其の弐拾弐  北條 希 (Ⅳ)

文字数 1,163文字

その炎上は二週間くらい続いただろうか。
ニュースが一気に収束したのは、事件発覚以降、雲隠れしていた田中社長が殺人未遂の現行犯で逮捕されたから。彼はマスコミから逃れるために潜んでいた滋賀県のとあるホテルで、無理心中を図ろうとして相原さんのおなかをナイフで刺した。でも、結局、自殺することはできずに、真っ青な顔でナイフを持ったままホテルの中を夢遊病者にようにうろうろしているところを、駆けつけた警察に殺人未遂で現行犯で逮捕された。
暴露合戦をしていたテレビや週刊誌も、自分達が本質とは違うところで散々にバカにして煽った事件の悲劇的な結末に、その爆発の火の粉が飛んでくるのを避けるように、コソコソと姿を消していった。ホテルの部屋で見つかった相原さんは、一時期は出血多量で生死の境をさまよったけれど、何とか一命は取り留めた。ネットで検索をすれば、名前がでてくるだろうけど、数年もすれば、その名前を覚えている人もいないだろう。

もう一人の当事者の「ヤマト開発」の犬飼さんは行方不明になっている。
彼が出したお金は八億円。隠していた預貯金や、自宅、妻や子供名義の土地までも担保に入れてかき集めたお金が七億。あとの一億をどうしたのかわからないけれど、相当危ない筋から調達したのではないかと言われている。だから、すべてが破たんした時、これまでの地位も名誉も捨てて、逃げるしかなかった。会社でも相当悪いことをしていたようで、懲戒解雇になって、業務上横領で会社からも告発されているらしい。
意識なく寝たきりだった京都杉村工務店の前の杉村社長は、この騒動の最中に病院でひっとりと息を引き取られている。そして会社も無くなった。一代で工務店を興され、京都の街に根差して一生懸命に頑張って来られたのに、こんな結末になって、本当にお気の毒で仕方がない。

隠しカメラの映像を見ていて、つくづく思ったのは、私も含め、人間は誰しも自分の姿、ふるまいは見えていないということ。レンズを通してみれば、あまりにも醜悪で滑稽だけれど、それは自分ではわからない。
小学生の頃、虐められ三日で辞めてしまった空手道場。それを「俺は…」と誇る劣等感。
コウ様からの電話に、社長室で狂ったように笑う女性。
それは、魚住さんも、池崎さんも同じ。周りに逃げ道や会社と戦うための他の方法はたくさんあっただろうに、なぜそこに留まって、自分の一度しかない人生、一つしかない命を縮めるようなことになったんだろう。
でも、私も他人のことは言えない。
コウ様や円さまに助けていただかなければ、この世にはいないのだから。
わたしは、コウ様や円さまの目にどのように映っているのだろう。
内緒で、一週間くらい自分の言動を隠しカメラで撮ってもらいたいと思う。でもそれを見ると、きっと、立ち上がれないくらい落ち込むだろうなとも思う。

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