其の拾弐  御蔭 高 (Ⅶ)

文字数 1,233文字

永井正一とその一派に対して下ろした針は、大きくわけると二つ。
一つは、佐倉の身の安全を図ること。
スカジャンや黒服は、店から追い出されたことを、赤沢には報告しないだろう。拉致などの強引な手段に出る可能性は低いが、リスクはゼロではない。念のため、陣の配下にあるセキュリティ会社のスタッフを数人、交代で張り付かせている。住んでいた実家の売却、スナックの解約など、漏れがないように二六歳の終活を着々とすすめているという。
同時に、彼女のいない昼間の時間帯に、『プロムナード』に高性能の複数のIPカメラを設置した。佐倉が決まった時間に必ずそこにいること、密室で人に見られる心配がないこと、防音対策が十分であり音が外に漏れないことなどから、永井がアプローチするのは、ほぼ確実に店の中だ。
もう一つは、永井や赤沢、木村を増長させること。
赤沢には関東本家から目をかけられていると思わせ、永井には塩漬けになった土地が動きそうであること、知事への候補に挙がっているなどのフェイクニュースを与えている。
「好事魔多し」という言葉があるように、人は自分の思い通りに物事が上手く進んでいる時ほど、足元が見えなくなり、ガードが甘くなる。ただ、永井は驚くほどに猜疑心が強く、他人を全く信用しない。そのため永井や赤沢には直接アプローチせず、その周辺の女や木村から動かしていく。上下四方からプラス、マイナスのいくつかの情報を複数の方向から与え、本人が自分で判断、決定し、階段を上っていると認識させる。

そしてここに、もう一人の端役が針にかかるのを口を開けて待っている。
三人組の下っ端であるスカジャンが、店がはじまる午後八時から午前〇時まで、毎日、プロムナードの前で、寒空の中で金髪を震わせながら立ち番をしている。一つは店に入るお客に因縁をつけて帰らせるため、もう一つは、僕が来るのを待って、こっそり後をつけてその正体を探り、復讐するためだ。
後ろからポンと肩をたたくと、ギョッと驚いた顔をして言葉に詰まる。
「兄さん、今日は、寒空の中で見張り番か。世間さんはクリスマスや言うのに、暴対法の締め付けがキッなって下っ端のやくざもつらいとこやな。よかったら、一杯ごちそうしたろか」
「ワシらをコケにしてただで済むと思てんのか。ぶち殺すぞワレ」
そう言って低い小さな声で凄んで見せるが、まだ二十歳を過ぎたばかりで、一人で大声を出して立ち回りをするほどの度量はない。彼だけは東京から流れてきた正式な組員ではなく、永井のバカ息子の悪友らしい。
「知ってるか? 真希ちゃん、明日が最後で店閉めるらしいなぁ。高校の時からの知り合いとアメリカで暮らすらしいわ。べっぴんのママやのに兄さんも横恋慕が実らんと残念やったな。ちょっと高望みしすぎやけどな」
そう言って、肩をポンポンと二度叩いた。
僕が立ち去った後、急いで電話をしている。
その相手も内容も、言い繕っている様さえも手に取るようにわかる。
今日は師走の二三日。これでスケジュールも確定した。
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