其の拾四  御蔭 高  (Ⅷ)

文字数 2,523文字

「時間も、ほぼぴったりでしたね」 
黒いワゴンの前には陣と円がすわっている。プロムナードに設置された六台のカメラから送られた映像が、二分割して三台のモニターに映っている。

「いやぁ、真希ちゃん、久しぶりやなぁ」
永井は親し気に右手をあげて店の中に入ると、真ん中のソファに、どかりと横柄に腰を下ろす。どこにでもいそうな、一六〇㎝ほどの背の低い小太りの中年。眠そうな、人の良さそうな狸といった風体。薄くなった頭頂部に油をつけてオールバックにしてごまかしている。練習用の似顔絵モデルに適した顔といったところだろうか。
右隣には日本友祇会の赤沢剛史。四五歳。効果なスーツに身を包んだ釣り目で細身の見るからに酷薄そうな男。度量もなく、小狡く残忍なだけで、京都だけでなく関東の組織の中でも、評判は良くない。
左に座るのは、永井の秘書の木村豊。端正な顔立ちだが、スーツを着た普通のサラリーマンにしか見えない。資料によれば四十歳。いつもストレスに晒されているからか、気の弱さからか、常に眉間にしわを寄せ、まばたきが多い。希の父親でもある佐倉市議の元秘書で、その贈収賄事件で偽証を行った人物でもある。スカジャンを含め三人組は、ボックスを一つ空け、入り口のソファに半身の姿勢でこれでもかと大きく足を開いて座っている。猿・犬・雉ならぬ、狐、ゴリラ、鼠といったところだろうか。赤沢が細い葉巻をくわえると黒服の狐が駆け寄り火をつける。
「帰っていただけますか。今日は貸切です。差し上げるものは何もありません」
佐倉は、声を震わせるわけでも、張り上げるわけでもなく、淡々と言い放つ。
「なんやとこらぁ」と、三人組がお約束の大声をあげ、永井はそれをニヤニヤと見ながら、鼠を追い詰めるねこなで声を出して話しかける。
「真希ちゃん、そんな冷たいこと言わいでも。今日はなんやめずらしい和服かいな。一段と別嬪さんが映えるなぁ。折角のクリスマスなんやし、お父さんの昔話でもしながら、楽しいお酒飲もうや。そのお客さんらも、急に用事ができて来はらへんのとちゃうか」
その声に、赤沢が顎先で小さく指示をすると、スカジャンが一人外に出て、そのあと武闘派がドアの鍵をカチャリと締める。
「気色悪い目で、見んといてもらえますか。不細工な狸と、かばん持ちのチンピラにじろじろ見られると着物が汚れます。女はエエ男はんのためにしか、お洒落はしまへんえ」
男たちに囲まれ、逃げ場を失っても、ひるむことなく艶然と笑う。
「それにな、永井さん。そこの木村と組んで、書類偽造してうちのお父さん陥れたん、仰山の人が知ってはったえ。それから南部の土地を売るの反対しはった、中村さんって地主のおじいさんも、殺さはったらしいな。対立する議員の娘さんにいたずらしたり、やりたい放題やって。もうすぐ天罰が下るって、京都のお人らみんな噂したはるえ。知らんのは、どこぞの山奥から出てきたいちびりの禿げ狸だけや」
語気を強めてそう言い放つと、それまでニヤニヤしていた顔が強張り、永井以外の男たちが互いに目をみやった。

車の中、モニターを見ながら、陣がこちらを向いて首を傾げる。会話の内容は、希が彼らに会った時にそう言うように仕掛けたものであり、全体の流れにも問題はない。ただ、佐倉の人物像がリサーチの内容と大きく違う。もともとは、天真爛漫でお茶目なお嬢様。ヤクザを相手にこんな啖呵をきるようなタイプではない。ズームをしても、怖がっているようにも、強がっているようにも見えない。隠しカメラで採られているということを、知っているはずもない。
(芸能界に入ってたら、ハリウッドでも主役を張れるええ女優さんになったやろな)
そう思いながら、同意するように笑顔で傾ける。
ただ、その緊迫したリアリティは映画やドラマでは描けるものではない。円は、右手で左の肘のあたりをギュッと掴んで、モニターに見入っている。
「おんな、調子に乗んなよ」
赤沢の低い声が響く。カメラからも息をのむような暗い緊迫した沈黙が伝わってくる。
それを破ったのは、永井の高らかな笑い声だった。
「いちびりの禿狸か、真希ちゃん、エライ言われようやな」
かぶったお面の下から、赤沢以上の酷薄な顔が現れる。
「それがどうした。その通りや。正義感の強いあんたの親父さん、書類偽造して、この木村に偽証させて贈収賄にしたてたんワシや。簡単やった。自分のしてたこと、そのままおっかぶせただけやしな。それに言うこと聞かんかった中村のじじいも山の中に埋まっとるよ。琵琶湖の魚のえさになった女も仰山いよる。うるさい議員も、娘さらって犯して写真送ったら、何も言わんようになった。でもな、それもこれもみんな噂や。どこにそんな証拠がある。誰がやったんや。赤沢は知っているか? ワシは知らんでぇ」
そう言うと、勢いづいた黒服と武闘派が、立ち上がって証拠を出せと騒いでいる。
「ついでにエエこと教えたろ。ワシな、来年には知事さんになるんや。ほしたら京都の警察も全部ワシの手下や。何しても手出しできへん。クソの役にも立たんアホばっかりの京都の古いヤクザも、『暴力団は人間のクズです。追放しましょう』言うて一掃してな、そしたら裏の世界も赤沢の天下や。関東の組織とも手ェ切ってしまえ。何が千年の都や、人を馬鹿にしくさった気位だけ高い鬱陶しいこの街、表と裏から喰いもんにして、潰れるまで楽しいやろうや」
話をすでに聞いているらしい赤沢はにやりと笑い、葉巻の火をそのままテーブルに押し付けもみ消す。黒服と武闘派は、びっくりしたように目を見合わせたが、嬉しそうに表情を緩ませた。
「でも、永井さん。そのためにも、しょうもないことをベラベラ喋る女は、この街にはおってもらわんほうがエエですね」
「そやな、今のワシがおるんは、佐倉大先生のおかげやし、希ちゃんを愛人か嫁さんにでもしたげよかと思てたけど残念や。でも、その前に今日はじっくり楽しませてもらおか。逆さまにして可愛い二つの穴から上等なウイスキー、たらふく飲ましてあげよ。明日には優しいお父様に会えるでぇ。タヌキの神さんからのクリスマスプレゼントや」
そう言うと、ニヤニヤと笑いながら立ち上がり、ズボンのベルトを緩めた。
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