其の弐拾七  御蔭 髙 (Ⅶ)

文字数 1,509文字

「板垣さまより、お礼のお手紙が参っております」
北白川の家で、朝食を食べている時、ばばが書見台を見やる。
「それはご丁寧に」
「円を通じて、手紙を受け取ったことを、伝えてあります」
「そう言えば、昔、ばばは幹事長に会ったことがあるんやったな?」
「はい、もう三〇年ほど前になりますが、時の総理とご一緒に、お越しになったことがございます。玄と一緒にお目にかかりました。あの頃は、まだ一年生議員だったと記憶しております」
そう言うと、視線を外し、遠い記憶を辿る。
「七人ほどご一緒された、将来の日本を背負うという若い政治家のお一人でした。才気煥発、自信に満ち溢れた方ばかりの中で、一番目立たない、大人しいお人でした。結局、みんなダメになってしまわれて、板垣様だけが残られましたね」
「でもそうなることは、ばばには、わかってたんやろ?」
そう聞くと、少し目を伏せて微笑んだ。人望も才もありながら途中で病に倒れた人、進むべき方向性を間違えた人、付くべき親分を見誤った人、時流を読めなかった人、戦いに敗れ政治生命が終わった人、それぞれに色があるのだろう。
政治家というものは、日ノ本のかじ取りを担う重職、公務員の中でも特に奉公滅私を旨とすべき職務である。しかし、残念ながらそういう人は極めて少ない。というよりもその正反対の人しかならない。先生とあがめられることだけに慣れ、七〇、八〇を超えても、その椅子に縋り付いている姿は、醜悪というよりも哀れ極まりない。
自己顕示欲の亡霊の末路。奉私滅公の政治政党議員団。
国士を気取る国賊。人権の名のもとに人権を踏みにじるリベラル政治家。
「一週間くらい自分の姿を隠しカメラで撮ってもらいたい」といった希の言葉をきかせてやりたいほどだ。それを見ても、恥ともみっともないと思わないだろうが…。ただ残念ながら、渡米する前よりも、日本人全体にその色が濃くなっていることはいなめない。
福の目には、どこまでこの国の行く先が見えているのだろうか。

「先様も、こちらの変化にお気づきになっているようです」
与党政府も、この半年という短い間に、御蔭が二度も動いたということに、驚いているのだろう。それを楽しむように、少し誇らしげに微笑むばばの顔が可愛い。
「別に勢い込んで何かをしようとしているわけではないし、たまたま色んなことが重なっただけやけどな。先方がそう思っているのであればそれもよし。でもこれで、しばらくは、少し静かにするかな? 来年からは、大学の先生しなあかんし」
そう言って、お代わりの茶碗を出すと、ニコニコと笑いながら受け取った。
今日の朝食は「おかゆ」。濃い出汁の餡をかけて食べる。それと、銀だらの西京漬けに、ナスとオクラ、茗荷のおひたし。ばばお手製のゴマ豆腐と香の物。フワフワのだし巻きと白ネギの味噌汁。
「身体の痣を見ていると、円はかなり上達したような」
「はい。何といっても智の娘ですから。しかし、あの二人は本当の姉妹のようで、また対照的で面白いものです」
「希も、忙しいなりに新しい生活にだいぶなれてきたようやし」
「抹茶のアイスクリームを挟んだ希の特製モナカ、お口にされましたか?」
「希がマンションで作ってくれて食べたよ。なかなかに美味しいもんやな」
「この間、怜と皆が来たときに、もう一工夫して栗の甘露煮をこっそりと入れたら、『わぁ美味しい』って、はしゃいだかと思えば、『池崎さんに教えてあげたかった』って、ポロポロと涙をこぼして、怜によしよし慰められていました」
「せっかく、ばばも静かに暮らしてたのに、この半年で大変なことになったな」
「ほんに、この年寄りには大仕事です」
そう言いながら、嬉しそうに身体を前後に揺らした。






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