其の六  御蔭 高 (Ⅴ)

文字数 2,209文字

佐倉の店を訪ねてから一週間後、リサーチの結果がでてきた。
陣はまだ未確定の情報が多いと断ったが、確定しているものだけでも、予想をはるかに超えて闇は深いものだった。ありきたりの公金横領、贈収賄と言ったレベルではない。永井に反対した議員の中には、その孫が学校帰りにひき逃げで重症を負ったり、娘が性的暴行を受けたり、その被害は一般市民にまで広がっており、土地の売買でトラブルになった老人は行方不明になっている。
それら闇の仕事を実際に行っているのが、京都友祇会の赤沢。
関東の巨大組織の枝の先にぶら下がっているような男で、会長を名乗ってはいるが、まだ京都でその看板が上がっているわけではない。その赤沢の女が縄手通りでクラブをしており、そこを仮の拠点としているようだが、そこで働く学生アルバイトのホステスにも、自殺をしたり、行方不明になったりしているものが複数確認されている。
被害届や捜索願も出されているようだが、放置されたまますべて未解決、もしくは事件にもなっていない。永井正一は、板橋にあった縫製工場の三代目社長で、賭博と女道楽で巨額の借金を抱え、会社を倒産させたことまではわかっているが、その先、京都に流れてくるまでの半生は不明。よほどうまく隠しているのか、赤沢との接点やその関係性についても確たるものはまだ見つかっておらず、その人物像も釈然としない。関東の巨大組織が関西進出の足掛かりの駒として赤沢と永井の関係に目をつけたのかと考えていたが、それも違うらしい。
七年前に起こった佐倉市議の贈収賄事件も、贈賄側との接点が少ない反面、あまりにも証拠が揃いすぎていたことから、初めから陥れられたのではないかと、訝しがる声も多かった。事件が秘書時代からすべてを知る永井が仕組んだことだったとすれば、すべてが腑に落ちる。「佐倉市議の指示だった」と証言した当時の秘書の木村は、そのまま永井市議の秘書に、会計責任者の黒木は永井の後妻に収まっている。

翌日、プロムナードを再訪する。
カランコロンの音をさせて入口を開けると、カウンターの中にいた佐倉と目が合う。笑顔が開きかけるが、刹那、眉間にしわを寄せると、その瞳は暗い海の中に沈んでいく。
「針せんぼん飲まんでええように、ちゃんと来たよ」
ご機嫌な酔客は、押し止めようとドア口まででてきた彼女にハグをする。
「ほぉ、今日は、お客さんがいはって、商売繁盛で何より…」
入口近いテーブルにいた三人組が、かみつくような表情でこちらを睨んでいるが、無視して奥のソファに座る。眉毛まで金色に染めた二〇歳前後の青い竜のスカジャン、その兄貴分らしい黒ずくめのオールバック、もう一人は坊主頭のドロップアウトした巨漢の武道系というところだろうか。彼らに名前は必要ない。
佐倉は、この間と同じく、黒いスカートと白いブラウス。
彼らのテーブルの上には花札とトランプが広がっている。
暇つぶしに頃合いの客が入ってきたため、兄貴分の黒服はニヤニヤと笑っている。
「兄さん、先客に挨拶もなしか」
他に言うことがないのか、素人のような絡み方で声をかけてくる。
「あぁ、これは失礼、ママ、こちらのお客さんたちにこの間の美味しいウイスキーを一杯ずつさし上げて。僕からのご挨拶いうことで。お見かけしたところ、持ち合わせが少ないようやしな…」
笑顔のまま一瞥すると、一番若いスカジャンが自分の役割とばかりにいきり立つ。
「なんやとこらぁ、喧嘩売ってんのかボケェ」
「これは気に障ったら申し訳ない。地回りのお兄さんのようやけど、チョット前にアメリカから帰ってきたばっかりで、そのあたりのことあまり詳しのうてね…」
僕のテーブルについて、一人分のウイスキーを作りはじめるが、まだ目の奥は不安で溢れている。
「で、お兄さんたちは、どちらの組内の方やろ?」
やんわりとした対応に面食らったのか、「ワッ、ワシらは、京都友祇会のもんじゃ」と、何とも中途半端な怒鳴り声で答える。あまりに迫力に欠けるので、もう一度拳を振り上げさせてやる。
「ほぉ、聞いたことのないけど、なんや可愛らしいお名前やね。ごちそうしたら三人でチンチンピラピラ、チーパッパとお遊戯でも見せてくれはるんかな?」
笑顔でそう応じると、三人ともが弾かれたように席を蹴って立ち上がった。
「なんやと、こらぁ」
その勢いでテーブルが倒れグラスが割れる。
ピリピリとした店の密度が更に高くなる。
「みかじめか横恋慕か知らんけど、男三人でビール一本なんて古典的な嫌がらせ、ちょっとみっともないよ。それにコップ割ったら器物破損やで。警察呼ぼうか?」
「呼べるもんなら呼んでみいゃ。わしらサツなんて何も怖ないんじゃ。ボケェ」
「そうか、ほな呼ぼか。京都お友祇会さんやったな。このご時世、やくざが組の名前だして暴れてるって電話したら、パトランプ回して、おまわりさん一〇人くらい飛んできはるよ。どこぞの枝やしらんけど、上の方まで一網打尽や。ついでに新聞社やテレビ局も呼ぼか」
そう言って、スマートホンを取り出す。
さすがにヤバいと思ったのか、兄貴分のオールバックが目で指図すると、「今度、会うたら、ぶっ殺したるからなぁ」「これですんだと思うなよ。お前の顔、きっちり覚えたからなぁ」と、壊れたコップを踏みつけ、肩をいからせて出て行った。
彼らは、どうでも良い些細な一言が、本当に命とりになることを知らない。
そう喰いつくように針をおろしているのだけれど。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み