其の弐拾壱 北條 希 (Ⅲ)

文字数 2,280文字

私が百貨店のお酒売り場で、魚住さんにバッタリと出会ってから、早や二ヶ月。
コンコンチキチン、コンチキチン。今、京都は一年の中で、最も暑いとき。
「京都杉村工務店」に対する謀(はかりごと)は、私の想像を大きく超えて、大きな社会問題へと発展した。打った針はとても単純だけれど、私の人生を変えたあの永井の事件とも少しだけ関係しているし、土地とか経理? 経済、法律のことなども色々とあって、「何でかな?」と考え始めると全容はとても複雑怪奇。無関係に見える、色々な出来事や伏線が、最後にマジックみたいにピタッと合わさって、「はい,一丁あがり」みたいな感じ。
円さまに、「ナンデナンデ姫」と笑われながら、わからないことを何回も繰り返しお聞きして(もちろん日本語で)、コウ様のお部屋からホワイトボードをひっぱり出してきて、図まで書いてもらって説明を受けた。お話しを聞いている時はなんとなく、「へぇ、なるほど…」とわかったような気になるけれど、たくさん法律がでてくるので、人に細かく説明することは、私の脳みそでは永遠に不可能のさっぱりポン酢。
だから、わかったとこと、簡単な流れだけ。

永井が持っていた京都南部の広大な土地を、御蔭が作った「M&M投資顧問」という会社が買い取って、小さな子供から、車いすの高齢者や障害者も暮らしやすい、介護施設や病院、商店街、映画館、コミュニティスペース、巡回バスなどを備えたバリアフリーの新しい街をつくるというコンパクトシティ構想が進んでいる(これ本当。ちなみにM&Mはマドカ&マキらしい。コウ様、けっこう適当)。
その計画に、「京都杉村工務店」の田中社長や相原さん、そしてその裏にいたヤマト開発の犬飼さんを引き入れて、彼らがこれまで杉村工務店などを騙して不正に蓄財した隠し資産の一〇億円を、その計画に出資させた。
ここまでは、特に問題はない。
でも、その契約から半月も経たないうちに、当の京都杉村工務店がブラック企業として世間の大バッシングを浴びることになる。社員に残業代を払わないように勝手にタイムカードを押したり、営業から帰ってきた社員さんを、詰問して平手で殴ったりする姿が、ある民放のスクープとして、テレビの夜の全国ニュースの中で映像として流れた。
田中社長は陣さまと円さまと一緒に祇園白川にある高級クラブで見かけたあの人。背の低い色白のポッチャリした男が、黒いサングラスをかけて、「いつでもお前ら馘にしてやる」「俺は、昔、空手をやってたんや。文句があったらかかってこい」と甲高い声で豪語している。会議では、「ウイン-ウイン」「勝ち組・負け組」といった意味のない一昔前の流行りの言葉をヒステリックに話している。リアルって言葉が好きなのか、何度も出てくる。出来の悪い喜劇のような、何ともみっともない、不愉快極まりないもの。
パワーハラスメントに耐えかねた従業員の告発ということになっているが、それは御蔭が仕掛けたカメラの隠し撮りの映像。
私はテレビでテレビに流れた、顔にモザイクのかかったものではなく、社長さんや相原さん、魚住さんの顔もそのままうつっているものを見せてもらった。設計や建築という仕事に誇りをもって、いつも楽しそうな顔をしていた魚住さん、池崎さんが、いつの間にか、こんな人たちの下で仕事をさせられていたんだと思うと、驚きと悲しみで胸が一杯になる。
ニュースでは、京都のとある住宅建築会社というだけで社名も伏せられていたが、その衝撃映像に他のマスコミも殺到した。インターネットの動画サイトの中で映像が繰り返し流され、あっという間に会社名が特定され、池崎さんが自殺されていることを含め、会社名や社長の名前などが、次々と暴かれていった。
ブラック企業というのは、大きな企業ばかりが注目されがちだけど、目の届きにくい中小企業の方が、劣悪で根が深いということは誰が考えてもわかること。ワイドショーでも連日トップで報道され、大きな社会問題となった。

でも、その劣悪な映像とは逆に、会社に対する評判はとても良いことから、京都でも指折りの優良企業だった京都杉村工務店が、なぜこのようなブラック企業に転落してしまったのかという点に取材が集中した。
その中で、前の社長さんが二年前に脳梗塞で倒れたこと、経験も知識もない甥が会社を継いだこと、そして、田中社長を唆した人物として「元Y開発の女性のIコンサルタント」の存在が突き止められる。犯罪者ではないために、マスコミには顔や名前は出てこないが、その日の内に、ネットでは相原さんの名前や高校の時の卒業写真までがさらされた。本物かどうかわからないけれど、彼女が何人もの男たちに、縛られ吊るされ犯されている見るに堪えないような映像もアップされた。
田中社長も同様。例の空手は、小学生の時に二日だけ通ってすぐにやめてしまったこと、運動も勉強もダメで、専門学校でもいじめられて、半年もたたずに退学していたことなど、その過去やプライバシーも暴かれ、嘲笑の対象になった。
労働基準監督署などのお役所も、重い腰を上げて動きだし、警察も社長を傷害罪での立件を目指して捜査を始めたというニュースも、それに拍車をかける。
すべてを知っている私たちから見れば、マスコミの情報なんて、その大半は無責任な嘘やいい加減な妄想ばかり。社会正義を振りかざしながら、その実、人の弱さを暴いて、バカにして面白がっているだけ。大スポンサーであるヤマト開発から箝口令が敷かれたのか、相原さんの名前も過去も、テレビや新聞では全く取り上げられなかった。

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