其の拾参  佐倉 真希 (Ⅱ)

文字数 2,450文字

「身体がフワフワするくらい、気持ちよかったなぁ」
あの日、お店で抱いてもらった時のことを思い出すと、口の中がからからになる。目が覚めている間、ずっとそのことばかり考えている。だから、眠らないでずっと起きている。
ホテルを取ろうかって言って下さったけど、首を横に振った。私の人生最期の晴れ舞台、お店がなくなって、私がいなくなっても、このビルの前を通った時に、ちょっとでも思い出して欲しかったから。
大急ぎで髪をアップにして、大きなスリットの入ったドレスに着替えると、シャドーを引く手が震えた。本当はもう少し時間がほしかったけど、あまりお待たせするわけにもいかない。下着のラインが出ないように、ドレスの下には何もつけなかった。
私から強引に迫ってキスをしたとき、ちょっと困ったような顔をして、一瞬だけ視線をはずされた。指輪はないけど、素敵な奥様とか可愛い彼女さんがおられるんだろうな。夢中で覆いかぶさって、脚を開いて膝の上に跨ったとき、私のせいでズボンが少し汚れた。膝のちょっと上くらい。シミになったりしなかっただろうか、上手く言い訳できただろうか。ごめんなさい。

ドレスのまま抱き上げられて、カウンターの上に乗せられた。
大きく足を広げられ、両手をやさしくつないだまま、ゆっくりゆっくり、サトシさんの舌が、私の大切なところをクルクル回った。身体の中にたまっていた悲しかったこと、苦しかったこと、辛かったこと、悔しかったこと、全部吸い取ってもらった。小さな鉢植えのクリスマスローズが、「よかったね」って私の顔を覗き込むのと目が合って、それが、とても恥ずかしかった。
カウンターから降ろされると、そのままソファに座って、その腰の上に足を大きく開いて乗せられた。「ズズズズッ」って、頭の中で音がして、私の中にサトシさんの大切なものが入ってきた。頭の先を突き抜けて、身体の芯に何かが通った。全身がピーンと緊張して、最後に一番気持ちのいいところをツンって突いた。
「アン」って、思わず大きな声が出た。
恐る恐る目を開けると、目の前に顔があってニコニコと笑ってた。ドレスとジャケット、どちらも上半身は服を着ていて、私の手はサトシさんの肩に、サトシさんは私の腰に両手を当てている。社交ダンスのようだけど、下半身は裸で大切なところはつながっている。それが何とも変な感じで恥ずかしくて、目を逸らせて下を向くと、また笑いながら、「ツン、ツン」って突かれる。そのたびに、「アン、アン」ってなる。
引っ付いているところが、ほんわりジンジンしてきて、お腹の中からその熱が身体中に回っていく。首にしがみつくと、腰を両手でぐっと掴まれて、グルグルと廻され、私の中で回転し始める。恥ずかしいから声をださないように最初は我慢したけど、「ツンツン」どころではなく、そのまま大きな波のように前後に振られた。

「あぁ~ぁ」と大きな声を出したところから覚えてない。
途中で朦朧としながらお顔を見たくなって、小さく目を開けた。
《あっ、やっぱり私、この人に昔どこかで会ったことがある》
一瞬そう思ったけど、誰だか思い出す前に、意識が飛んでしまって、そのまま、もみくちゃになってわからなくなった。誰なんだろう。デジャブ? 迎えにきた天使? それともぜんぶ、ぜんぶ最後の夢だろうか。
中に入れたまま、バンザイをするようにドレスを脱がされた。私も堪えながらシャツのボタンを外した。服の上からではわからなかったけど、とても温かくて、しなやかでギュッと引き締まった筋肉。「よく頑張ったね」って、「いい子、いい子」って、優しく身体の中も外も撫でてもらっているような、とてもゆったりしたセックス。身体がフワフワ宙に浮くような、本当に夢の中にいるような、あんな感覚ははじめて。このまま本当に死ねたらいいなって何度も思った。
何度もいっちゃったけど、ずっと抱いていてほしくて何度も何度もせがんだ。
お店に出るようになってからは、いろんな人に誘われたけど、中には素敵な人もいたけど、ずっと恋愛どころではなかった。人を好きになるのが怖かったし、それに私はそういうことは、あまり好きではないのだろうと、勝手に思い込んでいた。なのに自分のほうからあんな積極的にすごいことができるなんて、びっくり。
いつも、こんなことをしている軽い女だと思われないかな。ちょっと心配。
サトシさんに、そっと触れられた唇、優しく摘ままれた乳首の先、舌先がくるくるとまわったあそこ、思い出すだけで足の先までプルプルと震えてしまう。お腹の下がジュンとしてる。うるさいくらい大きな声を出したんだろうな。思い出すとやっぱり恥ずかしいな。

ずっと暗い闇の中にいたけど、最後に私をやわらかい雲に乗せてくれた人。
私の人生の最後の男、サトシさん。
どんな字を書くのかな。もうちょっとだけ、サトシさんことも知りたかったな。
あれから、嫌がらせをするやくざも来ない。
最後に素敵な思い出をいただいた。もう怖いものは何もない。
今日は、少し大人の私を見せたくて、久しぶりに髪を結ってもらって、タンスの奥に大切に仕舞ってあった菊の金刺繍の入った冬に似合う古典的な白い着物に袖を通した。
この一ヶ月間、迷惑がかからないように、色々なものを少しずつ処分してきた。お父さんとお母さんとの思い出の家も、ようやく売却先が見つかったと連絡があった。事故物件だからと安く買いたたかれちゃったけど、お金なんてもうどうでも良い。子供の施設に、そのまま寄付してもらうようお願いした。このお店の契約も、ちょうど一月で切れるので、更新はしないと連絡してある。
今日はクリスマスイブ、こんな時だけキリストさんにお願いするのは叱られるかもしれないけど、必ず来て下さるような気がする。お花もいつもよりたくさん買ってきて、いつもより少し豪華に、上手に活けることができた。
そう思っていると「カラン」と音がして、ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」精一杯の笑顔で振りむいた。
でも、そこにいたのは悪魔だった。
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