其の拾九  御蔭 髙 (XI)

文字数 2,361文字

二月の初め、北白川の家に、陣がやってくる。
福、夕、円、希、怜は連れ立って吉田神社の節分祭に出かけている。
色味のないガランとした道場で久しぶりに差し向う。体術、棒術ともに技量がカンマで区切るほど桁違いなため、百番やっても千回やっても、万に一つも勝てる要素がない。大人になれば陣兄ちゃんに勝てると思っていたのだけれど、その差は開くばかり。今日も、子供の頃と同じように、年末のプロムナードで見破られた悪癖、歪みのようなものを一つ一つ几帳面に修正され、その上で、「遅い」「弱い」と遠慮容赦なくコテンパにのされる。
マッサージを受け風呂から上がると、冷酒の枡の横に一枚のDVDが置かれていた。
「あるルートを通して、送られてきたものです」
永井と後妻、長男、赤沢とその女、及び三人の子分の合計八名が発見されたという報道はない。それは警察ではないほうの手に落ちたからだ。その後の彼らがどのような末路を辿ったのか、それを知らせてきたのだろう。
「陣はもう見たんか?」
「一応、分析はかけておきました」
「その顔をみると、酒の肴にはなりそうやないな」
「けじめと詫びのつもりでしょう。一応、お目通しいただければ」

その映像は、彼らが拉致されたところから始まっている。
永井は子飼いの警察官から木村が自首し、これまでの悪行を自白していると知らされた後も、「警察に捕まえられるはずがない」との読みがあったのか、逃げることも隠れることもせず、妻(黒木朱美)や長男と自宅にいるところを急襲されている。一方の赤沢は、関東の組に助けを求めたが、「話をつけるので、しばらく京都で隠れていろ」という言葉を信用し、女のやっている縄手通りのクラブにいるところを三人組と一緒に捕獲された。
真夜中に音もなく侵入し、即座に急所をついて昏倒させるその手腕を見れば、軍隊の特殊部隊レベルの訓練をうけたプロの仕事だということがわかる。
どのような手打ちがなされたのかは知らないが、関西・関東の双方の組織から追われ、警察からも見捨てられたたヤクザの末路は悲惨である。
【京都の古いやくざも一掃してな、赤沢の天下や】
【関東の組織なんかと手を切ってしまえ】
永井がそう言ったこと、それに対して赤沢がニヤリとしたこと、三人組も嬉しそうに笑ったこと。人は表情一つ、言葉一つで命を失うことになる。京都の組織は大きくはなく、武闘派ではないが、歴史もあり筋目にうるさいと聞く。永井の顔を立て、不愉快な思いを押し殺していたにもかかわらず、それを反故にされ、虚仮にされた。堪忍袋の緒が切れるとは正にこのことだろう。関東の組織にとっても、赤沢たちは抗争の火種となるだけでなく、暴対法全盛のいま、放置しておけば本体まで火がまわる。それ以上に京という底知れぬ街の、得体の知れないものを敵に回す恐怖のほうが強いのかもしれない。
永井がつかまって一番困るのは警察だ。木村の持っていた手帳を見れば、府警の上層部まで腐敗が進んでいるのがわかる。それがわかっているから「つかまらない」と踏んだのだろうか。裁判でその内情を暴露されれば、日本の刑事警察機構に対する信頼は失墜する。実際、永井や赤沢に対する追跡や捜査が行われている気配はない。臭いものに蓋をしてくれれば御の字というところだろう。

最初に血祭に上がったのが永井の長男、永井覚。
父親と同じ背の低い、ぽっちゃり少しタレ目のどこにでもいそうな優男。前妻の子供で二十代前半の国立大学の大学院生。親の跡を継いで政治家になるつもりだったらしく、児童福祉を専攻し、福祉系大学の学生で作ったNPO法人の理事長をしていた。一方で父親の権勢を嵩に、ハングレと呼ばれる仲間たちとキャバクラやガールズバーを経営し、学生売春や違法薬物など、様々な悪事に手を染めていたこともわかっている。
首だけを出した姿勢で生きたままドラム缶に詰められドロドロとした灰色の液体が流し込まれる。優等生の仮面で「僕は何も知らない」「助けて。お父さん、お母さん、赤沢さん」「黒田、木下、キム(三人の名前)も何とかしろ」と叫び続けていたが、セメントが硬化するにつれその声はか細くなり髪が逆立ち始める。顔色が紫から黒にかわり二倍ほどに膨れ上がると、鼻、口、目、耳からだらだらと真っ赤な血が流れ出す。ボキボキと全身の骨が砕ける音とともに大量の血反吐をはき、血の涙目を見開いたまま絶命した。

スカジャン、黒服、武闘派は、その翌々日の深夜、古い砕石船の上にいた。
真っ赤な目をした黒い首が突き出たドラム缶を、東南アジア系の複数人の男がベルトコンベアに転がし乗せる。スイッチレバーを下ろすと、秒速10㎝ほどのゆっくりゆっくりとしたスピードで、円錐式の砕石する回転式の大型のクラッシャーに運ばれていく。つんざくような音とともに、細かく粉砕され黒い砂利となって海に撒かれ落ちていく。
兄貴分だった黒服は、船員たちに玩具にされたのか、首や手足は反対側にねじ曲がり、切り取られた自らの陰茎を咥えた状態ですでに絶命している。首と足をもって放り投げられると、クラッシャーの中に消えていった。
残りの二人は、手足を括られ、なすべもなくそれを震えながら見ている。スキンヘッドの武闘派は一瞬のスキをついて海へ飛び込んだが、首に縄がかかっており、頚椎が分離し、首と舌が三倍以上に伸びきったまま引き上げられる。そのままコンベアーに乗せられぽたぽたとミンチ肉となって海に落ちる。
最後のスカジャンは「何でも言うこと聞きます」「助けてください」と最後まで狂ったように泣き叫び、下腹部に顔を擦りよせて性的なしぐさをしながら命乞いをしていたが、そのかいもなく、足をバタバタさせながら、頭からゆっくりクラッシャーの中に消えていった。
赤く千切れたジャンバーが、ひらひらと海に舞った。
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