其の拾九  相原 絵里(Ⅴ)

文字数 931文字

ホテルを出ると、初夏の日差しの中でも背筋が震える。
タクシーに乗ると、オープンラウンジで面通しをさせていたポンコツから電話が入る。「絵里さん、間違いない、このあいだ飲んだ人とおばさん秘書で間違いない」と興奮してはしゃいでいる。
「ありがとうございます。すごいです。さすが社長です」
せっかくなので、その興奮に付き合って上げる。
先日、結婚して副社長になってほしいとプロポーズを受けた。「何で私が、気持ちの悪いアンタと結婚して、潰れる会社の副社長になるのよ。バカじゃないの」と笑ったが、その場で断らなくて良かった。結婚すれば「京都杉村工務店」は私のものになる。鬱陶しいこのバカにはその後で、交通事故かなにかで死んでもらえばよい。

さて、ここからの問題はどうやって、犬飼から金を引き出すか。
会社の名義では、数億の預貯金があるが、同じ銀行に一〇億の借り入れがあるため、運転資金以外はそこからは動かせない。他の銀行の引き出せる預貯金は合わせても一億程度、私が二億。知ってる限り、犬飼は家族や息子、個人事業の名義を含めて五億~六億程度は持っているはずだ。それを全部吐き出せる。それでも足りなければ、家を担保にして金を借りてもらうか、闇金からでも引っ張ってもらおう。
もちろん、先方には犬飼の金だなんてことは言わないし言えない。賃貸借契約書も覚書も交わさない。表面上はすべて京都杉村工務店の会社の金ということになる。いいかえれば、それはすべて私のものになるお金。そしてそれは五年後には二〇億、三〇億になるお金。
「ハハハハ、ハハハハ~」
きっと、犬飼はあれこれと文句を言うだろうから、糖尿とバイアグラの薬を入れ替えて、死んでもらおうか。あんな人間のクズは、私の人生に必要ない。一人殺すのも、二人殺すのも同じ。そのあとで、ヤマト開発も叩いて叩いて下請けで使ってやろう。みんな私の目の前にひれ伏すだろう。
いっぱしの悪女になってきたと思うと、また笑いがこみあげてきた。運転手が、怪訝な顔をしてバックミラーをチラリと見たが、そんなことはどうでも良い。
いつもの京都駅近くのホテルで待っていると伝えた。
ご褒美に、今日だけはやさしくしてあげる。
身体の奥がジンジンとして、傷だらけの子宮がブルブルと震えた。
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