其の拾壱  木村 豊 (Ⅱ)

文字数 2,388文字

「永井さんが知事になったら、私、京都のファーストレディになるんか」
「園遊会とかで、天皇陛下様にもご拝謁できるんとちゃうか」
その自分の姿を妄想したのか、ゲラゲラと大ウケして身体をよじりながら下品な笑い声を振りまいている。歯の奥がギリギリと音を立てる。選挙になれば「愚直だけが取り柄です」という実体とは正反対のキャッチフレーズの永井と同じように、この女も万歳三唱の隣で涙を浮かべながら深々と頭をさげる、控えめで貞淑な女を演じることができるだろう。
(こいつが京都府知事の妻? 正気か?)
知事ともなれば公舎に入る必要もあり、知事夫人としての公務もあり、必要に応じてSPの警備もつく。いまのような自堕落、不埒な生活はできなくなるが、この女はそんな窮屈なことは考えもしないのだろう。
それに、永井やわたしの首根っこを掴んでいる気でいるかもしれないが、この女はもう用済みだ。数年後には病死、いや、今回は大型ダンプに引かれて事故死の方が良いだろうか。最近、永井の考えていることが手にとるようにわかる。おぞましいことだが、あの悪魔と思考が同期しはじめているのかもしれない。
「まだ、どうなるかわからんし、調子に乗って人に言うなよ。ホスト遊びもしばらく止めとけ。万一、週刊誌に突かれて話が無くなったらお前も殺されるぞ」
そう脅したが、聞いていないのか、タバコの火を消すと足を絡めるようにして上から股間を押し付けてきた。

「来年はようように南の土地も動きそうやしな、ええことづくめやんか」
「そっちは、どないなっとんや」
「最初は、あそこで駐車場の管理人さして頼りないおっさんの与太話や思てな、『わけわからん奴らが、あの土地を調べに来とる』『俺が、上手いこと言うて話し聞きだしたんや』ってイキって言うてたけど、初めは『夢でもみたんとちゃぅか。アホか』て笑うとったんや。でも、ネットで調べたら、ほんまにそのM&Mプランニングいう名前の会社あってん。誰が出資してるんやわからんけど、登記あげたら資本金も多くて、結構、金もってるみたい。永井さんに言うたら、表面上の設計とかは他の会社がやるんやけど、それまでの地元対策とか、ややこしい裏の仕事をする奴らやろって」
「それで?」
「『電話して詳しいこと聞きましょか?』って言うたんやけど、年が明けたら、必ずなんか言うてきよるから、それまではほっとけって。絶対こっちからは手だすなって。でも気色悪いくらいニヤニヤして、めっちゃ嬉しそうやったわ」
リニアの駅の候補地になるかもしれないという裏情報を嗅ぎつけ、その土地の過半の所有者だった中村という老人を殺してまで手に入れた京都南部の一〇万坪の広大な土地。もう五年ほど前の話になる。しかし、その目論見は外れ、計画は半ば雲散霧消、コロナ禍の対応、大阪万博が優先され、農地転用も進まず、手つかずのまま塩漬けになった。そのため永井は、銀行・信用金庫だけでなく、街金の高利の金にも手を付け、資金的に厳しい状況に追い込まれている。奴が狂ったように暴走する理由の一つは、そこにある。
その土地にショッピングモールやホテル、アミューズメントパークを融合させた、京都南部の目玉となるような巨大な施設を作りたいという話が持ち上がっているらしい。もともと、JRや私鉄の駅にも近く、高速道路からのアクセスも良い土地だ。コロナ禍も明け、インバウンド需要は回復しているし、京都だけでなく、大阪、神戸、奈良どこにでもいける。景気が回復し、株価も高騰、低金利で内外からの余剰資金がじゃぶじゃぶしている経済情勢では、そのような話がでてきても不思議ではない。
もしそうなれば、土地の価格は一〇倍、二〇倍に爆上がりするだけでなく、新道路の建設や駅からの遊歩道などの整備も必要になってくる。また当該地は、複数の市にまたがっているため、地権者としてだけでなく、知事としてダブル、トリプルで莫大な利益、利権が永井のもとに転がり込むことになる。すべてが大逆転となるウルトラCだと言って良い。

「ようやく運が向いてきたんやん。風が吹いてる時は、太く短く、明るく楽しく気持ちよく一緒に行こうな。もう一回、うちもイカしたって…」
本当にそうなんだろうか。すべての歯車がうまく回り始めてように見えるが、それは破滅の道に突き進んでいるような気がして仕方がない。だからと言って、もうここで止まることも、引き返すこともできない。
「そうや、真希ちゃん。クリスマスにやんのやろ。あの佐倉のおばはんもようやっと死にかけてるようやしな。おこぼれでもええし、わたしにも回してな。あの子、ええ子すぎて、昔からちょっとムカついててん。あの別嬪さん、逆さにしてボロボロにしてヒーヒー言わしてみたいねん。あんたらが十分に楽しんでからでええし。木村さん、あんたもよかったやん、ようやっと真希ちゃん、好き放題できるんやし。一緒に3Pしたげてもええで。親の仇のうちら二人に好き放題嬲られたら、あの別嬪さん、どんな顔するやろなぁ」
こいつは、わたしが真希ちゃんのことが好きだったこと、昔から憧れのような気持ちを持ち続けていることに気が付いている。中学のセーラー服、高校のブレザー姿、キラキラとした爛漫の笑顔。私の方が一回りも上だが、独身の頃は、このまま佐倉先生のもとで一生懸命に頑張れば、もしかすれば…あわよくば…と、ひとり夢見たこともあった。
朱美の言葉には、嫉妬なのか嘲るような刃が含まれているが、あの冷ややかな、文字通り親の仇を見る目を想像するだけで、再び、わたしの中に巣くう悪魔の淫欲が沸いてくることは否定できない。
「心配するな。お前を先に殺してやる」
そう言いながら、折れそうに細い首に両手をかけて上から圧し掛かると、苦しそうに目を見開き赤黒くなった顔を見ながら、だらりとした細い足の間に思い切り腰を突っ込んだ。
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