其の拾七  北條 円 (Ⅱ)

文字数 2,334文字

 【永井市議の数々の不正について秘書が自首】
 【七年前の佐倉市議の贈収賄事件も彼らによる捏造、冤罪と判明】
 【永井市議と家族、関係する暴力団員が行方をくらまし、警察が追っている】
京都市市会議員の永井正一(五六歳)の秘書、木村豊(四〇歳)が、一二月二五日未明、警察に出頭したことが関係者の取材で分かった。七年前の佐倉市議(二年前に死亡)の贈収賄事件も、当時佐倉市議の秘書であった永井市議、木村秘書、会計責任者の黒木朱美による捏造であり、永井市議の主導によるものだったと自白しているという。永井市議とその家族、その背後にいたとされる暴力団員は姿を消していることから、警察は、その自白の信ぴょう性は高いと判断し、その行方を追うとともに、当時の状況を含め、事件の洗い直しを進めている。(京都新聞 12月27日朝刊)

表面的な事実が一週間ほど新聞やテレビで報道されたが、年を跨いだことや、各所に最大限の政治的圧力がかかったようで、それ以上は大きくはならなかった。映像は、私たちの姿や音声を消去し、背景をぼかすなど一部編集をして、現在の政権中枢と京都、関東のそれぞれのヤクザ組織に伝えられた。すべてこちらの謀の中にある。
永井が所属していた、政府与党との窓口は私が務めた。
御蔭に関する仕事や連絡は、すべて陣さんから渡された特殊な衛星電話を通じて行われる。御蔭として社会とつながっているのはその細い糸一本だけ。特段、こちらから交渉することは何もない。先方からは、個人の犯罪でありその波紋が政治的におおきくなりすぎないようお願いしたいという懇願があり、それをいくつかの条件を付けて受け入れた。
交渉相手となったのは内閣官房の中枢にいる六十代前半の高級官僚。実は、父の古い友人で、何度か当時の自宅(官舎)にもお越しいただいたことがある。長い間警察庁の公安のトップだった人で、公式には最後は警察庁次長だったと記憶している。こちらからは姿は見えているが向こうからは見えない。交渉相手が私だとわかると、きっと驚かれるだろう。
「こちらの不行届きでお手数をおかけし申し訳ありませんでした。今後、何か私たちでお役に立てることがございますれば、何なりとお申し付けください」
そう言って電話は切られた。
映像には、木村の詳細な供述も含まれている。表面的には、この事件と関係のないところで、何名かの市議が別の贈収賄事件で逮捕されたり、警察庁や検察庁、府警本部の上層部が懲戒処分になったり、大物代議士が引退を余儀なくされたりするのだが、その頃には、この事件そのものが人の記憶から消えているだろう。

御蔭は徹底したリアリストである。その悪事を感情的にすべて暴いて溜飲を下げても、全国で巣食うすべてのシロアリを駆除できないことはわかっている。この事件の始まりのころ、お風呂場でお背中を流ししながら、永井達を許せないと私が言ったとき、笑いながら抱き寄せられ、その胡坐の上に乗せられた。
 【怒りを忘れず、我を忘れず】 
 【まどかの円は、すべてを包むまんまるの円】
コウ様に貫かれ、腰をくゆらせ、回転させながら、歌のように耳元で何度もそう諭された。私は首に抱きついて、何度も果てながらその声を身体に刻んだ。

真希ちゃんのお母様は、コウ様のご指示で、京都北部にあるターミナルケアの設備の整ったホスピスに転院された。コウ様と一緒に一度、その後に一人でもう一度、お見舞いに伺った。お痩せになってはいたが、色の白いとてもきれいな、優しそうな方だった。真希ちゃんから事の顛末をお聞きになっていたようで、動かない身体で時間をかけてベッドの上に正座された。「どうぞそのままで…」とお声かけしようかと思ったが、それをコウ様に目で止められ、静かに見守った。
「どなた様か、どのようなお役目の方か、詳しいことは存じませんが、これで心置きなく旅立つことができます。あの世におります主人にも良い報告ができます。本当にありがとうございました。この子には、親の不明のせいで大変な苦労をかけてまいりました。どうぞどうぞ、今後とも真希のことをよろしく、よろしくお願い致します」と、口元から呼吸器を外して頭を下げ、涙をこぼされた。
その後で、コウ様は私と真希ちゃんに少し外に出ているように言われ、お母様と何かお話になっていた。綿帽子をかぶった病院の庭を見ながら「優しそうな素敵なお母様ね」というと、「ありがとうございます。自慢の母です」と目を潤ませた。
転院後、一旦病状は安定したが、安心されたのか、二度目のお見舞いから数日後、松の内を超えることなく、穏やかな顔で、眠るように息を引き取られた。
お母様がお亡くなりになってから初七日が過ぎ、コウ様から真希ちゃんが、北條家の一人となることを告げられた。私の初めての配下ということになるらしい。いや配下というよりも、新しい家族、一人っ子の私に、初めての妹ができたと言った方が良いだろうか。これまで容姿を口にする人をどこか軽蔑していたけれど、隣に並ぶと、透けるほどに美しい妹に対し、見劣りする姉としては、いささか辛いものがある。
それでも、先代様の霊祭(みたままつり)の一年祭には、北條家として私の後ろにも座ってくれる人がいると思うと、それだけで心強い。
御蔭での彼女の名前は、「北條 希(まれ)」であり、私もこれからはそう呼ぶ。
希は、私の妹ということで、一緒にマンションで暮らしている。
日中は、一緒に福さまの元に伺い、様々な教えを受け、夜は「クラブ 華夕」で働いている。夕さんは、祇園の舞妓や芸妓を育てる置屋の経営者になるという話が以前からでていたそう。それに合わせて、「倶楽部 華夕」は、「倶楽部 真希」と名前を変えることになる。
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