其の七  御蔭 髙 (Ⅵ)

文字数 2,088文字

「しかし、いまどき、珍しいくらい荒っぽい奴ちゃな。おしぼり入れろとか、組長にお酌しに来いとか、そんなとこかいな。これでしばらくは来ぅへんやろけど、あんまりしつこいようやったら、警察に相談したほうがええよ」
そう笑うと、少し落ち着いたのか「はい」と微笑んだ。
詳しい話を聞くつもりはないし、本人もその気はないだろう。それに今日、ここに来たのは、佐倉を勇気づけるためでも、彼らを追い払うためでもない。

「でも、京都友祇会って名前、どっかで聞いたなぁ」
彼女から視線を外し、ソファに背を持たれかけるようにして上を向く。
「思い出した。関東の田舎の方からきた何とかいう悪徳の市会議員と組んで無茶苦茶してる奴らやな。世話になった先輩議員を陥れたり、南部にある土地の立ち退きを拒否した中村さんっていうお爺さんを拉致したり、裏でやりたい放題やってるいう話を聞いたことがある。どおりで京都の街に似合わん下品で下衆なはずや」
そう言うと、驚いた表情で目を見開く。
「どうして、そんなこと御存じなんですか?」
「いくつかの会社や組織の顧問をしてるから、表にでてこんような話を聞くことがあってね。京都のお人はみなさん口にはださんでもよう知ったはる。警察もすでに動いてるようやし、何も気づいてないんは本人さんらだけや。「天網恢恢疎にして漏らさず」って言うし、もうすぐ天罰が下るよ。あんなアホに関わったらあかんよ」
そう言うと、唇をかみしめ遠くを見つめるように、一点を見つめて何かを考えていた。「どうした?」と声をかけると、うんうんと二回小さく頷いて、「本当ですよね。ぜったいぜったい、天罰、下りますよね」そう言って笑顔を見せた。
倒れたテーブルを直して、割れたコップを片付ける。
「では、邪魔者もおらんようになったし、美味しいウイスキーで乾杯しますか?」
「はい。すぐ準備しますね。でもこの間は、私がごちそうさせていただくはずやったのに、かえってたくさんいただいてしもて、お返ししなあかんおもて…」
「そんなん気にせんでええよ。クリスマスまでにもう一回必ず顔を見に来るし、前回と今回とその時の分ということで」
「それでも多すぎます」
「ほな、その分、たっぷりサービスしてな」
そう言って形の良い鼻を軽くつまむと、立ち上がって「ありがとうございます」と目に一杯の涙をためスナックのママには似合わない新人社員のようなお辞儀をした。感情が崩れてしまわないよう、頭を上げたときに、やわらかい唇を噛んでいた。
「ではでは、今日もこれで営業終了。サトシさまお一人の貸し切りです」
空気を換えるように一つ大きく息をはくと、破顔一笑、そっと涙を拭いて立ち上がると、表の看板の灯りを消して入口ドアの鍵をカチャリと締める。
「支度しますので、ちょっとだけ、一〇分だけ待っててくださいね」
そう言うと、カーテンを閉めてカウンター奥のバックヤードに引っ込んだ。

一人になった店の中を、立ち上がってぐるりと見回す。ホワイトベージュで統一された品のよい十坪に満たない小さなスナック。ボトルもグラスも曇り一つなく、品よく整頓された清潔なカウンター。雰囲気に合うように活けられたピンクと白のクリスマスローズがこちらを向いている。目を閉じ、耳をすませば、たくさんの笑い声が聞こえてくる。
佐倉が二二歳の時から、哀しみと痛み、恨みと憎悪に必死に耐えながら、四年間、必死に守ってきた城。あと数日で、その役割を終えようとしている。
「お待たせしました」
明るい声とともに、カーテンがするりと開いてでてきた。
胸元が大きく開き、腰までの深いスリットの入った、純白のレースのロングドレス。髪の毛もセットし直して、お化粧も変えてある。
「ほぉ~」
「私の、ここ一番の一張羅です。サトシさんが来はったら、見ていただこう思て、準備してたんです。ちょっと露出が多いし、恥ずかしいんですけどね。胸がちっちゃいのもばれちゃいますし…」と、胸元を直してはにかんだ。
「確かに、目のやり場に困るな」
そう言いながら、おどけるように両手を丸めて目元につけ、双眼鏡をのぞくポーズで、足先から頭まで往復する。形の良い胸、小さなお尻とすらりと細く長い手足。ストレートの黒髪、特徴的な切れ長の二重瞼の大きな目と長い睫。すらっと高い鼻梁、柔らかそうな唇。笑うと右側だけに小さなえくぼができる。茶目っ気のある笑顔と透き通るような透明感もあの頃と何もかわらない。加えて、積み重なった一〇年の哀しみ、痛みが、彼女を深みのある、吸い込まれそうな雰囲気の艶やかな大人の女性に変えている。
「恥ずかしいから、そんなにじろじろ見ないでくださいよぉ」
身体をよじりながら、唇を尖らせたその口調にキャメルのブレザー姿が重なった。
「プロムナードの美少女が、大人になって、絵の中からでてきたみたいや」
そう言うと、涙声になりながら呼び抱きついた。
スリットが大きく割れて、白い素足があらわになる。手を入れてさすりあげると、下着を履いておらず、指先が微熱を帯びて濡れぼそったものに触れた。足を絡ませながら僕をソファの上に押し倒し、身体の上から覆いかぶさってきた。
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