其の拾  田中祐樹 (Ⅰ)

文字数 2,124文字

「クッそ~。なんやねん、どいつもこいつも」 
ビールを片手にポテトチップの袋を開けると、バラバラと破れて床に散らばった。
去年まで、建築会社とか建材メーカー、都市銀行の支店長まで入れ代わり立ち代わり「社長、社長」と、毎日接待にきていたのに、最近ではみんなほとんど顔をみせない。うさばらしに、こっちから飲みにいかないかと連絡しても、会議中とか外出中とか言って、電話にも出やしない。
昨日、和歌山から母さんと銀行員をしている下の叔父さんが京都までやってきた。土地の手当てするため、会社で一〇億ほど借金をしたことを、切り捨てた元のメインバンクの支店長がチクったらしい。
「お前は、にいさんの作った会社を潰す気か」
「一〇年はみなさんの話を聞いて、勉強させてもらえって言うたでしょ」
社長室のドアを閉めるなり、二人して偉そうに上から目線で怒鳴られた。

俺を誰だと思ってるんだ。経営最高責任者、CEOだぞ。
昭和の年寄りは、リアルな不動産マネジメントというものがわかってない。絵里さんからもらった関西の不動産のさまざまな指標を数字で示して、京都には今不動産の波がきていること、いま手がけている物件がすべて片付けば、片手(五億)ほどの利益がでると言っても聞きもしない。だから老害って言われるんだ。
これから日本は少子高齢化になる。格差社会になって弱肉強食が進む。この時代、ちまちまと家を作っているだけでは儲からない。常に先の先まで戦略を立てて、勝つか負けるかの厳しい勝負をしていかなければ、勝ち残ることができない。そう説明したが、最後は人を見下すような顔で、「お前のような奴を社長にしてしまって、兄さんに顔向けができない」とため息をついて帰っていった。
俺だって会社を潰す気はない。上の叔父さんには子供の頃から一番可愛がってもらったし、専門学校のくだらなさに嫌気がさして家でくすぶっていたとき「うちの会社で大工になれ」と何度も声をかけてくれた。植物人間でもう話はできないけど、叔父さんには子供がいなかったから、ぼんくら社員よりも、血がつながっている俺が会社を継いだことを喜んでくれているはずだ。

でも俺はトンカチな大工より、リアルなマネジメント、企業のトップ、経営者の方が向いている。それに不動産事業は、もう工務店とか、地道に大工の修行とか、下請けとかそういう時代じゃないんだ。頭にならなければ、搾取されつづけるだけだ。
それをわかってくれているのは、絵里さんだけ。絵里さんはまだ若いけど、これまでいくつもの建築会社や不動産会社を立て直してきた凄腕の経営コンサルタント。ネットでもCMをバンバンやっている業界最大手の一つ「ヤマト開発」もそうだという。一度、関西の不動産企業の経営者の集まりで、犬飼専務に会った時も、「相原先生にすべて任せておけば大丈夫」「ちょうど、先生の手が空いているときであなたは運が良い」と言っていた。
それに、宅地が売れないのは俺のせいじゃない。一級建築士だか何だか知らないけど、お客の一人もつれてくることのできないボンクラばかりだからだ。建物の図面なんて誰が書いても同じ、ビジネスは営業力がすべて。絵里さんだけじゃなくって、右肩上がりで成長してきたベンチャー企業の社長の本には、そう書いてある。何回そう言っても、物事の本質を理解できない奴らを叩きなおさないと会社の再生はできない。俺も社長としてハッパかけてるけど、絵里さんばかりに苦労させて申し訳ない。

去年だったか、池本だか池山だかとかいう社員が崖から飛び降りたときも、上手く彼女が取り計らってくれた。死んだのは俺の責任でもないし、どんな顔だったかも覚えていない。そもそも喰うか喰われるかという、この弱肉強食の厳しいビジネスの世界では、弱い奴は生きていけない。それだけのことだ。情に流されていては会社経営はできない。来月からは、固定給ではなく、完全歩合給に移行することにしている。そうすれば少しは気合が入るだろうし、そうでない奴はさっさと首にすればいい。使えない奴はガンガン切捨てて、設計や建築部門はコストカットのため下請けのアウトソーシングにするつもり。エリミネーション&コンセントレーション、それがリアルな経営だ。
この会社は、俺が来て、第二ステージに入っている。そうじゃなかったら、あと一〇年はもたなかったろう。絵里さんにもそう言われている。叔父さんのやり方が通用したのは、昭和と平成までだ。いまは令和だ。
何より「京都杉村工務店」という名前がダサい。恥ずかしくて名刺も出せやしない。叔父さんが死んだら、「ゆう プランニング&コーポレーション」に社名を変更するつもりでいる。祐樹の祐だけでなく、友、優、勇、you など色々とかけてある。絵里さんも、それは良いと賛成してくれている。坂道系のアイドルとアニメを使ったテレビCMやネット展開も考えてある。とりあえず五年で会社を上場させて、京都だけではなく全国に進出、ゆくゆくは映画やスポーツビジネスにも参戦するという野望をもっている。
いま、京都駅に隣接しているシティホテルの部屋で、彼女が来るのを待っている。
三日前に、俺が仕入れてきた京都の南にある土地の話の続きだ。
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