其の八  赤沢 剛史 (Ⅰ)

文字数 2,456文字

夜中の二時、話があるからと、真理子から縄手のクラブに呼び出される。二人きりだが店内に泡のような熱がまだかすかに残っている。奥のソファに座ると媚びるように、腿の付け根を撫で続ける。
祇園のクラブといっても、ホステスも素人の女子大生ばかりのキャバクラに毛が生えたような店だ。京都友祇会の拠点であることは、京都のやくざはわかっているため、その手の筋ものやチンピラは寄ってこない。営業中は顔を出すなと、三人の組員にもいってある。それもあってか、「安心して飲める」と木屋町から鴨川を超えて祇園デビューをしたサラリーマンで、それなりに回っている。永井のひきがあるとはいえ、離れ小島のように京都に拠点を構えた京都友祇会には金もシマもない。東京への上納金も年々上がっており、しのぎもきつい。この店の売り上げで、なんとか組織としての体を保っているにすぎない。

この店は、永井への貢ぎ物、生贄を探すのにも役立っている。
女子大生といっても、聞いたことのない三流、四流のバカ大学が多かったが、最近は「社会勉強のために」「自分探し」などという理由で応募してくる、ツンとした高慢ちきな有名私立大の勘違い女も増えている。
そんな永井の好みそうな女が入ると、真理子からの連絡で、この店が凌辱のステージに代わる。ミラーボールが回るカウンターの上で無理やりストリップをさせられ、泣き叫び逃げ惑う女の服を引きちぎる。それを三人の組員が、刺青で挟んで、二穴、三穴とぶち込む。店の奥には、極太の電動こけしや手錠、麻縄、くさりなどの拘束具も用意してある。その血みどろのDVDが二〇本になったと笑っていた。
永井はサディストというより容赦も限度もない。傘やマイク、ビール瓶をケツに突っ込まれるならまだいいほうで、穴に爆竹を入れられ再起不能の大やけどを負って首をくくった女もいる。「訴えてやる」と最後まで突っ張った、検事志望という法学部の女は逆さにつられたまま、ケツ穴に角瓶一本突っ込まれ、店の中で痙攣したまま急性のアルコール中毒で死んだ。最近は組員でさえ引いているが、それでも、俺にとっては這い上がるためのただ一本の綱だ。機嫌を損ねるわけにはいかない。

高慢で自信過剰の女を見ると、その人生を変えた村長の娘を思い出す。
離婚した両方の親から捨てられ、うるさいじじいとばばあに厄介者にされていた俺とは違い、永井はもともと真面目で勉強のできた人望の厚い生徒会長だった。いまから思えば田舎のバカ娘だが、その女も当時は美人でかわいいと人気があった。
その女に惚れていたらしい。その取り巻きは、永井の出したラブレターを回し読みし、掲示板に張り出し、「気持ちが悪い」「鏡を見たことがないのか」と徹底的にコケにした。それを担任から咎められると、今度は、「身体を触られた」「付きまとわれて困る」「家の前まできた」といった、根も葉もない噂を流した。それは、二つ年下だった俺の耳にも入るほどで、変態、変質者という言葉とともに、すぐに村中に広まった。
村長は、その小さな村で代々村長をつとめる誰も逆らえない名士であり、そのせいで永井の父親は村の小学校の用務員を馘になった。家族も村に住めなくなり、夜逃げをするように出て行った。

偶然、再会したのは、それから一五年くらい後。兄貴の御伴で出かけた、裏の世界の人間があつまる倒産した会社の債権取り立ての場所だった。
声を掛けられるまで、全く気が付かなかった。俺が小さな組の杯を受けていたのは、お決まりの路線だと言えるが、永井は誰にも優しかった優等生の生徒会長から、人でなしの化け物へと変貌していた。怒号が飛び交う取り立て場の中で、静かな恫喝とバッグに詰めた札びらで主導権握り、隅で怯える社長夫婦を手中に収めた。「あの家族もかわいそうに…」と、散りぎわに海千山千のヤクザ者たちのつぶやきが聞こえた。
もちろん、その夫婦はこの世にはいない。子供たちもどこに行ったか知らない。
その時に震えていた男が、本物の永井正一だからだ。
年恰好が似ていた永井を殺して、闇医者で整形をして、そのまま人生を乗っ取ったのだ。村を出てから、奴がどのような生活をしていたのか、本人は話をしないし、聞くこともない。確か三つ、四つ下に、身体に重い障害のある車いすの妹がいたと思うが、その子がどうしたのか、父親や母親がどうなったのかは聞いていない。風呂にはいったとき、左腕に火傷のケロイドの跡があり、「どうしたんですか?」と聞いたが、ゾッとするような悪魔の目で睨まれた。

その後、例の村長の娘の変わり果てた姿にも再会することになる。
東京のお嬢様女子大を卒業して、県下の代議士の三男と政略結婚をしたが、筋の良くない男に騙されて駆け落ちをして行方不明という話を、地元の後輩から聞いたことがあった。
「面白いもの見せたろ」と永井に連れて行かれた、流行らない北関東の端にある場末の温泉街。はだけた浴衣のままで、永井のものを咥え、しゃぶり続けている女。「赤沢、この女、誰だかわかるか?」と髪の毛を掴んで顔を向けられても、すぐにはわからなかった。
「ワシらの村長のお嬢様や。覚えてるやろ」そう言って、ぼさぼさの髪の毛を掴んで引きずり回す。本当なら、当時はまだ三十過ぎのはずだが、肌はボロボロで、四十を超えたババアにしか見えなかった。「今のこいつにはチンポはもったいない、足でも突っ込んだれ」と蹴倒すと、両足首を引き寄せ強引に開かせ、そのままズブズブとシャブ痕が青黒く広がった股座に踵の半分が消えるくらいまで突っ込んだ。
永井の言葉に、同じ村の人間だと気付いたのか、大股を開いたまま、焦点の合わないよどんだ眼に浮かんだ涙が不気味で、思わず顔をそむけた。
「里本村のアイドル」と呼ばれ、俺もガキの頃は、その姿を思い浮かべて摩羅を擦ったことがある。いまはシャブで脳が完全にイカれ、ひとりでは便所にもいけない廃人となり、村の近くの精神病院に入っているという。
その時の永井の引き攣るような甲高い笑い声が、いまも耳に残っている。
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