其の拾弐　　相原　絵里　（Ⅰ）

世間知らずで、甘やかされて育った出来損ないの見本。
ぶくぶくと太った薄毛、短小、包茎。
劣等感の裏返しで、やたらと根拠のないプライドだけが高い。
これで今年三十歳になるという。人のことは言えないが、よだれを垂らして寝ているこの男をみていると日本がどんどんダメになっていくのが良くわかる。
「絵里さん、今日も濡れてるね」だって。いつまでもペロペロしてるのと、指入れてゴシゴシするだけで、あまりに下手くそで痛いから、トイレにいってローション仕込んでるんですよ。「子供ができたら俺が責任を取るから」なんて、三擦り半の早漏のガキがなに寝言言ってんだか。ぞぞっと全身にさぶいぼがでた。
俺様モード全開だけど、聞いていると短期フリーターと長期ニートの繰り返し。白いブヨブヨの体で「空手を習ってた」と豪語しているが、「通信教育ですか」と突っ込みたくなるような新喜劇のギャグレベル。
聞けば、田舎の私立高校を卒業して、料理の専門学校に通っていたそうだが、「あまりのくだらなさに、こっちから辞めてやった」とのこと。どうせイジメられたんだろう。「将来的には多角化をして、リアルなマネジメントでレストランの経営にも乗り出したい」らしい。得意料理だという中華のエビチリを出されたが、辛いだけで食べられたもんじゃない。頭だけじゃなく、味覚もバグってんじゃないか？

こいつを見ていると、親に買ってもらった高級車を粋がって乗り回している坊ちゃん学生なんてまだ可愛いもの。取締役でもある母親は、「ユウちゃんが初めてやる気を出してくれた」「頑張れば、きっとできる子」とか言っていたが、いまどきの「褒めて伸ばす」が大失敗した典型例。
叔父だとかいう銀縁眼鏡の銀行員が、「どうして取引先を替えたんだ」「兄貴の会社を乗っ取る気か」と文句を言ってきたが、「不動産経営に絶対はありません。ご不満であればいつでも解雇してください」「代わりにあなたが経営されるとよいのでは？」というと、黙って帰った。あれこれ文句は言うけど自分で責任を負うきはないんだろう。まさにリアルな田舎の銀行員ってとこか。
まったく、会社経営をなんだと思っているのか。社員や家族の生活をどう考えているのか。それにしても、よくもこんなのを社長にしようなどと考えたものよ。
「ペーパーカンパニーって、紙を作ってる会社かな？」
「SPCって、なにかゲームの必殺技みたいだね…」
真面目に説明をしているのが、ばかばかしくなる。そうはいっても、こんなアンビリ―バブルな超ド級のポンコツ二代目がいるから金になる。
劣等感と優越感の境を軽く撫でると、金を運んでくる玩具。ご心配なく、こんな潰れるのがわかってる会社を乗っ取る気なんて、さらさらありませんよ。あと三年は持たないだろうけど、倒産するまであと二～三億は稼がせてほしい。あとは野となれ山となれ。みなさんでよろしくどうぞ。

この会社を紹介してくれたのは、「ヤマト開発」の副社長。元ラガーマンで頭がよく、出世街道まっしぐらの卑劣で最低の男、犬飼。ネギを背負った鴨を探すために参加した不動産経営者の新年会で目を付けたらしい。
犬飼の愛人にさせられたのは高卒で経理をしていた十九のとき、付き合っていた同じ会社の同期に騙されて経費を立て替えたのがばれたから。それも、今から思えばたったの一〇万ぽっち。結局、その口先だけの元カレもあっという間にいなくなった。思えば、あの時、馘になってたほうがずっとよかった。
愛人として扱われたのも最初の数か月だけで、あとは、この男のために働く「ＳＥＸ接待係」だった。全く勃起しない地主のじじいのものを、判子を押してくれるまで何時間もしゃぶらされたり、マンション建設で周辺の住民とトラブルになった時は、禿げた町内会長ややくざにも抱かれた。セーラー服を着せられて三人、四人の男にマワされたり、還暦間近のおばさんとレズビアンの相手もさせられた。女にもてないＡＶの見すぎでいかれた男たちに麻縄で括られ吊られたり、後ろの穴にまで濡れないままバイブやキュウリを突っ込まれたりと、やりたい放題された。

そんな生活が一〇年。妊娠中絶が三回。そのせいで、もう子供ができない身体になった。子供なんて、鬱陶しくてうるさいだけだから、別に欲しいわけではないけどね。
三〇歳を目前にした時に、そろそろ潮時だと思ったのか、口止め料と退職金代わりとして紹介してくれたのが、「京都杉村工務店」のこのバカ社長。バブル崩壊後、一時期はいつ倒産してもおかしくないと言われていた「ヤマト開発」の再生、躍進を支えたアメリカの大学のＭＢＡをもつ敏腕コンサルタントということになっている。当時、営業課長にすぎなかった犬飼の出世を支えたという点では間違いだとは言えないけど…。