ではなく、親方と呼ぶにふさわしい、浅黒く日焼けした笑顔は変わらない。
しかし、その杉村社長が二年前、脳出血で倒れる。お酒が好きで血圧が高かったらしい。副社長だった妻もその数年前にガンで亡くなっており、子供もなく一人暮らしで発見が遅れたことも症状を悪化させる原因となった。何とか命は取り留めたものの、意識もおぼろで、会話もできない容態となった。
社会復帰は絶望的、突然のことで後継者を決めていなかったことから、社長の二人の弟妹を中心に、親族の間で会社存続についての話し合いが行われた。そして、その後を継いだのが、社長の妹の子供で、まだ三〇歳になったばかりの甥の田中祐樹だった。

ここから「京都杉村工務店」の経営方針、業態は一変する。
前社長の自宅や会社の土地を担保に銀行から巨額の融資を受け、土地の開発、宅地造成を手掛けるデベロッパーと呼ばれる事業に参画していく。「工務店」と「デベロッパー」は、どちらも主に住居用の不動産に関わる仕事だが事業形態は別のもの。前者は、設計、建築、改築の請負業だが、後者はみずから土地を購入し、それを宅地用に造成、分割、その上に家を建てて販売するという一連の宅地不動産開発事業である。単純な設計力、建築力ではなく、土地に関する情報力やその販売力、営業力が事業の根幹だと言ってよい。
確かに、土地を仕入れ、宅地を開発、造成し、その設計建築を一手に行って販売できれば、利益は、単純な建築設計費の数倍から十数倍のものとなる。
しかし、それだけ失敗したときのリスクも大きい。
個人の施主から注文を受け、自宅の建築、改修を請け負うだけであれば、一件あたりの金額も小さく、銀行ローンの承諾が下りれば支払が滞る可能性はほとんどない。しかし、デベロッパーは、先に広い土地を仕込むため、造成した宅地が売れなければ、数億、十数億という負債を抱え込むことになる。また、一つのプロジェクトのスタートからゴールまで数年、中には十数年かかるものもあり、長期的な見通しと豊富な資金力が必要となる。
関西にも、大手と呼ばれるデベロッパー企業はたくさんある。土地に関する情報網や営業力、リスク管理能力は、ノウハウも経験もない地場の工務店に太刀打ちできるようなものではない。結局、他の企業が見向きもしない住宅地として不向きな土地を高値で購入させられることになる。京都市内の住宅用地不足を見込んだのかもしれないが、土地・建物のどちらも、それを上回る強気な価格設定がなされている。
そのしわ寄せとなるのが、これまで無理な営業活動など経験したことのない社員たち。

大手のように広告宣伝にお金をかけられないため、電話帳を端からめくり、何の手づるも見込みもないまま、飛び込み営業をくりかえす。この一週間の調査でも、社員は一日中飛び回り、会社に帰ってくるのは午後七時、毎日、夜中の十二時を過ぎるまで、社内の灯りが消えたことがないという。
時間をかけて地域社会に深く根付いた信用と言う根は、大手が巨額の資金を投じても得られるものではない。田中祐樹も、不動産や建築業界の全体像、その中での京都杉村工務店の社会的なポジションや培ったノウハウについて、十分な修業をしてから引き継げば問題は起こらなかったろう。しかし、世の中の「勝ち組・負け組」という風潮に流され、会社が長年、蓄積してきた資産や信用を担保に、何の経験もないまま、これまでの業態とは正反対の不動産投資に突き進むことになった。
以前のものと現在のホームページを見比べると、企業イメージは一変し、「勝ち組・負け組」「ウイン・ウイン」「ジャパニーズドリーム」という田中新社長の自己顕示欲をアピールするものにかわっている。
一方で、新築住宅を手掛ける工務店の評価サイトの点数は高く、「是非お勧め」「本当にお世話になった」「わたしたちの夢を形にしてくれた」と言った称賛のコメントが並んでいる。ただし、よく見れば、それらはすべて一年半前までのものばかりで、この一年以上、悪評も好評も確認できない。
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